大きな犯人??
「でも、可愛くない? これ、まだ生まれたてよね」
ギルドの受付に置いたケージの中で蠢く小さな小さなチワニッシュ達を、ハルさんが慈しみを持って見つめていました。
◇
そうです、あの最奥にいたもの。いえ、うずくまっていたもの。
(犬豚の)マイキーが見つけたのは、部屋の奥でうずくまっていた子犬達でした。目もまだ開くか開かないほどの生まれたてです。
ハルさんと私は必死で瓦礫を撤去して、手を伸ばしました。温かな命の温もりを手に感じると、さらに奥へと手を伸ばし、三匹の子犬を無事に保護します。あの狼みたいなチワニッシュの子であるのは間違いありません。衰弱の様子が見える子犬達を前にして、私達は直ぐに店へと戻る事を決意します。
そのまま待っていれば、親犬達が戻って来る可能性もありました。そうなれば捕獲も視野に入ります。でも、早急に対応出来れば、この仔達は大事には至らないはず。それに万が一、親達が戻って来なければ命を落としてしまう可能性はかなり高くなってしまいます。
私達に親を待つという選択肢はありませんでした。
「戻ろう」
「はい」
目の前の命が最優先。私もすぐに頷き店への帰還を急ぎました。
◇◇
「あのチワニッシュの子供だぞ⋯⋯。危険な可能性は?」
モーラさんの不機嫌でぶっきらぼうな声が、響きます。
「そんなの分かるわけないじゃない」
「こいつらを育てるのか?」
「だから、それを相談しに来ているんでしょう」
「危険と判断した場合は処分だぞ」
「それはダメ。危険だけを排除して、普通に暮らせるようにして」
「決めるのはこちらだ」
「だから何? 連れて来たのは私よ。処分だけは絶対にダメ」
「はぁ~」
と、私の首はモーラさんに向いてはまたハルさん、そしてまたモーラさんと、ふたりの顔を交互に行ったり来たり首をブンブンと振っていました。しかし、このやり取りも何回目でしょうか? 先程から同じ話で堂々巡りですよ。
ギルドに飛び込むとすぐに、あのチワニッシュ達が駆除された事を知りました。ハルさんは静かに目を閉じて、悔しさを露わにします。
きっと死体の一部だけを持込み、証拠としているはずです。多分、耳でしょうね。
ペット登録が無い事の確認をして、犯獣認定したのでしょう。そもそも野生のチワニッシュに遭遇する機会など皆無なわけで、登録の無いチワニッシュの段階で確定と言えるのです。
捨てられた死体はすぐに荒らされてしまい、研究は無理だとか。ハルさんが捕獲にこだわった理由はそこです。これで全容は隠れてしまい、アルシュさんの居た店との関係も闇に葬り去られてしまいました。
唯一の手掛かりになるかも知れないこの仔達ですが、何か危険なイレギュラーを抱えていれば殺処分の可能性も⋯⋯。
ハルさんとモーラさんのせめぎ合いは止まる気配を見せません。受付を挟んでバチバチと互いに主張は譲らず、同じ話を繰り返すばかりです。
モーラさんはテーブルを指でトントンと鳴らし、このもどかしい状況に頭を痛めています。ハルさんはそんなモーラさんの事など、気にする事も無く、凛とした表情でモーラさんに対峙していました。まったくもって、ハルさんから折れる気配は感じません。きっとそれを一番感じているのは目の前に座るモーラさんですよね。
「はぁ⋯⋯」
何回目? かの、溜め息がモーラさんから零れ落ちると、また同じ言葉を繰り返します。
「なぁ、ハルよ。ギルドとして危険があるかも知れんものを、はいどうぞとはいかんのだよ」
「分かっているわよ。だから、相談しているんじゃない」
「こやつらが危険じゃないと、確認出来ない限りは野放しには出来ん」
「だから、そんなの分かっているって」
「いいや、お前は分かっていない」
「それを言ったら、ギルドはどうなのよ。捕獲を軸にクエストを発注すればいいのに、駆逐、処分を軸にしちゃったから、何も分からなくなっちゃったじゃない。せめて一匹でも捕獲出来てれば状況も変わったのに」
ハルさんの強い口調は、モーラさんの仏頂面をさらに険しくさせました。
「仕方あるまい。人が襲われたのだぞ。ギルドとして被害の拡大は看過出来ん」
「あのチワニッシュには裏があったかも知れない。いや、きっとあった。それを裏付ける為にも捕獲が絶対だった⋯⋯」
そのハルさんの言葉にモーラさんはピクリと、反応をして見せます。そしてまた大きな溜め息を吐き出して見せました。
「まったく⋯⋯。お前のその様子から見るに、何かを掴んでいるのか? 何故にギルドに相談せん?」
今度はハルさんが大きく息を吐き出し、視線は宙を泳ぎます。どう答えるべきか、少しばかりの逡巡が垣間見れました。
「確証が無かったのよ。それにもし立てた仮説が当たっていたら、一介のギルドでは手に負えない可能性もある」
「ギルドでも?」
「そう。それだけ大きな犯人が後ろにいるのかも知れない⋯⋯。確証が無い今、口に出来ないけどね」
「お前は本当に面倒事ばかり持ってきおって⋯⋯」
「仕方ないでしょう、持ってきたくて持って来ているわけじゃないんだから。もし、この仔達が何かしらのトラブルを抱えていたら、きっとウチだけでは解決出来ない⋯⋯。それを考えたら、ギルドは巻き込んでおかないと。でしょう?」
モーラさんは、首を左右に振り、うな垂れてしまいます。しばらく、そのまま俯いていましたが、顔を上げると渋々と頷き、観念した様を見せました。




