22話 新しいEランク探索者
† † †
退院した岩井駿吾がすぐに呼ばれたのは、探索者協会日本本部にある日本本部長香村霞の元だった。接客用のソファで向かい合い、霞は笑みを浮かべ告げた。
「今回は本当に助かったわ、ありがとう」
「い、いえ……」
駿吾としてはどうにも苦手な相手だ。笑顔の中にも威圧がある――それでも犬の仮面のおかげで視線を外しながら会話はできた。
「しかし、今回の件に道摩法師が関わっていたとは……驚く反面、納得もしたわ」
「どうま……道満ちゃん?」
「ちゃ……随分と気に入られようね」
呆れ半分、哀れみ半分の霞の表情が物語っていた。蘆屋道満という“怪人”の本質を。
「道摩法師、蘆屋道満……名高い本物かは定かではないけれど、本当に一〇〇〇年前から生きていることが確認された陰陽師よ」
「……はぁ」
「いいのよ、逆にピンと来られても困るわ」
外見は一〇代半ばの美少女だけに、実感が全然わかない。それで納得してもらえたのが不幸中の幸いだ。ただ、なにも見えないはずの部屋の片隅から妙な圧力を感じるのだが――気のせいだろうか?
「後は私の仕事よ。それよりも今回のことについて、あなたに直接伝えておきたいことがあって」
「……なんでしょう?」
「そんなに緊張しないで。悪い話ではないわ……まず、あなたを探索者としてのランクをEランクに昇進させる運びになったわ。今回の功績で、満場一致でね」
それは駿吾を擁立しようとする希望派と危険視する絶望派、どちらでもない中立派が揃って認めたという事実に他ならない。その意味は駿吾にとっても、平和裏に納めたい霞にとっては大きい意味を持つ。
「今回、最大の功労者ですもの。本当ならそれこそもっと高いランクを与えても構わない成果だけど――理解してもらえると嬉しいわ」
「……はい。それで問題ありません」
成果にふさわしいランクの上昇を行なえば、悪目立ちする。それこそ最低でもBランク、あるいはAランクを与えても文句など封殺できるほどの功績だが、駿吾が《ワイルド・ハント》であるという事実から見送った形だ。
「後、あの土蜘蛛八十女の魔石は申し訳ないけれど調査を行なうという名目で探索者協会が買い取らせてもらうわ。正規の値段よりも色はつけておくけど」
「そう、ですか……それも構いません」
『待った待った、さすがに唯々諾々と従いすぎじゃねぇか? 主』
ここでボレアスが念話で混じってきた。霞としては、ついに来たなと身構える。この名付けられたガーゴイルは心身共に駿吾の守護者だ――口を挟んでくるのは、予想していたことだ。
「……事件を依頼として褒賞を換算。魔石も正規の値段以上で購入すると言っているんだけど? なにかそちらに損がある?」
『探索者法第三条二項、ダンジョン内で得た物品における売買の決定権は探索者側にある――だったよな?』
「…………っ」
痛い所をついてくれた。探索者協会が探索者との契約であるその法を破るという意味をこの守護者はわかった上で言っているのだ。
「だから、確認を取ったわ」
『売らないって判断が最初からないのは確認じゃねぇな。事後承諾ってんだぜ?』
「――その交渉の場よ」
『なら、金銭以外でもいいはずだ。例えば、別のAランク相当の魔石と交換、とかな』
ボレアスの提案は、確かに理にかなっている。探索者の権利として、なにを対価とするか決める側は駿吾にあるのだから。加えて交渉の場と答えたのも霞だ。ならば、ひとつの要求として提案するとしては正しい選択だろう。
「無茶を言ってくれるわね。そんなもの、すぐに用意できるとでも?」
『なら、この話はなしでもいいはずだ。どうだ? 主』
「それは……」
駿吾は真面目に考え込む。ここで選択権を駿吾に投げる意味を、ボレアスもわかっているはずだ。
(こっちとやってることが一緒じゃない!)
足元を見られている、と霞は表情には出さず苦々しい想いを噛みしめる。こちらの都合で能力にふさわしい正統なランクを与えられていない、加えてAランクのモンスターを渡したくないこちらの思惑もわかっているのだろう。
なにせ、あんなガーゴイル・ストームルーラーというAランクモンスターの脅威を見せられたのだ。排除を謳う絶望派からすれば、そこに土蜘蛛八十女という強大な力が加われば危険視するに決まっている。時期尚早と霞が考えていたのを、ボレアスは察したはずだ。
だから、こっちの足元を見た――こちらを信用しない相手を信用するとでも? そう牽制したのだ。
「なら、あの土蜘蛛は正規の値段でお売りします」
考え終わり、駿吾はそう切り出した。霞は内心で安堵と怪訝の感情を抱く。
「その代わり、色を付けようとした分は魔石で……は駄目ですか?」
『甘いなぁ、主は』
ボレアスの声色は、甘いと言っていない。むしろいい落とし所だと思っているのが含んでいる笑いでわかる――なにせ、霞の表情が一瞬だけでも凍ったからだ。
(妥当、妥当で一番嫌な真似を……!)
へたな魔石を出せなくなった、と霞は内心で舌を巻く。そちらの事情を全部飲んだのにそっちの言う色というのはこの程度か、そう言われるのが一番“痛い”。
「……わかったわ。後で藤林経由で――」
だが、落とし所としてはこれ以上ない部分でもある。霞はそう先へと話を進めた。
† † †
探索者協会内におけるランクの恩恵とは大きい。
まず、公式に挑むことができるダンジョンが増える。稼ぎが美味しく、また高難易度認定されたダンジョンほどランクによる制限、“足切り”が多いのだ。
加えて協会関係施設を使用した場合の権限。装備関連では特にランクが高い方が優遇され、割引なども大きくなる。また魔石やダンジョン産の資源、アイテム等の買取価格にも影響する。
一言で言えば、ランクというのは探索者における恩恵のすべてに関係しているのだ。これを正規のランクを見送ってほしい、と協会側から要請するのは本来ならあってはならない越権行為なのだ。
『後、そのように扱われ探索者の立場を捨てられ、一企業や国家に雇われる場合もあります。あくまで協会は探索者同士の互助組織……この体をなくすと世界最大の戦力を持った軍隊と変わりませんから』
そう藤林紫鶴が『ツーカー』で説明してくれた。彼女の立場的にいいのかな、と思うのだが……ありがたいので黙っておく。
「面倒だなぁ」
『その一言ですませたら、あの姉ちゃんもたまらねぇだろうよ』
駿吾の感想に、ボレアスが笑う。駿吾が現在いるのは、東京都奥多摩。山間部のトンネルにできあがったという発生したばかりのEランクダンジョンの前だった。
コンクリート造りのトンネルに一歩踏み込めば、景色が一変する――それは岩肌の露出した洞窟だ。今回、ボレアスは“魔導書”でお留守番の予定である。そのため、牛頭鬼と馬頭鬼、アイアンミノタウロスが召喚された。
『今回のダンジョンは、主にゴブリン系が出るダンジョンです。その三体がいれば問題はないと思います』
「ゴブリンかぁ」
駿吾でも知っている有名なFランクモンスターだ。ただ、一体一体は弱いが「一体見たら三〇体はいると思え」と言われるほど群れを作ることで有名だ。事実、“迷宮大災害”の初期にはゴブリンのいるダンジョンの発見が遅れ、“スタンピード”によって街ひとつが壊滅させられた、などよくあったのだという。
ただ、数がいるのはありがたい。駿吾としては、とにかく補充がしたいからである。その上で育てられるゴブリンがいれば、なお良しだ。
「行くよ」
深呼吸をひとつ、三体のモンスターを引き連れて駿吾は歩き始めた。
† † †
新章突入です。
7万文字なら、後で膨らませる余地を残しておくという意味で……ね?
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