繋がる点と線
「あれ? でも、ちょっと待って⋯⋯」
今度はハルさん、眉間に皺を寄せ難しい顔を見せます。
「ハルさん、どうしたのですか?」
「ねえ、その店にチワニッシュっていなかった?」
あ!
「チワニッシュか⋯⋯。実は動物のいる部屋には入れて貰えなかったんだよ。ただ、キャンキャンと小型犬の鳴き声は聞こえていた。それがチワニッシュかどうかまでは分からんが、可能性はあるかな」
「ハルさん、もしかして、あのチワニッシュは元々アルシュさんがいた店にいて⋯⋯」
「そう、逃げた。って、考えるのは安易かな? 店長のミス、逃がしてはいけない動物を逃がしてしまった。もしそうなら、何が何でも私達で捕まえないと。何かしらの鍵を握っている可能性が高いわね」
「なあ、チワニッシュがどうかしたのか?」
怪訝な表情を向けるアルシュさんに、ハルさんは状況を説明します。狼みたいなチワニッシュが現れて、放っては置けない状況になっていると。
アルシュさんは黙って、ハルさんの言葉に聞き入っていました。
「なるほどね。動物を使って凶暴化させる実験をしていた。隠さなければならないそいつらを、店長がミスで逃がしてしまった。しかし、殺されるほどの事か? 動物が逃げた所でバレなくねえか?」
「でも、現にこうして嗅ぎつかれている⋯⋯それに凶暴化と聞くと、イヤな事を思い出すわ」
顔をしかめるハルさんからは、本当にイヤな事だと伝わります。
「イヤな事? 何だそいつは?」
「人を凶暴化させる【カコの実】があるのよ。どうやらそれを【反勇者】が、悪用している」
「凶暴化?! 人をか?! ⋯⋯なるほど。繋がって来たな」
「その辺の事を詳しく知りたければ、マッシュ辺りに聞くといいわ。裏に強い面子で、その辺りを洗っているから。ただ、対峙する度に、実の効果がブラッシュアップされている気がする⋯⋯」
「動物を使って効能の研究か⋯⋯」
「断定は危険だけどね。もしそうなら許せない!」
ハルさんがまた熱を帯びて来ちゃいました。アルシュさんは何か逡巡をしていて、止める気配はありません。
「ハルヲンスイーバ、その辺りで最近何か動きはあったか?」
「最近? ⋯⋯そうね⋯⋯女性や子供を使って胸糞悪い実験をしていたのを止めた。もしかしたら、それで裏通りに移動して実験を始めたのかもね。【ヴィトーロインメディシナ】を傘下に入れて、【反勇者】の資金の流れを断ち切った⋯⋯。まだ関係あるか分からないけど、ついこの間、オーカで何か建てようとしていたのを延期させた」
「フハハ。相変わらず派手な動きをしているな」
「したくてしてるんじゃないからね」
アルシュさんは、悪い微笑みを見せましたが、すぐに真剣な表情に変わります。
「きな臭さに拍車がかかったな。枝分かれした話ではあるが、結局ひとつの場所に集約される」
「⋯⋯【反勇者】」
ハルさんの返答にアルシュさんは、大きく溜め息を漏らします。天井を見つめ直し、目を閉じました。
「胡散臭いとは思っていたが、そこに繋がるかも知れないとは」
「しかし、何でまた急に裏通りの店を潰したのかしら?」
「さあな⋯⋯あ! あんたらの動きの中で資金の流れを切ったって言っていたよな」
「ええ。【ヴィトーロインメディシナ】を傘下に入れたって話ね」
「もしかしたら、それで資金繰りが苦しくなって潰したとか? まぁ、想像の範囲は出んがな」
「無くはないけど、どうかしらね?」
難しい話です。私がいていいのでしょうか? 何にせよ、チワニッシュの問題を早期に解決しなくてはいけないって事ですよね。
「あのう⋯⋯とりあえず私、チワニッシュ探しに行って来ます。急がないとですよね」
「エレナ、ちょっと待って。仮眠でいいから、一回休みましょう。頭が回らない状態で動くのは愚策よ。アルシュ、あんたはしっかり養生しなさい。そのくらいの傷ならここで診れるから」
「はいはい、大人しくしているよ。何か進展があったら教えてくれ。それとウチの大将にも連絡を入れておく」
「あんた今、【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】だっけ?」
「ああ。ウチは裏方専門レギオだからな。この辺の話は大好物だ」
「クセ強そうなとこね」
「おたくらほどじゃないさ」
ニヤリと口端を上げて見せるアルシュさんを、ハルさんは溜め息をつきながら睨み返していました。
◇◇◇◇
「捕獲も討伐の連絡もギルドには入っていないってさ。報奨金も上がってた」
目覚めるとすでにお昼を過ぎていました。お店の事はみなさんにお願いして、私とハルさんはチワニッシュ捜索の準備を進めます。
貸出し業務は、すでに打ち止め状態。そのおかげでそんなに忙しくないのが、せめてもの救いです。ここ最近仕事を押し付けてばかりなので、なんだか心苦しいのですよ。とはいえ、状況はそんな事を許してくれる感じではありませんが⋯⋯。
街中を歩いている冒険者がいつもより少なく感じます。恐い冒険者が少ないせいか、街はいつもより平和に感じてしまいました。いつもと違う些細なズレみたいなものが、不気味に感じてしまいます。
街外れの森に一歩踏み入れると、あっちにもこっちにも冒険者の姿。
これだけの人が捜索に当たっているのに捕まらないなんて、一体どこに身を潜めているのでしょうか?
「人が多過ぎる。移動しましょう」
「はい」
冒険者のいない所を求め、森を彷徨います。木々の迷路にでも迷い込んでしまったのか、出口の見えない歩みが続きます。擦り減るのは体力と心労。アルシュさんとの会話の中で、急がないといけないのだけは分かりました。
どこに隠れているのでしょう?
何が隠しているのでしょう?
自問を繰り返しても答えは見つからず、後ろに流れて行く代わり映えのしない木々の姿。
「そっちに何か痕跡はあったか?」
誰もいないと思っていた所に、前から冒険者が現れました。髭を蓄えた、いかにもな冒険者さんです。すれ違いざまにフレンドリーに声を掛けて来ますが、互いに表情は優れません。
「何も無いわ。そっちは?」
「こっちもだ。これだけ空振ると、本当にいるのか疑うぜ、まったく。でもよ、また襲われたって言うし、ガセじゃねえんだよな」
「詳しく」
「いや、オレも聞いた話なんで⋯⋯冒険者が連れていた猟犬が、隙を突いてやられちまったってさ」
「いつ?」
「日の出前って話だぜ」
「どこ?」
「東の森としか聞いてねえ」
「そっか。ありがとう。私も何か分かったら教えるよ」
「ああ、じゃあな」
見かけによらず⋯⋯って言ったら失礼ですね。良い人でした。
襲われた仔は大丈夫だったのでしょうか? 日の出前という事は、私達が戻って少し経ってからの話。やはりどこかに隠れているって事ですよね。一体どこに⋯⋯これだけの人が探しているのに何故?? 同じ自問をまた繰り返すだけでした。
ハルさんは立ち止まり逡巡しています。きっと私と同じ事を考えているのだと思いました。チワニッシュを隠す何か、隠れるどこか⋯⋯。猟犬の鼻にも犬豚の鼻にも反応しないなんて、森にはいないって事ですか? それともまだ見落としがあるのでしょうか?
「ああ~もう! どこよ!!」
ハルさんはバリバリと髪を掻きむしりながら、やるせない思いを吐き出します。その気持ちは分かりますよ。
「これだけの人や動物が探しているのに、見つからないなんて事あるのですか?」
「無くはないけど⋯⋯それこそここから逃げ出していて遠くに行ってしまったとかね。そうなっていたらお手上げだけど、襲われた仔が出たって事は、まだ近場に潜んでいるに違いないわ。ましてや、チワニッシュの足で逃げた所で、そう遠くへは行けないはずだしね」
体力まで通常のチワニッシュと違う? いや、体の大きさを考えると体力が大幅に増えるとは考え辛いですよね。ハルさんの仰る通り、遠くへは行けない。チワニッシュの持っている性質は考慮すべきです。いくら隠れ上手とはいえ、ここまで見つからないものなのでしょうか? 家の中でも探す事があるって言っていましたけど⋯⋯。
「あっ!」
「いきなりどうしたのよ、びっくりするじゃない」
閃きました。思わず立ち止まっちゃいました。
ん~でも、どうでしょうか? 自信はかなりありません。
「す、すいません。ちょっと思った事がありまして⋯⋯」
ハルさんは、私の言葉に怪訝な表情を浮かべました。




