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ハルヲンテイムへ ようこそ  作者: 坂門
ハルヲンスイーバ・カラログースの追想

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深い尊重

 家から薬と包帯もしっかり持って、小さなサーベルタイガーが来るのを静かに待った。

 (ほとり)にはいつもの顔ぶれが集まって来て、いつものように賑やかになっていく。

 茂みからひょっこりと顔を出す白虎の姿。ちょっと照れくさそうにも見えるその仕草に、思わず破顔してしまう。また会える事をどこかで期待していた。微笑む私に彼はゆっくりと近づいて来てくれたんだ。


「今日はね。ちゃんと薬を持って来たよ。ちょっと、診せてごらん。そうだ、あなたに名前を付けてあげる⋯⋯どうしようかな⋯⋯⋯⋯クエイサー。どう? 悪くないでしょう? アハ、気に入ってくれた?」


 頭をすり寄せて来るクエイサー。脚に巻いてあった袖口を取って、新しい包帯に薬を塗って縛り直す。傷はほとんど治っていて、薬なんて必要無かったかもだけど、折角だしね。

 治療を終えて、畔でのんびり。穏やかで静かな時間がゆっくりと流れて行く。


「明日も来る? もう少しで治りそうだけど⋯⋯治ったら、もう来ないのかな?」


 分かっているのか、分かっていないのか、小さなクエイサーは私の言葉に首を傾げるだけ。痛くなくなったら、きっともう来ない。頭を撫でながらそんな思いに駆られ、少し寂しくもあった。

 でも、そんな私の思いは杞憂に終わる。脚がすっかり良くなったあとも、クエイサーは会いに来てくれたんだ。

 脚もすっかり良くなると、一緒に森を散歩したり、一緒に昼寝したり、たわわに実る果実をもいで、一緒に食べたりもしたなぁ。楽しい時も、落ち込んだ時も、いつも寄り添ってくれた。

 懐かしいね。気が付けばずっと一緒だよ。


◇◇


 クエイサーはハルさんの中で、もうすっかり家族の一員なのですね。

 他の仔達とは違う一線を画すその雰囲気は、信頼や互いの深い尊重(リスペクト)から生み出されていた。長い月日を掛けて、築き上げた互いを想う思い。


「人間嫌いだった私もミドラスに来て、いろいろな人と触れ合う事で自分の中にあった、わだかまりが解けていった。あれ? 結局何が言いたかったんだっけ??」

「フフフ、何でしょうね。でも、ハルさんの昔話を聞けて楽しかったです。私が聞いていて思ったのは、家族みたいな関係って血の繋がりだけじゃないって。ハルさんとクエイサーの話を聞いて思いました」

「そ、そうかな? そうかも⋯⋯。あらためて言われると何だか恥ずかしいわね。でも、エレナはもちろん、お店のみんな、【スミテマアルバレギオ】のみんな、そこに関わる全ての人達が、私にとって大切なものになっているわよ」


 私もハルさんの中で、大事なもののひとつに入っているのです。言葉にして貰って、とても嬉しくて、何だか少し照れくさくもあります。


「ハルさんも【ハルヲンテイム】を始めた事で、人嫌いが無くなって、大切なものが増えていったって事ですか?」

「あ、確かに。冒険者時代は、だれともつるむ気が起きなかったもの。ソロでいいやって思っていた。お店始めた当初もそうだったかも⋯⋯私ってば、意外とコミュ障だったのね。言われて気付いたわ! なんか落ち込んじゃう」


 溜め息をつきながら苦笑いのハルさんに、また笑ってしまいました。自分にとって、大事な大切なもの⋯⋯それが増えていく事で幸せになれる。もちろん大変な事もあるけど、私に欠けていた人や動物(モンスター)達との繋がりは、宝物だと、大切にしなくてはいけないと教えてくれたのかな。

 エルフやドワーフが苦手だったハルさん。ネインさんやシルさん、ユラさんと出会い、接していくなかで、頑なだった心がゆっくりと解けていった⋯⋯。アウロさんの話を聞く限り、相当な苦手っぷりだったと聞いています。そう考えると繋がりや出会いって偉大ですよね。


「今でも親ってものは分かりませんが、大切なものや、大事にしたいものは、たくさんハルさんを始めみんなから貰いました。だから、ハルさん、あまり気にしないで下さい。親の事を気にされているハルさんに対して、申し訳なく思ってしまうので」

「そっか。何かどうもねぇ、気になっちゃうのよねぇ」

「あ、そうだ。親を想像する時に、あの父親を想像するのを止めて⋯⋯キルロさんを想像しようかな⋯⋯となると、母親はハルさんで、妹がキノですかね⋯⋯あ、でも私が娘って変ですよね。う~ん、やっぱりお兄さんとお姉さんって感じですかね? あ、でもお姉さんって感じはフィリシアかな? ⋯⋯あれ? ハルさん? ハルさん?」

「ななな何を言いだすのよ⋯⋯ままままったく⋯⋯」


 あ、しまった。茹で上がったハルさんが出来上がってしまいました。

 話題を変えましょう。


「そういえば、どうして畔には危険な動物(モンスター)が寄って来なかったのですか?」

「あぁ、それね。それは、その近くにサーベルタイガーの集落があったのよ。人には見つけられない所にね。彼らが抑止力となって、危険な生き物が近づけない楽園が出来ていたの。この事は内緒よ。エレナしかこの話はしていないんだからね」

「私にだけですか!?」

「そうよ」


 そう言ってハルさん、いたずらっ子みたいに無邪気な微笑みを見せてくれました。


◇◇◇◇


 内緒の話をしてくれた数日後。

 ハルさんは、フェインさんやエーシャさん、それにキノと一緒に【スミテマアルバレギオ】のユラさんを覗く女性陣だけで、エーシャさんの村に出発して行きました。ユラさんは、マッシュさんやカズナさん、他のソシエタスの方々とまたオーカだそうです。

 なんでもエーシャさんの村でやり残した事があるとかで、笑顔は無く、神妙な面持ちのまま馬車に乗り込んでいました。細かい話は無かったので、きっと聞くべき事では無いのだと、みんな黙って見送ります。

 危険な事は無いとの事で、そこは心配しなくて良さそうです。みなさんの元気の無さが引っ掛かりますが、考えても仕方ありません。いつも通り仕事をするだけです。


◇◇


 翌日、みなさん無事にミドラスに帰還⋯⋯なはずでした。いや、実際ミドラスには帰還したのです。

 そして店の空気は一変します。


「⋯⋯ありったけの点滴と薬! あと包帯もです!!」


 息せき切って受付に飛び込んで来たのはフェインさん。

 私達はその尋常では無い程のフェインさんの焦燥に戸惑うばかり。膝に手を突き大きく肩を上下させている姿に、私達は顔を見合せ、何が起こっているのか分からぬまま準備に駆け出しました。


「エレナとラーサは点滴! モモは包帯と薬を! フェインは店を頼むよ。さぁ、急ごう」


 アウロさんの掛け声が響きます。私達は無言のまま、資材室から必要だと思われるものをかき集めました。どこかの仔が事故にでも巻き込まれてしまったのでしょうか? しかもたくさんの仔が。

 フェインさんが駆け込んで来たという事は一緒にいたハルさんの指示で間違いありません。

 急がなきゃ。


「キノはアルタス、クレアと待っていて下さいです! みなさん! 急いで!!」


 遅れて現れたキノと見知らぬ幼い狼人(ウエアウルフ)の兄妹。でも、構っている余裕はありません。見知らぬ兄妹の姿に首を傾げながらも、馬車に飛び乗ります。


「北の獣人街です! 急いで下さいです!」


 フェインさんの叫びに呼応して、馬車の車輪はすぐに悲鳴を上げていきました。


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