4話 初めて尽くしのダンジョン探索(後)
† † †
総勢三八体――それが、現在岩井駿吾の後ろに付いてきているスケルトンの数である。
「……ほ、本当に大丈夫か、これ」
『いや、絶景絶景! すっげえぞ! Sランク召喚者三人分って考えりゃあスケルトンでも壮観だぜ、これ!』
無言でぞろぞろと後ろをついてくるスケルトン軍団にビクビク怯える駿吾に、先頭を行くガーゴイルは大笑いする。質より量と考えた時、駿吾のレアスキル《ワイルド・ハント》がどれだけ凄まじいか、この光景だけで充分な説得力があった。
だが、駿吾的に比べる対象が実際の比較対象がいる訳ではない。不安は完全に払拭はされなかった。
『こりゃあ、勝てるわ! 負けねぇって。よし、戦力を再確認しようぜ』
「う、うん……えっと……武装で分けて、並んで……」
ガーゴイルに言われた指示を出した駿吾の声に、無言で動く骸骨たちが整列する。剣が一四体、槍が一ニ体。これに加えて六体の大盾と四体の弓――それが現在の駿吾が保有するスケルトン軍団である。
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【個体名】なし
【種族名】スケルトン
【ランク】F
筋 力:F
敏 捷:F
耐 久:E-
知 力:‐
生命力:E
精神力:F
種族スキル
《再生》:F
固体スキル
《習熟:大盾》:F
† † †
【個体名】なし
【種族名】スケルトン
【ランク】F
筋 力:F
敏 捷:F
耐 久:E-
知 力:‐
生命力:E
精神力:F
種族スキル
《再生》:F
固体スキル
《習熟:弓》:F
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『おうおう、バランスだって悪くねぇ』
「……装備以外、全部同じデータか。やっぱ、り……《覚醒種》は、出ないな」
『ま、オレみたいなハイエンドでスペシャルなのは一〇〇〇体に一体いるかどうかよ』
それだけオレがすげえってことさ、と自分の胸に立てた親指をグイっと突きつけてガーゴイルが胸を張る。それは否定せず、頷きで返して駿吾は言った。
「……行こう、か」
『おう。ダンジョンをぶっ潰す――見せつけてやろうぜ』
「……?」
『――そんぐらいの意気込みで行こうってことよ!』
優しく駿吾の背をポンと軽く叩き、ガーゴイルが豪気に笑う。ダンジョン内にはもう一体のスケルトンも敵としては残っていない――だからこそ、次の目的地へ向かった。
† † †
――ダンジョンとはなんなのか? 最初に人類の脅威となってから五〇年経ってもなお、完全に明かされていない。ただ、いくつかの事例からダンジョンとは『地球とは別の法則で動いている拡張する異空間』である、という推論は出ている。
その中心には必ず、ダンジョン・コアと呼ばれる巨大な結晶体が存在する。このダンジョン・コアはその名の通りダンジョンの中枢であり、迷宮をモンスターとして例えるなら魔石に相当する。このダンジョン・コアこそがダンジョンを拡張させ、モンスターを生み出す元凶である。
『んで、ダンジョン・コアはその防衛反応から自分を守るダンジョン内で最強のモンスターに力を与える。それがダンジョンのボス、専門用語で言うとこのダンジョン・マスターだな』
「……大きいダンジョン、だと、たくさんいるって聞いた、けど?」
『それは階層のボスだろ。フロア・ボスの場合、次の階層に行かせないための存在で、ダンジョン・マスターほどじゃない』
もちろん普通のモンスターの時より強化はされるが、その強化率はダンジョン・マスターほどではない。大規模なダンジョンなら、また条件とかあれこれ違うのだが――。
『ここみたいに一階のみなら、この階層のボスである馬頭鬼がダンジョン・マスターで間違いない』
たどり着いたのは、広いフロアだった。おそらく、このフロアだけでこのダンジョンの四分の一は占めている――これがゲームのダンジョンなら、設計を間違えていないか疑うところだ。
『グルゥゥゥ――』
そこにいたのは、馬頭人身のモンスターであった。伝承で言うところの地獄の獄卒馬頭鬼――体長は三メートルを優に越え、ガーゴイルよりも更に大きい。蒼い炎のように揺らめく角、蒼い肌、岩石を削って造ったような巨大な石斧を装備していた。
「……つ、強そう、だな」
『そりゃあ強いだろうよ。ダンジョン・コアからの魔力の流入でパワーアップしてっからな』
だが、とガーゴイルが前に出る。ゴキゴキ、と指を鳴らしながら、心の底から言った。
『同情するぜ、お前。オレとうちの主が相手じゃ、見せ場もくれてやれねぇ』
それは哀れみという同情だった。
† † †
そう、もはや戦う前から決着が付いていたと言っても良かった。
六体の大盾装備のスケルトンが横一列に並び、その背後から槍装備のスケルトンが槍衾を作って前進。横に回り込もうとすれば、左右に別れた剣装備のスケルトンが挟撃し弓装備のスケルトンが遠くからチクチクと攻撃する。
『ブゥルァ――!?』
これが五体やそこらのスケルトンなら、石斧の重い一撃で粉砕していただろう。だが、いかんせん数が数だ。加えて亀のように防御を堅めた大盾装備を一撃で破壊するには至らず、その間にも壊したはずのスケルトンが再生するのだ。
最後には武器を捨てたスケルトンたちに手足にしがみつかれ、身動きができなくなったところへガーゴイルが踏み込んだ。
『じゃあな。次は仲間として会おうぜ』
ガーゴイル渾身による大振りの右ストレートが、馬頭鬼を吹き飛ばす。この時の打撃音と振動は、外にいた警備員にまで届いていた。
後に探索者協会所属警備員奥本秀俊三八歳はこう語る。
『いやぁ、地震かと思いましたよ。最初は。そしたら、しばらくしたら二時間前に入った彼が出てきて「……ダンジョン、破壊したッス」とか言って。ええ、ええ、よく覚えてますよ。フードで顔を隠した少年の探索者で――』
† † †
最寄りの探索者協会の支部で報告を――手続きが面倒と敬遠される、パソコン入力で――終えた駿吾は、返ってきた書類に書かれた今日一日の稼ぎを見て言葉を失った。
「……一〇〇万円?」
Fランクといえど破壊指定されたダンジョンを破壊したのだ、当然の報酬金額だった。本来ならこれを複数人で分けるのでもっと手取りは下がるのだが、ソロである駿吾には丸々入る……これは探索者が花形職業と呼ばれる訳である。
『ククク、それよりも重要なのは初挑戦で初破壊ってとこよ』
そんなガーゴイルの声が、背負ったバッグの中からした。どうやら、一度召喚しきちんと契約を結んだので外を知覚し、思念で召喚者と会話できるようになったらしい。
(……ピンと来ない)
『なぁに、これから先は端金に思えるようになるって! なにより、馬頭鬼を仲間にできたのは大きいだろ?』
(あ、うん……)
一方的に蹂躙した後、馬頭鬼のデータを見て正直駿吾は驚いた。
† † †
【個体名】なし
【種族名】馬頭鬼
【ランク】D
筋 力:D
敏 捷:D-
耐 久:D+
知 力:‐
生命力:D
精神力:D+
種族スキル
《地獄の獄卒:馬頭鬼》
固体スキル
《習熟:斧》:D
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ガーゴイルほどではないが、スケルトンなど比べ物にならないほど強かった。加えて、種族スキル《地獄の獄卒:馬頭鬼》は《地獄の獄卒:牛頭鬼》を持つモンスター牛頭鬼と一緒にいると仲間のアンデッドを強化する効果があった――これは是非とも牛頭鬼もほしいところだ。
(……そ、れは後で考えるとして、帰ろう……うん)
協会内の人混みをビクビクと避けながら、駿吾は外に出ようとする。その時、不意にガーゴイルが止めた。
『お、主。ちょっと待て』
(……な、なに? 早く出たいんだけど……)
『ほら、あれ見ろよ。あそこの右上の棚』
ガーゴイルに言われ、駿吾はそちらに目を向ける。そこにあったのは、ガラスケースに収められたマスクの数々だ。近代的なガスマスクから、古い古代の部族が用いたような仮面まで、さまざまなマスクがそこにはあった。
そこはまさに、協会備え付けの探索者専門の売店だった。
『仮面をつけりゃあ、目を合わしてなくてもバレねぇんじゃね?』
(……え? マスクつけて人に会うの?)
『人の目を見て話すのと、仮面つけるの――どっちがいい?』
なんだよ、その究極の二択、と駿吾はフードの下で顔をしかめる。普通なら間違いなく前者だが――駿吾は、悩んだ末に後者を選んだ。筋金入りに人間が苦手なのである。
『よっしゃ。なんかこれから主のトレードマークにする気で本気で選ぼうぜ!』
(……え、えええええ……な、悩む……)
そこからああでもないこうでもない、とガーゴイルと共に駿吾はガラスケースの前で一時間ほど――Fランクダンジョンを破壊したのにかかったのと同じ時間だけ悩むこととなった。
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次回が序章のプロローグとなりますね。サクッサクと進みます、サクッサク!
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