42話 ローマの闘技場もこんな感じだったのかな、と思うのは少し呑気すぎるだろうか?
† † †
――人類の歴史とは、闘争の歴史である。
どこの誰が言ったかは定かではないが、至言である。“迷宮大災害”という人類共通の立ち向かうべき脅威によって、大規模な戦争や紛争はすっかりと数を減らした。前世紀、侵略してきた宇宙人に対抗するため全人類が纏まって対抗するという映画がよく作られたというが、それと同じことだ。
だが、人類の闘争本能は失われていない。むしろ、未曾有の大災害を前により高まっていると言ってもいい――その筆頭こそが探索者という危険な地に自ら飛び込む命知らずたちであり、その戦いは戦う術を持たない人々を熱狂させた。
そして、二〇五〇年代。この時代にふさわしい、新たな“競技”が誕生していた。
『……人間て、こういうの好きな』
「うーん、そうなのかな……?」
岩井駿吾が生活するアパートの自室、そのワンルームのモニターに“ソレ”は映されていた。
円形闘技場によく似たダンジョンのフロア。そこに並ぶのは、二体のモンスターだ。
一体は体長二メートルほどの中身のないフルプレートアーマー。鎧の各関節部分や瞳部分からからは青白い炎のような霊気がこぼれ、燃え上がっている――Cランクにカテゴリーされるアンデッドモンスター、リビング・メイルだ。
そして、もう一体は体長三メートルほどの被膜の翼を持つ赤い肌の悪魔――Cランクモンスターグレーター・デーモンである。こちらは両腕に漆黒のガントレットを装着、刃渡り三メートルを越える漆黒の大剣を装備していた。
『――はい、本日の『モンスター・ファイティングクラブ』セミファイナル! 実況は私、阿部泉里。解説はAランク探索者にして前年度召喚者部門第二位、伊神千登勢さんでお送りいたします!』
『ども~。一生懸命解説してみますねー』
モニターから流れる男性のアナウンサーの声と、少し間延びした女性の声。共に、この“番組”では名物と言っていい実況と解説のコンビだ。
今の時代にもボクシングやプロレスなど、人間が行なう格闘の興行は存在する。しかし、このようにダンジョンを利用しての召喚者が召喚したモンスター同士を戦わせる競技は、一定以上の人気を誇っていた。
この『モンスター・ファイティングクラブ』も、そのそんなモンスター同士を戦わせる団体のひとつだ。
「……どっちが勝つと思う?」
『ん? あー……』
『? 簡単、主君』
駿吾の問いに、ボレアスと村雨が念話で答える。特にボレアスなどは、もう口にするのも馬鹿らしいという空気があった。
『ま、ネタばれになっちまうから、最後まで観てみろよ。間違いなく、すぐ終わる』
† † †
《レディ――ファイッ!》
掛け声と同時に動いたのは、グレーター・デーモンだ。横から薙ぎ払われる大剣、その切っ先からこぼれだす黒炎が軌跡を描き、リビング・メイルへと放たれた。ガギン! と火花を散らし、リビング・メイルが簡単に吹き飛ばされる――そこへグレーター・デーモンは即座に黒炎の矢を次々と撃ち込んでいった。
『おーっと、グレーター・デーモンの激しい猛攻! 立ち上がりから調子がいいですね!』
『近づいてよし、離れてよし。あのグレーター・デーモンは闇属性と炎属性の混合魔法を得意としています。自分が得意な距離より、相手が苦手な距離で戦うことを選べるのもオールラウンダーの特権です』
それに対して、リビング・メイルは着地と同時に疾走。迫る黒炎の矢を紙一重で掻い潜って、速度を上げていく。
『しかし、リビング・メイルが距離を詰められない! 実に厚い弾幕です!』
『デーモン系は高い魔力が売りです。一体いるだけでダンジョンでやれることの幅が違います。敵に回せば恐ろしいですが、味方にいれば大変心強いです』
「なるほど」
解説の内容に、駿吾がこぼした。召喚者としてなにか参考になれば、と思ってネット番組だが、こういう現場のプロの解説があるのは当たりだったな、と思う。
そうこうしていると、グレーター・デーモンの黒炎の矢が一発、また一発とリビング・メイルに当たるようになった。蛇行し的を絞らせない動きは見事だが、躱しきれる量ではなかった。
『これは近接距離が得意分野のリビング・メイルには厳しいか!? このままなにもできず、完封もありえますよ!?』
『――いえ、それはどうでしょう?』
実況の意見に解説が異を唱える。駿吾も、小さく呟いた。
「すごいね、全部弾いてる」
『――だなぁ』
駿吾の感想を肯定するように、ボレアスがニヤリと笑う。当たるようになったのではない、当たり方を工夫して鎧で弾き、その威力を散らしているのだ――ここまでくれば、もはや決定的だ。
『――終わった?』
『おう、終わりだ』
村雨の念話にボレアスが言った瞬間、リビング・メイルが真っ直ぐに飛び込んだ。体の各部からこぼれる青白い炎が連動し、アフターバーナーのように凄まじい加速を生む!
グレーター・デーモンは再び黒炎の矢を展開するが、遅い。蛇行して動き回っていたリビング・メイルに当てるため、攻撃の範囲を広げてしまったのが痛恨だ。全弾撃ち終わり、次の黒炎の矢を展開するための一瞬――少ない黒炎の矢では、命中しても加速したリビング・メイルを止められなかった。
『――――!』
ズドン! とリビング・メイルの飛び蹴りが、グレーター・デーモンの胸部を捉えた。一回り、二回り大きいグレーター・デーモンがあっさりと吹き飛ばされる。一度、二度、三度と石切りのように地面を跳ねたグレーター・デーモンが闘技場の壁に叩きつけられ、光の粒子となってかき消えていった。
『一瞬! 一瞬の鮮やかな逆転劇だ! リビング・メイル、たった一撃で勝負をひっくり返した!』
『よく鍛えられたリビング・メイルです。身体能力だけではなく、攻防の技術、自身の得意分野である近接戦闘だけではなく、不利を押し付けられた時の対処法に至るまで――本来なら、グレーター・デーモンの方が基本スペックは上なのですが、相手が悪かったですね』
この『モンスター・ファイティングクラブ』は、協賛に探索者協会がある。未成年である駿吾はその機能をオフにしているが、勝敗は賭けの対象にもなっている――リビング・メイルのオッズは一・二倍、グレーター・デーモンが四倍であったことを考えれば、順当な結果だった。
「…………」
『ま、結構なもんだと思うぜ? オレがただのガーゴイルの頃なら、あのグレーター・デーモンなら確実に勝てたが、あのリビング・メイルは厳しかったかもな』
『うん、あいつ、強い』
――そう、駿吾が今までぶつかった相手がおかしいのだ。土蜘蛛八十女や大百足を駆るゴブリン・ライダー、あれと比べると弱いと思ってしまっても、当然だった。むしろ、それと単騎で戦って真っ向から勝てるボレアスの実力こそ、おかしいのだ。
「牛頭馬頭とか、アステロペテスなら勝ち目は充分にある……よね?」
『ん? ああ。クリーンヒットすりゃあ充分な』
そして、駿吾が契約している同ランクの主力なら勝てない相手とも思えなかった。実に冷静かつ、妥当な評価と言えた。
『うー、オレだと厳しい』
「そこはこれからコツコツ頑張ろうよ」
『おう!』
さすがに、村雨だと勝ち目は薄い。そう駿吾は思う。このようなバトルの観戦は、勉強にはいいが戦い方そのものが参考になるかと言うと微妙なラインだ。育て方で適した戦い方が変わってしまうからだ。
「ただ、戦い方よりリビング・メイルやグレーター・デーモンを育てる場合の参考にはなったかな。いっそ、グレーター・デーモンは近距離を捨てて遠距離攻撃に特化させたり、とか」
『オレらのフォローがあれば、そいつでいいだろうな。主は際限なく召喚できるんだ、そういう割り切りもいいと思うぜ』
自然、駿吾とボレアス、村雨での会話は自分が運用するならどうするか? という話題になる。そのまま番組が進み、メインイベントが始まるまで会話は弾んだ。
† † †
この章は少し、世界観の解説や日常風景がご紹介できれば、と思っています。
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