14話 人は必要だと思うことを学ぶのに苦痛は感じない
† † †
ある日の夜、ダンジョンから自宅に戻る間に、岩井駿吾は呟いた。
「……《進化》について、資料とか、調べる方法ないのかな?」
そう、駿吾は藤林紫鶴にそう相談したのだ。その相談に、紫鶴は『ツーカー』のメッセージで答える。
『《進化》……召喚者系発生の上位スキルですよね?』
「う、うん……ボクも使えるんだけど……全然資料がなくて……」
手探りで行なった結果、スケルトンたちはランクが上がった。単純に鍛えた同種族やその種族から発生したモンスターたちを合体させていけば上のランクのモンスターに進化する、のはわかる。
『使い手が少ない上に、悪用が可能なスキルに関しては情報を探索者協会がロックしている可能性が高いですから――』
街灯の下を歩くと、駿吾は自分の足元に一瞬だけ紫鶴の影を見た。どうやら後ろで携帯端末を扱った時、少しだけ《隠身》スキルが甘くなったらしい。それに気づかなかった振りをしてメッセージを読み続ける。
『――おそらく、協会の方に資料は存在すると思います。協会にはダンジョン関係やスキル関係の資料を収めた資料室が設けられていますから』
「それ、どうにか閲覧できない、かな?」
『もちろん。岩井殿は協会所属の探索者です。閲覧資格があります』
夜の街に、自分以外の気配を駿吾は感じない。自分の――正確には自分と紫鶴の部屋がある――アパートが、住宅地から少し歩く場所を選んだからだ。
紫鶴は足音も気配もなく、離れながら付いてきながら『ツーカー』を巧みに打ち続ける。
『ただ、おそらくは持ち出し不可の閉架資料扱いになっていると思います』
「えっと、貸し出しは不可ってこと、か……そうなるとあの本部で読まないといけないのか」
『そうですね。予約しておけば、事前に必要な資料を用意してくれると思います。よろしければ、私が申請しておきましょうか?』
駿吾は、読む振りをして一瞬考え込む。おそらく、そう聞いてくるということはやらせてほしいという紫鶴なりのアプローチなのだと思う。紫鶴も自分ができることで、なにか人の役には立てないかと求めている節があるからだ。
「うん、手間だと思うけどお願いするね」
『いえ、そんなことはありません、職務ですから!』
「……ありがとう」
その『!』に感情が強くこもってる気がして、駿吾はホッと安堵する。どうやら本当はやりたくないのに流れで切り出してしまった訳ではなかったようだ。
そんな『意思疎通』を行なっていると、ふたりはアパートの近くまでたどり着いた。
† † †
三日後、駿吾は再び新宿にある探索者協会日本本部に訪れていた。
『――予約が取れました。ただ、資料が資料なだけに夕方に個室での端末を用いた閲覧になりますが大丈夫ですか?』
「う、うん……大丈夫」
むしろ、至れりつくせりだ。駿吾は言われた通り、教えられた資料室へ行くとデスクトップパソコンが置かれただけの部屋の椅子へ腰掛けた。見た目は、まるで前時代的なネットカフェの個室のようだが、電子的・魔法的・呪術的な情報漏えい防止策を施された最新技術の粋が施された部屋だ。
『資料のプリントアウトなど、持ち出しは行えません。書き留めるなども禁止されてますので基本、読んだら重要な部分は記憶してもらうことになりますが……』
事前にそう聞いていた、だからコクリと頷く。“魔導書”の中から、ガーゴイルの声もした。
『ま、オレも重要な部分は覚えておいてやるから』
(うん、お願い……)
探索者になって一ヶ月未満の駿吾としては、とても助かる。深呼吸し、改めてキーボードを見ながら指を動かした。
† † †
『《進化》というスキルを考えた時、モンスターとモンスターを融合させると考えてはならない。モンスターとはダンジョンが魔石に記した情報の産物である情報生命体と考えれば、情報と情報を掛け合わせる、と考えた方がいいだろう。
ならば、なぜ《融合》ではなく《進化》と名づけられているのか? スキルの命名はダンジョンの影響によるものなので、正解を知る者はこの世にはいない。ただ、その結果から考えることはできる。
まず《融合》であれば、主体は存在しない。どちらも等価であり、その等価の情報が融合した後にこそ主体がある――融合、という単語の意味を考えればそうなるだろう。
だが、《進化》は違う。合体前にどちらに主体を置くか、決めておく必要がある。そのため、主体側の成長・変化を結果として促すという意味で進化という単語の方が正しくなるのだ。
かつて、探索者協会と接触した自称一〇〇〇年前から残り続ける術者“対象:D”の言葉を借りれば、
「《進化》の真髄というのは生贄という儀式の本質を現代のダンジョンがスキル化したものである」
となる。古代、人類は上位――神や精霊、妖物、魔物、妖精などなど――の存在に、自身の力ではどうにもならない事態に遭遇した時、生贄を捧げ願いを叶えたとされる。人柱や人身御供と呼ばれるそれだ。
この儀式の本質は、限定的な召喚者の契約にも似たものがある。こうであれ、こうしたい、こうなりたい――願いという情報を上位存在に捧げ、その願いを叶えるという機構を相手に与える行為に等しいのだ
術者“対象:D”の助言では、《進化》で注意すべきは情報の取捨選択であるという。種族スキルを受け継がせれば、主体はその種族スキルの上書きによる種族そのものが変わる。これは例えるならただ自然の中にある神に、人を守るという情報を与え守り神にしたり憎悪や怨嗟を与え祟り神にするようなもの、と考えられる。
それに対し、個体スキルの継承はまた違う。種族スキルと違って本質そのものは変質させず、その個体の方向性を『足す』のだ。こちらの場合、家内安全の守り神に安産祈願の情報を与え、家内安全・安産祈願を特性を持つ守り神にするものだと笑っていっていた。本当に、術者“対象:D”の冗談はわかりにくいが――』
† † †
『読んでて面白いけど、すっげえいらねぇことも言ってるな』
(……うん)
ガーゴイルの感想に、駿吾は頷く。某世界的に有名なファンタジー小説の某種族の歴史のようなもので、きっと理解してから読み返すと面白いのだろうが……今は、後回しにしようと駿吾は流し読む。
(重要なのは、《進化》を使う時は強化する個体を最初に決めておくこと。種族スキルを継承させてしまうと種族そのものが変質する。個体スキルも継承可能ってとこかな……)
『だなぁ。オレはスライムの種族スキルでスライムになりたくねぇもんよ……』
像として硬さに意味を見出すガーゴイルにとって、軟体になるのは少し抵抗があるのだろう。そう考えると、駿吾は少し面白かった。
(うん、基本的にやっぱりガーゴイルは成長させたレッサーガーゴイルで《進化》させた方がいいみたいだ)
ガーゴイルの進化の先は、グレーターガーゴイルからアークガーゴイルへ、最終的にガーゴイル・プロトと言われるガーゴイルの起源ともいうべき存在だという。
(グレーターガーゴイルがCランクでもトップクラス、アークガーゴイルだと一気にAランクになるんだ……)
『そこまでになりゃあ、あの『新宿迷宮』でもやってけるわな』
ただ、極々一部の種族にあるプロトという概念は、その種族の中でも一個体のみにしか発現しないらしい。ようは、数の多い種族に対して、最強の個体のみがなれる特殊な種族ということらしい。
(でも、ガーゴイルもインプや猛毒スライムで《進化》すると《魔法》や《猛毒》が使えるようになりそうだね)
『ああ、そういう個体スキルの継承は面白そうだなぁ。オレ的にはガンガン前に出て戦いたいけどな』
(なら、そうだなぁ……ゴーレムとかどう? 青銅とか鉄とか金属系の身体だとDランクからになるけど)
『おお! 金属の像ってのもいいなぁ!! そっちなら種族スキルでも全然ありだわ』
ガーゴイルと相談しながら、資料を照らし合わせていく。ふと思うのは、学生だった時の勉強は時々苦だったのに、今は逆に楽しいくらいだ、ということだ。
(……必要なことだから、なんだな)
人間、自分が必要なことだと思うと覚えることも学ぶことも途端に苦にならない。ようは意識の差なんだろうなぁ……そんなことを、ぼんやりと駿吾は思った。
† † †
スキル関係は、ゲーム感覚でやれるのでより楽しいのでしょう。
私もよくやる東京が滅んでからが始まりのゲームでは、スキル継承だけで何十時間でも遊べます。
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