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004

「ひひいん」

「どうしましたの、ミロード?」


 ミロード号が耳をひくつかせ、北の方角を眺める。

 浜玉は梨を齧りつつ、そちらに視線を動かしたが、彼女の目には異変は感じられない。

 しかし、ミロード号が何かを感じたのならば、何か起きているのは疑いない。

 浜玉はミロード号の手綱を引いて、廃墟の北端に向かった。


 しばらく眺めていると、地平線に砂煙が見え始める。

 それは徐々に大きさを増し、やがて、浜玉の目にも砂煙の先頭に牛車の影が判別できた。


「あれは……毛月様の牛、マキバさんですわね」


 遠目に見分けられる巨体。

 スピードとスタミナ、パワーを兼ね備えた強靭な牛、マキバ号。

 そのマキバ号が引く牛車に乗る者が誰か、考えずとも判断が付く。


「逃げますわよ、ミロード!」

「ひひいん」


 浜玉は、毛月が直々に自分に止めを刺すべく追ってきたのだと考えた。

 その考えは誤認ではあったが、逃げるという判断自体は正しい。


「ぬ()! あれに見えるは浜玉のミロード号ッ! 丁度良い、彼奴らに(なす)り付けてやろうぞ!」

「もう」


 毛月は、リンドーコ帝国の皇族を根絶やしにせんとするダチョウ騎士をトレインしてきたのだから。

 既に皇籍を剥奪された浜玉だが、剥奪の理由がそもそも冤罪なので、でっち上げに加担した者が証言すれば、簡単に籍は復帰させることができる。その辺りの話も、王国に囚われた捕虜が喋っていた。


「ぶふぉう」

「ヒャッハー! 馬も皆殺しだー!!」


 末端のダチョウ騎兵にそこまでの情報は伝わっていないが、彼らは敵地で出会った相手を皆殺しにするのが仕事である。


「ひ、ひぇぇぇぇ!? 何ですの、あれは!!」

「ひひいん」


 馬の最高速度は時速八十八キロメートル。

 しかし、箱入り娘の浜玉は乗馬といっても速歩(トロット)までしか乗りこなせず、せいぜい時速十三キロメートルといったところ。


「待たぬか、浜玉! 皇族の使命を果たせえ()い!」

「もう」


 徐々に牛車に追いつかれ、並走する牛車から毛月の野次が飛ばされた。


「わ、わたくしは皇籍剥奪された身ですわ!」

「お()、あれは冤罪じゃった! 今この瞬間より、貴様も皇族じゃ!」


 かくして、浜玉は亡き皇帝の第三夫人へと返り咲いた。


「あ、ありがとうございます? ところでこれは、どういう状況ですの!?」

「皇帝陛下が戦場でお隠れになった! 帝都も占領されたが、皇族が生き残れば国は残る! 故に、ダチョーの騎兵らは生き残った皇族を根絶やしにするつもりじゃ!」

「えぇぇ……一晩で何があったんですの……」

「そこで浜玉、国の為に身を捧げ、我が逃る()までの囮となれい!」

「ご勘弁ですわッ!!」


 予想とは別ルートで迫る命の危機。

 話している間にも近付くダチョウ騎兵。

 直線で加速して差し切ろうとする牛車。


 浜玉は覚悟を決めた。


「ミロード! もっと速く逃げるのですわ!」

「ひひいん」


 即ち、ミロード号に全力でしがみ付き、好きなように走らせるのだ。


「あ()っ、卑怯なり浜玉!!」

「もう」


 襲歩(ギャロップ)の速度は時速六十キロメートル程度、慣れない騎手が重荷になっても、牛車は元より、人を乗せたダチョウよりも速い。


「ひぇぇ、目が回りますわぁ……!」

「ひひいん」


 後続の喧騒を置き去りにし、浜玉を乗せたミロード号は駆ける。

 旧街道のコーナーを過ぎ、先頭はミロード号。二着以下は大差のため、規定に沿って着順無し。


 ダチョウに囲まれた牛車が止まる音も、その後に響いた様々な声も、置き去りにされた風の中に溶けた。

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