提案と願い
「【ハルヲンテイム】では、手分けしてやりますよ。おふたりの作業も手分けしてお願いすればいいと思います」
「どうしろと?」
ヤクロウさんは眉間に皺を寄せ、難しい顔を見せます。作業がたくさんあり過ぎて、頭も回らなくなってしまっているのでしょう。こういう時はどうしていたかな?
記憶を巻き戻して、【ハルヲンテイム】での出来事を思い出して行きます。根詰め過ぎたラーサさんが良く怒られていましたね。おふたりと一緒です。私が作業を少しずつ覚えていき、皆さんのフォローに当たれるよう⋯⋯なったかな?
まずは、おふたりの作業を精査して、誰かに振れる物は振ってしまいましょう。
「区画整理など、行政的な仕事はおふたりで進めましょう。但し、実行的な行動を伴う物は、誰かにお願いしてお二人が動かなくとも良いようにするのが理想でしょうか。でも、それは追々の話で、取り急ぎ、本登録証の作成に誰かを雇いましょう。そもそも、ふたりですべてをやろうというのが間違いなのですよ。いいですね」
「「はい(イ)」」
何故かふたりとも、襟を正して姿勢良く私の話を聞いています。
「ヤクロウさん、誰かいませんか?」
「う~ん」
唸っているだけで、具体的な言葉は出てきません。
「マナルさんはどうですか?」
「兎人ハ、事務仕事という物をした事がありませんのデ、どうでしょうカ⋯⋯」
「基本的に書き写すだけですよね? 文字が書ければ問題は無いと思いますが」
「文字が書けれバ⋯⋯」
マナルさんは誰かが頭の中に浮んだみたいです。その表情から、何か閃きがあったのが分かりました。
「マナルさん、呼んで来られますか?」
「はイ。何人かいるので、順に声を掛けようかと思いまス」
私は静かに首を横に振ります。まさかの否定にマナルさんはびっくりされていました。
「いいえ。該当する方全員に声を掛けて、来られる方には来て貰って下さい。人数は多ければ多いほどいいと思います」
「なるほド。分かりましタ」
点滴の終わったマナルさんはすぐに立ち上がり、兎人の居住区へと急いで行ってしまいました。
「それじゃあ、ヤクロウさん。登録証の整理をして、引き継げるようにしましょう」
「お嬢、任せ⋯⋯」
「ヤクロウさんもです!」
「⋯⋯はぃ⋯⋯」
渋々と頷くヤクロウさんと一緒に、仕事の整理を始めて行きます。
さて、何から始めましょうか。
私はメモを取り出して、【ハルヲンテイム】での言葉を思い出していきました。
◇◇◇◇
“小人族の代表者であるコルカスが、首を縦に振らん。代表者が舵を切ってくれんと、前に進むものも進まんよな”
溜め息混じりのマッシュから零れた“コルカス”という名に引っ掛かりを覚えた。たしか、ローハス様と近しい人物なはず⋯⋯。
◇◇
「ブックス、オレをここから出せ。時間が無い」
見て来た物、聞いた事を枕元でローハス様に囁いた。
崩れ落ちて行く我が家を見つめる、小さき者達。何も出来ずに、ただただ家が壊されて行く様子を抱き合って見つめていた。ただただ涙を流し、何も出来ない自分達を呪い、茫然としていた。
先導すべき人物が首を横に振っている事を告げると、ローハス様の感情は今にも爆発寸前だった。
「ローハス様、落ち着いて下さい。今、無茶をすれば、救えるものも救えなくなってしまいます。今しばらく辛抱して下さい」
枕元で囁き合うふたりを白衣の猫人がジロリと見つめてきた。
この重苦しい、停滞する空気に抗うかのごとく、ローハス様の瞳はひとりギラついていく。それはこの空間で異質な存在であった。心は挫け、思考を止めた小さき者達とは違う、ひとり前を見据える瞳。
「コルカス⋯⋯」
ローハス様は、吐き出すようにその名を呟いた。ヤクロウへの私怨から、動く事を拒んだ頼みの綱に、怒りと諦めにも似た感情を吐き出して見せる。
でも、今回の救いの道となるきっかけを作ったのは、ヤクロウだ。同族の救済となる道から、目を背けるほどの恨み。
恨みと救済。
その辺りの矛盾を、コルカスがどう折り合いをつけるのか⋯⋯。
「ブックス。私の口となり、コルカスを説得しろ。何としても裏通りのやつらに小人族を連れて行かせるのだ。ここに留まるのはあまりにも危険過ぎる」
「承知しました」
白衣の猫人が、こちらに近づいて来るのが分かった。ローハス様の纏う、異質な空気に怪訝な表情を浮かべているのが分かる。その空気に少しばかり大仰に振る舞って見せた。
「顔色も良くなられて、安心致しました。また、お伺いしますので、ゆっくりと静養されて下さい」
「ああ、分かっている」
聞こえるように通り一辺倒の挨拶をし、立ち上がった。近づく白衣を一瞥だけして、その場を離れる。
あの沈み淀んだ重い空間で、ローハス様ひとり浮いてしまっている。居留地の小人族達同様、ここの小人族達も、茫然と佇んでいた。理由は違えど、何も出来なくなった自分達を呪っているのだろう。何も出来ないなどと言う事は無いんだ。ローハス様がきっとそれを証明する。
「よお、ブックス。お前、まだローハスにくっついているのか? ヤツはもう終わりだぜ」
一緒に裏通りに行った猫人が、小声で近づいて来た。こいつなりの優しさかも知らんが、大きなお世話でしかない。
「薄情なお前と一緒にするな。恩義には恩義で返すものだ」
「んな事言ったって、ヤクロウは帰って来ないんだろう? あいつらが元に戻る事は無いって事じゃん」
「だから?」
「一緒にいたら、一緒に沈むだけだ。お前の為に言ってやってんだぞ」
「そうなったら、それまでだ。仕方あるまい」
肩をすくめる猫人を睨み、その場を離れる。今はローハス様の言葉をコルカスに届けるだけだ。
◇◇
「ヤック、彼は何と?」
「別に⋯⋯。一緒に沈むってさ」
「他には? 何かを企んでいる気配とかは無かったのか?」
「ないよ。セロさん、何を知りたいんだ? あいつひとりでいったい何が出来るってんだ? 現実的に考えれば、何も出来ないって」
「分かった。ご苦労さま」
セロに手を挙げて、先程の猫人が去って行く。
摂政には何とお伝えすべきか。
障壁になる様な物では無い⋯⋯いや、何か引っ掛かる。ローハスは、何故絶望しない?
ヤツの目だけが、死んでいない。何か望みがある?
だが、ヤックの言った通り、ローハスとブックス、たったふたりで何が出来る?
「やはり考え過ぎか⋯⋯」
静まり返る廊下にセロの言葉は静かに吸い込まれた。零れた落ちた言葉に、自身さえ不信を抱く。
何故こうもスッキリしないのか。
理由の分からない不安が、セロを苛立たせた。
◇◇◇◇
「帰れ」
マッシュの呼び掛けにコルカスは、問答無用の返事。
灯りの少ない一体は薄暗く、生活の匂いが薄く感じる。淡々と零す言葉に付け入る隙は無かった。固く閉じられた小さな扉から、開く気配は全く感じない。予想通りのコルカスの言葉に、マッシュ達もやれやれと苦笑いを浮かべるだけ。
小さな家の前で大の大人達が、夜更けに溜め息をつくことしか出来なかった。
「コルカスさん! コルカスさん!」
「止めろ、ナヨカ」
ダン、ダンと激しく扉を叩く、小さな少女の肩にマッシュは手を置いた。小さな少女が願う、ここから逃げ出したいという思いも固く閉ざされる。小さな肩は小刻みに震えると、大きな落胆を見せた。
うな垂れる少女のやり場の無い無力感が、その場の空気を示していた。




