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ハルヲンテイムへ ようこそ  作者: 坂門
アックスピーク

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待ち人

 布が取られると世界は白く瞬き、思わず目を瞑ってしまいました。思っていたより時間は経っていなかった様子を見せ、大きな窓からは眩しい陽光が射し込んでいます。

 何も無い埃っぽい部屋。後ろ手に縛っていたロープは外され、私は立ち上がり強張った体を伸ばして行きました。


「悪かったな」


 後ろ手のロープを断ち切る際、またポツリと弟さんのカラシュさんが零しました。誘拐した人の謝罪に何とも言えない気持ちになります。怒るべきなのに、何だか怒る気分にはなれない不思議な気分。こういう気持ちを何と言えばいいのでしょうか?



「マッシュさん、フェインさん、ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、すいませんでした」


 私が頭を下げると、フェインさんは優しく肩に手を置いて、微笑んでくれました。


「大丈夫でしたか? もう少し早く来られれば良かったのですけど、遅くなっちゃいましたですね。それに、ほら、あそこ! 救出の立役者がいますですよ」

「ガブ!!」


 蹴破られた扉の先で大人しくしていた小さな犬豚(ポルコドッグ)に、私は両手を大きく広げて見せます。

 ハッ、ハッ、ハッと舌を出しながら一目散に私の腕の中へと飛び込んで来ました。尻尾をブンブン振りながら、カプカプ甘噛みしては、ペロペロと舐め回して来ます。


「分かった、分かったって! 落ちついて~」


 ガブに振り回されている私に部屋の空気は緩んで行くのを感じました。こっちはガブの興奮を抑えるのに大変なんですけどね。

 でも、やっぱり何とかなっちゃいました。ね、言っていた通りでしょう。


「これでいいか?」

「ああ。さて、お前さん達の知っている事を教えてくれ。些細な事で構わんよ」


 お兄さんのアルシュさんは、肩をすくめて見せるとひとつ嘆息して、マッシュさんへ向き直します。不穏な空気は消え去り、明るい陽光に照らされているアルシュさんからは、突き刺す様な尖った雰囲気は消えていました。


「と言われてもなぁ⋯⋯本当にたいした話は知らねえんだ。従業員を誘拐して、交渉を有利に⋯⋯と言うか、ほとんど脅しに近い状況で契約を進めると、オレ達は聞いていた」

「なるほど」

「あ! 兄貴。ハメスが奥の手があるって言ってなかったか?」

「そういや、そんな事を言っていたな。ギルドの伝手(つて)を使って、何かデカイ事を仕掛けるとか何とか⋯⋯」

「⋯⋯ギルドか⋯⋯。そいつはいい事を聞けた。しかし、何でこんな仕事をしてまで金が必要なんだ? お前さん達の腕なら、冒険者として十二分にやっていけるだろうに」


 マッシュさんの言葉にふたりは言い辛そうに顔をしかめて見せました。顔を見合わせて、言うべきか少し迷っている様です。

 マッシュさんは背もたれを前にして、朽ちかけの椅子に座ると、フェインさんは私の側に椅子を置いて隣に座ってくれました。マッシュさんはふたりに笑みを向け、静かにふたりの言葉を待ちます。アルシュさんとカラシュさんは何故か私を一瞥して、口を開いて行きました。


「オレ達には、年の離れた妹がいるんだ。その妹がちょっと厄介な病に侵されていて、どうにもこうにも月並みな治療院(メディシナ)や病院では治療が出来ないんだよ」

「それで、兄貴とふたりで金に成る仕事を探して、ヴィトリアのデカイ治療院(メディシナ)で治療を受けさせてやろうと⋯⋯その為に金が必要なんだ」


 隣に座るフェインさんは口元を押さえ、ボロボロと涙を零していました。フェインさんの感受性、豊か過ぎですよ。マッシュさんは苦笑いを浮かべ、おふたりの話を聞いています。


「ま、そんな分けだ。デカイ治療院(メディシナ)へ通わせるとなると、とんでもない額が必要だからな」

「ハハハ、お前さん達はツイているぞ。その治療院(メディシナ)ってのは、【ヴィトーロインメディシナ】か?」

「さすがにそこは無理だ。その下の【ラヴィルメディシナ】を考えている」

「イヤイヤ、諦めるな。【ヴィトーロインメディシナ】を受診するといい」

「無理だって。金が足りない」

「【ヴィトーロインメディシナ】は【スミテマアルバレギオ】の傘下だ。どうにでも口は利いてやる、金を払うより手っ取り早い」

「は?」

「だから、金の代わりに【ヴィトーロインメディシナ】を受診させてやるって。【スミテマアルバレギオ】の団長はキルロ・ヴィトーロイン。【ヴィトーロインメディシナ】の三男坊だ」

「はぁ?? 何言ってんだ?! そんな⋯⋯そうなのか?」


 困惑するアルシュさんに、返事の代わりに笑顔を見せます。

 アルシュさんもカラシュさんも、驚きと喜びと困惑が混じり合ってどういう顔をすればいいのか困っているようです。

 ただ、光明が射した事におふたりからは安堵感が漂って来ました。


「はぁ~。この嬢ちゃんを誘拐するの、気乗りしなかったんだよなぁ。なんか、妹を思い出しちゃってさ、やり辛かったよ」


 カラシュさんも安堵したのか、表情が柔らかいです。何にせよ、良い方に転がって良かったですよね。妹さんもこれで元気になってくれれば万々歳です。


「だからエレナに傷が無いのか。ま、お前さん達が実行部隊だったのは不幸中の幸い。他のヤツらだったら、エレナはもっと乱暴な目に合っていたかも知れなかったな。それで、妹さんは、いくつなんだ?」

「9歳だ。まだ小さいんだよ」


 きゅ、9歳? 私を見て9歳の妹を思い出したって事ですか?


「ちょ、ちょっと待って下さい。私、今年成人したんですけど⋯⋯」

『え?! 嘘だろう?』

「本当です!!」


 兄弟で声を揃えてびっくりされて、私は思わずむくれてしまいます。それはそうでしょう、いくら何でも9歳と同じなんて、まったくもうですよ。


「アハハハハハハハ、エレナむくれるなよ。仕方あるまい」

「仕方あるまいって⋯⋯マッシュさんまで」

「なぁ、あんたらこんな所で油売っていていいのか? ネルソンはなりふり構わず来るぞ」

「あぁ、ギルド絡みで何か企んでいるんだろう。大丈夫だ。問題無い。お前さん達が、教えてくれたから確証を得る事が出来た。おかげで、焦る必要は無しだ」

「?? どういう事??」

「言ったろう、ギルドと中央(セントラル)がネルソンを潰しに動くって」


 マッシュさんは体を大きく伸ばし、ひと仕事を終えた感を醸し出します。兄弟揃って、キョトンと首を傾げていました。私も一緒に首を傾げて行きます。一体どうなっていくのでしょうか?


◇◇◇◇


 その白い巨躯は、老獪な男を地面に押し付け、男は恐怖に(おのの)きながらも必死に睨もうとしていた。それは、この状況をひっくり返す事の出来る手札を持っていると言わんばかりの強がり。今、この瞬間だけ乗り切れば、局面は一気に変わると信じて疑わない表情を見せていた。

 だが、一向に男の求める人間は現れない。ジリジリとゆっくり流れる時間に、男の表情は固くなっていった。


「さて、もう終わりだよ、アンタ達は。何も出来やしない。ここまでの事をして素直に帰れるとは思ってはいないよな」


 見下ろすハルの冷たい言葉に、視線は自然と外に向いた。


「アンタさ、何で今こうなっているのか分かっていないでしょう? あんた達は踏んではいけない虎の尾を踏んだのよ。分かる? 足りない頭でちょっとは考えたら」

「な、何を⋯⋯。せいぜい吠えていろ。すぐにひれ伏す事になるのだからな」


 ハルはハメスの言葉に呆れて嘆息するだけ。ハルもまたひとりの人間の訪れを待っていた。

 遅いわね。何やっているのよ、まったくもう。

 表情を険しくさせて、辺りを見渡して行く。


「おーい! 間に合った~。って、これどういう状態??」


 手を振りながら現れたキルロが、クエイサーに押さえつけられているハメスの姿に目を剥いた。


「間に合ってないわよ、遅い!」

「これでも急いだんだぜ。もう少し労ってもいいんじゃね?」

「それで、どうなの?」

「バッチシだ」


 キルロはハルに親指を立てて見せた。

 ハルは不敵に微笑み、見下ろすハメスに言い放つ。


「残念だったわね。あんたの待ち人は来ないわよ」

「な、何を言っているのかさっぱりだな⋯⋯」

「全く往生際の悪いヤツね。もう終わり、終わり」


 ハルは憐れむ様に、不躾な言葉を投げつけて行った。


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