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第3話 夜が明けて

 家を出たリガードは、村にいる人狼たちを呼び集めた。二言ほどの短い挨拶を交わし、号令を下す。広場に集まった狼たちが一斉に走り出し、暗くなりつつある山の中に溶け込んでいった。自分の家を一瞥すると、リガードは山の頂上を目指した。


 山頂には数匹の狼が固まっていた。大規模な狩りを行うときなど、人狼が大勢山に入るときはこうして山頂に伝令役を置くことにしていた。ここから遠吠えをすれば、山の中のどこにいても情報や指示が伝わり、万が一の際にも対処がしやすいからだ。


 リガードは伝令役の中に特徴的な栗毛の狼がいるのを見つけ声をかけた。


「ダンテ」


「これはリガード様。あの人間は……?」


「外れだ。わけのわからないことを言っていたが、少なくとも()()()じゃあなかった。間違いない」


「まあそうでしょうな。もしあの人間が彼女だったのなら、こうして山中を捜索する理由がない」


 ダンテが静かに笑った。


「こちらにもそれらしい情報はありません。足跡やにおいも先ほど人間を見つけたあたりで消えてしまっていて、逃げた方角すらわかりませぬ」


「そうか。だがあれからそれほど時間も経っていない。そう遠くへは言っていないはずだ。今日はこの山のどこかに隠れて一夜を過ごそうとしているに違いない」


「ですが彼女はあの赤眼の人狼だったのですぞ。もしかするともうこの山にはおらぬやも……」


「いくら何でもあの子はまだ子供だぞ。隣の山に行くにせよ人里に降りるにせよ、この短時間では不可能だ。今はこの山の中を徹底的に探す。他のみんなにもそう知らせろ」


「わかりました。おぬし、聞いたな?」


 すぐそばでこちらの話に聞き耳を立てていた狼の一人がはい、と頷き、遠吠えを始めた。


「それと、一つよろしいですかな?」


「何だ」


「ヴォルとリタが捜索に参加したくないと申しておりまして」


 リガードの顔が険しくなる。


「……あの娘の親、か」


「はい。今は村に残った子供たちの面倒を見させております」


「無理強いはしない方がいい。そっとしておけ」


「わかっております」


「人狼族の掟とはいえ自分の娘が()()()()のだ。このまま見つからずに遠くへ逃げて生き延びてほしいという気持ちはわかるが、古くより伝わる掟を無視することもできない。俺たちも心を鬼にせねばならん」


 ダンテは暗い顔でうつむいた。リガードは彼の考えをなんとなく察することができたが、あえて何も言わなかった。


「話は終わりだ。なんとしてでも奴を見つけ出し、何があろうと奴を処刑する。わかったな」


「はは、仰せのままに……」


 リガードは真っ暗な木々の中へと駆け出した。人狼の村の長として、その責任を果たすべく。






 翌朝、俺が目を覚ますと人間姿のリガードが食事をしていた。テーブルの上には干肉と木の実が並んでおり、見た感じ俺の分もある。


 リガードは心なしか昨日より疲れているように見える。昨夜は慣れない環境に加え何度も遠吠えが聞こえてきてなかなか寝付けなかったのだが、俺が起きている間にはリガードは帰ってこなかったので、かなり夜遅くまで用事があったのだろう。あの青毛の狼を追いかけているのかもしれなかったが、聞いたところで答えてくれないのは明白だったし、俺ももうその話をするつもりはなかった。


「起きたか。昨夜は何もなかったか?」


「あ、はい。ありがとうございます」


 リガードが空のコップに水を注ぎ差し出す。俺はそれを受け取って飲み干し、すぐに食卓の木の実に手を付ける。


「食べ物はどうだ?口に合ったならいいが」


「初めて食べたけどおいしかったです」


 赤い木の実にかじりつきながら答える。昨晩出された木の実や魚は、空腹だったこともあり完食していた。木の実は見た目こそ違ったが栗や柿のような味がしたし、魚の干物も臭みなどはなくどこか食べたことのあるような味だったので、普通に食べることができた。異世界の食べ物は今まで食べたことがないような不思議な味がするのかと期待していたので少し残念ではあるが。


「ならよかった。我々は今日も忙しいのでな。すまないがお前には構ってられん。ここにある水や食料は好きに持って行っていいから、適当にここを出て行ってくれ」


 食事を終えたリガードが立ち上がる。変身の魔法が発動し、体がよじれ、狼の姿になる。


「あの。人里ってどこにあるんですか?」


「そういえば説明がまだだったか。この家を出て真っすぐ山を下りて行くだけだ。しばらく進むと小川が見えてくるはずだ。それに沿って下ればすぐに人里に出られるだろう」


 ドアを開けたリガードがこちらに振り向く。


「記憶喪失だか何だかわからんが、元気でやれよ、人間」


「えと、こっちこそ見ず知らずなのにお世話になっちゃって。本当にありがとうございました」


「……フン」


 俺は座ったまま軽く頭を下げた。顔を上げた時、リガードはもういなかった。


 それは朝食を済ませ、家を出る支度をしている時だった。リガードが用意してくれた麻袋に木の実を詰め込んでいると、ドアからトントンと音がした。自分の家ならすぐに出るところだろう(自分の家に関する記憶はないのだが)、しかしここリガードの家。家主でない俺が勝手に出るのも悪いだろう。だが来客者はずっとドアをたたき続けており、諦めてくれる気配はない。俺は仕方なくドアへ近づいていった。ここはリガードの不在を告げて帰ってもらおう。


「はーい」


 俺がドアを開けると、そこには一人の男性が立っていた。人間の来客などそうないと聞いていたから俺以外の人間の存在に驚きかけたが、魔法で変身した人狼に違いなかった。


「やあ。君が例の人間かい?」


 男が口を開いた。あまり高くない背丈に線の細い体つき、アイドル風な顔立ちと明るい声質のせいでリガードとは全く違う印象を受ける。


「例のって……よくわかりませんけど、村長さんは出かけてしまって今はいません。また出直してください」


「そうだろうな。私は君に用があって来たんだ」


「俺に?」


「ああ。君に聞いてほしい話がある。リガードさんや他のみんなは今この村を離れているけど、万が一にも誰かに聞かれるわけにはいかないから私の家で話したい。ついてきてくれないか?」


 正直、少し怪しいと思った。彼は今いきなり押しかけてきて、見ず知らずの俺に用があると言って自宅に連れて行こうとしている。その上他の人には聞かれたくない話とくれば、何か悪事を企んでいるとも限らない。何しろ相手は人狼なのだ。喰われるかも――――いやな予感が頭をよぎった。


 とはいえ、リガードには一宿一飯の恩がある。不審者同然の俺を自宅に寝泊まりさせてくれるほどよくしてくれたのだし、彼の仲間であろう他の人狼の頼みを無下に断るのも気が引けた。


「……わかりました」


「ありがとう。じゃあ案内するよ。こっちだ」


 男はすぐに歩き出した。俺は不安を抱きながらも彼の後に続いた。

読んでいただきありがとうございます。作者です。

この後書きも何を書いていいのかわかりません。なろうで色々読んでても、たくさん書いてる方もいれば書いてない方もいますし。まだ連載したばかりですがネタもありませんので、今後特に書くことがない時は細かい設定の補足等をしようかと思ってます。

ではまた。

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