33話 ゴールドディガーズ1
† † †
ソレは、自分にいつ自我が芽生えたのか自覚はない。暗く広い穴蔵の中で、ソレはただ剣を振るい、戦い続けた。
最初、自分と同時に生まれたモノたちは大勢いた、と思う。思うというのは、ただただ戦えと命じられ戦い続けたからだ。一体、また一体と同期は減っていたのだろう。それが気づかないほど、後から後から数が追加されたのだが。
同じ種族同士で、あるいは時折命令を下すモノが連れて来たモンスターと戦う日々。そんな日々の中で、唐突にソレはソレとなった。
――どう剣を振るえばいいのか?
それを考えた時、ソレは自我が生まれていた。十年一剣という言葉がある――それはただ一振りの刀を一〇年磨き続けるという意味である。もちろん、一〇年など生きてさえいない。だが、生きることの全てを戦いに捧げ、刀一振りにすべてを込めたソレは一〇年に等しい磨剣の領域へと至っていた。
最弱の悪妖精より生まれし剣鬼――《最弱の悪鬼》。
その片鱗だけでも、ソレは外れてしまったのだ。弱き妖精、小鬼という枠を。
† † †
篠山かのんは『猛牛坑道』の一階、その目当ての場所へと迷わず仲間を誘導していた。
「ほら、ダンジョンって拡大することがあるじゃないですか」
「ああ、そうだな」
鷲尾倉吉が代表として、かのんの言葉に頷く。
ダンジョンとはただの天然自然でもなければ、建造物でもない。空間の歪曲、それが生み出す“現象”――それがダンジョンという存在の本質だ。だからこそ、ダンジョンは時折形を変える……いや、決まった形を持たないというべきか。
「もしも『猛牛坑道』の一階と『精霊鉱山』の三階が標高が一緒であった場合、その間にゴブリンの群れがいるダンジョンがあると思うんです。で、その場合はおそらく通路かなにかで繋がっているかな、と」
「この間は見つからなかっただろう?」
野畑虎彦の言葉に、かのんは頷く。
「でも、それは探す範囲が絞れていなかったからです。目視ではなく、もっと本格的に今回は調査するつもりです」
そう言ってかのんが取り出すのは、手帳サイズの“魔導書”だ。
「《召喚》」
かのんの呟きと共に現れたのは、小さな人影だ。その人影がかのんの肩に座るのを見ると岩井駿吾が興味深げに問いかける。
「……それは?」
「ノッカーだよー。コンコンってね、音で色々と教えてくれる妖精なんだ」
駿吾君と比べられると困るけど、私も召喚者の嗜みがあるんだよ、とかのんは苦笑する。彼女の《召喚》スキルはE、一度に召喚できる数は二体がやっとなのだ。それこそ、際限なく呼び出せる駿吾と比べれば些細な力と言うしかなかった。
「それを言ってしまえば、Sランクでもそうなってしまいますよ。かのんさん」
「あー、それもそっか」
御堂沢氷雨の指摘に、かのんも笑うしかない。一〇は二よりも大きい。だが、一〇〇と比べてしまえば一〇も二も『誤差』に過ぎないだろう。
「そ、それは……」
どう反応すればいいか、駿吾としては複雑だ。努力で獲得した能力でないだけに、それを褒められるなり持ち上げられると少しばかり座りが悪いのだ。そんな駿吾を察してか、倉吉は魔剣の柄に手を当てて言った。
「ほら、雑談はそこまでだ。そろそろ目的地だぞ」
† † †
コーン、コーン、コーン。
小さいノックのような音が、坑道に響く。ノッカーとはイングランドのコーンウォール地方に伝わる鉱山に住む妖精の名だ。このように音をさせて危険を教えてくれたり、鉱石の埋まっている場所に導き、または井戸やさまざまな採掘の手助けをしてくれるのだ。
コーン、コーン、コーン。
そんなノッカーのノック音に、耳を傾ける。そんな時だ、不意に藤林紫鶴からメッセージが届いた。
『今、ノック音がおかしかったです』
「え? そ、そう?」
『少々、お待ちを』
紫鶴は《隠身》で姿と気配を消したまま、壁へと近づき――ガッ! と壁に一撃を入れた。
『ここ、やはり空洞があります』
「お!?」
「だ、大丈夫です……味方ですから……」
倉吉がビクリと驚く。それに駿吾はそう慌てて告げて、壁が崩れて覗いた『穴』を見た。高さは一メートルとちょっと、硬いはずの岩盤を削って出来たような横穴がそこにはあった。
「あ、サムライ。ちょっと通れる? ここ」
『うん、普通にいける』
頭を下げることもなく、ゴブリンサイズならば快適に行き来できそうな横穴だ。それを見て、かのんは背負っていたバックから一冊の分厚い辞書を取り出す。それはゴブリンの様々な種族名と簡単な解説が記された辞書だ。
「あー、そっか……すごく珍しいのだから、想定してなかったわ」
「? それって――あ」
倉吉がかのんの手元を覗き込んで、改めて驚きの表情を見せる。そこに載っていたのは、ツルハシやスコップを身に付けたゴブリンの写真だった。
「その名もズバリ、ゴブリン・ディガー。掘るモノって意味の名前の、穴掘りのゴブリンだね……こんなの、日本にいると思わなかったよ」
ディガーには坑夫という意味もある。ゴブリン・ディガー特に金鉱のあるダンジョンで発見されるのだが、日本ではあまり金鉱のあるダンジョンは発見されていない――そのため、種類が多すぎるゴブリンの種族の中ではマイナー中のマイナーな種族と言えた。
虎彦はその説明に、自分の顎を撫でながら訊く。
「だが、全部に納得がいかないか? ゴブリン・ディガーが横穴を掘ってダンジョンを繋げた。おそらく、この先にゴブリンの群れが住むダンジョンがあるんだろう」
「でも、それだとこの子がここの記憶がないのはなぜでしょう?」
そう言って氷雨は、サムライの頭を撫でる。サムライは心地良さそうに目を細めた。かのんもしばし考え込み、自分の推論を口にする。
「多分、サムライ君は別の出入り口から外に出されたんじゃない? そうなると最悪、この山の至る所に出入り口がありそうだけど……」
「そりゃあ最悪だ。“スタンピード”が起きた時、どこから出てくるかわかったもんじゃない」
そうなってくると最近発生した『小鬼隧道』も怪しいものだ。あのトンネルの近くにゴブリン・ディガーの掘った穴があって、その影響を受けてゴブリンが発生するダンジョンになった可能性も出てくる。
「理屈は専門家に任せるとして、支部に連絡を入れよう。大規模な掃討作戦が必要になるかもしれん」
倉吉の判断は早く、手慣れていた。“迷宮大災害”が継続するこの時代、判断の速度こそが重要なのだ――。
† † †
ゴブリン・ディガーたちが、穴を掘っていく。下へ下へ、人間のいる街へと――その中でもっとも大きい穴をどのゴブリン・ディガーよりも速く掘るのは、体長二メートル近い全身骨細工の甲冑で着飾った大柄なゴブリンだった。
その大柄なゴブリンこそがゴブリン・ジェネラル――この三〇〇体を優に超えるゴブリンの群れを統べるモノだった。
ただただ黙々と、ゴブリン・ジェネラルは掘り進んでいく。その動きはよどみなく、どのゴブリン・ディガーよりも掘ることに熟練していた。それも当然である、このゴブリン・ジェネラルは群れの始まりの一体であり、元はゴブリン・ディガーだったのだから。
ただただ小さく暗い地面の中の空間、小さなダンジョン・コアに選ばれたそのゴブリン・ディガーはひたすら穴を彫り続け空間を拡大していった。拡大する度に増える同族、それらに穴掘りを教え、また拡大し。その度に数は増えていった。
いつの頃からかそのゴブリン・ディガーはディガーリーダーとなり。徐々にランクアップしていった。その間に横穴を他のダンジョンに繋げるという裏技を見つけ、他のダンジョンのリソースを奪う手段を手に入れていた。
そうする間に、余裕ができたので戦闘用の同族も用意することにした。生まれたゴブリンをただ殺し合わせ、またよそのダンジョンのモンスターがこちら側に出現したら訓練相手として放流した。その甲斐あって、戦闘に長けたゴブリンの数が一五〇を越えている……おしむべくは、あの同族の枠から外れてしまったアレの存在か。
アレは駄目だ、遠くない未来に自分の立場を脅かす。とはいえ、なんの悪事も働いていない同族を殺せば、その行為は周囲へ不信を伝播させかねない。自我がないからこそ、本能でそれを察してしまうからだ。
だから、追放という手段を使った。いっそ抵抗してくれれば、それを理由に殺せたものを……いや、今はもう些末なことだ。
ジェネラルにとって、ゴブリンとしての生の全てをかけた偉業がもうすぐ成就するのだから――。
† † †
ゴブリン・ジェネラルがこのゴブリンの群れを作り出すのにかかった歳月は、一年ほどである。だが、この一年という時間はゴブリンという最弱の種族が大きな群れを形成するのにあまりある時間だった。
だからこそ、この時点で気づけたのは不幸中の幸いだ。もしも、この気づきが一週間遅れていれば最悪の結果をもたらしていたのだから。
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まさにダムを決壊させる蟻の巣穴ように……それを人は運命の皮肉と呼ぶのでしょう。
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