27話 試した結果とサムライの資質
† † †
その日、六七体のゴブリンはまさに故郷に錦を飾ることとなった。
『槍、構え。前進』
『ギギ!』
ゴブリン・サムライの指令に答え、粗末な槍を持ったゴブリンが横並びとなった槍衾を作る。粗末と言っても柄は軽量な木製だが、切っ先はしっかりとした鉄だ。石器の槍を持って挑んでくる三、四体の同族など相手にならない――踏み潰すだけだ。
『弓、射ろ』
『ギギ!』
そこへ駄目押しと言わんばかりの四体のゴブリンによる矢の射撃。矢を受けて戸惑っているゴブリンは、そのまま槍衾の前に貫かれて光の粒子となって消えていった。
『全体、止まれ』
サムライの指示にゴブリンたちの前進が止まる。その間に落ちた魔石を藤林紫鶴が拾い岩井駿吾の元へと戻った。
『さすがゴブリン、“再出現”の速度も速いですね』
「……ダンジョン内で倒されたモンスターが再生すること、だっけ?」
『だなぁ』
紫鶴の出した単語に反応した駿吾へ、ボレアスは“魔導書”の中から補足する。
『モンスターってのは魔石を中心にした情報生命体みたいなもんだって、前に言ったろ?』
「うん」
『どのダンジョンにもモンスターは存在できる上限が決まってる。なんらかの理由でモンスターの数が減ったらその上限になるように魔石を生み出す訳だ……これを“再出現”って言うんだな、お前らは』
この“再出現”の期間はダンジョンやモンスターによってまちまちだ。基本的に強力なモンスターであればあるほど時間がかかり、また弱いモンスターほどその間隔は短い。ゴブリンは短い代表例とも言うべき存在で、一二時間ほどで“再出現”すると言われている。
「お前らってことはモンスターの間では違う言い方なの?」
『いや。そもそも当たり前のことだから、そういう認識がないなぁ。《覚醒種》ぐらいしか自我がないからよ、同族同士だってろくに会話もしねぇわ』
『次、行く?』
サムライが振り返り、こちらに訊ねてくる。こちらが会話している間に、先頭の槍を持ったゴブリンたちが交代していた――サムライが持っていた《小鬼の統率者》という種族スキルは自分の指示に従うゴブリンの能力値を上昇させるもの、らしいのだが――。
(……ゴブリン・ジェネラルはもちろん、その配下も持ってるんだろうなぁ)
味方である時は頼もしいが、敵に回ると厄介なスキルだ。そう思いながら、駿吾は頷く。
「うん、サムライに任せるよ。頼むな」
『頼まれた。進むぞ』
サムライは振り返り、ゴブリンたちへ指示を出す。進むゴブリンたちの最後尾を歩きながら駿吾は“魔導書”を開いた。
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・スピアソルジャー
【ランク】F
筋 力:F+
敏 捷:F
耐 久:F
知 力:‐
生命力:F+
精神力:F
種族スキル
《小鬼の群れ》
固体スキル
《習熟:槍》:F
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・ボウマン
【ランク】F
筋 力:F
敏 捷:E-
耐 久:F
知 力:‐
生命力:F
精神力:F
種族スキル
《小鬼の群れ》
固体スキル
《習熟:弓》:F
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・ソードソルジャー
【ランク】F
筋 力:F
敏 捷:F+
耐 久:F
知 力:‐
生命力:F+
精神力:F
種族スキル
《小鬼の群れ》
固体スキル
《習熟:剣》:F
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・アックスソルジャー
【ランク】F
筋 力:E-
敏 捷:F-
耐 久:F
知 力:‐
生命力:F+
精神力:F
種族スキル
《小鬼の群れ》
固体スキル
《習熟:斧》:F
† † †
「……本当に経験をちゃんと積むとこんなに違うんだ」
駿吾はこうもあっさりと種族が変わってしまった自分と契約したゴブリンたちに驚く。ランクそのものは変わっていないが、武器の扱いに特化していくだけで能力値も大きく変化するらしい。
『ゴブリンが召喚者初心者に推奨される理由です。自分のスタイルにあった個体に成長させ、格上を倒す。そうしてより上のモンスターを手に入れるのが普通の召喚者ですから』
「……うん、ボクって普通じゃないからね」
紫鶴のメッセージに駿吾が苦笑すると、珍しく一瞬だけ沈黙が流れた。あれ? といつもなら会話する速度で返って来るメッセージが来ないな、と思ったら、次の瞬間長文メッセージが飛んできた。
『いえ他意はなく。岩井殿は普通ではなく非凡であり特別でありすごいというだけでけして悪い意味ではありません。これはあくまで一般的な召喚者のスタイルというだけで一度に多くのモンスターを操れる岩井殿には岩井殿のスタイルがあると思います気分を害されたのならどうか平にご容赦を』
「あ、いや。不愉快だとはそうじゃないんだ。気になったらごめん」
『――いえ、こちらこそ取り乱しました。申し訳ありません』
最後の方はもう句読点もなかった。互いに謝り合うというのもおかしなもんだな、と駿吾は思いながらゴブリンの軍勢を率いるサムライの後に続いた。
† † †
洞窟の一番奥へ、あっさりと着いた。
「……前よりも一〇体くらい数が違うね」
ここまで来る道のりで倒したゴブリンの数は、五四体。一三体ほど、数が足りない。その駿吾の呟きに、サムライは振り返る。
『多分、ボスのところに逃げ込んだかボスが呼んだ』
「そうなると、この先にボスと一緒にいるのか」
『主君、頼み、ある』
サムライが真剣な表情で見上げてくる。ん? とそれに犬の仮面越しに見下ろすとサムライはコクンと頷いて言った。
『今度は、オレも戦う。同じ数で、戦わせて――』
「いいよ」
『……ほしいって、言おうと、思った』
サムライが小首を傾げた。まさか即答させるとは思っていなかったんだろう。その不思議そうな顔に、駿吾は言った。
「今回はサムライに任せたから。サムライがやりたいようにやってくれていいよ」
『――わかった』
サムライが力強く頷く。その目にやる気が満ちているのに気づいて、ボレアスは笑った。
『おいおい、主。あんま発破かけてやんなよ、すっげぇやる気になってんぞ?』
「え? なにか悪いことしちゃったかな……」
『――いや、最高の煽り方だったぜって話さ』
どうやら、無意識だったらしい。サムライは自分に向けられた信頼に応えたい、そう張り切っているのだ。駿吾からすれば、へたな自分の考えよりもサムライの方がいい案や答えを出せると思ったからだが……上に立つ人間が、下に判断を委ねるという意味を駿吾はあまり理解していないようだ。
(……面白いよな)
自己評価の低さ。自信のなさ。臆病さ。本来ならマイナスと言われる特徴が群れのトップになった時、時にへたなカリスマを上回るという好例だ。
自己評価が低いから、下の意見を聞き入れる度量がある。
自信がないから、相手に任せることができる。
臆病だから、常に慎重に動ける。
その者に従えば間違いないと思わせるリーダーシップとはまったくの正反対。その者を支えないとと思わせるタイプのトップなのだ、この《百鬼夜行の主》は。
ゴブリンたちを選別しているサムライを今更ハラハラして見ている駿吾を見て、ボレアスは喉を鳴らして笑い改めて思う――ああ、こいつは守り甲斐のある主だ、と。
† † †
洞窟の奥、広いフロアに待ち構えていたダンジョン・マスターは大きな狼に乗ったゴブリン・ライダーだった。
『グルル……』
グレイウルフと呼ばれるFランクモンスターだ。その敏捷性はFランクモンスターの中ではトップクラスに速く、凶暴なことで知られている狼系モンスターだ。しかし、その背に乗っているゴブリンが背を撫でると、犬のように従順に飛びかかるのを止めて身構えるだけに留まった。
『あいつ、オレがやる。お前らは、周りを抑える。槍は固まって待機、弓は後ろでドンドン射る。横から来たら、剣と斧が動け』
『ギギギ!』
本来このボスフロアにいただろう二体のゴブリン・ボウマンの部下に合わせ、敵は槍が八体、斧が五体。その中心にゴブリン・ライダーという陣容だ。
対してサムライの方はサムライを中心に、ゴブリン・ボウマン四体と槍が五体。剣と斧が三体ずつという布陣だ。
『ギギギギ!』
ライダーがまず先頭を駆け出す。その後ろから槍と斧のゴブリンが続いて突撃、ゴブリン・ボウマンが弓を構え――。
『最初、弓から。次は槍を中心に射ろ』
サムライの指示の元、こちらのゴブリン・ボウマン四体が矢を射ていく。単純に弓の性能が違う。射程範囲外から射られた矢が、敵のゴブリン・ボウマンたちを射抜いていった。
『ギギギ!』
それから反撃するが、矢は途中で落ちる。木の枝と植物の蔓から作った簡素な弓と、しっかりとした構造の弓では相手にならない――あっと言う間に敵のゴブリン・ボウマンが倒された。
『ギギ!』
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
ゴブリン・ライダーの指示に、グレイウルフが咆哮する。その咆哮に、ビクっとこちらのゴブリンたちが身をすくませた――威嚇効果のある咆哮だ。ただ、サムライだけには通用しなかった。
『――シィ!』
サムライは腰から小太刀を抜くとライダーを迎え撃つ。跳躍したグレイウルフが押し倒し喉笛を食いちぎろうとするのを素早く前へ出て、転がって躱した。
『グル――』
着地と同時に振り返ろうとしたグレイウルフが、ガクリと体勢を崩す。振り向きざま、片膝立ちでサムライの小太刀が後ろ脚を切りつけたからだ。ライダーは巧みに手綱を操り、倒れるのを耐える――だが、その時には立ち上がる動きでグレイウルフの頭を踏みつけて跳んだサムライが、横一線に小太刀を振り抜いた。
『――首、もらう』
ザン! とライダーの首が宙を舞う。その首が地面に落ちるより早く、小振りな魔石となってグレイウルフと共にライダーの姿がかき消えた。
その頃には、総崩れとなった敵は他の自軍ゴブリンたちによって駆逐されていた。落ちていたライダーの魔石を手に、サムライが駿吾の元へ駆けてきた。
『取った! 取ったぞ、主君!』
「うん、すごかったよ。サムライ」
『おう!』
駿吾の言葉に、嬉しそうに笑うサムライの笑顔。それは先程までの凛々しさとは違い、褒められたことを喜ぶ子供のような無邪気さがあった。
† † †
弱いということは強くなれるということの裏返しで。
未来があれば、それはきっと希望なのでしょう――あれば、の話ですが。
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