突撃スタイルは相変わらずという事で
『『ようこそ、ハルヲンテイムへ』』
ガラガラの待合いに飛び込んだフィリシアに向かい、ハーフ犬人と猫人が、落ち着いた声を響かせた。男はヒューマンだけ? あのエルフは子供? うん? 違う?
「どうされました?」
戸惑っているフィリシアに、子供と見間違えた小さなエルフが女性らしい低い声音で迎え入れた。
ドワーフとエルフのハーフ?
フィリシアの一瞬の困惑を見逃さず、ドワーフエルフは嘆息して見せた。
「はいはい。店長のハルよ。それでその仔どうしたの?」
「⋯⋯あ! この仔を診て貰いたいの! お願い、何か様子がおかしいのよ」
フィリシアの必死の懇願にハルは一瞬たじろいだが、すぐにテーブルの上の犬豚を注視していった。
「で、どこがおかしいの?」
「多分、右の前脚⋯⋯」
「多分?」
「待って! 優しく触ってあげて」
前脚を確認しようと手を伸ばすハルにフィリシアは注意を促す。ハルは一瞬手を止め、またゆっくりと手を伸ばしていった。
ハルの触れる手に反応を示さない。犬豚はじっとテーブルの上で佇んだままだった。動じないその姿とフィリシアの必死の姿が重なり、ハルの表情は少しばかり複雑になっていく。
「ここがおかしいの? ぶつけたりか何かしたの?」
「わからない」
「わからないって、あなた。普通に立っているし、おかしい所は見当たらないわよ」
「いやだから、普通じゃないんだって! この仔の右前脚は絶対に怪我しているって!」
「飼い主さんだから分かる微妙な変化ってヤツ?」
「いや、私飼い主じゃないんだけど……」
「はぁ? それじゃあこの仔は何? 野良? って感じでは無いわね。耳にペット登録の印があるし⋯⋯まさか、あんた盗んだ?!」
「いやいや、私【カミオトリマー】でトリマーやっていて、この仔はお客さん」
トリマーが必死に客のペットを受診に連れて来たって事?
息を切らしてまで、わざわざ?
「お客さんのペットを怪我させちゃったの?」
「いや、だから違うって。怪我させちゃったら、もっと具体的な話が出来るでしょう。様子がおかしいんだってこの仔」
必死に食い下がるトリマーの女にハルは怪訝な表情を見せる。
「どう様子がおかしいのよ。具体的に言ってみて」
「……右前脚が柔らかい……」
言い淀む言葉。
だが、フィリシアの勘の域を出ないその言葉に、ハルは反応を見せた。
「柔らかいね⋯⋯。アウロ! ちょっと来て、知恵貸して」
「どうしました?」
優しい顔を見せる男が、ハルの横に並ぶと犬豚の様子をつぶさに観察していった。
「彼女がこの仔の様子がおかしいって言うのよ。どう? 何か違和感ある? 右前脚がおかしいって」
「見た感じにはありませんね。この潰れた鼻は犬豚ですよね。う~ん⋯⋯ちょっと失礼して⋯⋯」
アウロは犬豚の顎をそっと撫でた。アウロの表情は一気に厳しくなり、顎に置いた手をすぐに戻していく。アウロは顔を上げるとハルとフィリシアを見やった。
「彼女の言う通りですね。この仔は何かがおかしいです。右前脚かどうかは分かりませんが、犬豚の特徴として、犬なのに顎の下を触られるのを嫌がる傾向があります。この仔は顎の下に触れてもピクリとも動かない。そこに気が回らないくらい何かを我慢している⋯⋯とか? 何か痛み、弱っている所があるのかもしれません。右前脚を痛めているとしたら相当痛めている可能性はあります。ただ前脚と考えるなら、普通に立っている今の状態が説明出来ませんけど」
「ありがとう。そういえばあなた名前は?」
「フィリシア」
「フィリシア、この仔の治療を始めましょう。まずはどこに原因があるのか、あなたが怪しいと踏んだ右前脚から診ていきましょう。モモ、ラーサもちょっとこっち手伝って! フィリシア、この仔の名前は?」
「マイキー」
ハルの力強い言葉にフィリシアの顔は安堵に少しばかり緩む。ただ、緩んだのはほんの一瞬だった。自身の勘だけでここまで巻き込んでしまった怖さに、表情はまた複雑に強張っていく。
ハルは指先を右前脚に当て、詠う。
「【麻酔】」
緑色の淡い光が右前脚に吸い込まれると、マイキーはテーブルの上で崩れ落ち、ガタガタと怯える姿を見せた。
◇◇◇◇
空気が淀んでもおかしくはない。思うように体を動かせない仔達が鬱屈とする部屋。いえ、そうなりがちな部屋。フィリシアの前向きな空気がここ療法室の鬱屈した空気を吹き飛ばしていたのが、不在になると良く分かりました。
憐憫はプラスに働かない。でも、私にはフィリシアの太陽のような明るさは持ち合わせていません。私はこの重い空気を振り払う術を探していきますが、思うように行かないのが常ですね。
「どうしよう⋯⋯」
見つかるはずのない術に口から零れる言葉。目の前のビビが首を傾げています。その姿が可愛らしくて思わず笑ってしまいました。
「フフ、一回帰ろうか」
ビビを抱きかかえるとお日様みたいないい匂いがします。フィリシアがここの仔達をマメに洗っている証拠です。私もせっかく洗った体が小屋に入った途端に煤けないよう、しっかりお掃除しないと。出来る事はそれくらいか⋯⋯。
「フィリシアいる?」
ノックと共に犬豚のマイキーを抱えたハルさんが顔を覗かせました。
「マイキーお帰り」
「怪我も無く無事に冒険終了よ。フィリシアは?」
「多分、アウロさんの所じゃないかと。何かあったのですか?」
「いやいや、この仔帰って来るとフィリシアにしばらくべったりなのよ」
「へぇ! マイキーはフィリシアの事が大好きなのね」
私が頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めました。
「本当にね⋯⋯まぁ、分からなくは無いんだけど。しかし、何でここをほったらかしてまでアウロの所?」
「私がビオに義足は無いのか尋ねたら、アウロさんに作って貰うって飛び出して行きました」
「相変わらずの突貫娘ね、全く。でも、動物用の義足か⋯⋯言われてみればだけど意外と盲点ね。もし形になればいろいろと広がりそう、エレナ、やるじゃない」
「い、いえ、私は聞いただけ⋯⋯なの⋯⋯で⋯⋯」
ハルさんに褒められて、顔が熱を帯びます。何だか気恥ずかしくて言葉は尻すぼみで、ハルさんの顔を真っ直ぐに見られませんでした。
ハルさんはハルさんで、そんなワタワタと落ち着かない私をニヤニヤと見つめています。素直に嬉しいのですが、褒められ慣れていない私で遊ばないで欲しいものです。




