34話 ゴールドディガーズ2&一文字の願いを背負い
† † †
――ゴブリン・ジェネラルの群れへの横穴が見つかった翌日。早朝の探索者協会西多摩地区支部には、多くの探索者が集まっていた。ゴブリンの群れを殲滅する、そのための集まりだ。
「いいのか? 今回はここまでだって良かったんだぞ?」
「い、いえ……どうせなら、最後まで……」
鷲尾倉吉は集まった人たちを見下ろす形で、支部の屋上で岩井駿吾と会話をしていた。集まった者たちは支部の建物の前に集められ、野畑虎彦と篠山かのんが統率役を行なっている――人付き合いが苦手な駿吾には、確かに不特定多数の者と行動を一緒にするのに不安がない訳ではない。
「それでも、途中で切り上げて、はい、そこまで……は……さすがに……」
「そうかい。もちろん歓迎するよ。今回は特に、お前の力が必要だ」
じゃあ、また後でな、と倉吉は屋上を後にする。今回、集まった探索者たちの総責任者が彼だからだ。しばらくすると建物の出入り口から、倉吉が姿を現す。虎彦は持っていた拡声器を倉吉へ渡すと、倉吉はキィンと小さなハウリングをさせた拡声器を構えた。
† † †
『今日はよく集まってくれた。俺の自己紹介はいらんよな? いるなら一応するが』
ぱらぱらと集まって人々の間から、笑いが起きる。この西多摩地区支部を活動拠点にしている探索者で、倉吉の顔と名前が一致しない者はいない――誇張でも比喩でもなく事実だ。
『諸君も知った上で集まっているだろう。今回の依頼はゴブリンの群れが“スタンピード”を起こす前に鎮圧する、というものだ。群れの頭はゴブリン・ジェネラル級……おそらく群れの規模は三桁は下らないだろう――不幸中の幸い、“スタンピード”が起きる前に捕捉できたのは喜ばしい』
だが、喜ばしいと語る声色が硬い。遠くから見ても、探索者たちの顔が引き締まる。
『依頼内容は三つ、まず頭であるゴブリン・ジェネラルの討伐。群れのゴブリンの完全な殲滅。そして、人里の防衛だ――この三つに、優先順位などない!』
倉吉が声を張り上げる。数十人からなる探索者たちは、その気迫に身を震わせた。
『ゴブリン・ジェネラルの討伐。当然だ、逃せば再び群れを構築するだろう。次は“スタンピード”前に終わらせられる保障など、あるものか!』
拡声器があまりの声の大きさに、悲鳴のような音を上げる。それを聞くと、倉吉は拡声器を後ろに放る――背後の虎彦が空中で受け取った。
「群れのゴブリンの完全な殲滅。当然だ、逃せば今度はそのどれかが群れを構築する。次は“スタンピード”前に突き止められると思うな!」
もはや肉声で充分だ。よく通る声は鼓膜から全身へ、気炎となって聞く者の心に響く声だった。
「人里の防衛? こんなものは語るまでもない! 傷つき、万が一命が失われれば次などない! そこで終わりだ。こんなもの、達成できなければ依頼失敗だと心しろ!」
ゴブリン、最弱のFランクモンスター。そんな認識は、もはやこれを聞く者の頭にはない。そうスイッチを倉吉が入れたのだ。
「〇か一〇〇だ。繰り返す、この依頼には成功か破滅しかない! たかだか一度のミスと思うな! 三〇年前のゴブリンによる大規模“スタンピード”の後、ゴブリンの“スタンピード”で家族を失った者がこの場にいるか!? いるなら、手を上げろ!」
探索者からは、反応はない。それが答えだ、満足げに倉吉は頷いて続けた。
「そうだ! この三〇年、小規模な“スタンピード”が山間部で起きた。街の瀬戸際まで届いたことだってある! だが、そこまでだ。先達が必死になって、完璧に依頼をこなしてきた証明だ!」
そして、倉吉は改めて探索者たちの顔をひとりひとり見ていく。
「そして! 三〇年前のあの日、周囲の人々を失った者は手を上げろ!」
これにも探索者たちから挙手はない。その事実に、倉吉は首を左右に振って告げた。
「俺が若い頃、お前たちよりも年下で探索者になりたての頃。この質問に九割近く手が上がった。年上の者ばかりだったが、時には年下もいた……だが、今では全員今の俺より年下になっちまった」
その言葉の意味は、明白だ。全員の時の流れは止まってしまった――すなわち、死だ。
「ここにいるお前たちは職務でいる。実に幸福なことだ。復讐で戦う者の在り方など、惨めなものだ。どいつもこいつも嬉々として、死地に駆け込みやがる――炎に誘われて自分から燃えてく蛾を見る気分だった……」
倉吉が、虎彦に手を向ける。虎彦は無言でその手に拡声器を渡した。深い溜息、倉吉は拡声器のスイッチを入れて静かに続ける。
『もしも俺たちがミスれば、次のそんな連中を生む。それはお前たちの友人知人、家族や恋人かもしれない……それを許すな、絶対に。燃え尽きるだけの復讐者を、決して作るな』
大きく息を吸う声がする、そして倉吉は低くまっすぐに言った。
『俺たちの力は商売道具だが、決してそれだけで終わらないんだ。それに誇りを持て――今日のお仕事も完璧にこなすぞ、いいな? 諸君』
『――応!!』
怒号のような返事――そこに込められた気迫に、知らず知らず屋上で聞いていた駿吾も痛いほど拳を握り締めていた。
「こちらは空から行きましょうか、岩井さん」
「……うん」
御堂沢氷雨の言葉に、駿吾は頷く。氷雨と藤林紫鶴はボレアスに抱えられ、駿吾はゴブリン・サムライと共にブラック・ワイヴァーンに跨った。
『主君、行く?』
「うん……それとさ?」
『なに?』
風を全身に受けながら、駿吾は背中に抱きつくサムライを振り返る。その前に氷雨の方を見たが、コクンと視線で頷きを返した――だから、駿吾は迷わず口を開いた。
「――キミに名前をつけようと思って。いいかな?」
† † †
『――――』
ゴブリン・ジェネラルは、不意に後方で群れが騒いでいるのを聞いた。甲高い威嚇の声、それが警戒時に発する声だとすぐに察する。
『ギギッ!』
『ギギギギギ!』
戦闘に長けたゴブリンたちが、進んでソレの前に立つ。それは『猛牛坑道』の横穴を使って現れた小規模なゴブリンの群れだ。
その小規模な群れの前に立つのは、小太刀を腰に指した革鎧姿のゴブリンだ。
『思ったより、狭い』
彼の記憶の中では、もっと広いはずだった。だが、本当の意味で広い世界を知った彼にとって、その穴蔵はあまりにも狭すぎた。
『邪魔、するなら斬る。逃げても斬るけど』
小太刀を抜きながら、彼は敵となったかつての群れの仲間へ威風堂々と名乗った。
『オレの名前、村雨。覚えても、覚えなくても、構わない――』
† † †
『――村雨、それがキミの名前だ』
『ムラ、サメ……? ヒサメっぽい?』
『うん、一文字だけもらったんだ』
それは群れた雨を意味する、群雨であり叢雨であり。そして、南総里見八犬伝で語られる架空の名刀の名でもある――。
サムライ――村雨が、氷雨の方を見る。小さく頷く氷雨に、目を輝かせて村雨はコクコクと頷いた。
『わかった、オレ、村雨な!』
その一文字は駿吾からの願いだ。名を付けてこれからより変わっていくだろう彼の変わらずにいてほしいところ、氷雨と交流で培ったその心根だけはどうか変わってほしくないと――だから、駿吾は氷雨に頼んだ。名前を彼のために一文字もらっていいか、と。
『――もちろん、光栄です』
氷雨はそれを噛みしめるように、華やかな笑みと共に了承した。
† † †
【個体名】村雨
【種族名】悪鬼・剣豪
【ランク】C
筋 力:C (B)
敏 捷:B+
耐 久:D
知 力:‐ (D)
生命力:C+
精神力:D+
種族スキル
《悪鬼の英傑》
固体スキル
《覚醒種》:D
《悪鬼の血統》
《習熟:刀》:B
《熟練:弓》:C
《常在戦場》
《怪力》B
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鬼を素材にした《進化》は、村雨を大幅に強化した。特に小鬼から悪鬼と種族名は変わったものの、どちらかと言えば悪妖精という意味合いが強い――その本質は、名に刻まれた想いがあるからこそある意味で“悪”からもっとも遠い。
『――突撃』
『ギギギギギギギギギギギ!!』
予定通りの時刻、村雨が率いる駿吾のゴブリン軍団とゴブリン・ジェネラル最後尾の戦端がひらかれた。
† † †
名前には由来があります。その由来に応えるかどうか、その選択肢を持つのは付けられた側であろうとも――。
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