003
一方その頃、芭浜玉を追放したリンドーコ帝国は大騒ぎになっていた。
というのも、皇帝・為黄玄が遠征先で討死したのである。
皇帝も、家臣も、将軍も、兵卒も、それどころか敵国さえ、まさか皇帝が死ぬとは思っていなかった。
下手くそな職人が作ったせいで、変な形に鏃と矢羽が歪んだ鏑矢が、向かい風による揚力で浮き上がり、上空で追い風に流されて、上手いこと最後衛の本陣にいた皇帝の頭上に落ちた。
死因は脳挫傷である。
そんなことあるか? と誰もが思ったが、実際に起こったものは仕方がなかった。
帝国軍は敗走。
敵国たるダチョー王国は開戦直後に逃げ出した相手を追撃して壊滅させ、捕虜から状況を確認。
前線からの報告を聞いたダチョー王国のイショカ王は「これはやれるんじゃないか」と考え、そのまま帝国領内に攻め入った。
そして、やってみたら、できてしまったのだ。侵略が。
「ぐぬゝ……これは一体、何としたことか!」
帝都の目前まで迫る王国軍。
皇帝の第2夫人にして最後の皇族たる柳毛月も、財産を車に積んで亡命する事態に陥っていた。
リンドーコ帝国には既に直系の皇族は残っていないが、帝国の良いとこの家には、多かれ少なかれ皇家の血が入っている。
国法に従えば、他家から嫁いできたとは言え、皇族の一員である毛月は唯一の皇位継承者。生き残れば女帝として帝国を立て直すことになる。
「お荷物積み終わりゃりゃしたー」
物流用牛車のドライバーが報告に来たのを確認し、毛月も旅客用牛車へと乗り込んだ。
「早く出しませい!」
「うりゃりゃーす」
毛月の号令に従い、牛車の列が一斉に発進する。
それはさながら、バッファローの大移動という様相であった。
「ヒャッハー! 牛狩りだぁー!」
ダチョウに跨がったダチョー王国軍は、帝都の占領にある程度の兵力を残し、逃げる牛車を追走した。
最後の皇族がそこにいることを、捕虜からの情報で知ったためである。
「ぶふぉう」
「ぶふぉう」
声帯の無いダチョウは息の漏れるような声で、声とも言えない鳴き声を上げる。
「もう」
牛の最高速度は時速四十キロメートル、対してダチョウは七十キロメートル。
人を乗せたダチョウは時速四十六キロメートル程度にまで減速するが、それでも重い車を引く牛が、ダチョウから逃げ切れるはずもない。
「ぶふぉう」
「ぶふぉう」
「もう」
足の遅い牛車に次々と群がるダチョウ騎兵。
囲まれた牛は暴れようとするが、牛車に固定された巨体は自由に動かず、容易く無力化された。
「えゝい、このままでは追い付かれるッ……! かくなる上は、致し方なし!」
毛月は牛を走らせたまま運転席から後部座席を通り、牛車のリアハッチゲートを開け放つと、積み荷の中から優先度の低いものを放り捨てた。
間食として持ち込んだ甘蕉の皮、占いに用いる亀の甲、火薬を仕込んだ絡繰り人形。
「もう」
「うわぁー!!」
「きゃぁー!!」
「ひぃぃー!!」
後続の牛車はそれを踏んでスピンしたり、爆発に巻き込まれたりと、大混乱の様相であった。
「ぶふぉう」
「ひでぇー!!」
「たわぁー!!」
「あべぇー!!」
しかし、それに巻き込まれたダチョウ騎兵らも動きが止まる。
その隙に毛月の乗った牛車は距離を広げることができた。
牛車の向かうは遥か南。
半ば風化した街道の先には、浜玉のいるカンセキスタがあった。