予選通過は何位? 緊張と重圧が凄いのです
「「「⋯⋯予選3位は【オルファステイム】所属、ヤヤ・クスワド! 総得点は49点! 思った程伸びず! カット以外での躓きが足を引っ張ってしまったかー! ここは審査員のジョブさんいかがでしたか?」」」
「そうですな。今、おっしゃった通り、出だしとカット後の処理が響きました。カットの出来に関しては、参加者中もっとも高得点だっただけに、もったいなかったですな」
「「「ありがとうございます! 【オルファステイム】! これは悔しい結果となってしまった!!」」」
ヤヤは悔しさを丸出しにし、デルクスさんの表情も苦い表情のまま天を仰いでいました。
その姿から、【オルファステイム】としての悔しさが伝わります。
ふと横を覗くと、フィリシアの表情も何故か冴えません。デルクスさんと同じく苦い顔で、短く切り上げている髪をワシワシと掻いていました。
「大手なんだから、もっと頑張れよって思わない」
「カミオさんの前後って、そんなにイヤなの?」
「イヤだね。特に前はダメ。こうなったら1位通過である事を祈るよ」
「え? そうな⋯⋯」
「来るよ」
フィリシアは私の言葉を遮ると、司会者さんの言葉に集中していきました。
私も祈ります。良く分からないけど、1位通過でありますように。私も司会者さんの言葉に集中していきました。
「「「第2位、第1位と続けての発表となります。前年度のチャンピオン、フィリシア・ミローバが1位通過を決めるか、それとも予備予選最下位通過、カミオ・イグナシウスの下剋上なるか!」」」
フィリシアが本番以上に緊張しているのが、珍しく強張った表情から分かりました。
速さの点数は、カミオさんは9点×3人、フィリシアは10点×3人。この時点で3点上回っているのは間違いありません。残りの技術点でその差が埋まってしまうかどうか⋯⋯。当初から唯一ライバル視をしていたカミオさん。技術に関しては互角かそれ以上と見るべきでしょうか。
「「「まずは総得点から! 第2位! 54点! これは稀に見る高得点! そして第1位は⋯⋯55点!! これまた素晴らしい点数が出ました!! しかも! その差はなんと、わずかに1点! 僅差を制したのは⋯⋯」」」
いよいよです。
胃袋がキューってなります。早く言って欲しいような、言って欲しくないような。
司会者さんに集中します。手元の集計表を掲げると、伝声管を握り締めました。
「「「第2位! 【カミオトリマー】所属、カミオ・イグナシウス! そして第1位! 決勝もこのまま行ってしまうのか! 【ハルヲンテイム】所属、フィリシア・ミローバ! 決勝進出者8名が出揃いました! それではこの結果を総評して頂きましょう、審査員のハモンさん、お願い致します」」」
「はい。皆様、お疲れ様でございました。まずは予選突破された皆様、おめでとうございます。破れた方もまた技術と知力を向上させ、是非とも次回リベンジされるのを節に願っております。
今回、ふたりの結果を分けたのは、知識の差でございましょう。
王者でもあるフィリシア・ミローバの完璧な対応には、審査員一同感服致しました。難しい課題を良くぞ正解に導いたと賞賛しかございません。
一方のカミオ・イグナシウスも出だしで躓いてしまったものの、その後の巻き返しは素晴らしく完璧でした。特に調髪の正確性においては、参加者中でも頭ひとつ抜け出ていると審査員一同、総意しております。
総合力でフィリシア・ミローバが1位通過となりましたが、その差はごく僅かです。この結果に互いに慢心せず、研鑽を重ねて行って欲しいと切に願います。決勝も楽しみにしておりますわ」
「「「ありがとうございました! それでは、しばしの休憩を挟んで、いよいよ決勝戦です! 参加者の皆様に今一度大きな拍手をお願いします!!」」」
割れんばかりの拍手の中、舞台を下りて行きます。みんなの足取りはどこか重く、空気もピリピリとしていました。
あ、カミオさんを除いてです。カミオさんは、足取りもひとり軽く楽しそうです。重圧とか感じないのでしょうか?
フィリシアの表情は強張ったまま。重りを付けたかのように引きずる足。その不安を見せる足取りのまま、控室へと戻りました。乱暴に席につくと大きな溜め息を吐き出します。その姿からはとても1位で通過した人とは思えませんでした。思うように行かなかった苛立ちを見せています。そこまでの悪い結果とは思えないのですが⋯⋯。
「フィリシア、大丈夫? 1位だよ、凄いよ!」
「うん。ありがとう」
気の無い返事。
さて、困りました。こんな時に掛ける事の出来る魔法の言葉を誰かに教えて貰いたいです。
カミオさんへの警戒心が爆発していますね。他の人達は眼中に無いみたいです。何がそこまでフィリシアを不安にさせるのでしょうか?
これは思い切って聞いてみるしかありませんか⋯⋯。
「フィリシア、聞いてもいい?」
「うん? 何?」
「カミオさんの何をそんなに心配しているの?」
「うーん」
フィリシアは大きく唸って見せます。大きな溜め息と共に顔を上げると、困ったような複雑な表情を見せました。
「強いて言えば、全部。技術はもちろんだけど決勝で物を言う、独創力。誰も考えつかない事をやってくるよ、カミオさん。仕事が丁寧過ぎて遅いから、予選でタイムオーバーか、通過したとしても下位か良くても真ん中くらいって踏んでいたんだよね。決勝では、カミオさんの発表前の人達の事なんて、カミオさんの発表が終わったら霞んでしまって、きっと誰も覚えていないよ。それくらいの事をして来る人なんだよ。私達も食われないようにしなきゃ⋯⋯」
硬い表情のまま、前を見据えています。ここに来て初めての大きな重圧を感じているようです。
フィリシアの言っている事は分かりました。でも、私はフィリシアが劣っているなどと微塵も感じないのですよ。いや、むしろ予選を通して見ていたフィリシアの背中はとても大きくて王者然と映っていました。
フィリシアが珍しく、重く張り詰めた空気を醸し出しています。控室に漂うのは、ただひたすらにのしかかっている重圧。
私はどうしていいか分からず、一先ず控室をそっと出て行きました。
気分を変えようと、屋台の並ぶ広場を目指します。何か食べておかないといけませんよね。食欲の起きない体にむちを打ち、屋台を覗いて行きました。
私の体なんて現金な物です。屋台からの美味しい匂いにお腹がぐぅっと鳴って、急激にお腹が減って来ました。
どれも美味しそうですね。香ばしい薫りを放つ肉串に、その隣ではオレンの実の砂糖漬けがキラキラと橙色に輝いています。あちらでは湯気の立ち込めるスープ、あ! おばさんのパンも売っていますね。迷いまくりです、どうしよう⋯⋯。
「エレナー」
「エレナちゃん、お疲れ様です!」
キノと満面の笑みを浮かべるフェインさんが両手を振りながら、こちらに向かって来ました。私も両手を振って応えます。何故だか急に日常に戻った感じがして、とても安堵しました。
「フェインさん! キノ! 応援ありがとうございます」
「エレナちゃん、凄かったですよ。1位通過おめでとうございますです」
「エレナ、ぐっじょぶ」
「ありがとうございます。キノもありがとう」
笑顔のフェインさんと親指を立てて見せるキノに一礼。キノは相変わらず、両手に串を握り締めています。
ふたりとの思わぬ遭遇が、張り詰めていた私の気持ちをゆっくりと解いてくれます。強張っていた肩の力が抜けて、体も気持ちもスーッと楽になっていきました。




