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第9石「わくわく砂都生活」

 遠い未来、どこかの太陽系で。




 タケトリサファファ

 -Sapphire Fighting of the Bamboo Cutter-

挿絵(By みてみん)



 月面帝国の皇女、サファ・ツキノは消えた兄を追って地球へと降下した。


 荒れ果てた大地で出会った武者甲冑の男、オニキスが率いるルーインズへ加入したサファは、かつては兄の機体であった宝玉機ロードナイトへ乗り込み、凶悪な宝石蟲の追撃から逃れるべく戦った。


 ルーインズは命からがら砂の大都市・シバムへと辿り着くが、そんなサファに月面帝国と、荒れ地のならず者集団の魔の手がせまっていた……。









「ねえアンダル、兄さんの様子が変わったと思わない?」


 ──木漏れ日が差し込む、美しい自然庭園となっている皇城の中庭で、10年前の、8歳のサファは花壇に水をやるアンダルへとたずねた。


「変わった、と言いますと?」

「うーん、以前までの明るい感じが無くなったというか。露骨に変わったわけではないんだけれど、少し違和感があるのよね」

「ふむ……皇子殿下は連日、宝玉機の鍛錬に励んでおりますゆえ、心身ともにお疲れなのでありましょう。ツキノ家に伝わるロードナイトを伝承するという重圧も、それは私どもには想像もつかないほど……」

「確か今週末よね? 兄さんが正式にロードナイトを受け取るのって。友達のオブシディアさんと一緒に『皇都を守る騎士になる』って言っていたし」

「そうでございます。皇子殿下の活躍で、宝石蟲との戦いも終結に向かえばよろしいのですが」

「兄さんならあんなのあっという間に全滅よ! ああ、わたしも大人になったら兄さんみたいな立派な騎士になりたい……!」


 兄への憧れから目を輝かせるサファ。そこへ三人分の足音が近づいてきた。


「あなたには無理よ、サファちゃま」


 サファと同年代の、茶髪を短めのツインテールに括った少女、ロンズゥが腰に手を当てながら自信満々な表情で立っていた。彼女の両端には青年のドルゴと少年のバルシの姿もある。


「あたくちは帝国軍に入ってエースパイロットになりますの。甘やかされて育ったサファちゃまには知るよちもない厳しい世界で!」

「ええ、わたしだって帝国軍に入ってみせるわ! 一緒に頑張りましょう、ロンズゥ!」

「なっ!?」


 ロンズゥは自分の手を取って朗らかに微笑むサファに調子を狂わされ、隣のバルシが苦笑していた。


「やめとけってロンズゥ。サファには挑発なんて効かないと思うぞ」

「ぐぬぬ……ふん、余裕ぶってられるのも今のうちですわ! あたくちたちが大人になったら、絶対に宝玉機で決着をつけますことよ!」

「受けて立ちましょう。まあ勝つのはわたしですけど!」

「なんですってぇ!?」


 手を振り払い、顔を赤くしながら宣戦布告するロンズゥに強気で応えるサファ。

 あの頃は、皆が笑っていられた。

 10年前の、あの頃は。







 サファがゆっくりと目を開くと、彼女の視界に知らない天井が広がった。


「……昔の夢、だった気がする」


 髪をおろしたジャージ姿のサファは気怠そうにベッドから身を起こし、砂の壁で覆われた薄暗い部屋を見回す。ある程度の広さがあるこの一室はハーフシェルのものではないはずだ、と昨晩までの記憶を思い出す。

 立ち上がり、僅かに光が射し込むカーテンを開くと一気に部屋が明るくなる。目を細めながら、サファは両開きの窓をゆっくりと開いた。

 砂っぽい風と共に眼下へ広がったのは、自転車や人力車で往来する大勢の人々。街の奥には黄土色の高層ビルが立ち並ぶ大都市、そしてその外周を大きく囲った黒い壁。

 ここは、砂都シバム。昨日、自分たちルーインズは宝石蟲の襲撃を退け、ここへ辿り着いたのだ。


「思えば遠くへきたもんだ」


 ──青空を見上げながら、そう思う。上空にうっすらと見える巨大なオービタルリングが、自分はいま地球に来ているのだと、再認識させてくれた。

 サファは髪をくくり、いつものセーラー服と桃色の羽織に着替えてから輝石刀を帯刀し、さらにその上から、フード付きの薄汚れたローブを纏って身体の大半を覆い隠す。

 今の自分は追われる身。例の画像なら見つかる心配はあまりないだろうが、万が一を考えてのことだ。

 昨日ルーインズは二手に分かれて別の宿へ泊まったため、この宿にはサファとラルド、トールマリーしかいない。残りの三人は船や機体の修理や、物資調達の為に工場近くの場所へ泊まったようだ。戦場で合流したヒスイも工場で作業中だという。


 部屋から出たサファは廊下でラルドと鉢合わせた。彼はいつものように挨拶をする。月を脱出した日から数えて三度目の朝のやり取りだが、状況はすっかりと変わってしまっていた。


「サファ、おはよう。今から起こしに行くところだったんだけど、起きてたんだ。えっと、疲れ取れた?」

「おはよ。まあ、それなりには……あと、ここでは”ブルー”ね。他に誰もいないからいいけど」

「あ、ごめんサ……ブルー」


 街に着く前にもオニキス達から釘を刺されていたことだが、今のサファは賞金首という立場上、人の多い場所ではブルー・フジオカという偽名を名乗ることになっていた。

 二人は砂の壁と赤い敷物で構成された長い廊下を歩き、階段を下ってロビーを目指す。他の宿泊客の姿は見えず、静かで、街の喧騒が窓をフィルターして僅かに聞こえるのみである。

 そういえば、とラルドが切り出した。


「この旅館はスカベンジャー専用の場所らしくて、今はおれたちしかいないみたいなんだ。サ、ブルーはすぐ寝ちゃったけど、昨日トールマリーさんと少し外で話してたんだ」

「ふーん。で、そのトールマリーさんは?」

「朝の9時集合って言ってたし、そろそろロビーに来てるはずなんだけど……あ」


 二人がロビーに辿り着くと、ソファーに腰かけた桃色の髪の女性の後ろ姿がラルドの目に入った。笑顔で駆けだした彼をサファは不思議そうな顔で眺める。


「トールマリーさーん! おはようございます!」

「あら、二人ともおはよう! よく眠れた?」

「はい、おかげさまで! 良い宿ですねここ!」


 ニコニコしながらトールマリーと話すラルドの顔を横からじっと見つめるサファ。


「……やけにテンション高くない?」

「え!? そうかな!? あはは」


 ああ、そういえば月の学校に居た頃も女性教師と話す時はこんなテンションだったな、とサファは一人思い出して納得する。まあ、元気ならそれでよいのだが。

 さて、とトールマリーは両手を叩いた。


「三人揃ったことだし、みんながいる工場まで歩きましょうか。着いたら私がごはん作ってあげる!」

「行きましょう! そうしましょう!」

「おー」


 宿を後にした三人はシバムの街へ躍り出る。

 表通りは大勢の人が行き交っているが、自動車などの大型の乗り物は見受けられず、あっても自転車と人力車くらいのものであった。

 砂で固められた大小の建築物が立ち並んだ道路脇には露店が出ており、果物などがずらっと配置されている。

 サファは周囲を警戒しながらフードを深くかぶり、二人についていく。工場までの道はトールマリーが案内してくれるようで、「はぐれないようにね」としきりに二人を気にかけていた。


「採れたてのフルーツ入ってるよー! 安いよ安いよー!」


 客引きの声にサファの足が止まる。声の方を見ると、露店の棚には色とりどりの地球産フルーツが並べられており、サファは目を見開きながら思わず喉を鳴らした。

 ──サファ・ツキノは、あの時食べたスイカの美味が忘れられずにいた。いや、厳密にはスイカだけではなく、地球産食物のテイストにすっかり心を握られていた。

 月の質素なペースト状のフードしか食した経験のない彼女にとってそれは未知の刺激であり、もしコトが全て済んだら地球上のあらゆる食べ物を食べてみたいとまで思わせるほどの衝撃であったのだ。


「こ、これ……全部……」

「ブルーちゃん! 今は我慢して!? ね!?」


 財布に手が伸びそうになったサファの手を引いたトールマリーとラルドによってすぐにその場から離れ、皇女のおこづかい全放出の悲劇は回避された。


 大通りから逸れ、比較的人が少ないエリアに差し掛かると今度は多くの工事現場が三人の前に現れた。

 特にラルドの目を引いたのは、建物を削ったり地面を掘ったりする作業を進めている、民間宝玉機の存在だ。

 オレンジ色に塗装され、巨大なスコップやピックを使用できるほか、腕部のクレーンやショベルバケットへの換装も可能とした《クオーツワーカー》と呼ばれる作業用機種だ。


「宝玉機で土木作業か……その発想はなかったな」

「月にはないんだ? 作業用の機体」

「まず宝玉機自体、帝国の所有物のようなもので……軍人にならない限り乗れないと思っていましたから。けど、地球(ここ)ではそうじゃないんですね」

「うん、戦うだけが宝玉機じゃないよ。勿論免許は必要だけど、少なくともこの街に住んでいる人たちは宝玉機を殺し合いに使ったりはしないわ。純粋に人間が大きくなれば、それだけ生活が便利にもなるってことを、マシンが教えてくれるんだよね。文明の利器、ってやつ」


「この街を囲んでいる壁だってそうよ」とトールマリーは二人を、街が一望できる小高い丘へ招きながら続けた。

 ──"女神の防壁"と呼ばれる巨大な壁の中には、コア原石を砕いた成分が埋め込まれており、その成分を宝石蟲が嫌うため壁の内側は安全が確立されているのだという。

 女神の防壁を持つ街はかつて女神ダイヤが管轄していた土地であり、逆に言えば女神の防壁を持たない地球上の街はほぼ壊滅している──とトールマリーは語った。


「二人の様子を見る感じ、地球の歴史に興味ありそうな感じだし……近場にオススメの観光スポットがあるから、ちょっと寄ってく?」




 トールマリーに連れられたサファとラルドは、一風変わった木造建築の建物を眼前にしていた。

 アズマの国と呼ばれる、東方にあるとされる島国の様式に則った木と金箔の建物は荘厳な雰囲気を醸し出しており、これを"テラ"というのだとトールマリーはサファに教える。


「一説では地球を意味する単語らしいんだけど、このテラの中には歴史ある記念物とかを飾りがちなんだって」

「なんだか随分認識がフワっとしていますが……これに似ている建物は皇都にもあった気がします。アズマの国の影響を受けていたとか、なかったとか」


 どっちもフワっとしてるな……とラルドは思うも口にはせず、トールマリーに案内されるままテラへ、サファと共に踏み入れる。

 進んだ先の大広間には他にも観光客と思われる人々が集まっており、彼らの視線の先にあるものにサファとラルドは度肝を抜かれた。


「……これは、巨人!?」


 大広間の中央に仁王立ちするは、銅で出来た巨人の像。全高は約18メートルで宝玉機よりは8メートルほど大きいが、胸部にはコアジュエルのような水晶体がはめ込まれている。

 V字型のツノが特徴的な兜と、左手には大きな盾、右手には銃のような武器を携えた立派な立ち姿が観光客の視線を釘づけにしている。

 これこそがアズマの国に伝わる宝玉仏(ほうぎょくぶつ)。神聖なる人の形を崇める風習の名残である。そしてこの宝玉仏を、人は"はじまりの巨人"と呼ぶ。

 トールマリーは宝玉仏を見上げながら思いにふける。


「人間はね、昔から大きな人の形に憧れを抱いてきたの。それがどんどん姿を変えていって、今は宝玉機として実際に動かせるまでに至った」

「大きな人の形に、憧れを……」


 ラルドは幼き日の記憶を想起する。テレビで始めて動く宝玉機を目にしたあの瞬間。それからはずっと、学校で宝玉機に関する勉学に勤しんでいたこと。

 地球へ来て怖い思いをしたのは事実だが、それでも宝玉機を嫌いになることはあり得なかった。ロードナイトの幌をサファが取った時、朝日に照らされ輝くアラゴナイトを見た時、彼の心は不安の中でも確かに、小さく昂っていたのだ。

 トールマリーは宝玉仏の台座に記されている伝説を指でなぞる。


「はじまりの巨人はダイヤ様と共にこの星を救った英雄として伝えられているわ。──太古の星。地脈が荒ぶり、混沌の時代が訪れる。はじまりの巨人は大地へ三本の楔を打ち込み、天空の輪の儀式を用いてそれを鎮めた」

「三本の楔と天空の輪、って……」

「そう。私たちがタケノハシラ、そしてオービタルリングと呼んでいる建物のことよ」






 昼前、街のはずれにある巨大なジュエル加工場。

 さらにその隣に位置する宝玉機整備施設の倉庫の前で、腕を組んで待ちぼうけていたメジスはこちらへ歩いてくる見覚えのある三人へ向かって手を振った。


「えらくゆっくりだったのう。寝坊か?」

「ごめーんメジスちゃん、ちょっと寄り道してて。じゃ、ブルーちゃん預けていくから」

「えっ」


 サファに肩ポンするなりラルドと共にそそくさと加工場の方へ去って行ったトールマリー。

 呆然と立ち尽くしていると、今度はメジスが肩を叩いた。


「ロードナイトのことでおぬしだけに用があるのじゃ。とにかく入れ」


 メジスに連れられ、サファは横開きの巨大なシャッターが少しだけ開いている隙間から倉庫へ入る。

 大量のクレーンなどが天井から吊り下げられた大仰な倉庫の中心に立たされていたのは、赤い宝玉機──ロードナイトだ。

挿絵(By みてみん)


 しかし、昨日までとは姿が違う。クオーツの部品で補修していた肩部装甲は大型の新造パーツが取り付けられており、フレームが剥き出しのままだった四肢にも装甲が追加されている。

 それは兵器というより、鍛え上げられた体躯を持った超人と呼ぶべきか──と思わせるほど、サファにとっては新鮮な、力強いシルエットをしていた。


「凄い、一晩でこんな……」

「腕の良い技師に頼んだからのう。おーい! エトー!」


 メジスが上に向かって声をかける。頭部の前のキャットウォークに立って作業をしていた誰かがこちらに向かって手を振り、昇降機に乗ってゆっくりと下降してきた。

 二人の前に現れたのは作業着姿の、四角い眼鏡を掛けた素朴な顔立ちの男性だった。顔に付いたオイルをタオルで拭いながら昇降機から降りてきた彼をメジスが紹介する。


「彼はミスター・エトー。ロードナイトを改修してくれた凄腕の技師だ」

「凄腕は言いすぎですよ、メジスさん。それにこれはまだ仮組みの状態で、本格的な調整はこれからで……おっと、もしかしてその子がロードナイトのパイロットですか?」

「いかにも。ほれブルー、自己紹介じゃ」


 振られたサファはやや緊張した面持ちでエトーと目を合わせる。


「はじめまして、ルーインズ新入りのブルー・フジオカです」

「よろしく、ブルーさん。僕はエトー。この加工場で代々技師の家系をやっていまして……メジスさんの義体も、ここで何代も前から整備されているものなんですよ」


 メジスの左腕と左脚は義体であったことを思い出すサファ。しかしそれを何代も前から整備とは、一体メジスは何歳なのだろう。年寄りのような話し方だとは思っていたが、見た目は十代の少女である。

「何か言いたげじゃな?」と目で訴えたメジスの気配を察して慌てて目を逸らすサファ。エトーはロードナイトを見上げながら話を続けた。


「宝玉機も大きな義体のようなものですからね。素晴らしき文明の利器ですよ」

「文明の利器……ですか」

「ええ。義体も、宝玉機も、人類の夢。きっと人々を幸せにする力を秘めている。代々伝わる家訓のようなものですがね」


 目を輝かせながらロードナイトを見上げるエトーの横顔を見てから、同じように見上げるサファ。

 先程の宝玉仏のように、人間は大きな人の形に夢を抱く。小さな人間にとって、それは神にも悪魔にもなれる力の象徴となる。……宝玉機を以って力を広げた帝国のように。

 ロードナイトは、胴体のコアジュエル周りにこそ原型機の面影は残っているものの、ここまで改造されてしまったことに兄への罪悪感が無いわけではないが、やはりそれとは別に生まれ変わった愛機の姿にサファは高揚していた。


「……カッコいいですね」

「でしょう!? 機能性と見た目の両立には少し苦労しましたが、僕も概ね満足しています。内部フレームからして原型機はもっと細身であったと思うんですけど、ブルーさんの戦闘データを照らし合わせて四肢の装甲を厚く設計し、接近戦に強く調整しました」

「見た目はモチベーションにも大きく影響しますしね。見事な造形です、エトーさん」

「ありがとうございます! しかし先程も申し上げた通り、まだまだ本格的な仕上げはこれからなので……完成まで、ルーインズの皆さんはこの街を自由に観光なさってください。お代は既にいただいていますし」


 上機嫌なエトーと、隣で露骨に苦笑いするメジスにサファは嫌な予感を覚え、メジスにこっそりと聞いてみた。


「いくら出したの」

「……ヘッヘッヘ、シンパイスルコトハナイ」


 目を逸らしながらカタコトで答えたメジスに「あ、これ3憶キャラット手に入る前提で出したやつだ」とサファは確信するも黙っておいた。多分それが優しさだから。






「ふぅ」


 昼過ぎ。工場の裏手のベンチに腰掛け、水を飲んで一服するサファ。

 エトーの熱意ある言葉に心打たれた後は、戻ってきたラルドとトールマリーも含めてみんなでお昼を食べた。

 おいしい食事に、やさしい人々。こんな生活も悪くないと思えたが、自分は地球へ遊びに来たわけではない。兄を探すため、その手掛かりを持つウレキネフ=バッドマンの居場所を突き止めなければならないのだ。

 この休憩の後、オニキスやヘリオドールとも合流し今後の話をしなくては……そう考えていた時であった。


『──ようやくお一人になってくれましたね』


 突如、頭の中に響く声。

 サファは立ち上がり、周囲を見回すも人影はない。すると景色が崩れ落ちるようにして変化し、真っ暗な空間の中で妙な浮遊感に襲われた後、よろめきながら両足が地に着いた。

 そして崩れ落ちた景色が逆再生されるように積み上がっていくも、出来上がったのは先程まで自分が居た工場の裏手ではなく、四方が真っ白な壁で覆われた部屋であった。

 そこには窓や扉のようなものは見受けられず、影の濃淡で辛うじて部屋であることがわかる程度。

 サファが混乱していると、今度は目の前に立体映像のように透けた、大きなフードのローブを着た人間のシルエットが浮かび上がった。ノイズのように掠れているせいで顔まではわからない。


『何年ぶりで何度目でしょうかねえ、アナタをここにお呼びするのは。それにこのやり取りも……まあいいです、今回も言いましょう』


 また、脳内に直接声をかけられる。反響して聞き取りづらいが、声質からして若い男性であることはわかる。


『お迎えに上がりましたよ、姫様。昨日の同胞による無礼……ここにお詫び申し上げます。"そのようなお姿"でしたので、こちらも気付きに時間を要しましたゆえ。まあ、仕方ありませんよね』

「何、あなた誰? ここはどこ!?」

『ワタシは……いえ、名乗らなくてよいでしょう。近い内にわかりますから』

「は?」


 眉間にしわを寄せ、輝石刀の柄に手を掛けるサファ。謎の男は慌てふためきながら大袈裟に両手を広げた。


『お止めくださいサファ皇女殿下! って言ってもまあ、幻影なので意味無いんですけどね』

「ッ!?」


 謎の男に本名が割れていることに驚き、抜刀体勢のまま相手を睨みつけるサファ。

 スカベンジャーの追手だろうか。いや、そんな雰囲気ではないように感じる。むしろもっと良くない、別の存在のような感じがする。


「あなたは、わたしの敵なの?」

『……ブルー、サファ、ダイヤ……どの名も実は正しくないんですよ。忌々しい偽りの名です』

「何を、言って」

『一方的に用件だけ伝えさせてもらいますね。本来の居場所へお戻りになりませんか?


 ──"カグヤ姫"』

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