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31話 常識とは、時に専門家の目を曇らせる

   †  †  †


 探索者協会(シーカーズ・ギルド)西多摩地区支部では、奥多摩山脈を監視するためにいくつかの監視小屋が建てられていた。


「ただいまー!」


 篠山(しのやま)かのんがそんな監視小屋のひとつへ元気よく戻ってくると、キッチンにある大きなテーブルの上には温かい料理が待っていた。ご飯に味噌汁、川魚の焼き魚に簡単なサラダ――それを見て、かのんが虚空に拝む。


「おおー、今日もありがとう妖精さん!」

「妖精じゃないっての」


 そう苦笑するのは、鷲尾倉吉(わしお・くらきち)だ。姿は見せないが、それが岩井駿吾(いわい・しゅんご)の同行者である藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)が用意してくれたものだと知っているし説明もしたからだ。


「いや、この三日で一度も姿を見せてくれないのでつい」

「家事をやってもらえるだけで、とても助かるからな」


 そうしみじみと語るのは、野畑虎彦(のばた・とらひこ)だ。虎彦の場合、料理など素材を焼くぐらいしかできないし、味噌汁などインスタントだ。冷蔵庫にいつの間にか補充されている充実した食材で、さまざまな料理を用意してくれる紫鶴の存在はとてもありがたかった。

 駿吾は、ボソリと小さく呟いた。


「……ありがとう。でも、いいの? 監視任務に合わせてここまで――」

『お気になさらず。このような形でしか任務のためにお手伝いできない身ですので』


 紫鶴から返ってくる『ツーカー』のメッセージ。しばし間が空いて、もうひとつメッセージが来た。


『もしも、このような形でよろしければ普段からお作りしましょうか?』

「え? それはちょっと悪い――」

『いえ、そんなことはありません。自分の分と一緒です。手間は大差ありませんし、普段から出来合いの惣菜だけやインスタントでは味気ないでしょうし。本当に本当に』


 こちらの言葉に食い気味に飛んでくるメッセージ。それに駿吾は圧倒されつつ、思わずコクっと頷いてしまう。


「た、たまに、そちらの無理でない範囲なら……?」

『はい、はい。大丈夫です大丈夫です大丈夫ですから』


 そんな駿吾と紫鶴のやり取りを察しているのか、御堂沢氷雨(みどうさわ・ひさめ)が小さく微笑む。そうしていると、氷雨は小さな手でジャケットを引かれるのを見て足元を見た。


『ヒサメヒサメ、今日もやる?』

「ふふ、そうですね。食事の後にでも軽く稽古をしましょう」

『おう!』


 ゴブリン・サムライはすっかりと氷雨との稽古が気に入ったらしく、懐いている。それにやはり複雑な心境を免れず、虎彦などが困った笑みを見せてしまった。トントン、とその背中を叩くのは倉吉だ。


「なら、食事をしてから個々でまた行動ってことで」


 そう倉吉が言うと、みながもう自分の定位置となった椅子に腰掛けた。


   †  †  †


 周囲のダンジョンを調べたい、というかのんの提案に監視小屋に泊まり込みで調査を開始して三日が経過していた。


「ここが『小鬼隧道』で……ここが『猛牛坑道』。んで、ここが『精霊鉱山』で、ここが『羅刹回廊』……と」


 食事を終え、キッチンのテーブルの上に広げた地図にかのんは書き込んでいく。上から見ると『羅刹回廊』が山頂部。次が『精霊鉱山』で、中腹辺りに『猛牛坑道』、『小鬼隧道』が中腹より僅かに下という位置関係だ。


「『猛牛坑道』で一階のフロア・ボスが出なくなっていたように、『精霊鉱山』では三階フロア・ボスのアース・エレメンタル変種が出現しなくなってましたね。『羅刹回廊』には異常はありませんでした」

「ふむ、結局ゴブリンの姿はなかったな……」


 かのんの報告に、倉吉はノンアルコールビールを片手に唸る。フロア・ボスが出現しなくなる、という異変。それがわかっただけでも、マシと考えるべきか? これがゴブリン・ジェネラルの群れとどう繋がるのかがわからないが。

 虎彦が書き込まれた地図を見て、指をさして言う。


「そちらがダンジョンを調べている間に、こちらは周辺も改めて調査しましたが入り口らしきものは見つかりませんでした」

「普通、ここまでゴブリンに無関係な異変しかないとゴブリン関係は除外して考えるんだが……」


 倉吉は窓の外へ視線を向ける。そこでは氷雨とサムライが拾った脆い木の棒で打ち合っていた。お互い木の棒を狙い、折れた方が負けという勝負だ。今のところ、氷雨の連戦連勝らしく、サムライは勝とうと躍起になっているらしい。

 その音に耳を傾け、倉吉は続けた。


「……あいつが嘘を言ってるとも思えないんだよなぁ。ましてや契約したモンスターだ。召喚者(サマナー)に嘘を言うこともないだろう」

「は、はい。嘘はない、とボクも……思います」


 コクリ、と駿吾が頷く。それに虎彦も同意する。


「そうなるとやはりどこかにゴブリンの群れがいるのを見落としている、ということでしょうか?」

「そうなるな……どう思う? 篠」

「わたしもその意見に賛成です。この奥多摩はゴブリン被害に関しては、考えすぎはありません」


 三〇年前、この中で生まれていたのは倉吉だけだ。しかし、先達から伝えられた情報はしっかりと残っている――その被害を考えれば、当然の判断だ。

 なによりもダンジョンの性質上、ゴブリン関係のダンジョンは一度大きな被害が出るとより出現しやすくなるという論がダンジョン知識の常識だ。過去の実際のデータが、それが事実だと裏付けている――。


『失礼、岩井殿。よろしいでしょうか? ――――』

「……え?」


 不意に『ツーカー』へのメッセージが入り、駿吾はその文章を読んで軽く目を見張る。そこに書かれていた“予想”を確認すべく、駿吾が口を開いた。


「あ、あの、篠山、さん……」

「ん? かのんお姉さんって呼んでもでいいぞ~?」

「え、ええ!? あの、その……」

「あまりからかうな」


 虎彦が明確にからかうかのんをたしなめる。なにごとも本気で受け取ってしまう駿吾とその類のからかいは相性が悪いのだ、三日間の付き合いでそれがわかっていたからこそだ。


「なにか意見があったら聞かせてくれ。今は、どんな情報でもほしいとこだ」

「は、はい……」


 倉吉の言葉に、駿吾は呼吸を整えて改めて口を開いた。


「この『猛牛坑道』の一階と『精霊鉱山』の三階、()()はどうなっていますか?」

「――――」


 駿吾の質問に、ハっと表情を変えてかのんが改めて地図を覗き込む。じーっと見つめて、唸るように言った。


「いや、ダンジョンは中の空間が歪曲してるから標高って概念はなかった。でも、そうか。もし同じ標高だとしたら――」


 かのんはそう言って、丸を七つ描く。その丸はそれぞれふたつのダンジョンの階層を現し、『精霊鉱山』は全四階なので縦に四つ、『猛牛坑道』は全三階なので縦に三つの丸がかかれる。その内、『精霊鉱山』の三階と『猛牛坑道』の一階を一本の『線』でかのんは繋いだ。


「もしもこのふたつのダンジョンが()()()()()()()()()()()()としたら――」


 そこでかのんは繋ぐ『線』に、大きな丸をつける。そして、そこに『ゴブリン・ジェネラルの群れ?』と丸っこい字で書き足した。


「ここ、ここにゴブリン・ジェネラルがいるならダンジョンの異変も説明がつくかもしれないです」

「……なのか?」

「はい、きっと『精霊鉱山』の三階と『猛牛坑道』の一階のフロア・ボスが、ゴブリン・ジェネラルに変わったんです」


 ダンジョンの基本だ。ダンジョン・マスターがそのダンジョン最強のモンスターから選ばれるなら、フロア・ボスは()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ミノタウロス・アックスマンもアース・エレメンタル変種も、ゴブリン・ジェネラルより格は下です。フロア・ボスがゴブリン・ジェネラルに変わっていてもおかしくなくて……いえ、もしかしたらもうダンジョン・マスターも変わっているかもしれません」


 そうなれば、完全にダンジョンの“乗っ取り”は成功だ――かのんは少し興奮気味になって続けた。


「この“乗っ取り”がゴブリンの大規模“スタンピード”のカラクリだとしたら……? ありえますね。もしかしたら、そういう学説とか論文もあるかも……? だとしたら――」

「あー、ようはこのふたつのダンジョンが繋がった場所にゴブリン・ジェネラルの群れがあるかもしれない、と?」


 かのんが思考に没頭してしまう前に、倉吉が疑問を言葉にする。研究者ではなく現場の人間がほしいのは、もっと即物的な答えだからだ。かのんはそれに、コクンとひとつ頷いた。


「はい、可能性は充分にあります。そうかー、空間が歪曲してるって常識からダンジョン同士の物理的な位置は考えつかなかったです。ありがとう、駿吾君!」

「い、いえ、これはボクの意見じゃないんで……」

「ありがとう、妖精さん!」

「妖精じゃねぇっつーの」


 とにかく、確認する価値のある推論だ――続きの調査は明日にして、この日のミーティングは終えた。


   †  †  †

玄人と違う視点を持っている素人の方が答えに近い、そういうこともあるのが世の中の面白いところです。


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