20話 まつろわぬ災害4
† † †
『いやぁ、でっけぇな。さすがにきちぃぞ、これ』
そう言うボレアスの声に、言葉の内容ほどの悲壮感はない。岩井駿吾と藤林紫鶴、御堂沢氷雨の三人を抱え、国道246号に降り立ったボレアスは三人を降ろし巨大な土蜘蛛を見上げた。場所が旧国会議事堂近くなのは、さながら前世紀の怪獣映画を思わせるシチュエーションである。
――ちなみに、それを見ながらボップコーンとジュース片手に手を叩いてはしゃぎ喜ぶ黒幕が近くにいたのだが、それを気づく者はさすがに誰もいなかった。
『主!!』
「……うん、残ってるモンスター、全部、《進化》に、回す、勢い、で!」
眩いばかりの輝きが、駿吾の手にある“魔導書”から放たれる。それを振り返らずに信頼し、ボレアスは前へ出た。
『っらあああああああああああああああああああああああああ!!』
ゴォ!! とボレアスから放たれた暴風が巨大土蜘蛛を襲う。しかし、総勢三一体の土蜘蛛を取り込んだ巨大土蜘蛛の瘴気の身体は、もはや密度からして違った。散らされることなく、巨大土蜘蛛の脚が払われる――それをボレアスは真正面から受け止める!
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!』
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
互いに、一歩たりとも退かない。ボレアスの風による出力が、残り八体だったインプすべてを用いた《進化》によって上昇した。
† † †
【個体名】ボレアス
【種族名】ガーゴイル・ストームルーラー
【ランク】B
筋 力:B+(A)
敏 捷:C (B)
耐 久:B+(A)
知 力:‐ (B)
生命力:B+(A)
精神力:B (B+)
種族スキル
《魔除けの守護像》
《擬態・石像》:B
固体スキル
《覚醒種》:B
《悪魔の血》
《剛力無双》
《習熟:魔法:風》:B
《鉄拳》
† † †
追加された個体スキルは、本来であればデーモン系の種族スキルであった《悪魔の血》だ。血の流れない石の身体だからこそ、それは膨大な魔力の流れとなってボレアスの身を駆け巡る! バシュン! と蜘蛛足の先が風に耐えきれず消し飛ぶがすぐに瘴気に寄って元へ戻った。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
ボレアスの五指が虚空を切り裂く。放たれる五つのカマイタチ、それを巨大土蜘蛛は糸の城壁を築き受け止めた。
「つ、次!!」
それは一二体分の土蜘蛛だ。インプやレッサーガーゴイルの時など問題にならない光量の光の粒子が、ボレアスへと吸い込まれていった。
『おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!』
巨大土蜘蛛の糸が、ボレアスを襲う。ボレアスは旋風を起こし糸を散らすが、お構いなしだ。旋風ごと糸の繭がボレアスを飲み込んだ。
† † †
【個体名】ボレアス
【種族名】ガーゴイル・ストームルーラー
【ランク】B
筋 力:B+(A)
敏 捷:C (B)
耐 久:B+(A)
知 力:‐ (B)
生命力:B+(A)
精神力:B (A)
種族スキル
《魔除けの守護像》
《擬態・石像》:B
固体スキル
《覚醒種》:B
《悪魔の血》+《まつろわぬ蜘蛛》+《習熟:魔法:風》:B→《貪り尽くす北風》
《剛力無双》
《鉄拳》
† † †
「――ボレアスっ」
駿吾がその名を叫んだ瞬間、糸の繭が内側から爆ぜた。その中から立ち上がったのは、まさに人の形をした暴風だった。
『こんぐらいでやられるわきゃ、ねえだろうがよ!』
暴風の音に負けないボレアスの張り上げる声。《悪魔の血》と《まつろわぬ蜘蛛》、そして《習熟:魔法:風》:B。その三つのスキルを統合、変化させて生まれたこの世界でボレアスのみが使える個体スキル《貪り尽くす北風》は、この状況に最適化した能力だった。
すなわち、暴風を身に纏う――最大で全長一五メートルに達する嵐の巨人がそこにいた。
『主!!』
「う、うん!!」
嵐の巨人の胸部から届くボレアスの声に、今度は駿吾はアイアンゴーレムを素材に《進化》させた。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!』
巨大土蜘蛛が、その蜘蛛脚で嵐の巨人を刺し貫こうとした。巨大過ぎる風は、制御が困難だ――だからこそ、防御は薄い。そのはずだった。
『おおおおおおおおおおおおおおお!?』
だが、巨大土蜘蛛の蜘蛛脚が弾かれ、消し飛ぶ。バラバラ、と三つの土蜘蛛の魔石が国道246号のアスファルトの上へ落ちた。
† † †
【個体名】ボレアス
【種族名】ガーゴイル・ストームルーラー
【ランク】■
筋 力:B+(A+)
敏 捷:C (B)
耐 久:B+(A+)
知 力:‐ (B)
生命力:B+(A+)
精神力:B (B+)
種族スキル
《魔除けの守護像》
《擬態・石像》:B
固体スキル
《覚醒種》:B
《貪り尽くす北風》
《真理の人形:鉄》→《真理の外殻:鉄》
《剛力無双》
《鉄拳》
† † †
ガシャガシャガシャガシャ!! と嵐の巨人が鋼鉄の鎧を身に纏っていった。荒々しく吹き荒れる嵐を巨人の形に押し止める外殻。石像というガーゴイルのアイデンティティが許さなかった鉄の身体を、器という概念で再現したものだ。
「こ、れで――」
どうだ、と駿吾が言おうとした時、両肩に置かれる手があった。それは白く硬い、骨の手――スケルトン・ソードマンとスケルトン・ランサーだ。
そして、一歩前に出たスケルトン・アーチャーがコクリと頷いた……気がした。《覚醒種》でなく、自我を持っていないスケルトンがそんなことをするはずがないのに――最初のダンジョンからずっと、《進化》して戦ってくれたスケルトンたちに自分が感情移入した結果だ、と駿吾の理性が判断した。
――それが、なんだ?
そんな理屈、どうだっていい。ただ、感情に任せて駿吾は告げた。
「ありがとう、さようなら……またね」
三体のスケルトンが、光の粒子となって姿を失う――そして、一五メートルの鉄の外殻へ染み込んでいった。
† † †
【個体名】ボレアス
【種族名】ガーゴイル・ストームルーラー
【ランク】■ → A
筋 力:B+(A+)
敏 捷:C (B)
耐 久:B+(A+)
知 力:‐ (B)
生命力:B+(A+)
精神力:B (B+)
種族スキル
《魔除けの守護像》
《擬態・石像》:B
固体スキル
《覚醒種》:B
《貪り尽くす北風》
《真理の外殻:鉄》
《習熟:剣》+《習熟:槍》+《習熟:弓》+《習熟:大盾》→《真理の武装:鉄》
《剛力無双》
《再生》
† † †
――もはや、この世界さえ認めるしかない。このボレアスと呼称されたガーゴイル・ストームルーラーの存在はBランク枠に収まらず、Aランクとして認識するしかない、と。
† † †
巨大土蜘蛛の体当たり、それをボレアスは鉄の大盾を目の前に展開して受け止めた。ガシャン! とその手甲部分が変形。殴打するための武具と化した。
『お、らあああああああああああああああああ!!!』
両手を頭上で組み合わせての、ボレアスのハンマーブローが巨大土蜘蛛へ振り下ろされる! 二度、三度、四度、五度――その一撃一撃が手甲に亀裂を走らせ砕くが、《再生》によって修復され何度も何度も叩き込まれた。
その度に、ひとつまたひとつと土蜘蛛の魔石が落ちていく。巨大土蜘蛛はその時、気づくべきだった――土蜘蛛の魔石がいつの間にか消え、再度吸収することができなくなっていたことを。
「こ、れ、を……!」
「任せてくださいっ」
姿と気配を消した《隠身》した紫鶴が回収、それを受け取った氷雨が駿吾の元へ運んでいく。再び取り込ませたりなどしない――その可能性を考慮にいれて、“魔導書”へ取り込んでいたのだ。
『おお、おおお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
巨大土蜘蛛が、その核となった土蜘蛛八十女が叫ぶ。
――返せ、同胞を返せ、と。がむしゃらに、ボレアスへと挑んでいった。
† † †
『――はん』
ボレアスは答えない。殺しに来たのだ、奪いに来たのだ。ならば、殺されて奪われる覚悟があって当然だろう、と。思ってはいても、それを言葉にはボレアスはしなかった。
――ボレアスは知らない。名付けられた土蜘蛛八十女、その由来こそが朝廷に従わなかったためにまつろわぬ民として滅ぼされた土蜘蛛の名なのだと。皮肉にも真逆の立場を与えられた襲撃者、土蜘蛛八十女がなぜ自分の主へ執着するのかも――知る必要など、どこにもなかった。
ボレアスは視線を感じる。犬の仮面越し、自分を見上げる駿吾の視線を。
『――こうであれ、こうなれって情報にその個体の方向性が決められちまうのが名付けって行為なのさ。良きにせよ、悪きにせよ、その影響からモンスターは逃れられなくなる……オレとしては、その責任が取れるって覚悟ができるまでは止めておいた方がいいと思うね』
「……責任か」
『おう。契約したモンスターの在り方に責任を取るってのは、どう向き合うかって迷わないってこった』
一度は迷った名付けを、駿吾は迷わず行なった。責任の重圧、自分が他者に影響を与えるという恐怖。それを理解して、主は行なったのだ……自分のためではなく、顔も知らない誰かを守るために。
(もっと、世界を呪ったっていいだろうに)
ただ、普通と違うからと世間から爪弾きにあった。人と視線を合わせるのも怖くなるぐらい、周囲から心身ともに押し潰された。だというのに、駿吾が呪ったのは世間ではなく、普通になれない――変えられない自分だった。
馬鹿げた話だ、とボレアスは思う。普通など、その他大勢の平均以上が身につけた個性に過ぎない。それこそモンスターでいえば、よくある個体スキルのようなもので。大勢の者が所持しているから、と言って次の瞬間には別の個体スキルに普通が入れ替わっているかもしれない移ろいやすいものだというのに。
(よく見とけよ、主。重要なのは、変わる勇気だけじゃない――変えない勇気だって、あるんだ)
ボレアスと真正面から向き合った主に対し、このガーゴイルが返せるものなどただひとつだ。
† † †
――思考は一瞬、一刹那で充分。迫る巨大土蜘蛛へ、ボレアスは右拳を握った。
† † †
『――守り抜くとそう決めた。必ずだ』
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉん!!』
ゴォ! と旋風を纏った鉄拳が、真っ直ぐに突き出される。地面を踏み砕き、渾身と万感を込めた一撃――ドン、と巨大土蜘蛛の瘴気と旋風が激突、鎬を削る。一歩たりとも退いてやるかという意地と意地が、拮抗する。
『おお、おおお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
巨大土蜘蛛の瘴気の一部が、鋭い切っ先となって何度も何度も振るわれる。鉄の外殻と、内側の嵐を、貫き穿ち、こそぎ落としていくように。
だが、外殻は《再生》していく。ボレアスの意志ではなく勝手に――まるで、自分の内側にいるなにかが手助けするように。
『あ、あ……そうかい。いいぜ、手伝えよ』
ガシャガシャガシャ、と拮抗する右拳が変形する。それは鋭い剣の切っ先のようであり、槍の穂先のようだった。突起となり伸びた重みで、僅かに切っ先が下がる――だが、それはボレアスにとっては別の感想を抱かせた。
――違う、そこではない。ここだ、そう導かれた気がした。
『オレが――オレたちがやるんだ――!』
前へ、前へ。ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ! と連続で突き出される無数の蜘蛛脚の刺突を受けて耐えながら、ボレアスは前へ出る!
駿吾はそれを拳を固く握って、見ていた。見ているしかできなかった。それがすべてを託した召喚者にできる唯一のこと……だろうか?
ギリギリ、と痛いほど歯ぎしりして見ていた駿吾は、内側からこみ上げるままに――叫んだ。
† † †
「――いっけええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
† † †
【氏名】岩井駿吾
【年齢】15 【性別】男性
【DLV】19
保有スキル:
《ワイルド・ハント》:F
《蹂躙》
《進化》
――――――――――――――――――――――――ジジッ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――《限界突破》
† † †
『っらあああああああああああああああああああああああああああ!!』
その瞬間、ボレアスの中でなにかが弾けた。己の限界さえ超えた、全力全開の一撃。ズドン! と肘から先が矢のように射出された杭の右手が巨大土蜘蛛を貫いた。
「お、おおおおおおおおおお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
その切っ先に貫かれ、土蜘蛛八十女が巨大土蜘蛛の中から吹き飛ばされる。ガリガリガリガリガリガリ!! とアスファルトに一本の線を刻んだ杭の先で、大の大人でさえ一抱えある魔石が、宙を舞った。
その瞬間、ボン! と内側から巨大土蜘蛛が爆ぜて破裂する。降り注ぐ土蜘蛛たちの魔石――ゆっくりと膝からその場に崩れ落ちる鉄の外殻を見上げ、駿吾もその場に倒れ込んだ。
「や……っ……た……!」
もう指一本動かすこともできない。身体中の力が抜けていく心地良さに抗うことができず、駿吾の意識が暗闇に落ちていく……ただ、心配そうに自分に駆け寄ってくるふたりの少女に、心配かけるのは申し訳ないなと思いながら、やり遂げた少年は意識を手放した。
† † †
「ただただ、全力を尽くす。これを“ご都合主義”と呼ぶのであれば、この世のすべからずがそうであろうよ――良きにつき、悪きにつきの」
気に入っていただけましたら、ブックマーク、下欄にある☆☆☆☆☆をタップして評価をお聞かせください! それが次に繋がる活力となります! どうか、よろしくお願いします。




