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第7話 車に乗って

「はいじゃあ乗って」


「……失礼しまーす」


 ステップを乗り越え木造の座席に上がる。俺が座ったのを確認してから、ベルが俺の隣に座った。


「席から落ちるんじゃないよ!怪我したって医者代は払ってやんないからね」


「元気でな坊主。婿に入りたくなったらいつでも戻ってきてくれて構わないぞ。どうせこれからも娘に男はできない――――」


「お父さんうるさい!ほら、出発するよ!」


「お世話になりました。このお礼はいつか返します」


「いいんだよそんなこと。元気でやりな!」


「短い間だったが久しぶりに余所様と話せて楽しかったぜ。尋ね人、見つかるといいな」


 二人の見送りの言葉と同時に車体がゆっくりと動き出す。少しずつ加速し、シリアンとジャンガの姿が小さくなっていく。


「ありがとうございましたー!」


 俺は大きな声で叫んだ。


「気分はどう?酔ったりしてない?」


「いえ、平気です」


 出発してから十分ほど経っただろうか。乗り心地は悪くない。顔に吹き付けてくる風が心地よかった。


「それにしてもこれ、車っていうか……」


「何を想像してたのかわからないけど、これが普通の自動車だから」


 俺が今乗っているのは、いうなれば馬車の後ろについている車の部分。フレームや車輪こそ鉄製だが座席や荷台は木製で、雨避けに革のシートがかぶせてある。ベルが座る操縦席の左側には一本のレバーがのびており、時折前後左右に動かしている。レバーを前方に押し込んで加速、手前に引いて減速、左右に倒して方向転換しているようだ。そして何よりこの自動車の動力も「魔力」らしい。ベルは運転中ずっとレバーを握っているが、先端に付いたボタンを押し続ける事で車に魔力を伝え、走らせているらしい。俺の知っている自動車とはえらい違いだ。


 自動車以外にも、この世界の人々は生活の多くの場面で魔力を使用しているという。俺には魔力がないらしいのだが、こんなんで冒険者なんてやっていけるのだろうか。日常生活にすら支障が出そうだ。


「記憶喪失って、どんな感じなの?」


 前を見たまま、ベルが訊いた。


「自分でもよくわからないです。親の顔とか名前とか、住んでた場所とか、自分がどんな人間だったのかもわからなくて。考え出すと不安になりそうなんで、あんまり考えないようにしてます」


「そうなんだ。ごめんね、変なこときいて」


「いや、別にいいですよ。昨日会ったときは、頭のおかしい奴が来たと思ったでしょう」


「うーん。正直、少しだけ思っちゃったかな。でも、若い人間があんな獣人領の田舎に来ることなんてめったにないから、驚きの方が大きかったかも。あ、お母さんとお父さんはナイン君のことを変な人だなんて思ってなかったと思うよ。特にお母さん、若い子の世話が焼けて嬉しそうだったもん。普段はあんなに声大きくないんだよ」


「そうだったんですか。何から何までお世話になってしまってすいません」


「いいって別に。正直、田舎で何年も農作業ばっかやってると刺激不足でさ。ある日突然起こった非日常!なんて言うと大げさだけど。あたしも楽しかったよ。それに、こうして仕事もサボれたしね」


 ベルが流し目でこちらを見て、ニカッと笑った。俺もつられて頬が緩んだ。


 その後しばらくは会話もなく、ベルは運転に集中していた。俺も特に話しかけることはせず、過ぎていく景色や小さな町の様子を眺めていた。幾つもの町を通過し、辺り一面に広がる大草原を抜けた時、久方ぶりにベルが話しかけてきた。


「ほら、見えてきたよ。あれが獣人領有数の大都市ラーフ。大きいでしょ」


 前方、遠くの方に見えてきたのは、高い外壁に囲まれた巨大な都市……らしい。少なくとも外側からじゃ馬鹿でかい壁があるようにしか見えず、あの中に町があるのかどうかは確かめる術がない。


「随分立派な外壁ですね」


「『魔女』の攻撃を防ぐためのものだからねー。あんなんでどうにかなるとも思えないけど」


「まじょ?」


 また聞き覚えのない言葉が出てきた。


「あー、そういえば魔女についてまだ教えてなかったね。魔女っていうのは、すごい強い魔法を使って好き勝手に暴れまわってる悪い奴らのこと」


「へー。そんなのがいるんですね」


「Sランクの冒険者でもまるで歯が立たないらしいよ。『魔女狩り』っていうすごい強い人たちもいて『魔女』を撃退しようと頑張ってるらしいんだけど、『魔女』を倒したことは一度もないみたい。今の人類じゃあ太刀打ちできないって噂だよ」


 悪い奴というから犯罪者やテロリストみたいなものかと思ったが、人類に勝ち目がないってことは、世界征服を企む魔王みたいな存在なのだろうか。それに「奴ら」ってことは、何人もいるのだろう。俺は魔王が何人もいるような世紀末世界に転生してしまったのか。もし本当にそうだとしたら、恨むぞ神様。


「それにしては余裕過ぎませんか。魔女って危険なんですよね」


「人間を直接攻撃してくる魔女はそんなにいないからね。時々どこかの町が襲撃されたりするって話は聞くけど、さっき言った『魔女狩り』とか冒険者の人たちとかのおかげで大勢死人が出ることは滅多にないし。大雨洪水なんかと同じ、一種の災害みたいなもんだと思ってみんな諦めてるの」


「なるほど。大変なんですね」


 日本でも、地震や台風の被害はすさまじかった。そんな被害を人為的に出せる魔女という存在が、俺にはとてつもなく大きなものに感じた。


 そんな話をしているうちに外壁はすぐそばまで迫っていた。大きな門の左右に門番が二人ずつ、町に入る人や車を検問している。ベルは車を検問待ちの列の後ろにつけた。


 順番はすぐにやってきた。革の鎧を着た軽装の門番がベルに話しかける。二、三言やり取りをした後彼らは荷台を確認し、中にいた俺にも話しかけてきた。あらかじめ二人で決めておいた通り俺はベルの夫を自称した。自分で言ってて少し恥ずかしかった。俺は弟でいいのではと主張したが、姉弟で種族が違うと怪しまれるだろうと却下されていた。


 幸い結婚していることを証明しろ、とまではならなかった。俺の言葉に門番はそうか、とだけ返し、すぐに通行の許可を出した。


「どうぞ、お通りください。ラーフへようこそ」


 形式的な挨拶をする門番の横を抜けると、目の前に賑やかで豊かな街並みが広がってきた。

車について

この世界の車は人間の魔力を動力として動きます。そのため魔力のない主人公は車の運転ができませんが、この世界の住民は多かれ少なかれ魔力を有しているので、基本的には誰でも運転が可能です。

外見は、馬車の後ろについてる荷車・荷台を想像していただければ大体あってます。運転席には先端にボタンのついたレバーが一本あり、それがハンドルとチェンジレバーの役割をしています。ボタンを押すことで人の魔力が車に伝わり動き出します。エンジンみたいなものです。運転は容易で、少し慣れれば子供でも十分に運転ができます。そのため、この世界に運転免許のようなものはありません。

魔力を用いて自動で動くので「自動車」と呼ばれることもあります。少ない魔力で動かせますが、車の種類や運転状況によって燃費も変わります。

要は「異世界にも車がある」と思っていただければOKです。

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