エレナ・イルヴァンの選択⋯⋯なんてね
小動物達の世話をしている自分が、何だがとても久しぶりな感じがします。そんなに日は経っていないのに、濃厚だったあの日々がきっとそう思わせるのでしょう。
「大丈夫? エレナ。世話出来る? ちゃんと覚えているの~?」
「覚えているよ! もう!」
シシシと意地悪く、フィリシアが口端を上げて来ます。私が膨れて見せると、嬉しそうに仕事に戻って行きました。何かしてやられた感。フィリシアのしてやった感が、悔しいですね。でも、こんなのも久しぶりに感じました。余りかまってあげられなかったガブなんか、足元にまとわりついて、仕事の邪魔ばかりです。
「もう、仕事にならないよ」
仕方ないので、ガブを小脇に抱えて出来る作業から始めます。ガブは満足したのか、ブヒブヒと鼻を鳴らして満足気な表情を見せました。
「まったく」
なんて、溜め息をついて見せますが、久々にみんなのお世話が出来て幸せです。
◇◇
「よう! エレナ。この間はお疲れ様だったな」
「マッシュさん! あれ? 皆さんお揃いで今日はどうしたのですか?」
マッシュさんを筆頭に、ユラさん、カズナさん、それに浮かない顔のフェインさんとハルさんが、ぞろぞろと部屋から出て来ました。フェインさんとハルさんはどうしたのでしょう?
「この間の続きをどうしようかって相談だよ」
「あぁー、あの件ですか。何だかハルさんとフェインさんが、浮かない顔されていますね」
「ハハ、今回ふたりは留守番だからな。もどかしいんだろ」
「なるほど。また、忙しくなりそうですね」
「だな」
「気を付けて行って来て下さい」
「ああ」
オーカの小人族をアルバに連れて来るってやつですよね。マッシュさんのいい笑顔からは自信とやる気が見えます。きっと今回も上手く行くのでしょう。
◇◇
「エレナー! 受付にお客さん!」
「は、はーい!」
裏手で作業をしていたら、いきなりモモさんに呼ばれました。
お客さん? 誰でしょう? 思い当たる節が全くありません。
受付に顔を出すと、老輩の紳士さんが毅然と立っていられました。
あれ? この方は?
「こんにちは。今日はいかがなさいました?」
「こんにちは。私、ネレーニャ家に仕える、ハンジと申します。こちらをアンナ様よりお預かりしております。ご確認を宜しくお願い致します」
「はい、承ります。こちらにお掛けになってお待ち下さい」
「失礼します」
アンナさんよりお手紙を頂いてしまいました。
ソフィーちゃんのお母さんで、大女優のあの方です。綺麗な文字で書かれた内容を要約すると、購入して頂いたオルンモンキーの健診と、ソフィーちゃんがペットを増やしたいと言っているので、その相談をしたいと言う旨でした。
大丈夫であれば、明日の午後迎えに来てくれると言う事ですが、恐れ多いのでそれは辞退しましょう。
「明日の午後ですね。お伺いさせて頂きます。ただ、荷物などありますので、自前の馬車でお伺いしたいと思いますが、宜しいでしょうか?」
「了承いたしました。では、明日の午後、お待ちしております」
「はい、宜しくお願い致します」
丁寧に頭を下げるハンジさんに、慌ててこちらも頭を下げました。
さて、あまり時間はありません。準備と次の候補について考えないと。
オルンモンキーは必須ですよね。あの仔と仲良かった仔を連れて行きましょう。相談したいって事はオルンモンキー以外の仔も、候補として考えたいって事ですよね。オルンモンキーと仲良く出来て、大人しい仔⋯⋯。大型兎、犬豚、人気猫のオルンカール⋯⋯。
どうしよう? どの仔もありだけど、決め手に欠けます。
あ! そうだ。アウロさんに相談してみよう。きっとこれってやつを教えてくれるはずです。
そう言えば、今日は見ていないのですが、どこにいるのでしょう?
心当たりを覗いてみましたが、アウロさんの姿はありません。
「どうしたの?」
「あ、ハルさん! アウロさんにちょっと相談がありまして、探しているのですが見当たらないのです」
キョロキョロしているところをハルさんに見られちゃいました。留守番を言い渡されて、元気をなくしていましたが、今は忙し過ぎてそれ所じゃなさそうです。
「今日はアウロ、一日外よ。ロンさんと、ヒールトさん、それにラグアスさんのところに健診に行っているわよ」
「道理でいらっしゃらないはずですね」
「相談ってどうしたの?」
「アンナさんの娘さんのソフィーちゃんが、新しいペットを飼いたいとの相談を受けたのですが、オルンモンキーと仲良く出来るいい仔がいないものかと⋯⋯」
「なるほど⋯⋯って、ゴメン。行かなきゃ。あ! (ブリーダーの)クスのところ行ってみれば? ついでに、あの仔達の様子も見て来てよ。やつには借りがあるからね、きちんと対応してくれるはずよ」
「分かりました! あとで行って来ます。ありがとうございました」
「いい仔が見つかるといいわね」
「はい」
ハルさんがバタバタと仕事に戻られます。
さて、仕事に目処を付けて、クスさんの所に行ってみましょうか。
◇◇◇◇
「ごめんくださーい!」
「あら、エレナじゃない」
両手にバケツを抱えるルクドさん。細い体なのに相変わらずパワフルです。ルクドさんの後ろにはあの子熊がひょこひょこと愛嬌のある姿を見せていました。ルクドさんのあとを付いて回る姿に、顔がとろけてしまいますよ。
いやぁ、反則級の可愛いさですね。
「随分と大きくなりましたね。元気で良かった」
「お陰様でね。母熊も元気にやっているわよ。【オルファステイム】が、貸出用に買い取ってくれるのも決まったし、本当、助かったわ。それで、今日はどうしたの?」
「はい、クスさんに相談がありまして。ペットの買い取り希望のお客さんに何を勧めればいいのか、助言が欲しくて伺いました」
「へぇ~。クスなら、その辺にいるんじゃない⋯⋯あ、今、事務所で事務作業しているはず。あっちの事務棟に行ってごらん」
「ありがとうございます」
相変わらず綺麗に管理されていますね。入口から一番奥にある建物を目指します。そう大きくない平家から、人の気配を感じました。
「クスさーん!」
「うん? あれ? エレナ? どうした??」
扉からボサボサ頭のクスさんがひょっこりと顔を出しました。何だか少しお疲れの様ですが、大丈夫かな?
「すいません、ちょっとご相談があって伺ったのですが⋯⋯今、大丈夫ですか?」
「ちょうど、ひと息ついた所だ。どうぞ」
「失礼します」
ボサボサ頭に似合わない、整理整頓された部屋です。思わず部屋の中を見回していると、クスさんが、お茶を出してくれました。
「で、相談って?」
「はい。お客さんからペット購入の相談を受けていまして、クスさんの助言を頂きたくて」
「へぇ~。別に構わないけど、ハルやアウロは何て?」
「アウロさんは今日一日外で、ハルさんは忙し過ぎて相談どころじゃないのです。そうしたらハルさんが、クスさんに相談してみたらと。借りもあるから、応えてくれるよって」
「⋯⋯ハルめ。まぁ、でも、ペット購入って話ならウチも商売になる、喜んで話は聞くさ。で、先方の希望は?」
「先日、オルンモンキーを購入して頂いて、満足して頂けたようです。その仔と仲良く出来る仔をと、考えてみたのですが、なかなかこれって仔が思いつかなくて。とりあえずオルンモンキーは連れて行こうかと思っているのですが、何かいい仔いませんかね?」
「なるほど。オルンモンキーは性格的に仲間意識が強めだから、連れて行くわな。その話ぶりだと、オルンモンキー以外も誰か連れて行きたいと⋯⋯」
「はい」
クスさんの指先が、トントンとゆっくりとしたリズムを刻んで行きます。
しばらく考えこんでいたクスさんですが、ニヤリと笑みを見せました。
「一頭おすすめがいる」
「どの仔ですか??」
何だか少しもったいぶって見せると、窓の外に見えるルクドさんを見つめます。
「灰熊」
「え? あ?! あの仔ですか??」
私も一緒になって窓の外を見つめて行きました。
ひょこひょこ、ゴロンゴロンと短い手足でルクドさんのあとをついて回るあの仔です。




