2話 初めて尽くしのダンジョン探索(前)
※VRゲーム[SF]にて『エクシード・サーガ・オンライン~一ゲーマーの『オレ♂』が、『バーチャルアイドル配信者♀』として売り出されることになったのだが!?~』を連載しております、そちらもよろしければ!
† † †
探索者になってから三日後、岩井駿吾は初めてダンジョンに挑むことにした。早朝、始発に乗った駿吾は、最寄り駅から目的のダンジョンがある場所へと歩いていく――携帯端末のマップを確認しながら、目深にパーカーのフードを被り猫背気味に住宅地から外れた森の前へとやって来た。
「ふあ……あ?」
黄と黒のキープアウトのテープが貼られた森、その唯一の入り口で欠伸をしていた警備員が駿吾の姿に驚いたように目を丸くする。腕時計を確認すれば、時間は早朝の六時――探索者業界の常識からすればあまりにも早い“出勤”だった。
「えーと……探索者の方ですか?」
「……ウス」
フードの下で首だけで頷き、駿吾は探索者証明証を掲示する。それを警備員が腰から下げていたリーダーで確認、問題ないことを確認すると返してくれた。
「確認しました。ここのダンジョンのご説明はいりますか?」
「……ウス」
自分の倍以上年上だろう男の警備員に敬語を使われ、居心地悪そうに駿吾は頷く。その愛想の悪さになにも言わず、警備員は解説を続けた。
「このEランクダンジョンが発見されたのは、四日前。階層は一階のみ、典型的な迷宮型ダンジョンです。道中に出現するのはFランクモンスタースケルトンのみ。目ぼしい罠はなく、一番奥の部屋にDランクモンスターの馬頭鬼がボスとして存在するのが確認されています」
「……ウス」
「ボスである馬頭鬼にさえ挑まなければ、実に簡単なダンジョンです。後、二日後にはDランク探索者がやって来て破壊する予定ですので、無理はなさらなくて結構です――なにかご質問はありますか?」
「……ないッス」
「で、では、お気をつけて」
「……ドモ」
視線を合わせず単語のみで会話を終わらす駿吾に、戸惑うように警備員はそう締めくくった。駿吾は会釈だけ残して、入り口から奥へ。少し歩けば、むき出しの土の地面に下へと向かう石段が現れた。
足がすくみそうになる。ここに一歩踏み出せば、生命の危険があるのだ――今が引き返す最後のチャンスだと思えば、足が止まっても仕方がない。
「……行こう」
それでも、駿吾は足を前へ進める――人生初めてのダンジョンへ、こうして踏み入った。
† † †
駿吾が、このダンジョンを選んだ理由はふたつである。
もっとも重要なのは、不人気で破壊が決まっているため人気がないこと。人と話すのが苦手な駿吾にとって、人に会わずにすむというのはこれ以上ないメリットである。そして、もうひとつのメリットは、ここでなら試してみたいことが試せそうなことだった。
「……っと」
駿吾は入り口のフロアで背負っていたバッグから、一冊の本を取り出す。“魔導書”と呼ばれるそれは、魔法の行使や契約したモンスターの召喚を補助してくれるアイテムである。探索者になった時、探索者協会に薦められてローンで購入した魔道具である――そのお値段三〇〇〇万円、マジか、という言葉が口から漏れたのは内緒である。
『一体契約モンスターが最初からついてますから、すごくお得ですよ!』
満面の笑顔に押し切られ、駿吾は契約書にサインして購入してしまっていた。大人って本当に怖い――だが、探索者は上位になれば毎年の納税者ランキング上位に名を連ねるほど稼げる職業である。子供が将来なりたい職業トップ5の常連、まさに現代の花形職業……なのだが。
(それって極々一部の上澄みなんだよなぁ……)
現在の駿吾のランクであるFから始まり、E・D・C・B・A・Sの順番にランクが上がっていき、Bランクにでもなれれば人生左団扇。Aなら日本でも有数の大金持ち、それこそ世界でも二〇人もいない最高ランクのSともなれば、世界有数の大富豪である。それほどまでに人類は、一度自分たちを滅ぼしかけたダンジョンの脅威を忘れていない――金で未来が買えるなら、いくらでも払おうと言う必死さが伺えた。
駿吾は、“魔導書”に視線を落とす。生まれて初めてのモンスターの召喚。その事実に呼吸が乱れそうになるのを息を止めて防ぎ、小さく呟いた。
「――《召喚》」
ヒュオン、と目の前に小さな光の文字が溢れる。そこから一体、灰色の石像が姿を現した。悪魔、そう呼ぶのにふさわしい異形。水牛のごとき二本の角に、蝙蝠に似た被膜の翼を背につけた悪魔を模した石像だ。
『オッス! オレァ、ガーゴイルだ。お前がオレの主でいいのか? ああ?』
猫背気味とはいえ一七〇センチそこそこの駿吾が見上げる二メートル近い巨体ですごむガーゴイル。ガーゴイルは動かない駿吾に気を良くしたように笑った。
『クハハ! 恐ろしくって声が出ねぇのか! 肝っ玉の小さい探索者だな、おい!』
「……ッ……ッ」
『ハハハハ! 大丈夫だって! 主を守るのがガーゴイルの誉れ――おい?』
「……ッ、ッ!」
『――――』
「……ぁ……ッ」
『お前、もしかして呼吸できてねぇのか!? 深呼吸だ、深呼吸しろ、おい!』
初召喚の緊張で息を止めていた駿吾が思わず呼吸困難に陥っていると、ガーゴイルが慌てて駆け寄って硬い手で背中を撫でてくれた。
† † †
『はぁ? 人と話すのが苦手で、友達〇人のぼっち人生だぁ?』
「……ウス」
どういうことか事情を話せ、とガーゴイルに言われて、駿吾はポツリポツリと時間をかけて自身の半生を語った。胡座をかいてその場に座るガーゴイルに、正座している駿吾はなんとか語り終えた、と安堵の息をフードの下でこぼした。
『ガキの頃から人と目ぇ合わせるのも苦手で。まともに人とも話せずにそんまま大きくなって、レアスキルが発現したから探索者になってみた、と?』
「……ウス」
『なるほどなぁ』
ガーゴイルは石像だと言うのに表情豊かだった。駿吾はガーゴイルのノリに思う――これは学校の体育系教師の威圧感に似ている、と。
やれ、誰でもできてることもできないのか、とか。やれ、お前の心が弱いからそうなんだ、とか。別に求めていないのに正論をぶつけて、普通になれとこっちに詰め寄ってくるのだ。
(……探索者になってもコレかぁ)
学校時代の悪夢を思い出し、駿吾が普段の五割増しで沈んでいるとガツンと膝を叩いたガーゴイルが立ち上がった。
『ま、いいや。行こうぜ』
「……ウス……え?」
これから説教が始まるのかと思って身構えていた駿吾からすれば、急に話が終わって拍子抜けだ。戸惑う駿吾に、ガーゴイルが言った。
『んだよ、まだなにかあんのか?』
「……いや、説教……始まる、かと、思って……」
『なんでそんなことしなきゃいけねぇんだ、馬鹿らしい』
ガーゴイルが心底呆れたように肩をすくめた。屈み、駿吾を見下ろして言う。
『人と目ぇ合わせるのが苦手だって知ってんなら、試したんだろ? 散々。それで治ってないなら、ま、ここでいきなり言ってすぐ治るわけねぇだろ。そんなもん、治したいならおいおい治せばいいし、治らないならそれはそれでいいじゃねぇか』
「……ハイ?」
『治せないなら、人と目ぇ合わせて話さないでもすむように工夫すりゃあいいだけだっての。ほら、今のお前みたいに』
石造りの部屋を見回し、ガーゴイルは両手を広げて続けた。まったくの無人、そこには早朝の心地よい空気さえ漂っていた。
『こんなクソ早くダンジョンに来たのも、人と会わずにすませたかったからだろ?』
「……う、うん……」
『ほら見ろ、お前なりに工夫してやっていってんじゃねぇか。いいんだよ、それで。説教くれるどころか、褒めてもいいぐらいだぜ、主』
ほら、立てよ、と告げるガーゴイルに、駿吾は鼻の奥がツンとした。誰かに褒められたのなどいつ以来だろう? 思わず泣きたくなった。
† † †
駿吾君なりの努力の、生まれて初めての理解者がモンスターという事実。
でも、世の中そんなもんだと思うのですよ。
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