3話 初めて尽くしのダンジョン探索(中)
† † †
岩井駿吾は、深呼吸をひとつ。ガーゴイルにこのダンジョンに来た理由を語った。
「ここ、は……スケルトンしか、でない。だから、たくさんスケルトンを倒してほしい」
『おお、楽勝ってもんだが……なんでまた? スケルトンって確かかなり弱いモンスターだろ?』
「……う、ん。ボクの……《ワイルド・ハント》を、試したい……」
なんとかガーゴイルの腹を見ながらなら、会話できた。ガーゴイルも目を見て話せなどと言わない、そういうものだと察して会話を続けてくれる。
『《ワイルド・ハント》か、主が探索者やろうって決めた激レアスキルで何体だって召喚できる……ああ』
自分で言っている間に、ガーゴイルは駿吾の意図に気づいたらしい。頭上から、クックックと喉を鳴らして笑う声がした。
『ハハハ! ちゃんと考えてんじゃねぇか。いいぜ、オレで倒して倒して倒しまくって、スケルトンの軍勢を作ろうってか!』
「う、うん……いける?」
『愚問だね、ま、オレのデータを見ろよ。“魔導書”に載ってるぜ?』
言われて、駿吾は“魔導書”を開く。最初のページにガーゴイルのデータが載っていた。
† † †
【個体名】なし
【種族名】ガーゴイル
【ランク】D
筋 力:C (C+)
敏 捷:E+
耐 久:C (C+)
知 力:‐ (C)
生命力:D+(C+)
精神力:D
種族スキル
《魔除けの像》
《擬態・石像》:D
固体スキル
《覚醒種》:C
《剛力》
† † †
「えっと……?」
確か、講習で習った気がするのだが……いや、そもそもDランクモンスター!? 普通、Fランク探索者ってFランクモンスターを連れて歩くものでは――そう戸惑っていた駿吾にガーゴイルがニヤリと野太く笑って言った。
『その数値をよく覚えておけよ、主。すぐにスケルトンと比べさせてやる』
† † †
スケルトン――それは動く骸骨である。アンデッドに属するモンスターであるが、実際人間の死体がなるものではない。その姿のままでダンジョンの中に出現するものだ。加えて武器も粗末ながら剣やら槍やらを持って生み出される――最弱ランクのFではあるが、探索者ではない一般人からすれば遭遇したら死を意味する恐ろしい魔物だ。
『――――』
ガシャン、とニ体の槍を持ったスケルトンが通路を歩いていた。そこへ、ドスドスドスと地響きと共に駆け込む巨体があった。
『初めまして――死ね!』
咄嗟に槍を構えたスケルトンたちが、刺突を繰り出す。だが、ガーゴイルは構わない。そのまま突撃するとスケルトンたちが繰り出した槍が石の身体に大きく弾かれた。
『っらああ!!』
両腕を広げてのダブルラリアットが、ニ体のスケルトンの胸骨を同時に破壊する! そのままガーゴイルはスケルトンの背骨をガッシと掴むと持ち上げた。
背骨を握られたまま、スケルトンが再生していく――これがスケルトンの種族スキル《再生》だ。ただ一部の骨が砕かれただけでは、すぐに再生するのだ。
この再生を防いで倒す方法は、大きく分けてふたつ。神聖属性による魔法や聖別された武器での攻撃によって浄化すること。そんなスキルを一切持っていないガーゴイルは、もうひとつの手段を選んだ。
『うっし!』
背骨を掴んだまま、ガーゴイルはUターンする。そのまま二体のスケルトンを壁に押し付け走り出し、ガリガリガリガリガリガリ! と壁で削り潰した。
もうひとつの対処法とは、一定以上骸骨の身体を砕くこと。ガーゴイルからすれば、そんなものお手の物だった。
『ほい、お終いだ』
――駿吾からすれば、いきなり駆け出したかと思えばスケルトンをあっさりと破壊してガーゴイルが帰って来たとしか思えない。もう何度も見た光景だが、やはりおっかなかった。
『ほい、魔石だ。契約しちまえ』
「う、うん……」
コロン、とガーゴイルからパチンコ玉サイズの真っ黒な水晶の玉を駿吾は受け取る。この魔石こそがダンジョンが生み出すモンスターの核であり、モンスターの“情報”が詰まった鉱石である。
石油や原子力に変わるクリーンエネルギーとして、魔力が注目されるようになった“迷宮大災害”後の二一世紀、この魔石はエネルギー源として探索者協会で売却できる。Fランクのモンスターの場合はサイズや純度によって変動するがひとつ一万円程度になる、探索者の主な収入源だ。
そして、召喚者からすると、まさしくこの魔石を用いてモンスターと契約する必要不可欠な代物だった。
「――《召喚》」
駿吾が唱えると、魔石から槍を持ったスケルトンが二体出現する――これでもう、一四体目のスケルトンとの契約だった。
『おー! 確かただの召喚スキルじゃSランクでも一〇体が限度なんだろ? もうこりゃあ決まりだな! 主、お前はもう最高の召喚者だぜ』
「……スケルトン、ばっかりだけどね」
フードの下で苦笑し、駿吾は後ろを見る。そこには剣を持ったスケルトンが八体、槍を持ったスケルトンが四体いた。
† † †
【個体名】なし
【種族名】スケルトン
【ランク】F
筋 力:F
敏 捷:F
耐 久:E-
知 力:‐
生命力:E
精神力:F
種族スキル
《再生》:F
固体スキル
《習熟:剣》:F
† † †
【個体名】なし
【種族名】スケルトン
【ランク】F
筋 力:F
敏 捷:F
耐 久:E-
知 力:‐
生命力:E
精神力:F
種族スキル
《再生》:F
固体スキル
《習熟:槍》:F
† † †
改めて駿吾はスケルトンのデータを確認した。スキルが最低がFで最高がSの七段階評価。能力値の方はこの七段階に更にそのランクの中でも低い『-』とそのランクの中でも高い『+』が存在する。
それを含めてガーゴイルとスケルトンを見ると、比べるのが馬鹿らしくなるほど強さが違った。
「……ガーゴイル、本当に強いね」
『当然だっての。Dランクの中でもガーゴイルはトップクラス、加えてオレはそのガーゴイルの中でも更に強いんだぜ?』
すべての能力値でスケルトンを上回っている上に、差が大きすぎる。特に攻撃力や腕力に関係する筋力と防御力や耐性に関係する耐久は圧倒的だ。確かに、これなら蹂躙できて当然である。
「……後、その……気になるのが知性、なんだけど……」
よくよく見れば、知性の能力値がガーゴイルには評価があるのにスケルトンにはない。それにガーゴイルは納得顔で頷いた。
『個体スキルを見ろ、《覚醒種》ってあるだろ? それがあるかないかで自我のあるなしが決まるのさ』
「……自我の、あるなし?」
『おう。普通のモンスターは自我がない。ただ、身に刻まれた本能だけで動く。こいつらは自動で動いても魂の入ってない魔力仕掛けの存在って訳だ』
だが、《覚醒種》は違う、とガーゴイルは言う。かなりレアな確率で自我に目覚める魂を持ったモンスターは同種族の中でも高い能力値を持つようになり、知性を得られるのだ。
『基本的に《覚醒種》のランクが知性の値になるな』
「……どうして、探索者協会はガーゴイルを、売ってくれたのかな? すごく、貴重……なんじゃ?」
『そりゃあ主にそんだけ期待してるってことよ。恩を売りたいんだろ?』
史上三人目のレアスキル持ちに簡単に死なれたくない。そして、できれば生き延びて協会の強力な戦力になってほしい、そういう“下心”が見え隠れしている――そうガーゴイルは推測した。ただの善意ではなく打算、そっちの方が駿吾にも納得できた。
『――そこで、だ。主よ、パフォーマンスってのがやっぱ大事だと思わねぇか?』
「……パフォーマンス?」
『おう、この程度かって失望させちゃせっかくの美味しいポジションが意味がねぇってことよ。ここは最初に一発、向こうさんの予想を越えてドカンとインパクトを与えてやんのが重要だろ?』
「……えっと、どういう意味……?」
駿吾は要領を得ないという顔で、ガーゴイルに問いただす。ガーゴイルはニヤリと笑い、とんでもないことをあっさりと言ってのけた。
『――このダンジョン、このまま破壊しちまおう』
「はぁあ!?」
駿吾は二度驚く。ガーゴイルの言った内容と、自分にこんな大きな声が出せたんだということに。目を白黒させて思わず見上げてしまった駿吾に、ガーゴイルは真っ直ぐに見下ろして告げた。
『このダンジョンにいるスケルトン全部と契約して軍団作って、そこにオレが加わるんだ。ここのボスはDランクなんだろう?』
「う、うん……馬頭鬼だって……」
『なら、楽勝だ。その上、ボスとも契約しちまえば“下心”持った連中も文句は言えねぇ。こいつは期待以上だって評価する。その評価は、必ず主の役に立つ――だろ?』
――いつの間にか、駿吾はガーゴイルと視線を合わせている自分に気づいた。だが、怖さも不快感もそこにはない。あるのは、ただ自分の一言を待つ期待を抱いている……その確信だけだ。
「……ッ……」
喉が渇く。唾を飲もうとしてうまくいかず、駿吾は咳き込みそうになるのを必死に抑えた。
ダンジョンのボスというのは、通常の個体よりも強力な場合が多い――同じDランクで、その中でも優秀とは言えガーゴイルが簡単に勝てると言える相手ではないはずだ。
そこにFランクのスケルトンが集まって助力したからと言って、本当に役に立つのかもわからない。危険な賭けすぎる。初めてのダンジョンで、そこまで危険を犯す必要があるのだろうか?
(……ち、がう、か)
どれもこれも、もっともらしい言い訳が頭にちらつく。反対する理由なら、山程ある。だけれど……ガーゴイルの提案に、なぜか胸の奥から溢れ出すような熱を感じる自分がいた。
――きっと、自分のこの性格は治らない。そう諦めたから、降って湧いたようなレアスキルにすがるように、探索者の道を選んだ。
周囲のみんなも、学校の教師も、家族さえも「世の中そんなに上手くいかない、止めておけ」と言ってきた。正論だ、まったくの正論――だが、駿吾はそれを無視した。生まれて初めて、自分で決めたのだ。探索者になろう、と……“冒険”をしようと。
なら、この提案を蹴るのは……あり得ない。
「……うん、やろう」
駿吾は、確かに自分の意志でそう頷いた。
† † †
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