第8話 ラーフ観光
ラーフの町は驚くほど発展していた。木造っぽい建物が多いものの、所狭しと建物や施設が建ち並ぶ様は想像よりはるかに俺の想像する都会に近い。もっと新鮮なものかと思っていただけに、そうではなく逆に驚いてしまう。
「これがこの世界の都会……」
「ラーフの町の特徴はなんといってもこの大通り!町のど真ん中を貫いて東西の門をつないでるんだ。主要な施設や商店はみんなこの大通りに面してて、それ以外の区画はほとんどが住宅地。あっ、もちろん冒険者ギルドも大通りにあるよ」
ベルは巧みなレバー捌きで車を街路の端に止めた。
「降りるよ。ほら」
「えっ、大丈夫なんすか車。盗まれたりしません?」
「大丈夫大丈夫。ここ治安いいから」
ほら、といってベルは大通りの先を指さした。見ると、確かに何台もの車が路上駐車してある。この世界の車に鍵のようなものはないのだが……治安の良し悪しより、この世界の人間の危機管理能力に疑問を覚える。これで大丈夫なのか本当に。
「冒険者ギルドに直行してもいいけど、せっかくだし少し見て回ろうよ。ここ、獣人領内じゃかなり人気の都市なんだよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。あ、でもその前に一ついいですか」
俺には確かめたいものがあった。門番の検問の記録である。リコがこの町に来ているとすれば、俺たちと同じように門番の検問を受けているはずだ。この広い町を捜し回るより、検問したかどうかを確かめた方がはるかに簡単で効率的だろう。俺はベルと共に門まで戻り話を聞きに行った。
事情を話すと門番はすぐに対応してくれた。検問記録書は昨日と一昨日の分だけでもかなりの量があったが、確認は短時間で終わった。東西どちらの門の記録も確認してもらったが、結局リコの特徴に該当する人物は見つからなかった。青毛はともかく赤目の獣人は滅多にいないそうで、そんな奴がきたら記憶に残っているはずだと門番は言っていた。
「そう簡単には見つからないよなぁ」
「それじゃあ、気分転換も兼ねて観光でもしよっか」
俺がリコに会ったあの時からもう二日が経つ。すぐに見つかるなんて甘い考えはそろそろ捨てるべきか。これから冒険者として働きつつ、腰を据えて探すことにしよう。捕まって処刑されなていないことを祈るばかりだ。
ベルが大通りへ歩き出した。人気の都市というだけあって大勢の人が行き交っている。今さらどこにいるかもわからない人狼の少女を探すのが途方もなく大変なことのように思えてきた。
「ここは『レティの宝箱』っていう雑貨屋さん。色んなものが売ってるけど、他の店より安い商品とかここにしか売ってない商品ばっかりでまさに宝箱、って感じのお店なんだ。たまにガラクタも混じってるけど」
店に入ると、中は倉庫かと思うくらい物で溢れかえっていた。天井に届くほど背の高い陳列棚がそこかしこに乱立し、零れそうなほどの量の商品が乱雑に、しかも上から下までびっしりと置かれている。これでは店員もどこに何の商品があるのか把握できないだろう。狭く入り組んだ通路は、店内の見通しの悪さと暖色の照明も相まって迷路のようだ。あまり奥までいくと迷子になりそうなので、俺は仕方なく入口近くの棚を物色して回った。
しばらくして店を出ようとすると、入り口付近のカウンターでベルが店員らしき女性と話しているのが目に入った。ベルは俺が見ていることに気が付くと、何やら早口で強引に会話を終わらせ、俺の背を押しそそくさと店を後にした。
「さっきの人が店主さんですか」
「うん。レティさんとは顔見知りなんだ」
「何話してたんですか」
「別に何でもないよ。近況報告ってとこかな。次はあっちだよ」
ベルが買い物袋に小さな包み紙を隠すのを、俺は見逃さなかった。
「ここは『短き夜』。宿屋だけど一階部分はカフェテラスになってて、泊まってない人もお茶したりできるんだ。ここのケーキが絶品でね。町の外からわざわざ食べに来る人もいるほど人気なんだよ」
カフェの中は多くの女性客でにぎわっていた。話通りケーキらしきものを食べている人が多い。外から覗いている間にも、向かい側から歩いてきた二人組の獣人の女性が店に入っていった。
どんなケーキを出しているのか気になって目を凝らしていると、店の外で客寄せしていた猫耳の店員が小走りで近寄ってきた。
「只今特別サービス開催中でーす。そこのお二人もいかがですか?」
「どんなサービスなんですか?」
「カップルでのご入店で、お会計金額から三割引きさせていただきます!店員の私が言うのもなんですが、かなりオトクですよ~」
「ああ、すいません。あたしたちそういう関係じゃないですから。ねえ?」
「ええ、まあ……」
「それは失礼しました。(……ここだけの話、会計時にカップルだって言ってくだされば割引いたしますよ。どうですか、ぜひ)」
猫耳がベルに耳打ちした。
「うーん、他に見て回りたいところもあるし、また今度来ます。ほら、行こう」
「え、ちょっと――――」
ベルに腕を引っ張られ、俺たちはその場を後にした。
「ここが食料品の店、『豆の木』。食べ物を買うならまずはここ!って言われるくらい品揃えが豊富で商品の質もいいの。実を言うと、うちで収穫した野菜の一部はこの店で販売されてるんだよ」
スーパーマーケットみたいな感じで店内は広く、生鮮食品や加工食品、飲料品なんかがずらっと並んでいた。ベルは慣れた様子で店内を巡り、めぼしい物を手に取って回っている。
「ハムスにも店はあるけど品揃えが少なくてさ。たまにこうやって大きな町のお店に買い物に来るんだ」
「やっぱり田舎って不便なんですね」
「まあね。でもハムスだっていいところなんだよ。ナイン君だってうちに泊まったんだからわかるでしょ?」
ハムスというのはベルたちの住む町の名前だ(町というよりは村に近い気がするが)。今の言葉で、彼女がハムスに残り続けている理由が分かった気がした。きっとあの町に並々ならぬ愛情があるのだろう。俺がそうですね、と返すとベルは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔がなんだか輝いて見えた。
買い物を終えたベルが、まんぱんの買い物袋を胸に抱えて出てきた。俺は一足先に店を出ていたが、「豆の木」から出てくる客はみなはちきれんばかりに物を詰め込んだ袋を持っていた。手が空いていたので荷物を代わりに持とうかと尋ねたが、ベルは断った。普段から力仕事をしているからこの程度は屁でもないそうだ。
「ざっとこんなところかな。後は女ものの服屋とかなら知ってるけど、別に紹介する必要ないよね?」
「俺が知ってどうするんですか」
「顔は悪くないし、着てみたら似合うかも」
「冗談はよしてください」
そんなやり取りをしながら歩いていると、一際目立つ建物が見えてきた。この町で見た建物の中で一番大きい。
「ここが冒険者ギルド。あたしも入ったことないからわかんないけど、中には酒場や武器屋も併設されてるらしいよ」
「ここが……」
ギルドには多くの人が出入りしている。その多くは剣や槍、杖なんかを装備し動きやすそうな服装に身を包んでいた。中には一目で高価だとわかる服装や装備の人もいる。きっとみな冒険者なのだろう。無地のTシャツと薄汚れたジーンズで入ると思うと気が引けた。
「ここまでくれば、あとはもう一人で大丈夫だよね」
「はい。ありがとうございました」
そうだ。ベルは俺を冒険者ギルドに送り届けてくれただけ。これでもうお別れだ。異世界に来てから他人の世話になってばかりだったが、ここから先は一人で暮らしていかなくてはならないのだ。色々不安なこともあるが、まずはこうして俺の面倒を見てくれたベルに礼を言うべきだろう。
俺は感謝の言葉を切り出そうとした。だが、先に口を開いたのはベルの方だった。
「あの、さ」
ラーフについて
ラーフは獣人領有数の大都市で、周囲を外壁に囲まれた城塞都市です。他の大都市も城塞都市であることが多いですが、そうでないところもあります。
ラーフは主要施設がすべて町を二分するように走る大通りに面しており、それ以外の場所はほとんど住居地域です。この特殊な構造のおかげで、大通りはかなり道幅が広いにもかかわらずいつも人で溢れています。
ラーフは治安がいいと作中にありますが、冒険者ギルドがある町はたいてい治安がいいです。犯罪が起こると、町の警察組織の他にも冒険者ギルド内にいる冒険者たちが犯罪者確保に動き出すからです。一見いい事のように思えますが、このことは冒険者ギルドのない小さな町の治安の悪化をもたらしています(ハムスの町はド田舎なので犯罪は滅多に起こりませんが)。