25話 お金は大概の問題を解決してくれるが、大概の原因もお金なんですよ
※誤字報告、ありがとうございます。助かります。
† † †
探索者協会日本本部にある闘技場は、予約さえすれば探索者になら誰にでも開放されている。月に一度は、武器術の講習会も開かれた広い畳張りの部屋の片隅に、彼らはいた。
ヒュオン、と刃が袈裟懸けに振り下ろされる。その動きは鋭く、そして力強い。簡易な服に胴体と両腕に装着する革鎧を付けたゴブリンが小太刀を振るったのだ。
『――ッ』
短い呼気、袈裟懸けに振り下ろされた小太刀の刃が返り、跳ね上がる。そして再び袈裟懸けの斬撃、再び返しの刃、再び袈裟懸け、返しの刃、袈裟懸け――繰り返す度に、斬撃の速度が増していった。
『すごいですね』
岩井駿吾は『ツーカー』によって伝えられた藤林紫鶴のメッセージを読む。
『剣の冴えだけなら、それこそCランクの白兵戦専門の探索者とも切りあえるかもしれません』
忍者として、一応の白兵戦技術は紫鶴も身につけている。その紫鶴では、単純な刃のみの戦いでは不覚を取るだろう、そう思える技術を持っていた。
「いや、それが……」
そう言って、駿吾は“魔導書”を開いてゴブリンのデータを指し示した。
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・サムライ
【ランク】E
筋 力:D-
敏 捷:E+
耐 久:E+
知 力:‐ (E)
生命力:D-
精神力:E
種族スキル
《小鬼の群れ》
《小鬼の統率者》
固体スキル
《覚醒種》:E
《習熟:刀》:C
《常在戦場》
† † †
「あの小太刀を渡したら、種族名が変わったみたいなんだけど……」
『特定条件での種族変化か。ゴブリンって種族は本当にわけわからんな』
同じモンスターであるはずのボレアスも呆れるしかない。ゴブリンは経験や環境に左右され、それこそ人類が職業に就くぐらいの生易さで種族が変化するのだ。
「すごいよね、ゴブリンの種族変化先だけで辞書ができるんだもんね」
試しに読んでみたら、武器に関する進化だけではなかった。住んでいる場所の環境や群れの中による立ち位置など、様々な状況に対応してそれが種族名に関する進化先となっている――最弱、だからこそ獲得した生物としての多様性。それこそがゴブリンという種族の恐ろしさだった。
『で? 結局、あの依頼受けるのか? 主』
(一応、そのつもり)
楽しげに武器を振るい続けるサムライを見ながら、ボレアスの問いに駿吾は思考で答えた。
† † †
――それは、つい先程の出来事だ。
「ゴブリン・ジェネラルが発生しているダンジョンの探索が計画されているの。あなた、それに参加するつもりはない?」
翌日に探索者協会日本本部にある日本本部長香村霞の元へ呼び出され、そう切り出された。意外だったのは、そんなことを訊ねるためだけに、わざわざ本部に呼び出されたことである。
「そ、れは構わないですけど……そのために呼び出した、んですか?」
「……そうね、あなたが生まれる前のことだから知らないんでしょうけど。土地柄、結構繊細な話なの」
そう言って、霞は一枚の古い新聞の切り抜きを見せた。そこに書かれていたのは過去の奥多摩で起きた、ひとつの事件が書かれてた。
「……ゴブリン・キングが起こした“スタンピード”、ですか?」
「ええ、奥多摩はこの国では四件だけ記録されているゴブリン・キングによる被害を経験している土地なの。そういう土地ってね、似た被害を繰り返す傾向にあるのよ」
霞曰く、ダンジョン専門家の間には情報が土地に記憶されているからではないか? と推論がされている。例えば神話や伝承、過去に起きた事件、都市伝説などなど、“迷宮大災害”以前からの情報と似通ったモンスターが出現したり、環境がダンジョン内に再現されたりということが多い。
「日本だと遠野地方のマヨイガや京都あたりが有名ね。それと同じように、“迷宮大災害”後に大きな事件が起きると、それを繰り返す傾向にあるのよ」
「……ゴブリン・キングの事件はそれだ、と?」
「そうね。今から三〇年前……私も生まれてないから、当時の資料で見るのがやっとだけど。少なくない被害が出ているわ」
霞の言葉を裏付けるように、新聞の切り抜きにも三桁に及ぶ死傷者が出て、と書かれている。それからも度々、ゴブリンによる“スタンピード”が小規模ながら発生しているのが奥多摩という土地である。
「西多摩地区支部ではそのための予算も組まれて、定期的にダンジョンが発生していないか捜索も行われていたはずなの。でも、あなたが契約したゴブリンの《覚醒種》から降って湧いた情報でゴブリン・ジェネラルまで成長したゴブリンが率いている群れがいることが判明したわ……正直、先手が打てて嬉しい反面頭が痛い事態でもあるの」
なにせ、ダンジョンの発生を発見できなかったということなのだ。山という自然、さまざまな状況を考えれば人の踏み入ることのない土地というのにはダンジョンの探索は必須といえる。それこそ気づいたらモンスターが外を出歩く危険地帯になっていました、では困るからだ。
「予算が組まれるってことは……わかるかしら? 相応の成果が求められるってことよ」
「えっと……」
『ようは、今回みたいに見逃しがあると「予算の無駄」って言われる訳だ。そうなると予算が削られる。予算が削られると事前のダンジョンの捜索もままならない、んで――』
「今度こそ、致命的な見逃しが生まれてしまうかもしれない、と?」
ボレアスの念話による補足解説は的確だ。人間が作ったシステムは、人間の都合で機能して時に破綻する。予算、お金――未だ資本主義社会であるこの国で、常に組織を苦しめるのはこの問題である。
「予防の怖いところよね……一定の効果があることが当たり前になると、出てくるのよ。それは本当に必要なのか? そんなものがなくても実は大丈夫なんじゃないか、別の必要なことに予算を回すべきではって。三〇年って時間も厄介なのよ、体験していない層も出てきているから」
その大きな悲劇を体験している者なら予算の無駄とは考えない。二度と体験したくない、と強く望む声が大きいほど無駄だとは言わないからだ。だが、経験していない人間が増えると、体験談や過去の情報を自分の身にも降りかかることだという認識が甘くなる。
「そこで、あなたよ」
「……ボクですか?」
霞は事情が飲み込めていない駿吾に、頷きを見せて意図を語った。
「あなたはひとりでも多くのモンスターを扱えるわ。ようするにこういう探索向きの人員でもあるわ。もちろん、あなたひとりに任せたりせず藤林にはフォローさせるし他の補佐もつける予定よ」
駿吾に常に付き纏う《ワイルド・ハント》というレアスキルの危険視する絶望派、それに対して戦闘だけではない有用性を見せたい、というのが霞の本音だった。そして、奥多摩における事前のダンジョンによる捜索、これも予算削減させないためには情報をなるべくシャットアウトできる範囲ですませておきたいのだ。
「すぐに答えを出せとは言わないわ、この数日中に答えを出してもらえると助かるけど」
「……は、はい」
† † †
……などというやり取りが先程あって。サムライが武器を振りたそうにしていたから、闘技場へやって来た、というのが今の流れだ。
(ボクとしては受けてもいい気がするんだよね……)
『ゴブリンの魔石がたくさん手に入りそうだしな』
(他の牛頭馬頭たちにも良いスキル、持ってそうなゴブリンもいるかもしれないからね)
ボレアスからは注意しろという警告はあってもやれともやるなとも意見は出ない。相談されれば答えるが、最後の選択は駿吾に委ねてくれるのがこの守護者だ。そういうところは、素直にありがたいと思う。
「あれ? 昨日の坊主じゃないか!」
「え?」
不意に後ろから声をかけられ、駿吾は振り返る。そこにいたのは昨日、西多摩区支部の売店にいた店員だ。だが、今日はラフながらしっかりとした作りのジャケット姿である。
「昨日の……どうして、ここに?」
「いや、ちょっと呼び出しくらってな」
『岩井殿、この方を知ってらっしゃるのですか?』
紫鶴のメッセージに視線だけ携帯端末に落とし、駿吾は小さく頷く。それにすぐに紫鶴から返答が返ってきた。
『その方は鷲尾倉吉殿。西多摩区支部所属の探索者で、Aランク探索者です』
「……えぇ!?」
「ん?」
思わず驚きの声を上げてしまう駿吾に、昨日の店員――倉吉は怪訝な表情を見せた。
† † †
色々と話が転がっていきます。このあたりでダンジョン事情をより深く解説できたら、と思います、はい。
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