マッシュさんでも敵わなかったそうです
ヨルセンが連れて来た若い兵士達。
生気も覇気も無く、感情の無い瞳でこちらを見つめる。まるで、思考も感情も抜け落ちた抜け殻のような存在。随分とひどいな。
目も窪み、手足の細さも目立つ。
窪んだ目は濁り、見つめる先には何も無いのか焦点が定まっていない。
喜びも悲しみもない。
笑いも涙もない。
楽しみも苦しみも希望もない。
絶望すらない。
なにもない、なにも感じない、なにも感じたくない。
聞く耳を持たないというか、こちらからの声が届いていないような感覚を覚える。
代表者だけあって、ヨルセンでもだいぶマシだったんだな。
生きていると言うより、生かされていると言った方がしっくりくる。見ているだけで、こっちの息が詰まりそうだ。
「なぁ、ヨルセン。こんなんで実際の所、戦えるのか?」
「多分、無理でしょうね。あの人達は、僕達を動く盾くらいにしか考えていないですから」
「そういう事か」
動く盾。人を使い捨ての物扱いか。
まったく次から次へと良くもまぁ、胸糞悪い話が出て来るものだ。
マッシュは大きく息を吐き出し、気持ちを入れ替えて行く。
◇◇
「待ちくたびれたよ! さぁ、あんた達、中に入んな!」
ユラの言っていた通り、おばちゃんは若い兵隊達を招き入れてくれた。
お世辞にも立派とは言えない小さな小さな家屋。だが、大事に使っているのが分かる、古びた家財道具と、掃除に行き届いた質素な部屋に悲壮感は全く無かった。
ギュウギュウの狭い部屋に不揃いの椅子。そこに兵隊達を座らせると、大盛りのスープとパンを次々に並べて行く。
「さぁ、お食べ!」
おばちゃんの努めて元気な声とは裏腹に、5人の若者は、温かな料理を意志の無い瞳でぼんやりと眺めるだけだった。そこに思考らしき物は見当たらず、ただただ眺めているだけ。
「どうした? 若いんだ、遠慮なんかしなくていいんだよ。さぁ、お食べ」
おばちゃんは両手を広げ、慈愛の籠った瞳で若者達を見つめる。その慈愛に応える事は無く、若者達は所在無く座っているだけだった。若者を見つめるその瞳から一筋の涙零れ落ちる。そしてなおも、優しく包み込んで行った。
「知っているよ、分かっているよ。ここは大丈夫、遠慮は入らないんだよ」
少しだけ震える声で、おばちゃんは言葉を掛け続けた。
知っている。
分かっている。
大丈夫。
おばちゃんは、何度と無く声を掛ける。
こうなると分かっていたんだな。
マッシュは扉の側から、静かにその様子を見つめていた。
おばちゃんの優しさが若者の心を動かすか、静かに見守る。いや、それしか出来なかった。出来る事と言えば、おばちゃんの思いを邪魔しない事だけ。
若者のひとりが忙しなく、視線を泳がせ始めた。おばちゃんの優しい言葉と沸き立つ香りに、心が動き始める。震える手でスプーンを握り締め、一気にスープを流し込んだ。その光景を皮切りにして、一斉にみんなの手が動き始めるとおばちゃんは腰に手を当て、その様子を満足気に眺めていった。
「まだまだ、たっぷりあるからゆっくりと食べるんだよ」
敵わんな。
オレ達じゃ、こいつらの心を動かす事は出来なかった。
マッシュは素直に脱帽し、扉の外へと静かに消えて行った。
◇◇
「ヨルセン、そっちはどうだ?」
「正直、芳しくはありません。話自体を信用して貰えなくて」
「ま、仕方ない。強要は出来んからな」
「おい! コソコソと先程から何をしている?!」
チッ、とうとう業を煮やしたか。
赤マントを振り上げ、ハーベルがふたりに歩み寄って来た。マッシュは笑みを絶やす事無く、両手を大仰に広げて見せる。
「別にコソコソなんてしていないさ。なんせ大人数だ、どう動くか相談しているだけだ。もう少しお茶を楽しんでいてくれよ」
オーカを出る相談だけどな。
それを見透かしているのか、ハーベルはマッシュに鋭い視線を向ける。
「もう十分だ。持ち切れぬ物など捨ておけ。どうせロクな物が無いのだからな」
「そんな事言いなさんな。大切な物は人それぞれじゃないか。約束通り今日中にはカタがつくんだ、もうちょっとだけ時間をくれよ」
ま、どうカタがつくは神のみぞ知るって所だがな。
ハーベルは呆れて、大きく肩で息を吐き出した。
「都合のいい言葉ばかり並べおって⋯⋯。もう良い、お前達、出るぞ」
嘘は言っていないけどな。
しかし、まずいな。ここで時間切れか⋯⋯何か捻り出せ⋯⋯。
「ハーベル・マグダウェル! 青マントはローハスって言ったかな、ヤツもマグダウェルなのか?」
「ああ? 何が言いたい? おしゃべりして、時間稼ぎでもしたいのか? 始めろ」
いきなり自分の名を呼ばれ、一瞬思考停止したが、その一瞬だけだった。
クソ、ここまでか。
マッシュは眉間に皺を寄せ、無力な自分を苛む。ハーベルの表情も険しく、取り付く島も無いのはその表情から見て取れた。
マッシュは悔しさを露わにし、奥歯を噛み締める。
お付きの獣人達が、住人達の大移動の為に動き始めてしまった。
やるしか無いのか⋯⋯。
マッシュは腰に携える長ナイフをそっと撫で、険しい表情を見せて行く。
◇◇
「お嬢、どうなってんだ?」
「良く分からないのですよ。なんかマッシュさん達が、兵隊さん達と何かしているみたいですけど、何をしているのかさっぱりです⋯⋯あ⋯⋯」
「何だ? どうした?!」
「マッシュさんが、赤マントに絡まれています」
「どういう事だ?」
「ダメですって、顔を出しちゃダメですよ! キノ!」
キノとふたりでヤクロウさんを窓から引き離します。
もうこれするの、何度めですかね。
もどかしい気持ちは、凄く分かりますけど、絶対に見つかってはいけないのです。その辺をこうもっと理解して欲しいのですよ。
「おい! お嬢、どうなっている?」
「何も変わりませんよ、マッシュさんが赤マントとお話しているだけです」
「クソ!」
「もう! ちょっと落ち着いて下さいよ」
「分かっているよ」
いや、分かってないですよね。私が溜め息をつくとキノもマネして溜め息をつきました。
あれ?
あれって⋯⋯まずくないですかね?
「お付きの獣人達が、何かバタバタし始めましたよ。マッシュさんも、何だか元気が無いです」
「何だと! おい、見せろ!」
「だからダメですって!」
私とキノでまたヤクロウさんの大きな体を、窓から引き離します。大変なんだから、学習してくだいよ、もう。
「代わりにちゃんと見ますから、どいて下さい! もう」
おおー!
私の目に飛び込んで来たその姿は、まるでどこかの王子様のようでした。
ゆっくりと治療院から出て来ると、マッシュさんの隣に並び立ちます。胸を張り威風堂々とした姿。思わず顔が綻んでしまいます。
良かった。どうやら間に合ったみたいですね。
とりあえずひと安心ですよ。
◇◇
「わりぃ、遅くなった」
治療院から、出て来たのはロングスーツに少し乱れたオールバック姿のキルロ。ネクタイを緩めながら、口元から笑みを零している姿にマッシュの表情も緩んで行った。
左手には布が巻き付いている長い棒。それが何だかは分からないが、零れる笑みに事が上手く進んだのが分かった。
「まぁ、ギリだ、良しとしよう。しかし、イカすなぁ。その恰好」
「うるせえ」
ふたりは微笑み、拳をコツと静かに合わせた。




