祭りの前
「終了後の全頭検査だな。各調教店に御触れを出しておこう。それとフィリシア、ラーサにこいつを届けてくれ」
「何これ?」
ギルドの執務室で向かい合う無表情のモーラとフィリシア。
モーラから手渡された人の頭ほどもあるずっしりと重量感の見える袋を、フィリシアは手に取った。思ったほどの重さは無く、紐をほどき中を覗く。微かな光を取り込み、キラキラと輝く純白の石が、フィリシアの瞳に映った。
「綺麗。あ、白精石だ」
「ああ。ラーサに頼まれていた物だ。渡せば分かるだろう。それと、祭りは二日後。今日から大々的に告知をして、受付を返しする」
「急だけど仕方ないか。注意とかも、本当に頼むよ」
「もちろんだ、ぬかりはない。素手で触らぬ事と、ネズミに違和感を覚えた場合は、すぐにギルドに連絡を入れる様に徹底する。それで、あいつの動きはどうなんだ?」
「アルシュ? 順調って言えるのかな。お宅のアマンさんが、案の定怪しい動きを見せているってよ」
「まったく⋯⋯」
モーラの深い溜め息を合図にして、フィリシアはギルドをあとにする。大々的に貼られた告知ポスターには人だかりが生まれ、ちょっとした熱気を生んでいた。
動きはやっ! え?! 優勝30万ミルド!? モーラ、思い切ったね。
人だかりの後ろからポスターを覗き、その額に目を剥く。早急な対応と優勝額の大きさに、モーラの本気を垣間見た気がした。
「おい! フィリシア・ミローバ! 次こそ勝つからな!」
「うん? あ⋯⋯【イリスアーラテイム】の⋯⋯」
「トリミングフィエスタの借りを返すぞ! 覚えておきな!」
「アハ、やる気まんまんだね」
「そりゃそうだ。祭りとなったら、本気を出すさ。とりあえず、ウチにいる猫を総動員するぞ。見とけよ!」
「はいはいはい」
鼻息荒い女ドワーフの宣戦布告を受けて、フィリシアは肩をすくめて見せた。
いいね。大手が本気になってくれると盛り上がる。こっちも準備を⋯⋯って、【ハルヲンテイム】はどうするのかな?
◇◇
「アウロさん、【イリスアーラテイム】に宣戦布告されたけど、ウチも参加するよね?」
「一応」
「歯切れ悪いね」
「リンマフィンを一匹だけ出すよ。さすがにゼロというのはバツが悪いからさ」
「やる気なし! 30万ミルドだよ?」
「え!? それは凄いね! でもさ、大手には手駒の数で勝てないし、事情を知っている【ハルヲンテイム】は、裏方に回って全力でフォローしないと。猫達に何かあったら、申し訳ないからね」
「確かに。仕方ないか」
「そうそう。さぁ、フォローに向けて準備を始めようか」
「くぅ~30万ミルドの夢が⋯⋯」
「はい、はい」
アウロは嘆息しながら、フィリシアの背を押して行く。祭りの皮を被る、街の浄化作戦は秒読み状態へと突入した。
◇◇◇◇
南の外れで、茂みに身を隠す狼人の肩に、アルシュはそっと手を置いた。
「何だ、兄貴か。びっくりさせるなよ」
「どうだ?」
「さっき爺さんが出て行った。シーアとビスカが尾けてる」
「あの女達なら大丈夫だな。中は?」
「三人が交代しながら警戒中。もう突っ込んじまおうぜ。あれなら余裕だろ」
「急くな。明日、街で祭りがある。それに合わせて何か仕掛けるかも知れん。やつらの目的が分かるまで、焦るなよ」
「とっ捕まえて、吐かしまおうよ」
「吐かなかったらどうする? だから焦るな。任したからな」
「チッ! 分かったよ」
カラシュの肩にもう一度手を置いて、街の中心部へと戻って行く。受付ですまし顔の女の元へと、足早に向かった。
街中は明日の祭りに向けて人々は熱に浮かれ、どこもかしこも笑顔で溢れている。祭りと名が付けば何でも良い連中は、その熱を言い訳にすでに酩酊が始まっていた。
ギルドでは明日の祭りに向けての準備に追われているのか、バタバタと慌ただしさを見せている。アルシュの睨む先にいるすまし顔の女も、祭りに浮かれている人々の尻ぬぐいに翻弄されていた。
ここにいる間は何も出来んか。爺さんと女。あのふたりが首謀者とは考えられん。いったい誰と繋がっている?
「いたいた」
聞き覚えのある声に視線だけ向ける。人懐こい犬人の女が、肩越しに笑顔を向けていた。
「ビスカか」
「ビスカかって、何か冷たくない? せっかく見つけてやったのにさ」
「悪かったよ。それで、何か動きがあったのか?」
「シーアと爺さん尾けていたじゃん。人気の無い廃屋でさ、誰と会っていたと思う?」
「知るかよ。早く言え」
「つまんない男だねぇ。ルルライシュー・コーエンミラル。選民主義筆頭の女エルフ。厄介なヤツリストの筆頭でもあるのよこれが」
飄々としていたビスカの表情は一変し、鋭い眼光と口元に冷たい笑みを浮かべて見せる。
「選民主義のエルフが何でヒューマンの爺さんとつるむんだ?」
「さぁ? それ調べんのが仕事でしょ」
「選民主義筆頭ってどんなやつなんだ?」
「エルフ以外は人として見ていない。それこそハーフエルフなんて目の仇にしてるよ。ここ最近は大人しくしているけど、昔は結構えぐい事していたらしいよ」
「何でとっ捕まえねえんだ?」
「何回か捕まっているけど、いつも証拠不十分で釈放。揉み消しがうまいのか⋯⋯」
「裏にデカイのがいるか」
「そう言う事~」
ビスカはアルシュの顔を覗き込み、ニヤリと笑みを見せた。アルシュはその笑みに一瞬寒気を覚え、思わず目を逸らしてしまう。
バックは相当デカイのか? 金策に揉み消し。それなりの権力が無ければ成り立たないはずだ。
「そういやぁ、【ハルヲンテイム】が爺さんにちょっかいを出されたって言っていたな。もう少し詳しく聞いてみるか」
「何されたの?」
「良く分からんが、動物を虐待していたって話だ」
「ふ~ん。そんなヤツなら、動物がどうなろうと知ったこっちゃないね、ピッタリだ」
「だな。とりあえず【ハルヲンテイム】に話を聞きに行って来る」
「んじゃ、私はあの女を見ておくよ」
「ああ」
ビスカはすまし顔の女を顎で指し、アルシュはひとり喧騒から離れ、店を目指した。
◇◇
「アウロ!」
「あれ、アルシュさん。今日は早いですね」
裏口を開けると、祭りの準備に奔走しているアウロが目に飛び込んで来る。予想していなかったアルシュの登場に、アウロは少しばかり驚いて見せた。
「すまんな、忙しいところ。以前揉めたって言う、ラウダの話を詳しく教えてくれないか?」
「詳しくと言っても、虐待の件でしか絡んでいないですよ?」
「構わん。教えてくれ」
両手の荷物を床に下ろし、アウロは腕を組んであの日の事を思い返していく。おぼろげな記憶の糸をゆっくりと紡いでいった。
「使用人として仕えていたカラウズ家の犬豚に、酷い虐待をしていました。トリミングに連れて来られたその仔に違和感を覚えたフィリシアが、ここに連れて来て、その仔は事なきを得たって感じです」
「なるほど。カラウズ家に何か問題でもあったのか?」
「いえ、無いと思います。旦那様も奥様も、嫌味の無い優しい方でしたよ」
「ん? じゃあ、何に不満があってそんな事をしたんだ?」
「奥様がハーフの方で、路頭に迷っているハーフの方を使用人として迎い入れていたのが不満だったらしいです」
「何でだ? 仕事しないヤツばっかが、集まったとか?」
「フィリシアの話では、とても感じの良い方々って言っていましたよ。彼は純血主義者だったんです。ハーフだらけの屋敷に不満が溜まっていき、その捌け口に犬豚を虐待していたのです。女装して偽名まで使って発覚を逃れていました。したたかな人間ですよね」
アウロの言葉にアルシュの中で線が繋がっていく。
選民主義と純血主義。下らぬ妄想に憑りつかれたふたりが、この世界に不満を抱えていたら⋯⋯そこに共鳴し、共感が生まれた。そして、共通の目的が生まれた。その目的は?
ひとり黙って逡巡するアルシュをアウロは覗き込んだ。
「アルシュさん?」
「あ、すまん。アウロ、助かった。めっちゃ参考になったよ」
「そうなのですか? まぁ、それなら良かったです」
「また動きがあったら、報告に来るよ」
「はい。お願いします」
暗闇に覆われていた思考に、淡い光が射し込む。光明とも言えるそれは、アルシュの口元に、笑みを浮かべさせるのには十分だった。




