第7石「突破せよ!」
『サファ、レールガンは使えるか?』
オニキスからの通信にハーフシェルのドックの内壁に掛けられた宝玉機用の武装を、ロードナイトのツインアイを通して確認するサファ。その中でひと際目立っている黒い長距離砲に目が留まる。
「この長いやつです? こんなに大層な兵器、わたしに複雑な操作は出来ませんよ」
『そうか……なら隣にあるサブマシンガンを持っていけ。片手で扱えるし操作も比較的簡単だ。マニュアルのデータを送る。ただ射程が短いから、それはあくまで副兵装だ。主兵装は昨日奪ったハンドアックスを使え。サファはホバリングしながら周囲の宝石蟲を斬り伏せろ』
「一気に言われても分かりづらいですけど、とにかく斬ればいいんですね」
『それでいい。ヘリオ、レールガンを頼むぞ』
『ボクは射撃苦手なんだけどねぇ、まあ数撃ちゃ当たるっしょ』
そう、サファに兵器の扱い方などわかろうはずもない。彼女はついこの間までただの女子高生だったのだ。ロードナイトが操縦できるのも身体を動かすこととほぼ同一で、直感的に成せるから、という理由に過ぎない。ただ、彼女には剣技と、卓越した運動センスがある。
ロードナイトはハンドアックスを背中にマウントし、サブマシンガンを持って後方の地平線を眺める。そしてレールガンを両手で持ち、二本の剣を腰に携えたアラゴナイトが隣に並び立つ。
青空の下、やがて地平線から迫りくる砂埃。あれは紛れもなく宝石蟲の群れだ。フルスピードのハーフシェルに追いつかんとするあの速度、確かに迎撃せねばやられる。
彼らは、カブトムシ型宝石蟲の大群。しかも、どの個体もかなりの大型。一匹一匹がハーフシェルに相当するサイズだ。周囲にはハエ型の小型宝石蟲も低空飛行しながら随伴している。敵の詳細を全員に告げたオニキスは伝達を続ける。
『いいかサファ、ハーフシェルを降りたらジグザグにホバリングするんだ。宝石蟲は直線の動きこそ素早いが、複雑な機動には強くない』
──だからこそ、低空でホバリングしつつ複雑な機動が可能な宝玉機が対宝石蟲戦において最適とされる。
景色が流れゆく砂漠で、色とりどりのカブトムシ型宝石蟲がハーフシェル到達まであと200メートルに迫る。あの群れは確実にこちらを狙っており、真っ直ぐに突っ込んでくるだろう。
アラゴナイトがレールガンをどっしりと構え、砲身が太陽光に輝いた。ヘリオドールの瞳にロックオンカーソルが重なった瞬間、彼はトリガーを引く指の動きを行う。
「そこだぁッ!!」
アラゴナイトがトリガーを引き、オレンジ色の稲妻と共にレールガンの弾丸が発射される。しかしそれは宝石蟲の進行ルート手前に着弾し、巨大な砂柱を巻き上げただけで敵に命中することはなかった。
『……まあ、こういうことも、あるよね』
「射撃が苦手って本当だったんですね……いいです、わたしが前に出ます」
ロードナイトがハーフシェルから降りようとした瞬間、前方まで迫っていた宝石蟲の一匹が爆炎に包まれた。
何事かと周囲を見渡すと、群れの奥の方から一機の宝玉機がホバー移動しながらこちらへ迫って来た。銃座からその姿を見たオニキスが驚愕する。
「ヒスイ!? 運び屋のヒスイか!!」
おそらくクオーツの改造機と思われる緑色の機体は十字スリット型の単眼カメラを備え、大型のスカートと袴のような脚部からスラスターを噴射しながら凄まじいスピードで接近してきた。コクピットに座するは深緑色の髪をかき上げた、中年の女性パイロット。
「渡りの群れが見えたと思ったらコレだよ! お得意先に死なれちゃあ困るからね。さっさと片付けるよ!」
ヒスイが駆る、深緑の宝玉機──《ジェイドム》。腰部スラスターを持たない代わりに、より陸上戦闘に特化した《脚部ホバリングフレア》を装備し、こういった砂漠などの悪路での地形を得意とする。
更に肩に担いだロケットバズーカは無反動での発射が可能であり、ホバー走行との相性も抜群、かつ大型宝石蟲にも有効打が与えられる高火力。
カブトムシ型宝石蟲と並走するヒスイのジェイドムが真横からロケットバズーカを腹へ撃ち込むと、一撃で爆散させた。多大な赤い返り血を浴びながら爆炎の中から現れるジェイドムにサファは遠目からでも圧倒される。
「手際が良い、戦い慣れている」
『そこの赤いの! トレーラーを寄せるから、もっとマシな武器を取りに来な!』
「赤いのって言ったら、わたししかいないか!」
ヒスイからの通信に応えるサファ。ロードナイトは後ろ向きでドックから飛び降り、すぐさま腰部スラスターを起動させてホバリングダッシュへ移行し、ハーフシェルから離れる。
背中にマウントしている、昨日クオーツから奪ったハンドアックスを再び装備したロードナイトは、群れと並走しながらやってきた大型トレーラーまでの進行上で邪魔になる小さなハエ型宝石蟲を斬り伏せながら進む。
しかし途中で巨大なカブトムシ型と接触し、ハンドアックスを振りかざすも頑強な外骨格に阻まれ、刃が取れて持ち手部分のみが残った。
「折れたぁ!?」
『下がってな赤いの!』
ヒスイの声がした瞬間には爆発が起きており、カブトムシ型はバラバラになりながらスピードに置いて行かれていった。爆風の中からなんとか飛び出したロードナイトは並走するジェイドムを見る。視線の意味を察したヒスイは再度通信を繋いだ。
『何故あんなに硬い敵を一撃で倒せたのか、って顔してるね。ヤツら、外皮は硬いが腹は柔らかいのさ。昔この星に居たっていう小さい生物と同じ特性でね。さあ行きな、トレーラーはすぐそこだ!』
「……なるほど、親切な人だ」
サファはトレーラーまでロードナイトを飛ばし、開いたコンテナの中に入り機体を屈ませた。コクピットハッチを開いて身を乗り出し、コンテナの内部を肉眼で確認する。
壁にはみっちりと宝玉機用の武装が掛けられており、それもハーフシェルとは比較にならない数であった。
コンテナの中にはヒスイの仲間の作業員と思われる男がおり、ロードナイトの足元からサファに声をかけてきた。
「ナイト型たぁ珍しいな! とりあえず好きなモン持ってけ、壊すなよ!」
「とは言ってもなぁ……」
先程にも言った通り、彼女は兵器の扱い方が分からない。ここにも掛けてある、あのジェイドムの物と同じロケットバズーカが使用できれば大型宝石蟲も一撃で沈められるはずだが、素人があんなものを担ぐのは危険すぎる。
となればやはり近接武器か……と、サファはある武器に視線を釘付けられた。
「これだ……!」
「当たれぇっ!!」
ヘリオの雄叫びと共にアラゴナイトが構えたレールガンが再び火を噴く。
弾丸はハーフシェルの正面にまで迫っていたカブトムシ型のツノをへし折り、怯ませることに成功する。
「これだけ近けりゃボクでも当たるもんねー!! ざまーみろばーかばーか!!」
機体を高速で細かく左右に揺らして相手をバカにするような動きをするアラゴナイト。それを見た宝石蟲は別に怒ったわけではないが、反撃の好機と見たのかハエ型を呼び寄せハーフシェルごとアラゴナイトを包囲させた。
「やっべ」
レールガンを置き、両腰の剣を抜いたアラゴナイトはハーフシェルの周囲にまとわりつくハエ型を斬り落とし、黄金の装甲がみるみるうちに赤い返り血に染まっていく。
ハーフシェルの上部からはオニキスの機銃による援護射撃が行われており、どんどんハエ型を撃墜するも数の多さに押し込まれてゆく。
「ぐあっ!!」
『オニキス!?』
オニキスの声にアラゴナイトは上部まで跳躍して辿り着き、まとわりついていたハエ型を一掃する。
銃座で攻撃を受けてしまったオニキスは、甲冑の左半身が大きく抉れ、跪いていた。そんな彼へ必死に声をかけるヘリオドール。
『オニキス!! 大丈夫!? ねぇッ!!』
「大丈夫だ。”核”には当たっていないが……この鎧も、もうダメそうだな……ヘリオ、後ろだ!」
『ッ!?』
オニキスの声に振り向いたアラゴナイトの正面に再びツノの折れたカブトムシ型宝石蟲が迫る。
巨大な影に二人が覆われそうになった瞬間──。
「──とにかく、斬る!!」
宝石蟲の後方からワイヤーハンドを使い這い上がって来たロードナイトが、蟲の胸と腹の間にある外骨格の隙間に《カタナセイバー》を突き刺す。
痛みに咆哮し暴れる身体から飛び降り、すかさず懐に潜り込んで腹を青い炎のような光と共に一閃すると宝石蟲は血を撒き散らしながら絶命した。
ロードナイトは刃を振って血を払ってから左腰の鞘に納め、ハーフシェルのドックに着地する。サファが選んだのは、カタナセイバーと呼ばれる近接武器。日本刀によく似たデザインをしていた。
「お待たせしました。武器を選んでまいりました」
『こ、こりゃまたサファらしい物を選んだね……』
「形状が輝石刀に近い方が戦いやすいので。ヒスイさんが頑張っているので戻りますね、ヘリオはレールガンでお願いします!」
再度飛び出したロードナイトは鞘に左手を掛け、右手で柄を掴んだままホバリングし、正面のカブトムシ型を青い眼光が睨む。仕掛けられたツノの突進を最小限の動きで躱してから、側面へ回り込みつつ抜刀し柔らかい肉の部分を断つ。
続いてジェイドムのロケットバズーカで前面の外骨格が吹き飛ばされた宝石蟲へすかさずカタナセイバーを突き刺し、素早く引き抜いて返り血を浴びながら斬り下がり、早くも三匹目を討伐する戦果を挙げる。
更に引き続きジグザグにホバリングしながら左手に持ったマシンガンを連射しつつハエ型を撃ち落とし、ハーフシェルへ向かおうとするカブトムシ型の脇腹へ袈裟斬りを見舞い、更に傷口へマシンガンを撃って確実にトドメを刺す。
しかし仇討ちといわんばかりに肉薄するカブトムシ型のツノがロードナイトの目の前に迫った。
「まずいッ」
咄嗟にサファが手を前に出すと、ロードナイトも手を前に出す。
────すると宝石蟲が、”待て”された犬の様に、動きが止まった。
「あれ」
『もっかい当たれぇ!!』
止まったままの宝石蟲の側面からアラゴナイトが放ったレールガンが命中し、内側から爆発四散する。雨のような返り血と肉片を浴びながらサファは不思議そうに自分とロードナイトの右手を見つめる。
「今の……気のせい……?」
『ふふーん、助けられてばっかじゃないもんねー!』
ハーフシェルのドックで誇らしげに鼻をこする動作をするアラゴナイト。
宝石蟲の数も順調に減りつつあるなか、ついにトールマリーから全員へ朗報が届けられた。
『”壁”が見えてきました! シバムの街です!!』
その知らせとほぼ同時に宝石蟲たちは走りを止め、踵を返し砂漠へと消えて行ったではないか。
鬼神のごとく活躍を見せたサファは、引き返していく宝石蟲の群れを見送りつつ呼吸を整えながらカタナセイバーを振ってから鞘に納め、ロードナイトを地面に着地させる。ハーフシェルとトレーラーも速度を緩め、やがて停止した。
ひと呼吸ついた後、今回は鼻血が出ていないことを確認するサファ。意識もはっきりしていおり、人機一体の回数を重ねることで身体が慣れたのかもしれない、と感じた。
「なんとか……なった……!」
ひとときの安堵感を覚えつつ、サファはロードナイトを振り向かせる。
機体のツインアイ越しに彼女の瞳に映ったものは、黒く巨大な壁に覆われた、砂の高層ビルが立ち並ぶ要塞のような都市であった。
○
一方、資源衛星マヨヒガにおけるカマキリ型宝石蟲の襲撃を退けたアンダルとガネット。
宇宙港へ到着した二人は荷台に積まれている幌で隠されたクオーツを気にしつつ、トレーラーに乗ったままガネットが所有する輸送船が停泊しているゲートへ向かう。
資源衛星の宇宙港はまるで工場の倉庫のように小汚く、帝国のものとはまるで違うことをアンダルは感じていたが口には出さなかった。
一番奥に位置するゲートには、四角い形状に申し訳程度の小さな羽がついた、紫の星のマークが付いた輸送船が佇んでいた。一目でガネットのものであるとわかる。
「あたしは先に操縦室に行くから、おじサマはトレーラーごとコンテナに入ってね」
トレーラーから降りたガネットは取っ手を上って上部にある操縦室へ向かうと、輸送船のコンテナのシャッターがゆっくりと開く。アンダルは言われた通りトレーラーごと輸送機のコンテナへ入るとシャッターが閉まり、宇宙港のゲートが開く音が響いてきた。
アンダルもトレーラーから降り、荷台のクオーツの無事を確認すると内壁の取っ手を上り操縦室へ向かう。
扉を開くと操縦室のフロントガラスからは宇宙が見えており、輸送機が既に資源衛星を発ったのだとわかった。狭い操縦室ではガネットが操縦桿を握っている。アンダルは彼女の隣の席に腰を下ろした。
「無事、脱出に成功したか」
「だね。けど、ぶっちゃけここまでは朝飯前の茶飯前。本当に大変なのはリングに着いてからなんだから」
「それまでは、しばしの休息というわけだな……」
天を仰ぎながらひと息つくアンダル。ゆっくりと輸送船を進ませながらガネットが話す。
「随分落ち着いてるね、おじサマ」
「緊張はしているとも。この後に、帝国への明確な反逆を働くことになると思うとな……しかし、これも皇女殿下を救うためだ。後悔はしておらんよ」
「……すっごく今更だけど。やっぱり、サファにゃんのことが大事なんだ?」
「うむ。皇女殿下とは、長い付き合いでな。皇后陛下は早くにお亡くなりになられ、皇帝陛下も多忙な中、殿下に付き添うことが多かったが故……殆ど、娘のようなものだ」
「サファにゃんのことはあたしもよく知ってるよ、同級生だったし。でも、学校では口数は少ないしいつも怒ってるし、友達はあんましいなかったっぽい。よく後ろにくっついてる男子が一人いたけど」
「うむ……彼女は皇子、ルベラ殿下が行方不明になられてから、笑わなくなってしまった。だから私は、もし叶うのであれば兄上と再会させ、またあの子の笑顔が見たい。それが私の夢なのだ」
遠方に見える地球を遠い目で眺めながらアンダルが言った。自分のことなど眼中に無いのではないか、とガネットは無性に不安になる。
「……なーんか妬けちゃうなぁ。こんなにイイおじサマに守ってもらえて。つまりあたしの恋敵はサファにゃん、どのみち帝国を敵に回すことになる! かーっ! ハードルたけー!」
「大人をからかうものではないぞ」
「半分、本気なんだょ」
「ん?」
「まま、改めておじサマの夢はわかったし。乗っけた船は最後までかっ飛ばす、ってね」
顔を前に向けたまま続けるガネット。彼女は話を切り上げようとしたが、アンダルは「しかし、確か君の夢は」と会話と続けた。
「君の夢は”ウエディングドレスが似合う良いお嫁さんになる”のではなかったか?」
「うぇっ!? い、いつの話よそれぇ!?」
「あれは確か2,3年前だったか。まあいい。私にとってはつい昨日の出来事のように思い出せるが……気付けばもう、ガネットも高校を卒業する年だ。こんな危ない仕事は、もう辞めるべきだと私は思うがね」
「うう……でも、あたしには親いないし、家だってないし、辞めたら生きてけないし……」
「──私で良ければ、引き取るが?」
「ほぇ」
輸送機が一瞬傾くが、すぐに体勢を戻す。やがて減速し、デブリの陰に機体を停止させ、ガネットは瞳を輝かせながらアンダルの方を見る。
「で、でもでもでもほらほらほら、そっちの家の人にメーワクじゃん? じゃん!? 急にあたしみたいなの連れ込んだら色々とさぁ」
「マンションには私しかいないぞ。だが、確かに年頃の娘を連れ込むのは不味いな。どこかの衛星都市に住居の手配を……」
「いえ!! 問題ありません!! むしろウェルカムですあたし!! いや逆か!? わー何言ってんだろ!?」
今にも蒸気が噴き出すのではないかと見紛うほど顔を真っ赤にするガネット。そんな様子を微笑みながら見守るアンダル。
「ならば安心だ、約束しよう。だが、その為には殿下を連れ戻し、私の冤罪も晴らさねばならん」
「そ、そっかぁ……これが終わったら、おじサマの子に……そっかぁ……! うん、俄然やる気出てきたよ。あたしの最後の仕事、最高の報酬が待ってるってね!」
緩む口元を抑えながら、再び輸送機を発進させるガネット。デブリを抜けると、地球を覆う巨大なオービタルリングが目視できた。
操縦室に一気に緊張が張り詰め、同時に必ず帝国を欺き、タケノハシラでの降下を成し遂げねばならないと二人は覚悟を決めた。
「オービタルリングの通信圏内に入った。やるよ、おじサマ!」