23話 《最弱の悪鬼》
※本日は用事があるので、更新がこれ一話になる可能性もございます。
申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。
† † †
ダンジョンに言うのもおかしいが、大した長さを持たない普通のトンネルだった面影は、既にどこにもない。
『ギギ!』
ゴブリン――背は一メートルあるかないか、緑色の肌に鷲鼻、腰布だけでありながら石器による斧や槍で群がって襲いかかってくる。
だが、牛頭鬼と馬頭鬼が岩の棍棒と斧を振るう度に簡単に簡単に潰されていく。
『ブモォ!』
『ブルァ!』
もはや、鎧袖一触。相手になっていない。《隠身》スキルで姿を消した藤林紫鶴が、不揃いな魔石を拾ってきてくれるが“魔導書”に魔石を吸収させて契約すれば、岩井駿吾にも一発で理由はわかった。
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン
【ランク】F
筋 力:F
敏 捷:F
耐 久:F
知 力:‐
生命力:F
精神力:F
種族スキル
《小鬼の群れ》
固体スキル
† † †
能力はほぼ最低値、得意も苦手もないというよりもとにかく群れで行動すると攻撃力が上昇する種族スキル《小鬼の群れ》でごまかしているだけで、個体スキルさえ所有していなかった。
『ゴブリンは群れになると厄介ですが、単体では最弱と言われています』
「……それでもボクなら殺せそうだけどね」
紫鶴の『ツーカー』でのメッセージに、駿吾は苦笑する。これは自己評価の低さが原因ではあるが、【DLV】が3もあればゴブリン一体なら素手で渡り合えるくらいにはなれる――。
† † †
【氏名】岩井駿吾
【年齢】15 【性別】男性
【DLV】22
保有スキル:
《ワイルド・ハント》:F
《蹂躙》
《進化》
《限界突破》
† † †
土蜘蛛八十女を倒した時の魔力を吸収して、三レベルも上昇している。今なら最初に防具を整えているために一撃、二撃なら痛くも痒くもないはずだ……とはいえ、試そうとも思わないのだが。
だから、アイアンミノタウロスは常に身近に置いている。“魔導書”の中で、ボレアスもいつでも風の障壁を張れる準備を整えていた。
「あれ?」
『どうした?』
三〇体を超えたあたりで、ふとそれに気づく。駿吾は一体のゴブリンのデータを指で示した。
「これ、ちょっとデータが違うんだ」
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン
【ランク】F
筋 力:F
敏 捷:F+
耐 久:F
知 力:‐
生命力:F
精神力:F
種族スキル
《小鬼の群れ》
固体スキル
† † †
敏捷に『+』がついているだけ。だが、それまでコピー&ペーストしたように同じデータだけだったので、目についたのだ。
『ゴブリンは人類と同じくらい、幅広い可能性を持った種族と言われています。さまざまな経験を詰むことで膨大な数の進化先があるらしく、その全容はまだ判明しきっていないらしいです』
「へぇ」
スケルトンは所持していた武器によったが、経験よって個体に差異が生まれていく――本来なら当然と思えるのは、人間寄りの考えだろうか?
「これなら成長のさせ方によっては、面白――」
言葉の途中で、アイアンミノタウロスが動いた。ガキン! という音と共にアイアンミノタウロスの鉄の身体から火花が散る――駿吾に覆いかぶさるように、アイアンミノタウロスが守ったからだ。
「え?」
「岩井殿!?」
紫鶴の悲鳴のような声に、駿吾は逆に冷静を取り戻す――この岩石の洞窟で天井に貼り付き、上から召喚者である駿吾を一点掛けで奇襲をしかけてきたモノがいたのだ。
「大、丈夫! むしろ、そっちも気をつけて!」
いらない心配とわかっていても、駿吾は咄嗟にそう言っていた。駿吾は犬の仮面の下から、周囲を警戒する。最新鋭のダンジョン技術と科学技術を使った仮面だ、視界の邪魔にはならない。
(牛頭鬼と馬頭鬼は――っ)
牛頭鬼と馬頭鬼が、ゴブリンたちを蹴散らしながら戻ってくる。駿吾を中心に牛頭馬頭とアイアンミノタウロスが周囲を警戒した。
「いま、の……は?」
『ゴブリンです。間違いありません。ただ、装備している武器が木刀に似た木の棒でした』
紫鶴からのメッセージに視線を落とし、確認。さすがは忍者、目がいい。駿吾など、まったく見えなかった。
『キキキキ!!』
なにを勘違いしたのか、ゴブリンの群れが三体へと襲いかかる。もちろん、牛頭馬頭もアイアンミノタウロスも、一撃で蹴散らして――。
「――ッ!?」
ゾクリ、となにかを感じて、駿吾は反応する。もたもたと腰から抜くのは三〇センチほどの刃渡りの短剣だ。ないよりかマシ、という気分で購入した安物だが、嫌な予感がそれを駿吾に抜かせたのだ。
『――――』
殴られ、切り裂かれ、ゴブリンたちが魔石に戻っていく――その中で、一体だけまったく違う動きをしていたゴブリンがいた。腰布に下げていた木の棒を抜くと、滑り込みながらアイアンミノタウロスの足元を滑り抜ける。そのまま跳ね上がる勢いを利用して、駿吾の喉を狙った。
「ひ!?」
咄嗟だった、偶然目の前に構えた短剣がゴブリンの木の棒を受け止めていた。武器の素材の差だ、木の棒が折れる――舌打ちしたゴブリンが、ゴォ! と巻き上がった突風に吹き飛ばされた。
ボレアスは、偶然でも自力で凌ぎきった駿吾を褒める。
『今のはよく守りきったぜ、主』
「う、うん……」
地面に転がったゴブリンは起き上がろうとして、手足を抑えつけられるのを感じた。
『ぐ、あ……!』
姿は見えない、だが首に冷たい刃を押し付ける者がいた。その激しい怒りと殺意のままに、《隠身》で身を消したままゴブリンを抑えつけていた紫鶴は小刀を横に引こうとする――。
「ま、待って……藤林、さん……」
だが、他でもないそれを止めたのは死にかけた駿吾だった。紫鶴はその制止に、刃を止めた。
「岩井、殿……ですが……!」
「ちょっと、待って。少しだけ、話をさせて」
「――え?」
紫鶴は、改めてゴブリンを見下ろす。その目にあった意志の光にやっと気づき、驚きの声を上げた。
「もしかして、キミ……自我のある《覚醒種》じゃない?」
† † †
ゴブリンは、顔をしかめる。その豊かな表情は、確かに自我を持つ者の証だった。
『……勝者は、お前。オレ、文句言えない』
片言でそう返すゴブリンに、やっぱり……と駿吾は息をこぼす。身体能力や技術だけではなかった、動きのひとつひとつに確かな意図があり強い意志が感じられたからだ。
『おー、クソ珍しいな。オレ、自分以外の《覚醒種》って初めて見たかもしれん』
「……? 今、声……頭、直接……?」
『念話だ、念話』
ボレアスの念話に戸惑うゴブリン――《覚醒種》の数は少ない、と以前ボレアスは言っていた。それこそ、一〇〇〇体に一体ぐらいだろう、と。
『あー、そっか。ゴブリンって数が多いもんなぁ』
「そうだね、その分《覚醒種》が出やすいのかも?」
『……殺せ。オレ、ここまで』
大の字になって力を抜くゴブリンに、紫鶴が姿を現してゴブリンを見下ろしたまま言った。
「こう、言ってますが……?」
「あー、待って。ボレアス、契約って魔石に一度戻さないと駄目なの?」
『どうなんだろうな? 普通は自我がないから交渉もできないだろうし、オレも記憶にねぇなぁ』
自分がこの“魔導書”に宿った時の記憶がない、そう語るボレアスに、駿吾は紫鶴に抑えられたゴブリンに近づいた。
「ねぇ、だったらこれに触って。試してみたいんだ」
『? こうか?』
ゴブリンが“魔導書”に触れる――次の瞬間、光の粒子となってかき消えていった。
† † †
【個体名】なし
【種族名】ゴブリン・ソードマン
【ランク】E
筋 力:E+
敏 捷:E+
耐 久:E+
知 力:‐ (E)
生命力:E+
精神力:E
種族スキル
《小鬼の群れ》
《小鬼の統率者》
固体スキル
《覚醒種》:E
《習熟:刀》:C
《常在戦場》
† † †
「……強くない?」
駿吾の第一印象が、それだった。いや、もちろん牛頭馬頭やアイアンミノタウロス、ボレアスと比べるべくもない。ただ、どう考えても通常のゴブリンと比べれば雲泥の差だ。そもそも、Eランクでありながら武器の扱いがCランクもある――純粋な武器の扱いなら、Dランクの三体さえ超えている。
『きちんとした武器を装備したら、スケルトン連中より強かったかもなぁ』
『《常在戦場》は奇襲を察知し、先手を取りやすい個体スキルですね。確かになかなかの個体です』
コツコツと最弱の状態からここまで成長したのだろうか? だとしたら、本当の拾い物はあのゴブリンだったかもしれない。
† † †
これが岩井駿吾と《最弱の悪鬼》の出会いであった。
そして、この時はまだ駿吾は知らなかった――この出会いが、次の事件へと繋がっていたのだ、と。
† † †
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