40話 ゴールドディガーズ8
† † †
要領を得ない説明を続けるヨハンナに、その間に立ち去るタイミングを失った村雨は話が終わるのを待ち続けた。唐突に現れた少女はゴブリン・プリンセスの話を聞き終えると、ひょいと抱きかかえて、その背中をぽんぽんと撫でた。
「ん、だいたいわかった。でも、ヨハンナはそんなに急いでクィーンにならなくていいんだよ?」
『だ、だって……ぐす、ワタクシ、あなたの役に、立てるようにって……』
「今でも充分役に立ってくれてるんだから。ね?」
幼子をあやすように微笑む少女は、改めて村雨を見る。少女は軽く頭を下げると、村雨に言った。
「ごめんね? ヨハンナはちょーっと素直になれないだけで、キミに悪気があった訳じゃないの。だから、嫌わないであげてくれる?」
『……別に。嫌ってない』
『――ッ。じゃ、じゃあ!?』
『好きでもない』
期待して顔を上げたヨハンナだったが、刹那で砕かれまたぎゅうと少女に抱きつく。身体を震わせるヨハンナに、村雨はなぜか居心地の悪さを感じた……自分が悪いのだろうか? コレは。
「もう。だから、駄目だよ。そんな強引に相手の気持ちも考えずに進めたら嫌いじゃなくても嫌いになっちゃうよ?」
『あ、あなた、ど、どっちの味方ですの!?』
「もちろん、ヨハンナの味方だよ」
そう真っ直ぐに答えながら、ハンカチで泣き崩れるヨハンナの顔を吹いてあげながら少女は続けた。
「だからね、ヨハンナが間違ったことをしたら私は自分が嫌われたっていいから、止めてあげなきゃって思ってる。今のは、ヨハンナが悪いよ?」
『ワ、ワタクシは嫌いに、なん、て……』
「そっか。ありがとう」
ポンポン、とヨハンナの背中を叩き、抱え直しながら改めて少女は村雨に近づく。そして、膝を折ると同じ目線になって語りかけた。
「ヨハンナはね、キミと同じゴブリンの《覚醒種》なの。でも、キミぐらいしっかりと自我を持った同種と会ったことなくて……ちょっと舞い上がっちゃったの」
『ち、違いますわ!? そ、そんなんじゃ――』
「ま、こんな感じでちょっとプライドが邪魔しちゃって素直になれないんだ」
じたばたと腕の中で暴れるヨハンナに、笑みを浮かべたまま少女は手を合わせて言う。
「だから、好きになってあげてって言えないけど。せめて、すぐに嫌いにならないであげて? 友達からでいいから、始めてあげて?」
『……と、も、だち?』
「ん、友達。そうやって積み重ねていったら、もしかしたら好きになるかもしれないもの。すぐに切り捨てて無関係って……寂しいでしょ?」
少女はじっと、村雨は見る。村雨は黙り込み……しばらく考えてから、答えた。
『なら、それならいい』
「ん、ありがと。ほら、ヨハンナ」
抱きかかえ直し、少女はヨハンナに呼びかける。うー、と唸るヨハンナはおずおずと振り返り、口を開けたり閉めたり……やがて、負けを認めたように言った。
『友達に、なって……くださ、る?』
『おう』
短く答える村雨に、ヨハンナはギュウと少女に抱きついて顔を隠す。足をばたつかせるその動きの意味がわからない村雨は小首を傾げるが、少女は立ち上がって言った。
「そうだ、キミの顔の傷。治してあげないとね」
『傷?』
ぐい、と頬を腕で拭うと血がべっとりと腕につく。それに少女は慌てた。
「ああ、傷が残っちゃうよ、そんな風にしたら」
『……いい、残す』
村雨の言葉に、少女は小さく目を丸くして――クスクスと次の瞬間に笑みに変わった。今の村雨が言った『残す』に、ゴブリン・ジェネラルへの万感の思いが込められていたからだ。
「そっか。男の子だねぇ」
少女は村雨の血が流れる頬に触れる、すると痛みと血が消える――望み通り、そこにはツルハシの切っ先による傷跡だけが残った。
「じゃあ、元の場所に戻してあげるね。キミの主君? に……うーん、それはいっか。いつか、私から挨拶するよ」
ほら、と少女はヨハンナに別れの挨拶をするように促す。そっと涙を拭って上げて、微笑んで告げた。
「ほら、いつも言ってるでしょ? 笑顔がみんなに明日を運んでくれるんだよって。笑顔でお別れしようね」
『……ん。また、会いましょう、ムラサメ』
『おう? ヨハ、ンナ?』
その初々しいやり取りに満足したように、少女は「よくできました」と泣き笑いしたヨハンナを褒めながら、景色の中に溶けて消えていった……。
† † †
「村雨、村雨! いたら、返事して!!」
村雨への念話が届かなくなり、慌てて岩井駿吾が森の中を走っていた。鷲尾倉吉が言うには、一瞬前まで傍にいたのに急にかき消えたのだという――それに嫌な予感がして、駿吾は必死に捜し回っていた。
「村雨、村さ――」
『おう、オレ、ココ』
「――! 村雨!」
森の奥から手を振る村雨の姿に、安堵したように駿吾は駆け寄る。村雨は頬が少し引きつるのを感じながら微笑み、言った。
『主君、勝ったぞ!』
「う、うん。それはボクも聞いたけど……びっくりしたよ、どこに行ってたのさ」
『ん~……不思議なとこ?』
小首を傾げて考え込む村雨の言葉は、要領を得ない。とりあえず安心して力が抜けた駿吾は、村雨と手を繋いで歩き出した。
「ほら、みんなが待ってるよ。戻ろう」
『おう。そうだ、主君。トモダチってのできた!』
「と、ともだち? どういうこと?」
村雨は知らない、自分の主君より先に友達ができたという事実を。そんな主従は、仲良く仲間たちの元へ歩いていった。
――その光景を、遠くから眺めていたのはあの少女だ。
「彼が例の“三人目”、かぁ」
『主よ、そこから一歩たりとも動かぬよう。あやつに見つかります』
少女は念話での警告に素直に従った。どこか興味深げに、少女は念話を返す。
(ガーさんでも、厳しい? 今の彼は)
『話になりませぬ。今の私なら、あやつの相手に一〇秒かかりません……今のあやつは弱すぎる』
からかいも冗談も通じないと言うように、念話の相手は返してくる。少女はそれを疑わない、自分を守る最強の騎士の言葉だからだ。
(なら、今は接触しないほうがいいね)
『……ご命令くだされば、私一騎で一網打尽にいたしますが?』
(んー、力を取り戻した彼が怖いなら、それでもいいよ? どうする?)
『――――』
少女の意地の悪い言い様に返るのは、沈黙だけだ。それに小さく吹き出し、少女は朗らかに笑った。
(心にもないこと、言うから。似合わないよ、ガーさん)
『……はぁ』
(せっかく、昔のライバルが再始動したんだから。もうちょっと待ったら?)
少女の念話に、相手は深い溜息だけを返した。クスクスと笑いながら、泣きつかれてしまったヨハンナを抱きかかえたまま、ゴブリン・ナイトたちを引き連れて歩き出す。
(アーくんに伝えてくれる? 帰るからお願いって)
『――承知』
しばらく少女が歩くと、目の前に波紋のような空間の歪みが生まれると少女は歪みに溶けるように消えていった。
† † †
こうして、奥多摩のゴブリン・ジェネラルの事件は探索者側には一切の死者は無しという結果で幕を閉じた。ゴブリンの討ち漏らしも公式には確認されず、参加者の召喚モンスターが出会ったというゴブリン・プリンセスとその一団、また召喚者と思われる少女についても存在が確定できない状況にある。
ただ、今回のジェネラルの群れと同じくいくつかの謎が残った。あの大百足のゴブリン・ライダーが、何者かの召喚したモンスターと思われること。ジェネラルの群れにしても、あまりにも装備が充実しすぎていたこと――その謎がすべて解かれるには、まだしばしの時間が必要であった……。
† † †
謎が謎を呼び、次へ繋ぎながら次回へ続きます。
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