10話 希望と絶望の象徴
† † †
「まず、黙って監視役を配置したことを謝罪します。申し訳ございませんでした」
香村霞は、最初に謝罪から入った。頭を下げる霞に、岩井駿吾が犬の仮面の下で戸惑う。年上の相手に頭を下げられた経験が皆無の駿吾にとって、青天の霹靂と言っていい光景だった。
だが、そこに助け舟を出した者がいる――ガーゴイルだ。
『くそくだらねぇ駆け引きのつもりなら止めろ。気分が悪い』
「……そのような意図はなかったけれど、そう取られても仕方ないわね」
ガーゴイルの言葉で、駿吾はようやく正気に返る。小さく頭を左右に振って、口を開いた。
「やはり、自分のスキルが関係している、のでしょうか?」
「ええ、そうです。召喚者系最上位スキル《ワイルド・ハント》。その意味をあなたは知らないでしょうね」
深く息をこぼす。いつかは話さなくてはいけないことだ、だからこそ決意を込めて霞は続けた。
「あなた以前に、《ワイルド・ハント》が発現した中で探索者協会で確認された者はふたり――その最初のひとりがコード“アーサー”。英国で出現したSランクダンジョン『アヴァロン』を攻略した……まさに人類の希望、その象徴です」
そのことは、駿吾も調べた。二桁しか存在しない、数少ないSランク認定されたダンジョンの破壊に成功した“最初の探索者たち”でもっとも高名な探索者のひとりだ。
「……正直、ピンとこないです」
「でしょうね。それが普通だと思うわ」
同じスキルに目覚めたから、自分が“アーサー”の後継者だとそれに続く者だとか思う者の方が危うい。自分の状況を把握できないなんて、むしろ正常な反応だ。
「えっと、その“アーサー”がすごかったから同じスキルを持つ自分も同じように期待されているってことです、か……?」
「……それならよかったのですが」
そう言って、霞はこめかみを抑える。そして、厳しい表情になり小さく声を一段低くして念を押した。
「これから話すことは、他言無用でお願いします。問題は、確認されたふたり目でした」
「……ふたり目、です、か?」
駿吾は、ふたり目のことも調べた。だが、“アーサー”の華やかな逸話の数々に対して、ふたり目の話は一切でなかった……だから、まったく知らない話で。
「ふたり目はコード“ヘルラ”。彼は《ワイルド・ハント》を用いてSランク認定されたダンジョンを築いた、と言われています」
「……はい?」
そう、無限にモンスターを従えられるなら――自らが率いたモンスターたちのダンジョンを築くことも不可能ではないのだ。それが《ワイルド・ハント》が含む危険性であり、希望と絶望双方の象徴となりえる絶大な“力”であった。
「だから、探索者協会も一枚岩ではありません。《ワイルド・ハント》を希望の象徴とする派、絶望の象徴として排除しようという派……そして、その両方を決めかねる中立派です」
『ようはお前らの内輪もめの種ってことか』
ガーゴイルの言葉に、駿吾はようやく納得がいった。なぜ、ふたり目の情報が抹消されているのか。なのに、ふたり目がいたという事実は隠せなかったのか。
希望派からすれば、無かったことにしたかったはずだ。しかし、絶望派からすればそれは許されない悪行だ――《ワイルド・ハント》の危険性をひた隠すということなのだから。
「結局、私のような中立派が火消しに走るはめになる訳です」
「あ……中立派、なんです、ね……」
「申し訳ありませんが……希望派だったら、どんな手を使ってもSランクモンスターの魔石をかき集めてあなたに契約させていたでしょうね」
そんな派手な動きをする者がいれば、途端に絶望派も動いて《ワイルド・ハント》所有者をなんとしても殺そうとしただろう。そうなってしまえば、後はエスカレートするだけ――探索者協会という全世界規模の組織が崩壊するだけだ。
『で? 中立派のあんたはどうしたいんだ? え?』
ガーゴイルが嘲笑うように言う。“迷宮大災害”は終わっていない、今も真っ最中だと言うのに――そう笑う声を聞いた気がして、霞はため息をこぼした。モンスターにそう言われるのなら、それはひどい皮肉だ――だから、霞は静かに意図を告げた。
「私としてはあなたが希望となってもらえるなら、それにこしたことはないと思っています」
『一番玉虫色で無責任な言いよう――』
「――ガーゴイル」
ただ、その名を呼ぶだけで駿吾はガーゴイルの言葉を止める。ガーゴイルは、ピタリと沈黙――大した忠犬ぶりだと嫌味で返したくなる自分がいて、霞は嫌になる。
「確かに無責任かもしれません。私が思いつく唯一の道は、あなたが自分の“力”でなにかを成せる人間だと周囲に示すことだけなのですから」
「……なにか、を、成せる……ですか?」
「はい。あなたが自分で“アーサー”と“ヘルラ”ではないのだと、自分自身の実績を重ねていくことで周囲を納得させるしかありません」
結局、希望派も絶望派も中立派も、誰もが世界を守りたいと思っていることには変わりないのだ。ただ、そのためにどう《ワイルド・ハント》と向き合うのか? そのスタンスの違いでしかない。
「あなたが《ワイルド・ハント》を自分の意志で正しく使えると証明することができれば、誰もあなたを排除しようとなどしないでしょう……その片鱗はもう見せていただいています」
「……え?」
「初めてのダンジョン探索が初ダンジョン破壊、随分と鮮烈なデビューを飾ってくださったようで」
霞の笑顔に、あははは……と駿吾は仮面の下で冷や汗をかく。ただ、これは良い方に転がるきっかけではあった。希望派からすれば絶望派への《ワイルド・ハント》の有用性を語る理由となり、絶望派もひとつの功績として認めざるを得ないのだから。
「こちら側から、目立つ便宜は与えられません。それでは、ただ筋道をなぞっただけという絶望派から揚げ足を取られかねませんので。監視役も、希望派や絶望派が強硬手段に出ようとした時用のものでしたし――」
「ようは、ボクが普通に結果を出せばいいだけ……ですよね?」
それをだけと言いますか、と霞は密かに苦笑する。だが、そうでなくては困るのだ、霞は頷いた。
「はい、そうです」
「なら、今まで、どおりで……見張ってもらって……“魔導書”やガーゴイルを用意してもらっただけで、充分です」
その言葉に、霞はほんの一瞬息を飲む。まさか、そこまで知っていたのか、と。ガーゴイルの入れ知恵かと思ったが、後ろに控えていたガーゴイルも驚いた表情をしていた。
「あ、やっぱり、そう……なんですね」
「――ッ!」
霞はそこで、その言葉がブラフだと初めて気づく。してやられたと顔に朱がさす――だが、次の瞬間には深く息を吐いて力なく笑った。
少なくとも、今の不覚は少年を侮っていた代価として認めるしかない――。
「……あなたには、私個人も期待したくなったわ、今のでね」
それは、実質霞の降参宣言のようなものだった。
† † †
『――どうでしたか?』
元の扉の前へと転移して戻ってきた駿吾の『ツーカー』にメッセージが届いた。藤林紫鶴は見えないが、近くにいるらしい。犬の仮面を外しながら、駿吾は答えた。
「うん……現状維持、かな……」
『それは――監視任務もでしょうか?』
「みたいだね」
少なくとも、プライベートをしっかりと確保してくれるならという条件は付けたが駿吾は受け入れることにした……ガーゴイルもその判断に文句は言わなかった。
「……えっと」
ちょっと返信までの時間が長いな、と思ったその時だ。不意に真横に現れた紫鶴が、ペコリと頭を下げた。
「その、よろしく、おねがい……します?」
「こ、こちらこそ……?」
『なんでお互い疑問形なんだか』
いっそ初々しいとも言えるふたりのやり取りに、ガーゴイルがそう思念でツッコミを入れた。
† † †
状況の説明会、終了。
次からはアクションに入りたいでアクション(←アクションを描きたい派)
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