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ハルヲンテイムへ ようこそ  作者: 坂門
最北と最南

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259/285

想像の話

「怪しければ、何でも知りたいんだろ? それだけでいいのかって事だ」

「話が見えねぇ」

「例えばだ。未登録の飼育場があるとか⋯⋯」

「とか?」


 クスの瞳は鈍い鋭さを見せていく。困惑を隠せないアルシュは眉間に皺を寄せ、いぶかしげな表情を返す事しか出来ない。

 クスの一言で、小屋の空気は一瞬で緊張を帯びていき、危うさを帯びる緊張にアルシュの表情はさらなる強張りを見せていった。


「ヤバイ実験をしているのに、わざわざ素直に登録なんてすんのかねえって。単純な疑問だよ」

「あんた、何か知っている風だな。今までは隠れ蓑にする為に正規の店を装っていたんだが、そうじゃないって事か?」

「正規の店⋯⋯それすらも隠れ蓑にしているとしたら? ま、想像だよ、想像」


 クスの言葉はアルシュの思考を激しくかき乱した。禅問答のごとく、のらりくらりと的を射ない言葉の数々。ただ、何かが遠くで光り始めた感覚を不思議と覚えた。今まで真っ暗闇だった思考に微かな光が射し込んだのを感じていた。

 アルシュは口端を上げ、クスに向く。


「こいつはあくまで想像の話だ。もし、あんたならどうする?」


 クスは顎に手を置き逡巡のフリをした。


「そうだな。まぁ、とりあえず勝手に飼育場を作るかな。ま、想像だけどな」

「ただそれだと、バレるだろ? 小さくは無いものだ、いくら人目の無い所を選んでもいつかはバレちまう」

「だれかに見られても、言い訳が立つように手を打てばいい。言い訳なんて、いくらでもあるさ」


 言い訳が立つ?

 アルシュは何かに気が付き天を仰ぐ。


「なるほど。確かに、言い訳が立てばいい。それだけなら、動物(モンスター)絡みの店にこだわらなくともいいって事か。ただ、そうなっちまうと探らないとならない範囲が広すぎるな。店、工場、農場に牧場⋯⋯広い土地を必要とするもの全てが怪しい事になっちまう」

「店と牧場は外していい。人目の無い所で商売するやつはいない。そんなもの逆に目立っちまう。隠したいのに、牧場には囲いらしい囲いは無い。そうなると、隠せるものは自ずと限られる。違うか?」


 高い囲いがあって怪しまれないのは、工場か⋯⋯。

 額に手を置き逡巡するアルシュにクスは続ける。


「これは大昔の話だ。南西の森に飼育場を隠すには持ってこいの場所があったらしい。ただ、今はどうなっているのかは全く知らねえけどな」

「南西⋯⋯」


 逡巡を深めるアルシュを、クスは剣吞な瞳で見つめた。


「なぁ、木を隠すなら森に隠せって言うだろ。申請書が集まる場所ってどこだ?」

「木? 申請書? ⋯⋯え? あ! そこが怪しいのか?」

「さあ? 聞かれたから想像で答えただけだ。⋯⋯なぁ、【ハルヲンテイム】や【オルファステイム】を荒事に巻き込むなよ。こう見えて、あいつらの事は気に入っているんだ」

「分かっているさ。危険な事には巻き込まねえよ。約束する。にしても、あんたは一体何者⋯⋯」


 バタンと激しく開かれた扉の音に、アルシュの言葉はかき消されてしまった。



「ちょっとクスさん! ルクドさん、探していないって言ってましたよ!」


 意気揚々とルクドさんに会いに行ったら、ポカーンと首を傾げられてしまいました。

 私が怒ってみてもクスさんいつものように、のらりくらりです。


「あれ? そうだったか? でも、エレナの顔見て喜んでいたろう?」

「いや、まぁ、はい。あの仔(オウルベアー)の元気な様子も伝えられたので良かったですけど⋯⋯」

「そうか、そうか。元気でやっているのなら、任せて良かったよ」

「スクスク育っていますよ」

「さすがだな。【ハルヲンテイム】は良客ばっかだから、こっちも安心なんだよな」

「他は違うのですか?」

「そうだな⋯⋯【オルファステイム】とか【イリスアーラテイム】みたいな大手は、変な客が少ないかな。小さい所は何ともだ。商売だから仕方の無い側面もあるが、大事にしてくれる所に行って欲しいってのが、こっちの本音だ」

「まぁ、そうですよね」


 うん? あれ? 何か話題が変わってません? ま、いいか。


「こいつが生まれたらどうだ? またサービスするぞ」

「またって何ですか! サービスなんてして貰った記憶はありませんよ」

「おいおい、つれない事言うなよ。この間の灰熊(オウルベアー)は大正解だったんだろ」

「ええ、まぁ、そうですけど⋯⋯」

「あんないい仔を相場の底値で売ったんだ、感謝してくれたっていいんだぜ」

「え? まぁ、はい、その節はありがとうございました⋯⋯?」


 黙ってやり取りを見ていたアルシュさんが首を横に何度も振って見せました。


「エレナ⋯⋯あんたは、ちょろすぎだ」

「そ、そんな事は⋯⋯ですか?」

「あぁ。ですだ」


 呆れ果てた顔で肩をすくめるアルシュさんに、軽く不貞腐れて見せました。

 そこまででは無いと思うのですよ。

 しかも、私の姿を見て、ふたり揃って吹き出したのです。


「何ですか、ふたり揃って、もう。すっかり仲良しさんになって」

「「仲良しさん?」」


 ふたり揃って顔を見合わせます。ほら、仲良しさんじゃないですか。


「ま、エレナのおかげだな。良い話を聞けたよ」


 アルシュさんは微笑みながら、私の肩にポンと優しく手を置きます。


「そうか! だってよ。これで【ハルヲンテイム】に貸しがひとつだ。ハルに言っておいてくれ、近いうちに貸しは返せよって」

「なんでしょう⋯⋯この腑に落ちない感じ⋯⋯」


 いつものクスさんに戻って、私はどうにもすっきりしません。

 そんなやり取りにアルシュさんってば、ずっと笑っているのですよ。

 

「アハハ、そう膨れなさんな。あ、そうだ! エレナ、悪いがもうひとつ付き合って欲しい」

「構いませんよ。どちらにですか?」

「森かな⋯⋯。クス、助かったよ」

「森??」


 私達はクスさんに別れを告げ、森を目指し⋯⋯ません?


「アルシュさん、森は反対ですよ? こっちは中心街です」

「ああ、いいんだ。なぁ、だれかギルドの人間を紹介して貰えないか? 信用出来るやつがいい」

「ギルドですか? ひとり紹介というか、【ハルヲンテイム】でお世話になっている方ならいらっしゃいますが⋯⋯」

「そいつに面通しを頼む」

「はぁ⋯⋯」

「宜しくな」


 ニッコリ微笑むアルシュさんにノーと言えるわけもなく。一抹の不安を覚えながらも、ギルドへと足早に進んで行きました。


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