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ハルヲンテイムへ ようこそ  作者: 坂門
宣言と祭り(フィエスタ)

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172/285

マッシュさんでも敵わなかったそうです

 ヨルセンが連れて来た若い兵士達。

 生気も覇気も無く、感情の無い瞳でこちらを見つめる。まるで、思考も感情も抜け落ちた抜け殻のような存在。随分とひどいな。

 目も窪み、手足の細さも目立つ。

 窪んだ目は濁り、見つめる先には何も無いのか焦点が定まっていない。

 喜びも悲しみもない。

 笑いも涙もない。

 楽しみも苦しみも希望もない。

 絶望すらない。

 なにもない、なにも感じない、なにも感じたくない。


 聞く耳を持たないというか、こちらからの声が届いていないような感覚を覚える。

 代表者だけあって、ヨルセンでもだいぶマシだったんだな。

 生きていると言うより、生かされていると言った方がしっくりくる。見ているだけで、こっちの息が詰まりそうだ。


「なぁ、ヨルセン。こんなんで実際の所、戦えるのか?」

「多分、無理でしょうね。あの人達は、僕達を動く盾くらいにしか考えていないですから」

「そういう事か」


 動く盾。人を使い捨ての物扱いか。

 まったく次から次へと良くもまぁ、胸糞悪い話が出て来るものだ。

 マッシュは大きく息を吐き出し、気持ちを入れ替えて行く。


◇◇


「待ちくたびれたよ! さぁ、あんた達、中に入んな!」


 ユラの言っていた通り、おばちゃんは若い兵隊達を招き入れてくれた。

 お世辞にも立派とは言えない小さな小さな家屋。だが、大事に使っているのが分かる、古びた家財道具と、掃除に行き届いた質素な部屋に悲壮感は全く無かった。

 ギュウギュウの狭い部屋に不揃いの椅子。そこに兵隊達を座らせると、大盛りのスープとパンを次々に並べて行く。


「さぁ、お食べ!」


 おばちゃんの努めて元気な声とは裏腹に、5人の若者は、温かな料理を意志の無い瞳でぼんやりと眺めるだけだった。そこに思考らしき物は見当たらず、ただただ眺めているだけ。


「どうした? 若いんだ、遠慮なんかしなくていいんだよ。さぁ、お食べ」


 おばちゃんは両手を広げ、慈愛の籠った瞳で若者達を見つめる。その慈愛に応える事は無く、若者達は所在無く座っているだけだった。若者を見つめるその瞳から一筋の涙零れ落ちる。そしてなおも、優しく包み込んで行った。


「知っているよ、分かっているよ。ここは大丈夫、遠慮は入らないんだよ」


 少しだけ震える声で、おばちゃんは言葉を掛け続けた。

 知っている。

 分かっている。

 大丈夫。

 おばちゃんは、何度と無く声を掛ける。

 

 こうなると分かっていたんだな。

 マッシュは扉の側から、静かにその様子を見つめていた。

 おばちゃんの優しさが若者の心を動かすか、静かに見守る。いや、それしか出来なかった。出来る事と言えば、おばちゃんの思いを邪魔しない事だけ。


 若者のひとりが忙しなく、視線を泳がせ始めた。おばちゃんの優しい言葉と沸き立つ香りに、心が動き始める。震える手でスプーンを握り締め、一気にスープを流し込んだ。その光景を皮切りにして、一斉にみんなの手が動き始めるとおばちゃんは腰に手を当て、その様子を満足気に眺めていった。


「まだまだ、たっぷりあるからゆっくりと食べるんだよ」


 (かな)わんな。

 オレ達じゃ、こいつらの心を動かす事は出来なかった。

 マッシュは素直に脱帽し、扉の外へと静かに消えて行った。


◇◇


「ヨルセン、そっちはどうだ?」

「正直、芳しくはありません。話自体を信用して貰えなくて」

「ま、仕方ない。強要は出来んからな」

「おい! コソコソと先程から何をしている?!」


 チッ、とうとう業を煮やしたか。

 赤マントを振り上げ、ハーベルがふたりに歩み寄って来た。マッシュは笑みを絶やす事無く、両手を大仰に広げて見せる。


「別にコソコソなんてしていないさ。なんせ大人数だ、どう動くか相談しているだけだ。もう少しお茶を楽しんでいてくれよ」


 オーカを出る相談だけどな。

 それを見透かしているのか、ハーベルはマッシュに鋭い視線を向ける。


「もう十分だ。持ち切れぬ物など捨ておけ。どうせロクな物が無いのだからな」

「そんな事言いなさんな。大切な物は人それぞれじゃないか。約束通り今日中にはカタがつくんだ、もうちょっとだけ時間をくれよ」


 ま、どうカタがつくは神のみぞ知るって所だがな。

 ハーベルは呆れて、大きく肩で息を吐き出した。


「都合のいい言葉ばかり並べおって⋯⋯。もう良い、お前達、出るぞ」


 嘘は言っていないけどな。

 しかし、まずいな。ここで時間切れか⋯⋯何か捻り出せ⋯⋯。


「ハーベル・マグダウェル! 青マントはローハスって言ったかな、ヤツもマグダウェルなのか?」

「ああ? 何が言いたい? おしゃべりして、時間稼ぎでもしたいのか? 始めろ」


 いきなり自分の名を呼ばれ、一瞬思考停止したが、その一瞬だけだった。

 クソ、ここまでか。

 マッシュは眉間に皺を寄せ、無力な自分を苛む。ハーベルの表情も険しく、取り付く島も無いのはその表情から見て取れた。

 マッシュは悔しさを露わにし、奥歯を噛み締める。

 お付きの獣人達が、住人達の大移動の為に動き始めてしまった。

 やるしか無いのか⋯⋯。

 マッシュは腰に(たずさ)える長ナイフをそっと撫で、険しい表情を見せて行く。

 

◇◇


「お嬢、どうなってんだ?」

「良く分からないのですよ。なんかマッシュさん達が、兵隊さん達と何かしているみたいですけど、何をしているのかさっぱりです⋯⋯あ⋯⋯」

「何だ? どうした?!」

「マッシュさんが、赤マントに絡まれています」

「どういう事だ?」

「ダメですって、顔を出しちゃダメですよ! キノ!」


 キノとふたりでヤクロウさんを窓から引き離します。

 もうこれするの、何度めですかね。

 もどかしい気持ちは、凄く分かりますけど、絶対に見つかってはいけないのです。その辺をこうもっと理解して欲しいのですよ。


「おい! お嬢、どうなっている?」

「何も変わりませんよ、マッシュさんが赤マントとお話しているだけです」

「クソ!」

「もう! ちょっと落ち着いて下さいよ」

「分かっているよ」


 いや、分かってないですよね。私が溜め息をつくとキノもマネして溜め息をつきました。

 あれ? 

 あれって⋯⋯まずくないですかね?


「お付きの獣人達が、何かバタバタし始めましたよ。マッシュさんも、何だか元気が無いです」

「何だと! おい、見せろ!」

「だからダメですって!」


 私とキノでまたヤクロウさんの大きな体を、窓から引き離します。大変なんだから、学習してくだいよ、もう。


「代わりにちゃんと見ますから、どいて下さい! もう」


 おおー!

 私の目に飛び込んで来たその姿は、まるでどこかの王子様のようでした。

 ゆっくりと治療院(メディシナ)から出て来ると、マッシュさんの隣に並び立ちます。胸を張り威風堂々とした姿。思わず顔が綻んでしまいます。

 良かった。どうやら間に合ったみたいですね。

 とりあえずひと安心ですよ。


◇◇


「わりぃ、遅くなった」


 治療院(メディシナ)から、出て来たのはロングスーツに少し乱れたオールバック姿のキルロ。ネクタイを緩めながら、口元から笑みを零している姿にマッシュの表情も緩んで行った。

 左手には布が巻き付いている長い棒。それが何だかは分からないが、零れる笑みに事が上手く進んだのが分かった。


「まぁ、ギリだ、良しとしよう。しかし、イカすなぁ。その恰好」

「うるせえ」


 ふたりは微笑み、拳をコツと静かに合わせた。


 


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