第6石「対宝石蟲、戦闘態勢」
ラルドは一睡もできないかと思いきや、自分で思っている以上に疲れが来ていたのか個室のベッドに横になった瞬間に眠りに落ちてしまい、気付けば陽は上がっていた。
未知の地で無警戒にも爆睡してしまうとは……とジャージから制服へ着替え、部屋から出ると狭い廊下の左右へ視線を振る。
確か機体があるドックは向こうだ、とサファに殴られた時の光景を思い出しながら歩を進める。あくまでハーフシェルの内部構造を思い出すことにサファの鉄拳が紐付けされていただけであり、特に根に持っているというわけではない。
階段を下ると広い空間に出た。シャッターが大きく開かれたドックにサファの姿は見当たらない。あるのは立ちっぱなしのロードナイトと、片膝をついた状態でコクピットハッチが開かれているアラゴナイトだけだ。朝日に照らされた金色の装甲が輝いており、眩しさに目を細める。
「おはよ。ぐっすりだったねぇ」
どこからか突然声を掛けられ驚くラルド。声がした方はアラゴナイト、そのハッチからは兎の耳のような黒いリボンを頭に付けたヘリオドールがにゅっと上半身を出した。
「ああ、おはよう。ヘリオドール君……だっけ」
「ヘリオでいいよ。本当ならメンテ手伝ってもらうところだったけど、二人とも長旅で疲れてたろうし、寝かせてやれってオニキスに言われたからさ。よく眠れたようで何より」
にしし、と笑うヘリオドール。赤いドレスや三つ編みにした長い金髪のせいもあるが、一見少女のような顔立ちをしている彼にラルドはどぎまぎしながらも礼を言う。
「あはは、ありがとう。おれもここまで眠ってしまうとは思わなかったけど……あの、ところで」
「サファなら君より先に起きて建物の探索に向かったよ」
ラルドが聞く前にモールの二階の方を指差しながら応えるヘリオドール。
彼は軽い身のこなしでアラゴナイトから飛び降り、ラルドの前に立って顔を近づける。ドールの名が示す通り顔の輪郭は人形のように精巧で、肌は白く、背丈はラルドより頭一つ分ほど低い。
思わず固まってしまっているラルドの首筋に更に顔を近付け、すぐに離れた。
「……うん、月人って感じの匂い」
「に、匂い?」
「ほら。早くサファを探しに行ってやんな、王子様」
それだけ言って悪戯っぽく笑った後、何か満足したのか一人でハーフシェルの中の方へ戻って行った。
一人残されたラルドは不思議な余韻を感じながらも、サファを探すべくハーフシェルを出た。
ラルドはモールの二階を足早に歩きながらサファを探す。
どの店もシャッターが閉じられており、まるで活気がない。廃墟なので当然ではあるのだが、月にも同様の商業施設は存在するため、そこと照らし合わせた彼はどこか寂しい気持ちに浸る。
視線の奥にひとつだけシャッターが開いている店があり、見慣れた青い髪と桃色の羽織が見えると、ラルドは表情を輝かせながら駆け寄った。
「サファ、おはよう!」
──つい先日まで一緒に登校していたのに、まさか今度は地球でこのやり取りをしようとは。
サファは「おはよ」とだけ返す。この店はどうやらおもちゃ屋のようで、その壁に掛貼られたポスターをじっと見つめている彼女の隣にラルドが立ち、黒い改造人間が描かれたポスターを見やる。
「……『怪機結晶シャドウステーク』? 地球のヒーロー番組なのかな……月でやってたのとはだいぶ違うな」
「ヒーロー……ヒーローね。何が楽しくて人助けなんてするんだろう、そういう人は。わたしには分からない」
ポスターの『染められるな、正義に。喰われるな、悪に。』と刻まれたキャッチコピーを眺めながらサファは続ける。
「たまたま力を持ってるだけで、勝手に背負わされて、自分が好きなように生きられなくなったりしたら……他人の為に戦う気になんてなれない」
「もしかしたら、世の為に尽くすことが趣味みたいなヒーローだっているかもしれないし、そういう人に任せられればいいんだけどね」
「そんな奴はどこかで他人を見下してると思う。敵を倒した後に自分が世界を支配したがるに決まってる。わたしは戦わせられるのも支配に屈するのもイヤ。自分が自分のままで居られる世界が、一番良い」
「サファ、君は……」
「……月から飛び出してきたわたしが言う事ではないけれど」
続けて「きっとジュエリストとして生まれたことに、重ねたのかも」と口に出しそうになったが、言わなかった。
サファはおもちゃ屋をゆっくりと歩きながら、ふと棚にあるシャドウステークの玩具と思われる黒い右腕を手に取った。バネで武器の杭が飛び出す仕組みになっているらしいそれを、出したり入れたりしながら話を続ける。
「夜に考えてた。これからは昨日みたいな”敵”が現れたら、本気で戦わなきゃいけないんだって。昨日の戦いでは、わたしは加減するつもりだったから。でも、あの人に本気を思い知らされた」
あの人──ウンモは卓越した操縦技術と、それに伴う信念の持ち主であった。
あの気迫に正面から応える必要があるとサファは考えたのだ。いや、応えなければ、死ぬのは自分であると。
シャドウステークの玩具を手に取ったまま、サファは決意を固める。
「わたしは戦うよ。どこまでやれるかわからないけど、自分なりに全力で……どんな相手だろうと、ぶつかれば討ち貫くだけ。中途半端な自分では、兄さんに会えない気がするから」
「……ルベラさんはきっと……いや、必ず生きてるよ。この地球で」
「うん、わたしも信じてる。それに兄さん、道に迷ってないか心配。あの人、考え込むと周りが見えなくなる癖があって。少し方向音痴気味というか」
「そんなお茶目な一面もあるんだね」
いつも仏頂面のサファが、兄の話をする瞬間だけ、表情が柔らかくなったようにラルドの目には映った。
そんな兄の手掛かりを握っている、ウレキネフ=バッドマンなる人物。そして彼を探すべく、シバムと呼ばれる砂の都市に自分たちは向かうことになる。
一体どんな過酷な旅路が待ち受けているというのか──その時、二人の元へ駆けてきた武者甲冑。オニキスであった。
「ここにいたか! お前ら早く戻れ、船を出すぞ!」
「出発の時間にはまだ早いはずですが、その様子では緊急事態ですね」
「ご名答。サファはロードナイトへ乗っておけ、ラルドはブリッジへ!」
「サファはロードナイトって……敵ですか!?」
「宝石蟲の大群がここを通過する。おそらく巣から巣へ、”渡り”を行う連中だ」
「渡り!? 宝石蟲が!?」
「活性化エリア外だもんだからすっかり油断していたが、メジスが仕掛けた振動ソナーが探知した。あと30分もしないうちに接敵するぞ、急げ!」
サファは玩具を棚に戻した後、止まったエスカレーターを駆け下り、急いでハーフシェルへと戻っていく三人。
昨晩のうちにクオーツからパーツを根こそぎ奪い取り積み込んだハーフシェルはショッピングモール跡を出発する。
天気は快晴。太陽光を照り返して黄金に輝く砂漠は少し目が痛くなるほど。砂埃の向こうに小さくなりゆくモール跡を、後部シャッターを開けたハーフシェルから、ロードナイトのハッチを開いたままサファは眺めていた。
「宝石蟲の渡りって、無視しちゃあいけないんです?」
サファは隣のアラゴナイトから同じように身を乗り出しているヘリオドールへ投げかける。彼は手を振りながらそれに答えた。
「振動ソナーに引っ掛かってからじゃ遅いねぇ。あいつらのが圧倒的に速いから、すぐに探知して向かってくるよ。腹括って迎撃するっきゃない」
「なるほどね……宝石蟲が相手なら、人間のような動きはしないだろうけど……」
サファはシートへ座るとコクピットハッチがスライドしながら閉じた。続いて輝石刀を抜き、中央の台座へ突き刺す。
「決して油断もしない。ロードナイト、人機一体!」
ロードナイトが顔を上げ、両眼が青く輝く。今回からこの機体には宝玉機の標準装備である《腰部ホバリングスラスター》がある。これは昨日のクオーツから獲得したパーツであり、更に剥き出しだったフレームもクオーツの装甲でカバーし、一応の戦闘に耐え得る形態となった。
続いてヘリオドールもハッチを閉じ、ドレスを翻して太腿の鞘から短剣型の、黄色い刀身を持った輝石刀を引き抜き台座へ突き刺した。
「アラゴナイト、人機一体! オニキス、サポートよろしく!」
アラゴナイトの両眼が黄色く発光する。そしてヘリオドールの呼びかけに、ハーフシェルの上部に設置された大型銃座に着いていたオニキスが共通の通信で応えた。
『配置に着いた。敵の位置はこちらから伝えるが、お前らも目視での確認を怠るな』
「了解です」「りょーかいっ!」
『──オニキス、上は任せたぞい! パイロット二人も、やるべきことは把握しておるな?』
通信に参加したのはブリッジにいるメジスだ。
『作戦目標はあくまでも安全エリアへの到達じゃ。シバムの周辺にある”壁”に近付けば、ヤツらは引き返す。無理に全滅させようとは考えるな』
『常にエンジン全開で進むから、振り落とされないようにね!』
操舵手のトールマリーが補足する声も聞こえた。
『おれにも何か出来ることはないんですか!?』
『オニキスも言っておったろ、今回はブリッジで待機しておれ!』
『ただ見ていることしか出来ないなんて……!』
通信を通して遠くから聞こえるラルドの声に笑うヘリオドールと頭を抱えるサファ。わたしの連れがすみません、と謝りたくなる。
しかし次にオニキスから入る通信によって現場は張り詰めたような緊張感に包まれることとなった。
『来たぞ、距離3000! 派手に出迎えてやれ!!』