第8石「皇女を追うものたち」
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満月から月明かりが降り注ぐ荒野。
その大地に敷かれた鉄のレールを走る大仰な装甲列車は月面帝国の《アーマー・トーレン》。
まるでハリネズミのようにびっしりと全体に装備された機銃と戦艦の主砲並の口径を持つ大砲から、装甲列車が持つ殺意の高さがうかがえる。
重武装の理由は、地球の荒野を渡るという任務において宝石蟲からの自衛は勿論、輸送される物資を狙う野盗も仮想敵とする必要性からだ。
そんなアーマー・トーレンは第三タケノハシラから続く世界一長い"ベリクス鉄道"で、月からやって来たルヴィエルの部隊は大陸を渡り、砂都シバムを目指している。先頭車両には幹部級の帝国軍人が座しており、中でもルヴィエルは最も豪華な椅子に腰かけているが、無機質な赤いマスクの下の表情は全く読めない。
ふとそんな彼の通信機が音を立てる。面倒そうに応じたルヴィエルの耳には聞き慣れたねっとりと声が響いてきた。
『列車の旅は快適ですかぁ?』
「貴様の声を聞かなければそうだったな、メノー」
おやおやそれは失敬、と通信の向こうでも人を小馬鹿にしたジェスチャーが見え透くようなメノーの声。
『今オービタルリングに来てるんですけどねぇ、その、あまりにも嬉しい収穫があったもので、ついアナタに電話しちゃいましたよ……あー、さてと』
あまりからかうと通信を切られると思ったのか、メノーは早速に本題へ入る。
『アナタは……ナイト型宝玉機って興味あります?』
「無い。切るぞ」
『ああん、待ってくださいよ! ほら、ナイト型って性能は良かれど、対応したジュエリストが乗らないと動かない欠陥機じゃないですか。けれどもなんと! その欠陥が解消しつつあるんですねぇはい』
「何が言いたい」
『つまり、アナタ専用にチューンしたナイト型宝玉機が用意できるかもしれないってコトですよ!』
「……俺とジャスパーでは、力不足だと? 皇女を捕らえる任すら、完遂できないと?」
通信機を握るルヴィエルの手に力が入り、通信内容を聞いている周囲の帝国士官がざわめき始める。彼らはルヴィエルの短気を誰よりも恐れているのだ。
『そこまでは言っていませんよ。ただ、任務の成功率は上げたいと思いません? ……あの皇帝陛下を見て、アナタに"次"があると思いますか?』
「……!」
『言っちゃあなんですがぁ、アナタの代わりはいくらでも』
メノーがそこまで言ったところでルヴィエルは通信機を壁に投げつけ、赤い輝石刀を抜刀し、半狂乱になりながら壁ごと通信機を滅多斬りにしてしまった。
怯え竦む帝国士官には目もくれず、もうとっくに声が聞こえない通信機の残骸を踏み潰し、ルヴィエルは肩で息をしながら窓を開け夜空に吠えた。
「殺してやる……! 絶対に殺してやるぞ、サファ・ツキノォッ!!」
同時刻、アーマー・トーレンの後方車両。
大勢の帝国兵がひしめき合う車内では能面型のマスクを外すことが許可されており、全員が素顔を晒していた。あのマスクは民衆への威圧が主な目的であるため、特別な機能は備わっていない。
そんな中、車内の隅の席でとなり合わせに座る二人の男性がいた。銀髪の青年、バルシと金髪の中年、ドルゴは昼間、クオーツでルヴィエルの警護にあたっていたパイロットたちである。
どこか上の空で窓から外を見ているバルシにドルゴが声をかけた。
「浮かないな。殿下を連れ戻すのがそんなに億劫か」
「いえ、まあ、それもあるんすけど……ドルゴさんも聞いてるっすよね、シバム近隣の駐留軍にいるロンズゥの部隊が先に向かったって」
ロンズゥとはバルシの幼馴染みの少女で、現在は帝国地上軍に属し一個小隊を率いる隊長となっている。バルシとロンズゥはサファと同年代でありながら、かつては彼女を護衛する立場に就いていた。
そんな彼と同じく長い付き合いのドルゴは苦笑する。
「お前があいつの心配とは、らしくないな」
「そりゃ、心配っすよ。だって俺ら抜きで先に実戦なんて……」
「あちらには新型が回されているとも聞く。いくらロンズゥといえど、スカベンジャーごときに遅れはとるまいよ。ヤツらは汚い手しか使えぬのだから」
「ロンズゥが負けるとは思ってないっすよ。でも、その新型なんすけど……なんか、色々と不可解なんすよね」
バルシがタブレット型端末を取り出し、画面に映し出された《クオーガン》の名を持つ次期主力候補の陸戦型宝玉機のデータを閲覧する。
セルジュエルを動力源とした基礎フレームや火器はクオーツと共通のようだが、装甲がミントグリーンに塗装されており、頭部形状がクオーツとは大きく異なった。
従来の単眼型カメラアイではなく緑色のクリアパーツを用いたバイザーが視覚センサーを覆っている。これだけでもかなり違った印象を受けるものの、本機最大の特徴はまた別にあった。
同じ画面を見ていたドルゴがその特徴に気付き、驚愕する。
「この腰の装備、ホバースラスターか?」
「そうっす。腰部ウイングじゃなくて、ホバースラスター」
帝国製の地上型クオーツの腰部ウイングはツキノミヤコ内での運用を前提として開発されたためスピードは出せず、代わりに高高度を保つことができる仕様となっている。
しかし、地球では陸上での宝石蟲戦を想定した機動力が必要となり、逆にレーザー問題によって高度を上げる必要がなくなったため、真逆の特性を持つホバースラスターが地球の工場で独自開発された……つまり運用している者の殆どが地球人である。
これまでに帝国側はこの装備の存在こそ認知していたものの、正式採用には至っていなかった。宝石蟲の脅威は物量であり、対抗に求められる要素は最低限の性能を保った上での量産性で、個々の機体スペック向上は重要視されていなかったからだ。
だが……ここへ来てホバースラスターが採用された新型機が投入されようとしている。これが何を意味するのか、二人にはまるで見当がつかなかった。
それでも、わからないなりにも、ドルゴは推測をする。
「度重なる"聖戦"で減る一方の兵が、もはや無視できないレベルに達したのかもしれん」
「まさか、宝石蟲の住処を叩こうって気なんすかね。けれど宇宙へ上がってくる分は、地球に巣くう本元の二割にも満たないって……」
実際、月面帝国はじわじわと宝石蟲に追い詰められつつあった。聖戦はあくまで防衛行動、言うなればその場凌ぎに過ぎない。年に一度とはいえ帝国側の被害は甚大であり、宝玉機は製造できても人間が足りなくなる。
また、オービタルリング自体も毎年攻撃によって損傷しており、修理へ回す人員も増える一方だ。このまま状況が変わらなければいずれ月は陥落する、と皇帝は考えたのだろう。
しかしその説が真であったとして、今度はバルシの中に疑問が芽生えた。
「なら、尚更サ……殿下探しに人員を割く理由がわからねえっす。そりゃ誘拐は大変っすけど、なんか大々的すぎるってか、もっとこっそりやることじゃないんすかね。まるで重罪人を追い詰めてるみたいな……」
帝国の下士官には"裏切り者の小隊長アンダルが皇女サファを誘拐し、地球へ降下した。その後、スカベンジャーにより身柄を拘束された"以上の情報は与えられておらず、故にバルシが抱く疑問も当然といえた。だが、とドルゴが唸る。
「これも推測に過ぎんが、その状況を打破するカギを殿下がお持ちなのかもしれん……なんにせよ、今我々にできることは一刻も早く殿下を救出し、全員で月へ帰還することだ」
ロンズゥも含めてな、と付け加えるドルゴだが、相も変わらず浮かない表情で窓から夜空を見上げるバルシ。
オービタルリングの向こうに見える月は、不気味なほどに明々と輝いていた。
『バケモノめ! くたばりやがれぇぇぇッ!!』
同じく深夜。
旧世紀の遺産である筒形宇宙ステーションの残骸が突き刺さった大型クレーターがある荒野で、帝国軍の白い地上型クオーツが三機、宝石蟲と交戦していた。
宝石蟲の構成は小型種であるアリ型を中心に中型種のカマキリ型が陣取っており、アリ型は宝玉機の足元までのサイズでしかないものの、恐るべきはその物量である。
クオーツは中破しながらもマシンガンをフルオートで撃ち続けるも多勢に無勢、アリ型に群がられた機体は押し倒され、股間のコクピットブロックのハッチを引き剥がされるとパイロットの帝国兵は逃げる間もなく無残にも捕食された。
彼ら宝石蟲の目的は、一切不明。認知されているのは、人間ごとジュエルを捕食すること、定期的に月への飛翔を行うこと、そしてジュエルエンジンを使用するマシンに引き寄せられる特性があることのみ。
──残りの二機が倒れるのも時間の問題であろう──とその様子を高台の岩陰から望遠していたのは、バンガローズ副リーダーの女性、ネフライとリーダーのウンモ。
彼らはジュエルエンジン未使用のガソリンバイクでここへ来たため、宝石蟲に探知されずに済んでいた。
また、母艦のアルペングリューエンは遥か後方に待機させている。二機目が爆散する様を望遠鏡越しに見つめながらネフライが言う。
「妙ですね。帝国の部隊がこんな辺境にまで来ているなんて」
「例の皇女の捜索命令が各地に出ているのだろう。加えて宝石蟲が活性化を始めたのもここ数日の出来事だ。何やら、地球全体が一気に慌ただしくなりつつある」
「帝国が血眼になってまで捕らえようとするほど価値のある人物なんですかね、あの皇女は」
「さあな。しかし……こうして"あの男"との合流場所にいつまでも蟲共に居座られていたのでは、邪魔が過ぎる。引き返して機体を出すぞ」
「はっ!」
それぞれのバイクに跨った二人は荒野を駆け、背の高い丘に隠れていたグリーンの大型陸上船、アルペングリューエンへ戻る。
作業員たちの声が響き渡る広いデッキ内で片膝をついた状態で列を作っている三機の宝玉機は、バンガローズ所属であることを示す深いグリーンに塗装されたカスタム機、《ザックオーツ》。
サファ達と交戦した際は通常の地上型クオーツの色替えに過ぎなかったが、今回は右肩にシールド、左肩に鋭利なトゲが付いたスパイクショルダーを装備しており、通常型とは一味も二味も違っている。更に以前は帝国仕様と同じ腰部ウイングを装備していたが、今回からは大出力のホバースラスターへと換装されている。
開かれた股間部のコクピットへ飛び乗ったウンモがシートベルトを締めながらハッチを閉じると全天モニターにデッキの様子が映し出され、機体の単眼カメラに光が宿る。
周囲の作業員が退避すると、ザックオーツは胸部ダクトから排熱しながらゆっくりと立ち上がった。右手にハンドアックス、左手にマシンガンを装備したウンモ機は重い歩行音を響かせながらデッキから荒野へと出撃する。
少し遅れてウンモ機の後ろへついたネフライ機はショルダーキャノン付きの支援機仕様。続けて出撃した三機目に、ウンモはザックオーツで指を指しながら待機命令を出す。
「我々は通信範囲外へ出る、お前は母艦の護衛を。三十分経っても戻らなければ援軍をよこせ。ネフライはワシが斬り込んだ後の援護射撃を頼む」
『はっ! お供いたします!』
二機のザックオーツはホバースラスターを上下左右へ動かした後に点火して加速し、暗闇に赤い単眼カメラと白いセルジュエルの輝き、そして四肢のエネルギーランプとスラスターの残光を描きながら先程の現場へ急行する。
筒形宇宙ステーションの落下による影響で死の大地と化した荒野を奔るザックオーツのモニターに、先程の宝石蟲の群れが映る。やはり帝国のクオーツは全滅していたが、彼らの必死の抵抗による結果か、幾分か敵の数は減っているようであった。
「一匹残らず蹴散らす!」
砂埃を巻き上げ、低空をホバリングしながら群れへ突っ込んだウンモ機はマシンガンを乱射しつつ、次々と飛び掛かるアリ型へハンドアックスを振るい斬り潰す。そしてウンモが群れの注意を引いている間、後方からのネフライ機によるキャノンの援護が着弾し閃光と共に数匹が消滅する。
順調に数を減らしていくなか、ウンモのザックオーツの単眼が群れの中心にいる中型種のカマキリ型を睨みつけた。ヤツこそがこの群体を率いる長だと言わんばかりに。
ハンドアックスを構えてカマキリ型へ肉薄し、巨大な鎌と斬り結ぶウンモ。その瞬間、彼は対峙している目の前の蟲にある違和感を覚えた。
「こいつ、手負いか?」
カマキリ型の宝石のような部分が所々砕けており、まるで壮絶な戦闘を経験した後のよう。先程の帝国軍が痛手を負わせたのかと思ったが、遠方から確認した限りでは彼らはカマキリ型に近付くことすらできていなかった。
では、誰が? 他のスカベンジャーと交戦した? いや、そんなことはどうでもいい。おそらくアリ型もこのカマキリ型を守るために動いているのであろうが、そちらの都合など知ったことではない、とウンモは思考を投げ捨てる。
「この場所からお立ち退き願おうかッ!」
ウンモのザックオーツは一瞬ホバースラスターを吹かした勢いで前転して懐に潜り込み、ハンドアックスを斬り上げると火花と共にカマキリ型の腹に縦の斬撃痕が残った。カマキリ型は絶叫しながら右の鎌を振り下ろすが、左腰のホバースラスターを外側へ向けて吹かしたウンモ機は右へ転がってそれを回避する。
左手のマシンガンで牽制射撃を行いつつ、寝そべったままスラスターを吹かして背中を引き摺りながら距離を取り、ネフライ機の援護射撃でアリ型が一掃された場所まで移動し体勢を立て直した。
「機体の損傷レベルや武器の損失を気にしなければ、強引に仕留められなくはないが……ん?」
背後から突如として降り注ぐ弾丸の雨。それはウンモ機だけを綺麗に避け、周囲のアリ型を蜂の巣に変えている。
ウンモ機の首が左を向き単眼カメラが左端にスライドすると、クレーターの端に見慣れない宝玉機のシルエットがモニターに表示された。
だが機体の識別は"味方"だ。先程の攻撃は、左腕のシールドに装備されたガトリングガンによるものであろう。あれは帝国の機体ではない。青色のボディにオレンジの稲光のようなマーキングが施され、両肩には牛の角を思わせる湾曲したスパイクショルダーが装備されており、さらに頭部にも上へまっすぐ伸びた二対の角があり、単眼カメラのスリットもクオーツよりも鋭い目つきとなっている。
右手に握られたカタナセイバーや腰部に装備された投げクナイ等を見る限り、近接戦に特化した機体であることは誰の目にも明らかである。そしてウンモはその機体のパイロットを知っていた。
「少し遅かったんじゃないか? カルセド」
『──久々でんなぁ、ウンモの旦那!』
妙な言葉遣いの、飄々とした青年の声が専用回線で響いてきた。
彼こそがウンモ達が合流しようとしていた男、カルセド。彼はフリーの傭兵であり、かつて存在したとされる"アズマの国"の末裔であり、シノビである。
「また機体を新調したのか?」
『最近帝国のコンペで負けた機体らしくてな、偶然流れて来たんやわ。高機動がウリのライトニングクオーツっちゅー機種やいうけど、ワイは《イナヅマ》って呼んだるねん』
カルセドの機体、イナヅマは話しながら背後から飛び掛かってきたアリ型をカタナセイバーで振り向きざまに一刀両断した。
『まあ、まだ立ち話するには客が多いさかい、ちぃーっと黙ってもらいまひょか!』
「……まったくそのとおりだ」
カルセドのイナヅマとウンモのザックオーツは再び群れに突貫していくのであった。
十分後、カマキリ型の首を持ったイナヅマと共に徒歩でアルペングリューエンを目指す二機のザックオーツ。
三機分の重い足音が響く深夜の荒野で、カルセドは通信でウンモに近況を報告していた。
『ウレキネフ=バッドマンの動きが妙なんや。先月のあの事件、聞いとるか?』
「インペリアル・テリトリィに爆弾を持たせた難民の少年を送り込み、自爆テロを敢行。あの卑劣な外道が考えそうなことよ」
『そのせいで帝国はますますスカベンジャー許すまじムードや。最近当たりが強なってきてかなわんわ』
「些細なこと。我々は一憶キャラットの足取りを掴んでいるのだ」
『……まさか、話題になっとる例の皇女か? けどあんなん手掛かり皆無ちゃうんか!?』
イナヅマに驚くジェスチャーをさせるカルセドに対し、得意げにザックオーツに腕を組ませるウンモ。「ノリノリだなぁ」と冷めた目でそれを見つめるネフライ。
「つい先日、本人と顔を合わせているのだ。だが身柄はルーインズが確保しており、ヤツらはおそらくシバムへ向かった」
『ならワイとの合流より先に、その足でルーインズを追うべきやったんとちゃうん!?』
「貴様の力を借りることが最優先だと判断したまでよ! 焦る必要はない」
『ウ、ウンモのダンナぁ……!』
抱き合うイナヅマとザックオーツに「早く帰りますよ」と手招きするネフライのザックオーツキャノン。
カルセドという強力な助っ人を得て、改めて定まったバンガローズの目標。ルーインズを追うべく、日の出と共にアルペングリューエンは砂都シバムへと発進するのであった。
一方、帝国とバンガローズの双方から追われる立場にあるサファは……。