ルポ・18:面倒な奴ら
「異邦者、か……」
トレノとレヴィンはしばらく厳たちを凝視していたが、
「行くぞ、レヴィン!」
「……ええ」
突然踵を返し、四輪形態に変化して走り去っていく。
その姿は、まさに厳の予測した通りの――
「やっぱ、スプリンター・トレノとカローラ・レヴィン……それも、AE85だったか」
カブと同様に、あちこちに分割線が入っていたりと前世界での姿とは多少異なるが、紛れも無く『四輪自動車』であった。
厳は、何事かを考えている様子で、去って行く2台をしばらく見送っていたが。
「主、どうする?」
カブに問われ、我に返った。
「ん? そうだな。とりあえず合身を解いて、馬車の様子を見に行こうか」
「了解。って、合身を解くんじゃなくて、融合形態を解くんだよ?」
「細かいこと気にすんなって。合身でいいんだよ!」
「むう……」
カブはなんとなく気に入らない様子であったが、それ以上言い募ることなく融合形態を解き、バイク形態に戻った。
「いやしかし、融合形態取っても全然違和感とか無いのな。自然に、自分の肉体から手足が延長されたくらいにしか感じない」
コキコキと、肩や首を鳴らしつつ笑う厳。
「それは、私と主が完全に信頼し合ってるからだよ。もし、どちらかの、或いは両方の信頼度が少しでも低かったら融合形態を取れないか、よしんば取れたとしても違和感が凄くて思うように動けなかったりするんだよ」
カブは、そんな厳に向かって微笑みつつ答えた。
「そっか。まあ、俺とお前は相棒だからな! 1人と1台で1+1だが、答えは2じゃないぞ! 200だ! 10ばい」
「それさっき聞いたからもういいよ。それより、馬車の様子を見に行くんじゃないの?」
「……カブちゃんのいけず」
お気に入りのギャグを重ねようとして、カブにサラッと流された厳は寂しそうに口をとがらせつつも、バイク形態のカブに跨り馬車へとハンドルを切った。
「おーい、大丈夫ですかー?」
のほほんとした声を掛けつつカブに乗った厳が馬車まで10メートルほどに近づく。と、
「と、止まれ! それ以上こっちに来るな!! とっとと立ち去れ!!」
御者が銃を構えて威嚇して来た。
「うわあ……助けたのに感じ悪ぅ。ってこの世界銃なんて有るのか。まあ、工業製品が堕ちて来る世界なら有っても不思議じゃないな。アレ、当たったら俺死ぬのかな?」
「あの程度、私と一緒なら当てさせないから大丈夫だよ。でも、主1人の時は直撃すれば怪我くらいするかも」
「当たっても死なんの?」
「主は、元の世界の肉体を持って来ているから、この世界の武器や道具じゃ死なないと思うよ。元の世界のモノなら、死ぬことも有り得るけど」
厳の素朴な疑問に、カブが答える。
だが、それによって厳は更なる疑問を持たされた。
「ん? どういうことだ? 前の世界の武器と、この世界の武器じゃ殺傷力が違うってことか?」
厳の問いに、カブは少し困った様子で、
「えーとね、なんていうのかな……仮定として、全く同じ武器だとすると殺傷力自体には差がないんだけど……この世界で製造された武器じゃ主の魂は壊せないから、結果肉体へのダメージもあまり与えられない、と言えば良いのかな……?」
なんとか説明しようと、言葉を重ねる。
「なるほど、解らん。まあ、要はこっちの世界で造られた武器じゃ俺は殺せないってことだな! うん、大体OKだ!」
だが、そんなカブの努力も空しく。
メンド臭くなった厳は強引に〆た。
「なら安心だ! それにしても、ずいぶんと古い型の銃っぽいが……」
厳は、御者が構える銃を観察してみる。
形状は元の世界で見たライフルそのものに見える、が。
「……あの形は映画とかで見た覚えがあるな。ウインチェスターか? もしかしてヘンリー・ライフルか?」
アメリカの西部開拓時代や南北戦争時代に使われた名ライフルによく似たシルエットを見せる銃に、厳は興味津々となる。
しかし、そんな厳に向かって御者は突然引き金を引いた。
ダン、と乾いた銃声が響き、狙い違わず厳の肩を弾丸が貫こうとした時。
「主!」
ギン、と音を立ててカブのメッキミラーがにゅっと伸びて弾をはじいた。
「主、なんで除けないの!? 確かに死なないとは言ったけど、当たれば痛いだろうし、怪我くらいはするんだよ!?」
御者がライフルを撃つのを見ていたはずなのに、微動だにしなかった厳に対してカブが叫ぶ。
「ああ、まあお前を信じてるからな。さっき、俺に当てさせない、って言っただろ?」
しかし、厳は全く動じずにそう答えた。
「……もう、主はしょうがないなあ」
カブは呆れたように、しかし少しだけ嬉しそうに溜息を吐いた。
「カブ、行こう。どうやら俺たちはお邪魔みたいだしな」
「……そうだね」
いくら警戒しているとはいえ、襲われていたところを助けたのに無礼な口を叩かれ、あまつさえ明らかに当てる積もりでライフルを撃ってくるような連中に関わってもロクなことはない、と厳は判断する。
カブは少々腹に据えかねる様子であったが、主人である厳がこれ以上関わらないと決めたのでそれに従うことにしたようだ。
そして厳は、カブのハンドルを切ってUターンしようとした、が。
「お待ち下さい!!」
馬車の中から、厳に向かって声が掛かる。
「御者の無礼はお詫び致します! 助けて頂いたのに、恩人に向かって銃を撃つなんて……お前、何を考えているのですか!!」
そして、御者を叱責しつつ押しのけて現れたのは、妙齢の美女であった。
「マダム、ですが……!」
「黙りなさい! 申し訳ありませんでした。よろしければ、ささやかなれど御礼をさせて頂きたく思うのですが……」
言い募ろうとした御者を再び一喝し、マダムと呼ばれた女は馬車から身軽に飛び降りる。
歳の頃は20代後半から30代前半、腰ほどまで伸ばした金髪を首元辺りで括り、そこからは何本かに編み込んでいる。
肌は白いが、旅の疲れか多少の荒れが見えている。
切れ長の瞳、つんと尖った鼻、少し厚めの朱い唇。
身に着けているものは、ライディングハビット――いわゆる乗馬服のような感じのパンツ姿で、上にはジャケットを羽織るブリティッシュ・スタイル。ジャケットの下にはガン・サスペンダーを着けて銃をホールドしているようだ。
ジャケットを押し上げる胸はかなりのボリュームで、腰は細く、尻は大きく。とても良いプロポーションを持つ、どことなく高貴な印象を持つ美女。
だが、腰には細剣、パンツの太腿外側には数本のナイフも仕込まれ、ただのマダムではないのは明白だ。
「私はドルデ市の商人、リン・ヴォン・シューベルトと申します。お怒りは当然ですが、どうか御礼をさせて頂けませんか?」
リンと名乗った女は、細い眉を下げ、懇願するように厳へと近づいて来た。
「……まあ、いきなり撃たれたのには少々ムカつきましたが、謝罪を頂いたので良しとしましょう。あと、礼とかは無用ですので。それでは、道中気を付けて」
だが、厳は素っ気なくそう答えると、カブをUターンさせ、走り出そうとした。
「お待ち下さい! どうか、お話を聞いて頂けませんでしょうか!?」
しかしリンは思わぬ身軽さで厳とカブの前方に走り込み、掌を組んで再び懇願する。
「いえ、貴女はともかくいきなり撃ってくるような奴がいるんじゃ安心して話なんて出来ませんので、これで失礼します」
「そんな……」
リンに向かって言い放ってから、厳は結構冷たい声が出たことに自分でも驚く。
(まあ、下手すりゃ死んでもおかしくない事をされたんだからな。自分でも気付かなかったが、かなりムカついてるんだな、俺)
厳は苦笑しつつ、カブのスロットルを捻ろうとした。が。
「お願いでございます! どうか、どうかほんの少しで良いので、お話を聞いて下さいませ!」
リンはそう言うと、地面に両膝を付け、腰を折って深々と礼をし出した。
「えぇ……」
リンの、形の良い頭部を見ながら厳はドン引きする。
「マダム!」
「そんな、ワケの解らない怪しげな者に……!」
そんなやり取りを見守っていた御者たちが、悲鳴に近い声を上げている。
(これって、臣従儀礼ってやつじゃないの? この世界でどういう意味を持つかは知らんけど、かなり遜った姿勢だよなぁ……)
「……主、どうするの?」
「う~む……」
カブに問われ、厳は唸る。
とにかく、この世界の奴らは押しつけがましく面倒くさい。
厳はしみじみとそう思い、深いため息を吐いた。




