第5話 恩人は獣人
「朝だよ!起きな!」
馬鹿でかい声。もう朝なのか、と考える暇もなくかけていた布団を引っぺがされる。
「うっ、さむっ」
「起きろって言ってんだろ!タダ飯食わせてやった上に一晩泊めてやってんだよこっちは!朝くらい早起きするのが道理ってもんじゃないのかね!」
「わかりました、起きます起きます」
俺はゆっくりと体を起こした。怒鳴り散らされたせいで頭はしっかり覚醒している。
「まったく、ふてぶてしいガキだね!人間っちゅう種族はみんなこうなのかい!?え!?」
「ほら、もう起きましたから。着替えるんで出てってください」
「もう飯はできてるよ。冷めるから早く来な」
「わかりました、すぐ行きます」
一人になった俺は、貸してもらった寝間着を脱ぎ始めた。
昨日は本当に大変だった。人狼の村を出た後、俺はリガードに言われた方向へ向かってひたすら山を下った。しかしいつまでたっても小川にぶつかることはなく、結局そのまま山を下り切ってしまった。近くに人里らしきものはなかったが、見通しがいい場所に下りることができたため町はすぐに見つかった。しかしかなり離れた場所に下りてしまったせいで、町にたどり着くころにはすっかり空は暗くなっていた。偶然にも最初に訪ねた家が民宿を営んでいるとのことだったので、無一文の俺はまたも一宿一飯の恩に着ることになったのだ。
この民宿は五十代くらいの夫婦と二、三十代くらいの娘さんの三人で切り盛りしている。といっても普段は農業で生計を賄っており、民宿は客が来たらやるといった程度。ここはかなり田舎だから町民の親戚や知人以外に外から人が来ることはあまりない。
ということもすべて、昨夜の晩飯の時にこの家の娘さんが教えてくれた話だ。彼女は若い村民がみな都会に出て行ってしまったのを寂しがっていた。この町には若い人がほとんどいないらしい。俺は自分の年がわからないが、何歳くらいに見えるか訊いたら「二十よりは下……かな?」と返された。部屋に案内されたときに置いてあった卓上鏡で自分の姿を見たが、確かにそのくらいの年だと推測された。
そもそも、自分の容姿を目の当たりにするのはそれが初めてだった。身長はおそらく170センチ前後、黒髪は短く刈り揃えられており、いかにも量産型の日本人青年といった感じだった。顔についてはどれだけ高く見積もっても中の下、ブサイク呼ばわりもやむなしだろうと、我ながら悲しい気分になった。
着替えが終わり、部屋を出る。廊下を進みつきあたりを曲がって大部屋に入ると、朝食の準備はとっくに終わっており、夫婦と娘の三人はもう席についていた。俺が来るのを待っていたようだ。少し申し訳ない気持ちになる。
「遅れてすいません」
「いいから早く座りな!さっさと食べるよ!」
おばさんに怒鳴られる。部屋に入ってきた時といい、恐ろしく元気だ。
俺が席に着くと、三人が一斉に両手の平を合わせた。俺もあわててパチンと手を合わせる。
「自然の恵みに感謝して、」
「「「「いただきます!」」」」
おばさんの掛け声に応じて大きな声であいさつをする。昨日の夕食で初めて見た時は驚いたが、この家では毎食やっている習慣のようだ。こういうノリは好きではないが、タダ飯食わせてもらっている手前、合わせるのが礼儀だろう。郷に入っては郷に従えという奴だ。あいさつが済むと、みんな勢いよく料理を食らい始めた。
食卓に並んでいるのはパンと野菜のスープにサラダ、薄切りのハム、それとチーズ。どれも人狼の村では味わえなかったものだ。ゆっくり味わって食べたいところではあるのだが……。
「小僧、いつまで食べてんだい!みんなもう食べ終わっちまったよ!」
「すいません、急ぎます」
この家の人たちはみなとんでもなく早食いなのだ。昨日の夜も俺一人だけ取り残された。料理がおいしいのは確かだが、かなり急いで食べたので昨晩のメニューはほとんど覚えていなかった。
俺が最後に野菜スープを飲み干したのを合図に、再び一斉に手を合わせる。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
「それであんた、これからどうすんだい?金持ってないんだろう?」
「はい」
朝食後、テーブルに残ったおばさんが声をかけてきた。おじさんは食器をさげ、娘さんは皿洗いをしている。
「とりあえずは色んな町に行って人探しをするつもりなんです。あーでも、その前に仕事も探さないといけないですね。お金ないし」
「兄ちゃん、うちに婿に来てくんねぇか?後継ぎがいなくて困ってんだよ。娘ももういい歳だってのに彼氏の一人もできねーでよ。うちに来てくれりゃ仕事探す手間も省けるぞ。どうだい?」
「え、えっと……」
「お父さんは黙ってて!」
作業をしながらおじさんと娘さんも会話に加わる。娘さんは母親同様声がでかい。
「それはちょっと。人探しもしないとなので」
「そりゃ残念。やっぱり人間の男は人間の女と結婚したいものなのか?」
「そういうことでは……」
「あたしは別に獣人だろうと人間だろうと気にしないけどねー」
娘さんが手を振るようにひらひらと尻尾を揺らした。
獣人。どうやらこの人たちは獣人という種族らしいのだ。三人とも頭頂部から少し左右に離れた位置に小さく丸い耳が付いており、腰の少し下から細長い尻尾が生えている。それ以外は人間と大差ないので、初めて見たときはコスプレかと思った。獣人の獣っぽさは人によりけりで、全身毛深かったり顔がかなり動物に近い人もいるのだそうだ。
この町を含め、この辺は「獣人領」と呼ばれる地域で、住んでいる人はほとんど獣人らしい。逆に「人間領」という人間が多く居住する地域もあるようだが、「ド田舎のこの町からはかなり遠い」とのことだった。どこの町に行くにせよ、しばらくは獣人領の中で旅をすることになりそうだ。
「人探しって昨日言ってた目が赤くて青髪の獣人のことかい?この町にはそんな奴ぁいないよ」
「いやでも、もしかしたら一昨日から今日までの間にこの町に立ち寄ってるかもしれないんですよ」
俺が探しているのはもちろん「リコ」という人狼の少女だ。俺は狼の時の姿しか見ていない(それも一瞬)が、きっと彼女の母親のリタさんと同じような姿だろうと予想し、あえて「獣人を探している」と言っている。まさか狼の姿で人前に出ることはないだろうし、獣人がたくさんいるこの辺りでは目立たないよう獣人に変身するはずだ。
「知らないねぇ。そんな奴見たかい?」
「いいや」「あたしもしらない」
「そうですか。うーん」
やはり当てもなく探すのはさすがに無理があるか。この町にいない以上、昨日一日で遠くに移動してしまった可能性も少なくない。そもそもちょっと探したくらいで見つかるとも思えなかった。他の町へ行こうにも金がないし、この先どうしようかと考えていた、その時だった。
「そんなに困ってるんならあんた、冒険者ギルドに行ってみたらどうだい?」
「冒険者………………ギルド?」
獣人について
獣人は人間・エルフ・ドワーフと並ぶ四大種族の一つです。この世界は一つの大きな大陸からなっていますが、それぞれ人間領・エルフ領・ドワーフ領・獣人領・中央王国の五つに居住地域が分けられています。
獣人は、ウ〇娘のように耳と尻尾以外はほぼ人間と同じ人が多いですが、鋭い爪や牙を持つなど獣度が高い人もいます。人狼は獣人とは別の種族です。
しばらくは獣人領内でのお話が続きます。