15話 悪意を味に例えた時、それはきっと『だだ甘い』になる
† † †
よく二〇世紀を生きていた人間は、現代の二〇五〇年代を「文化や生活水準は昔とあまり変わらない」と語るという。だが、これは揶揄や皮肉、嫌味ではない。一度は“迷宮大災害”によって滅びかけた人類が、そこまで復興したのだ、という称賛の意味を込めて語る場合がほとんどだ。
「儂からすれば、どの時代どの場所もびっくり箱みたいなものよ。なんでも新鮮な驚きに満ちておるわ」
穏やかなクラシック音楽が流れる喫茶店、そのテーブル席を贅沢にひとりで使って黒セーラー服に丸縁サングラスというという目立つ外見の美少女が携帯端末越しに笑う。テーブルには一杯のホットコーヒーがあり、大量のミルクと砂糖、ガムシロップが練り込まれていった。
『――――』
「心配いらんよ、『音』と『姿』はきちんと遮断しておる。“まなー”は守るのじゃよ、儂は」
少女はそう言ってコーヒーをすする。どろり、と溶け切らない砂糖が喉を通る感触――その甘さに口元を華やかに綻ばせながら、携帯端末向こうの心配性な雇い主をからかうように続けた。
「こっちは順調そのものよ。今は下拵えと言ったところか。ごーるでん・うぃーく頃には、ことは起こせるじゃろうて」
『――――』
「クカカ! やり方は任せてもらう、そう言うたじゃろ。心配は無用じゃ、せいぜい派手に盛り上げてやろうぞ。なにせ、数十年ぶりに百鬼夜行に関われるんじゃ。儂のてんしょんも上がろうというものよ」
お代わりのコーヒーをやかんから麦茶を注ぐノリでコーヒーカップへ移し、またミルクと砂糖、ガムシロップを大量に投入する。
「“あーさー”と“へるら”は、外国のことじゃったから介入が遅れてのぉ。もったいなきことをした」
『――――』
「わかった、わかった。儂も別にぬしの考えに文句はつけんよ」
通話先の相手にそう呆れ、少女は軽く受け流す。どろどろとコーヒーをかき回すスプーンの重みを感じながら、少女は窓の外へ視線を向けた。
そこに見えるのは、現代の復興した新宿の街並みだ。雑居ビルに入った喫茶店、そこからの光景を楽しみながら少女は言った。
「儂は儂なりに楽しむ。ぬしはぬしの目的を果たせる。うぃんうぃんってもんじゃろ。ま、多少の被害は出るじゃろうが、この東京では些細な数じゃろうて。ぬしら現代人も好きじゃろう? 尊い犠牲ってヤツじゃよ」
† † †
二〇五〇年代は、取り戻す時代と言われている。二一世紀初頭の“迷宮大災害”によってできた文明の断絶“失われた時代”、そこで止まった時間を徐々に徐々に取り戻していく時の積み重ね――ようやく、かつての文明を取り戻しダンジョンの叡智を使って先へと進もうとする、そんな時代だ。
東京都板橋区の工場地帯、そこに出現したDランクダンジョン『製鉄人形回廊』、そこはアイアンゴーレムが多数出現するダンジョンとして知られていた。
『ブルゥ!』
『ブルァ!』
牛頭鬼と馬頭鬼が、体長三メートルほどの鉄の巨人――アイアンゴーレムを追い込んでいく。魔法生物のモンスターであるゴーレム系は基本的に防御力が高い傾向にある。その意味では、物理攻撃に頼っていた牛頭馬頭では相性が良くないはずだった。
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【個体名】なし
【種族名】牛頭鬼
【ランク】D
筋 力:C (C+)
敏 捷:D-
耐 久:D+(C-)
知 力:‐
生命力:D
精神力:D+
種族スキル
《地獄の獄卒:牛頭鬼》
固体スキル
《習熟:棍棒》:D
《習熟:魔法:炎》:E
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【個体名】なし
【種族名】馬頭鬼
【ランク】D
筋 力:D+(C-)
敏 捷:D-
耐 久:C (C+)
知 力:‐
生命力:D
精神力:D+
種族スキル
《地獄の獄卒:馬頭鬼》
固体スキル
《習熟:斧》:D
《習熟:魔法:氷》:E
† † †
牛頭鬼の岩の棍棒が紅の炎で燃え上がり、馬頭鬼の岩の斧を氷が覆う――二体ともインプから個体スキルを得た結果、武器に魔法を付与できるようになったのだ。だからこそ、アイアンゴーレムの鋼鉄の身体を真っ向から殴り、追い込むことができた。
『なるほどなぁ、アレは良い使い方だ』
「うん、ボクもそう思う。個体スキルの付与のコツも掴めてきたよ」
他、もう一体。レッサーミノタウロスもまた、スケルトン・ソードマンとランサー、アーチャーと共に別のアイアンゴーレムと足を止めて殴り合っていた。
† † †
【個体名】なし
【種族名】レッサーミノタウロス
【ランク】E
筋 力:D-(D)
敏 捷:E (E+)
耐 久:D-(D)
知 力:‐
生命力:E (E+)
精神力:E (E+)
種族スキル
《迷宮の雄牛》
固体スキル
《習熟:斧》:E
《習熟:魔法:雷》:F
† † †
レッサーミノタウロスの斧に宿るのは雷の魔法付与だ。放電光の軌跡を残し加速する斧が、豪快にスケルトンたちに足止めされたアイアンゴーレムに叩きつけられた。スケルトンたちは防御と牽制に回り、五体のインプの魔法が追撃する。
「ガーゴイルにもああいう魔法が付与できるといいね」
『おう。イカしたの頼むぜ、主』
「う、うん……頑張る……」
センスとかに期待しないでほしいな、と思いつつも犬の仮面越しに頷く駿吾。ガシャン、と新たに現れるアイアンゴーレムにレッサーガーゴイルを引き連れたガーゴイルが立ち向かった。
『っしゃあああ!!』
アイアンゴーレムの鋼鉄の右拳をガーゴイルが敢えて左腕でガード。上手く外側から軌道を逸らすパリング、という手で相手のパンチを払い落とす防御法を見せる。そのまま空いた相手の脇腹に連続で左フックを叩き込むと体勢を崩したアイアンゴーレムをそのまま足払い、地面に転がす――そこにレッサーガーゴイルたちが群がった。
――ガーゴイルはもちろん牛頭馬頭のバディは安定してアイアンゴーレムを狩れる。レッサーミノタウロスも格上相手だが数のフォローがあれば充分に対応可能だった。
『――この先のトラップは解除しておきました。とりあえず、これ以上のアイアンゴーレムの追加はありません』
「うん、ありがとう」
『いえ、職務ですので』
そう『ツーカー』越しにダンジョンのトラップ解除を終えたことを藤林紫鶴が伝えてくる。書類上、ソロ探索者となっているが、紫鶴の“お手伝い”は自分たちに足りなかった分を埋めてくれて、大変助かっていた。
† † †
【個体名】なし
【種族名】アイアンゴーレム
【ランク】D
筋 力:D
敏 捷:E-
耐 久:C (B)
知 力:‐
生命力:C
精神力:E
種族スキル
《真理の人形:鉄》
固体スキル
《鉄拳》
† † †
アイアンゴーレムが特に優れているのは、その耐久――硬さだけなら、ガーゴイルさえ凌ぐ。素材によって防御修正が変わる、というのがゴーレム系の特性だがアイアンゴーレムはその中でも通常の泥はもちろん、木製のウッドゴーレムや石製のストーンゴーレム、青銅製のブロンスゴーレムよりも優秀だ。
これがガーゴイルにも継承できれば――ガーゴイルは鉄の身体を手に入れることもできるだろう。
(……ボクもしっかり頑張らないとな)
この戦力の基本が自分のスキル《ワイルド・ハント》や《進化》によるものだとはわかっている。しかし、自分の力としての実感はあまりにも薄い。あくまでモンスターたちの強さであって自分のソレとは思えないのだ。
だからこそ、駿吾は驕らなかった。あるいは、レアスキル持ちとして驕らずにすんだ、というべきか。成功体験の少なさから自分の結果を疑う性格が、ここでは少なからず良い方向へ働いたと言うべきか。
† † †
――探索者となった最初の一ヶ月、駿吾は充実した順風満帆なスタートが切れた。そんな彼だからこそ、“準備”を念入りに行なえたのだ。
大型連休――駿吾が歴史に初めてその名を残すことになる事件は、この時には既に始まっていたのだった。
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