お帰りなさいは大丈夫ですか? と共に
着いた。
ハルの率いる動物達のパーティーが、街の入口へたどり着く。誰もがボロボロで【吹き溜まり】での激しさを物語っていた。
ハルは足を引き摺り、キルロはサーベルタイガーの背中でピクリとも動かない。傷だらけのパーティーなど珍しくない街でも、サーベルタイガーを二頭も引き連れ、動物だらけのパーティーは人目を引くに充分。だが、ハルはそんな事を構う事無く【ハルヲンテイム】へと足を引き摺る。
「みんなもう少しよ」
パーティーに声を掛けるハル。その声は自身に向けているようにも聞こえた。
◇◇◇◇
昨日の苦く重い思いが心の片隅で燻ってはいますが、フィリシアのおかげでだいぶ吹っ切れたのも事実。私の足が今日もお店に向いたのは、昨日のフィリシアのおかげで間違いありません。
店先に顔を出すと挨拶より先にラーサさんが頬っぺたをむにゅっとしてきました。心の片隅にあった燻りが霧散していきます。
「お、おあよぅごずまふぅ⋯⋯」
「心配した」
「ふぇ?」
ラーサさんは私の頬から手を放さず、真っ直ぐに私を見つめました。その瞳はラーサさんの心痛を映し出していて、私は申し訳なくなってしまいます。
「ご、ごべんなざい⋯⋯」
「ううん。私も言い方が良くなかった」
ラーサさんの手は離れましたが、どことなく元気がありません。ラーサさんは何も悪くないのに。私はいたたまれない気持ちを真っ直ぐにぶつけます。
「私が悪いのを怒ってくれただけで、悪いのは私です。だから、そんな顔しないで下さい。またいけない事をしたら、また怒って下さい。あ、失敗はしないように気を付けますというか、気を付けるのではなくて、もうしません。と願います⋯⋯というかしないです? あれ?」
「うん。分かったよ。今日から、しっかり働こうって事だね」
「は、はい、そうです。今日も宜しくお願いします」
「うん。宜しく」
頭下げる私の背中に軽く手を当ててくれました。
私達はいつものように、お客さんを迎え入れる準備を始めます。
今日も気持ち良く笑顔で迎えいれましょう。
◇◇◇◇
「ありがとうございました」
ペット登録を無事に終えた、小さなわんことその飼い主のおじいさんが帰られました。私が初めて登録作業をした仔です。お孫さんにねだられたと嬉しそうに話していたのが印象的でした。お孫さん喜ぶかな? 大切にして貰えますように。
「ちょっと早いけど、閉店にしようか。今日はもう来ないでしょう」
『はーい』
アウロさんの掛け声で、一斉に閉店準備に入ります。
帰りを急ぐ人達がお店の前を足早に通り過ぎて行き、今日も一日無事に終了⋯⋯と思いました。
「みんな! 裏口に急いで!!」
アウロさんが珍しく急を告げます。私達は一瞬顔を見合わせ、すぐに裏口へと駆け出しました。みんなの胸がざわつきます。
「あ! みんな、ただいまー。ちょっとやっちゃった」
「だ、大丈夫……で、ですか??」
苦笑いのハルさんと動物達のボロボロな姿が視界に飛び込んで来ました。サーベルタイガーの二頭のふわふわの純白毛が赤く汚れています。ハルさんにも乾いた血がたくさんこびりついて足を引き摺っていました。その姿から道中がいかに激しかったのかが伝わり、みんなの心にあった不安の種が一気に芽吹きます。
「私は大丈夫、それよりこいつを診てやって。重傷なのよ」
大きなサーベルタイガーの背中にだらりと力の抜けきった、キルロさんの姿がそこにありました。私もみんなもその姿に目を剥きます。驚きのあまり一瞬声が出ませんでした。
「キルロさん!」
私は思わず叫んでしまいました。何故だかとても怖くて、体が今にも震え出しそうです。
「ラーサ、フィリシア、エレナ、キルロさんを診て。リフトで二階に上げるよ。モモはハルさんの怪我を診てあげて。動物達は僕が診る。さぁ、動いて動いて」
『はい』
アウロさんの冷静な姿が私に落ち着きをくれます。怖いと思ってもそこに飲み込まれてはいけない。
それにこの間は、ふわふわとした気持ちでミスをしてしまったのだ。しっかりしなきゃ。
怖いを飲み込んで、落ち着け私。
私はうな垂れたままのキルロさんを見つめ、気持ちを入れ替えていきます。
建物の真ん中にある大きな中庭。その中庭を建物がぐるりと囲んでいます。
中庭にある三階まで伸びている備え付けのリフト。キルロさんを乗せた担架を、ゆっくりとリフトの先に括り付けました。
「行くよ」
アウロさんが取っ手を回すと、噛み合うたくさんの歯車がゆっくりと回り始めました。大小大きさの違う歯車が滑車を滑らせ、キルロさんをゆっくりと二階へと上げて行きます。
二階では、大きな開き戸を開けて、ラーサさんとフィリシアが待ち構えます。私は急いでベッドメイキングを始め、清潔な布団、点滴、清拭用の桶と準備に当たっていきました。
「エレナ! 手伝って、ベッドに移すよ。1、2、3!」
キルロさんの顔色は私でも分かるくらい蒼く、とても怖いです。私は軽く深呼吸をして気持ちを切り替えます。また同じ失敗をしないように。
「服切っちゃおう、エレナ、ハサミ取って」
「はい」
「ちょっと待って、先にヒール掛ける。ちょっと離れて、【癒光】」
ラーサさんの手の平から白緑色の握りこぶし程の光玉が、キルロさんに落ちて行きます。それはやがてキルロさんの体に吸い込まれ、光玉は消えてしまいました。
「うん。うまく落ちた」
「よし、じゃあこっち始めるよ」
フィリシアが慣れた手つきで、キルロさんの服を切り裂いていきます。体中に乾いた血がこびりついていますが、傷口と血の量が合わない気がしました。私が不思議に思っているのが分かったのか、ラーサさんが教えてくれます。
「今のヒールである程度の傷は塞がったんだよ。ただ、減った血が増えるわけではないので、点滴や薬での治療は必須。ヒールって便利だけど万能じゃないのよねぇ。病気も治せないしね。あ! でも、超腕の立つ治療師だったら、もっと大きな傷も治せるかもね」
傷を塞いでしまうなんて凄い。初めて見た魔法の力に私は驚きました。
私はキルロさんの体にこびりついた血を落していきます。フィリシアがキルロさんの骨の状態を確認して首を横に振ります。
「左肩はダメ。鎖骨を中心に結構いっちゃっている。この様子だとあばら骨も怪しいけど、触った感じ派手に折れてはいなそう。左肩はがっちり固定して、お腹の固定は軽めにしようか」
「うん。了解。エレナ包帯と石膏。それに大型種用で使う胴体用のコルセット持ってきて、あるとこ分かる?」
「石膏ってどこですか?」
「湯浴み場の外にある資材庫。青い袋に入っているからすぐ分かるよ」
「はい」
私が駆け出そうとすると、フィリシアが声を掛けてきました。
「そんなに急がなくても大丈夫。命に別状はないよ。落ち着いて間違わないように」
「分かりました」
そっか、良かった。
血がたくさん出てしまったから、顔が蒼かったのかな? 動物達だと顔色って分からないものね。
一階の廊下を進むと、扉の向こうから声が漏れて来ました。
(ハルさーん、無理しないでって、言ったでしょう。もう!)
(してない、してない。これ大袈裟じゃない?)
(大怪我して帰って来て、何言っているんですか!)
おお、ハルさんがモモさんに怒られている。
みんな心配していたもの、言いたくはなりますよね。
きっとモモさんの抱えていた不安の種が、パンと破裂したのでしょう。
ハルさんの怒られている姿を想像したら、可笑しくて笑ってしまいました。
「ちょっと待って! キノ!」
扉からキノがニュルっと姿を現しました。私と目があって動きが止まります。
「アウロさん、大丈夫ですか?」
「ごめん、ごめん。キノがじっとしてくれなくてねぇ」
「キノ、アウロさんの言う事聞かないとダメじゃない。キルロさんは大丈夫だから、終わったら一緒にキルロさんの所に行こう。ね」
私はキノの頭を撫でながら諭しました。キノはしばらくじっとして、アウロさんの元へといそいそと戻って行きます。その姿に私はまた笑顔になりました。
気が付けば私の不安の種は消えています。
無事とは言えないけど、帰って来てくれた事に安堵していました。
「良かった。本当に」
私は急いで資材庫に向かいます。
青い袋⋯⋯あった。
私は重い袋を抱え、キルロさんのいる病室へと急ぎました。




