白光の行方は
落ちて、落ちて、落ちて。
ハルさんが、モモさんが、そして私も、ラーサさんの白光の行方を凝視していました。
ツンツンとまた袖を引かれ、ハッと砂時計に目を向けます。
「(砂が)落ち切ります!」
私はそっとキノの頭に手を置き、声を上げました。
ハルさんは分かったと私を一瞥して、また白光の行方を見守ります。
今出来る事は見守る事だけ。もどかしい思いに時間は引き伸ばされ、なのに砂時計の落下はいつもより速く感じてしまう。
「来た⋯⋯」
モモさんが、ボソリと呟きました。
白光の玉がゆっくりとラブールの体に飲み込まれて行きます。それはとてもゆっくりと、ゆっくりと⋯⋯。
お願い、そのまま。
願う。思う。祈る。
部屋の重い空気は重なり合い、体にまとわりついて息苦しく感じてしまいます。
そして白光の玉は、三分一ほど飲み込まれました。
そのまま。
みんなの視線は、白光の玉を後押しするかのごとく熱さを見せます。
そのまま⋯⋯お願い。
私もみんなと同じように祈ります。
ゆっくりと⋯⋯ゆっくりと⋯⋯私達の思いを嘲笑うかのように、なかなか落ちてはくれません。
弾けないで⋯⋯お願い。
半分を越えました。固唾を飲んで見守ります。開いたお腹が白く輝いています。
このまま⋯⋯。
祈ります。
落ちて行くスピードが、さらに遅くなったように感じます。それだけで拍動はさらに上がり、両手を知らず知らずのうちにギュッと強く握り締めていました。
「大丈夫よ」
キノが私の手にそっと触れて静かに言います。見上げる顔は穏やかに微笑んでいて、力が入り過ぎていた私の両手から余分な力が抜けて行きました。
「行け⋯⋯」
ハルさんの力強い囁きに呼応したのか、白光の玉がズズっと一気に飲み込まれます。
白光の玉はみるみる小さくなり、お腹の輝きが小さくなっていきました。
飲み込まれた⋯⋯。
やった⋯⋯。
「ふぅ⋯⋯」
「エレナ! 輸液を全開! モモ、一緒に確認して!」
ひと息ついているラーサさんの横で、ハルさんが声を上げます。
私は点滴へと飛び込み、弁を全開にして輸液を足しました。砂時計はとっくに落ち切っていって、間に合ったのかどうか現時点ではまだ分かりません。
それでも、ちょっとだけ希望は繋がりました。安堵するまでには至りませんが、少なくともこの希望を繋ぎ留めなくてはなりません。
「ハルさん、漏れは見えない。うまく繋がってくれたみたいよ」
「エレナ、塩水とウエスをちょうだい。モモ、洗浄を手伝って。ラーサはお疲れ」
「うん」
ハルさんとモモさんは、血で汚れたお腹の中を綺麗にしていきます。血管がうまく繋がったとはいえ、予断を許さない状況が続いていました。
部屋の空気は未だに重いまま。黙々と作業は続き、折れた骨をプレートで繋ぎ直してお腹を閉じます。今、出来る事はやりきりました。
疲労困憊のラーサさんは少し離れたところで腰を下ろし、ハルさんはラブールに聴診器を当て、現状を冷静に把握していきます。
「イマイチね。心音も肺音も弱い。雑音は無いけど芳しくないわね」
「ハルさん、足は様子見? やっぱり、復活してから?」
「かな。ラーサ、アギニン入れるのどう思う?」
「昇圧剤か⋯⋯難しいね。自力で回復してくれるなら、それが一番なんだよな」
「だよね⋯⋯」
「でも、準備はしておいていいんじゃない。これ以上心音が弱くなるなら、入れるのも手だよ」
「エレナ、昇圧剤の準備をお願い。添え木も一緒に持って来て」
「分かりました」
私の横にはキノも一緒です。長い廊下を急ぎます。
「ねえ、キノ。なんで、大丈夫って言ったの?」
「うん??」
「ほら、さっき、袖を引っ張って大丈夫って声を掛けてくれたでしょう」
「うん? 分かんない~」
小首を傾げ、小走りで前に行ってしまいました。何だかはぐらかされた感じです。
何となく声にしただけなのかな?
これ以上キノに聞いてみたところで、答えは出そうにありません。
「⋯⋯ま、いいか」
私もキノの後を小走りで追いかけました。
「お待たせしました」
「あ、エレナ、ありがとう。とりあえず、薬は使わず大丈夫そうよ」
緊張の解けたハルさんの口調に、強張っていた私の肩から力が抜けて行きました。
処置室に戻るとモモさんと入れ替わる形でフィリシアが、曲がった足の状態を確認しています。足だけではなく、体全体をさすりながら異常が無いか確認していました。
先程までの緊迫した空気は少しばかり緩み、状況が上向いているのだと肌で感じます。
フィリシアは難しい顔で、折れ曲がっていない両前脚を長い時間触診していました。フィリシアの中で、何か引っ掛かりを覚えるのでしょう。私達はそれを静かに見守っていました。
「ハルさん、この仔はどうしたのですか?」
「うん? あぁ⋯⋯この仔はね、狩りの最中に足を踏み外して山道を滑り落ちてしまったのよ。枯れ葉と小枝が崩れていた場所を覆ってしまっていて、見えなかったんだって。先を行くのがこの仔じゃ無かったら、自分が落ちていたって飼い主が言ってた」
「それじゃあ、この仔が飼い主さんを、救ったのですね」
「そうね⋯⋯そうなるわね。飼い主もきっと必死だったはずよ。あの仔の怪我から見て、相当下に落ちたか、厄介な場所に落ちてしまったはず。それを救助して、ここまで連れて来たんだから、飼い主さんにとって、この仔は本当に大切な存在なのね。家族みたいなものかしら」
「家族⋯⋯」
ハルさんは私を一瞥して、失敗したとばかりに苦笑い。何故か私の頭をくしゃくしゃしました。
「ま、大切な存在って事よ。ガブとかキノとか、エレナにもたくさん大切な存在があるでしょう。そう言う事よ」
「⋯⋯なるほど。飼い主さんの為にも、元気になってくれるといいですね」
「そうする為に私達がいるんじゃない」
「でした。そうそう、ハルさん。なんでラーサさんはMP切れたのにヒール出来たのですか??」
「ああ~あれね。私の魔力を分けたのよ」
「ええ! そんな事出来るのですか?!」
「まぁ⋯⋯出来る人は出来るみたいな⋯⋯」
何だか歯切れが悪いハルさんです。でも、凄いですね。魔法が使えるって凄いです。
「いいですね。私も使えたらなぁ⋯⋯」
「私の魔法なんて中途半端なものばかりよ。調教店には向いているけど、普段使い出来るものが無いからね。私もヒールとか使えたらって、いつも思うわよ」
「そうなのですか」
「そうよ」
微笑みを浮かべるハルさんですが、どこか寂しげなのは本当にもどかしく感じる時があったのでしょう。
「あちゃぁ~、ハルさん。やっぱりこの仔、前脚も骨いっちゃってるね。添え木を当てて様子見よう。エレナ、来て。ここ触ってごらん。分かる? 脛のここが割れているの」
「どこ?」
私はフィリシアの言う通りに脛をさすってみました。でも、良く分からないです。どこがおかしいのかな? フィリシアが異常ありと言うのだから、何かしら異常があるのですよね。
「ほら、ここ、ここ。少し亀裂が入っているの⋯⋯そこそこ、ね?」
「あ、これかな」
「そうそう。その感触をちゃんと覚えておくんだよ」
「はい、先生」
「宜しい。精進したまえ」
「はいはい、遊んでないで添えを木当てちゃおう」
「「はい」」
ハルさんがパンパンと手を叩くと、私達は添え木の準備を始めます。とりあえず大きなヤマを越えた安堵に、自然と表情は緩んでいました。
◇◇◇◇
「失礼します」
「今日は疲れたでしょう。お疲れ様」
「いえ、私はウロチョロしていただけなので」
「そんな謙遜しなくてもいいじゃない。ま、とりあえずひと息入れましょう」
ハルさんはそう言って私の目の前にお茶を差し出してくれました。
香ばしくてほんのり甘いこのお茶は、マナルさん達が作っているラテの葉のお茶ですね。
美味しい。疲れた体にグングンと染みわたっていきますね。緊張していた体が、ゆっくりとほぐれていくのが分かります。
「マナルさんのお茶、美味しいですね。何だか、とってもホッとします」
「お、分かるね。このお茶美味しいよね」
「はい。それで、今日はどうしたのでしょうか?」
そうなのです。仕事終わりにハルさんに呼ばれて、今応接室のソファーにふたりっきりで向かいあっていました。お説教って感じではないですが、なんで呼び出されたのか心当たりが見つからないのです。
「そうね⋯⋯」
ハルさんが柔らかな表情で、言葉を紡ぎ始めました。




