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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
96/183

Act.079:夜Ⅰ~0 → 1~

「「えーっ! いきなりカオス対アレックス?」」


 予選をカオス、ルナ、アレックスの三人が突破したことを聞いてサラとアメリアは驚いたが、明日の対戦表を聞いてさらなる驚きの声を上げた。

 早速の潰し合い。だが、カオスとアレックスにマイナス感情は無い。アレックスはそれ以上のやる気に覆われていたし、カオスはそれとは逆にこんな試験なんかどうでもいいと思っていたからだ。

 アレックスは笑う。


「ああ。初戦のトリでやるのさ」

「トリにしちゃ、華がねぇけどな。これもクジだから仕方ねー」


 そんなアレックスに、カオスはすぐに水を差す。リスティアやルナ相手なら、そうなるに相応しい激戦となるだろうが、アレックス相手にそうなるとは思えなかったのだが。

 それをアレックスは知らない。


「そんなことはない! これはきっと歴史に残る一戦に…」

「なる訳ねーだろ。と言うか、なると思うか? 十年経っても語り継がれるような一戦に」

「……な、ならねぇか」


 大観衆が大喜びするような試合にはならない。驚くような試合にもならない。自分達の実力じゃそうだろう。

 アレックスはそのように感じてはいた。


「そりゃ、そうだろうけどさ。もう少し盛り上げていこうぜ?」

「ハッ」


 そんなアレックスを、カオスはどうでもいいとでも言うように嘲笑う。そんないつもの光景だった。場所が変わっても、トラベル・パスBクラス試験が始まっても、予選を突破しても、対戦相手が決まっても、カオス達はいつものままであった。そんな調子のまま日は暮れて、夜となっていった。

 首都アレクサンドリアに行く前に、宿の予約をしておいたマリアとリニア。その二人が用意しておいた通りに、その宿が必要なものとなったのだ。そんな予想していた結果と、予想以上の結果に、二人の教師は嬉しそうに笑っていた。



◆◇◆◇◆



 その日の晩のテレビである。

アニメの夜空の彼方から、星の瞬きと共に飛んでくる。お世辞にも可愛いとは呼べない妖精、それは鬱蒼とした森の上を飛んでゆき、また星空の彼方へと飛び去っていく。それと共に画面に現れるロゴは……


『ニュースの樹海』


 午後6時となり、テレビではニュースの枠となっていた。お決まりのアニメーションの後にスタジオの光景に切り替わり、アナウンサーが現れる。そして、自己紹介を簡単に行ってから早速報道の開始である。


『こんばんは。午後6時、ニュースの樹海の時間がやって参りました。キャスターのパンツァー・トランクスです。それでは、早速本日のトピックスを紹介してゆきましょう』


 キャスターのパンツァーがそう言うと、彼の後ろにあった真っ白なモニターに文字が映し出され、トピックスが箇条書きになって現れた。カメラはそれをクローズアップして、視聴者に見え易いようにする。トピックスは以下の通りである。


☆トラベル・パスBクラス試験開始

☆女優ドリアン=トレイシー結婚披露宴

☆連続ペーパーナイフ殺人事件続報

☆体重150kg以上のぽっちゃり男性を狙う凶悪痴漢の真相

☆旬の味・ホオジロザメの姿焼き

☆特集・鼻糞の上手な飛ばし方

☆今年の天気


 これらのトピックスを順にキャスターは紹介してゆく。

 まずは最初のトピックス、トラベル・パスBクラス試験である。その文字がバッと画面に大きく映し出され、キャスターはそれから原稿を読み上げてゆく。


『今年も首都アレクサンドリアにて、毎年夏恒例のトラベル・パスBクラス試験が始まりました。今年は904名の猛者達が参加し、本日の予選によって16名に絞られました。明日と明後日の本戦によって、今年新しく騎士となる4名が選出されます。組み合わせはこの通りです』


 キャスターがそう言うと、カメラは再び後ろのモニターに標準を合わせ、それを視聴者に良く見えるようにする。そのモニターに映った組み合わせ表は以下の通りである。



 1:ジェイク・D vs Dr.ラークレイ

 2:ナイヤ・ソヴィンスカヤ vs リスティア・フォースリーゼ

 3:ケヴィン・アノス vs ルナ・カーマイン

 4:アッシュ vs クライド

 5:オーディン・サスグェール vs ベス

 6:デオドラント・マスク vs コルラ・モルコーネ

 7:クロード・ユンハース vs ガイル

 8:アレックス・バーント vs カオス・ハーティリー



『それでは、ゲストに騎士であるモナミ・フォリスターさんにお越し頂いております。こんばんは』

『こんばんは』

『今年の顔触れはどのように感じられますか?』

『そうですね。これは予選を見た他の人達と合わせた見解ですが、今年は新人の当たり年のように思われます。この16名の内、何と11名が本戦出場は初めてとなっており、その殆どが試験そのものの参加も含めて初めてとなっていますから』

『成程。では、その11名の中で注目している選手はおられますか?』

『そうですね。新人ではリスティア・フォースリーゼ選手や、カオス・ハーティリー選手なんかは注目株ですね』

『新人以外ではどうなりますか?』

『やはり、オーディン・サスグェール選手と、クロード・ユンハース選手でしょうね。この2名は昨年も惜しかったですから』


 モナミは話を進める。そして、選手一人一人に突っ込んだ話となる。


『それで、我々が予選のみを見てその代表者の評価がこちらになります。本戦出場回数も併せておきましたので、それも踏まえてどうぞ』


 モナミがそう言うと、カメラは再び後ろのモニターに標準を合わせ、それを視聴者に良く見えるようにする。そのモニターに映った評価表は以下の通りである。



・ジェイク・D:④:C

・Dr.ラークレイ:⑤:B

・ナイヤ・ソヴィンスカヤ:初:C

・リスティア・フォースリーゼ:初:A

・ケヴィン・アノス:②:B

・ルナ・カーマイン:初:B

・アッシュ:初:C

・クライド:初:B

・オーディン・サスグェール:⑥:A

・ベス:初:B

・デオドラント・マスク:初:C

・コルラ・モルコーネ:初:C

・クロード・ユンハース:②:A

・ガイル::初:C

・アレックス・バーント:初:C

・カオス・ハーティリー:初:A



 何気なくテレビを観ていたアレックスは、この番組を観て呆然とした。自分はカオスよりも強い。そう信じて疑わず、カオスを倒した後の騎士決定戦をどう戦うか考えていたのに、この評価ではまるで自分は初戦で負けて当然と言われてるも同じだったからだ。


「なななな、納得出来ねー!」


 テレビを叩き切って、アレックスは叫んだ。同室であるカオスがいなく、自分以外誰も居ない部屋で、アレックスは怒りとも何とも言えない声を上げたのだった。そして、そこにカオスがいない、カオスがテレビを観ていないことが彼にとって救いでもあった。その時だけは。

 ちょうどその時、カオスはホテルのテラスにあるベンチに腰掛けていた。その隣には、アリステルが居た。アリステルは問う。


「どうじゃ、調子は?」

「悪くはねぇな」


 カオスは答える。自分は有名だと謳われたアーミット・ムーリを倒し、本戦出場常連の者も倒したと聞きはしたのだが、その人間がどの程度の強さなのかは分からない。その連中の名前ももう覚えていない。有象無象に讃えられるのを目的としていないからだ。

だからこそ、カオスの返答はそんな程度のものだった。ただ、自分の体の動きに不自然な所は無い。今気にしたのはそれだけだ。

 その上で。


「とりあえずは計画通りだ」

「なら良い」

「今日の予選は体術のみ、そして明日以降は魔法も使っていく」

「その通りじゃ」


 もうすぐだ。

 アリステルの言葉を耳にしながら、カオスはそのように考えていた。

 もうすぐ、この強大な力を自分のものにしてみせる。するのだ。この試験は、あくまでもそれに向けてのステップアップ、もしくは実験場に過ぎない。これを経て、俺はより1歩目的へと近付いてゆくのだ。

 いざという時の為に、回りの人間を守れる力を身につける。足手まといにならないようにする。その為にマリアと同等、もしくはそれ以上の力を身につけようというカオスの目標は、近くのようであってまだまだ遠いようにも感じられていた。

 夜空を見上げると、そこには遥か彼方に星が輝いている。それはまるで、その星に手を伸ばすように今は思えていた。



◆◇◆◇◆



 夜は更け、夜は去り、次の日の朝となった。お祭り騒ぎのアレクサンドリア連邦トラベル・パスBクラス試験の本試験の日だ。花火が何発か打ち上げられ、その旨も知らされる。

 さらにその会場である国立第一武道館の近辺では、その年一度の祭を見物しようとあちらこちらから万単位の人間がやって来ていて、大騒ぎとなっていた。純粋に戦いを観るのが好きな者、特定の選手を応援する者、お祭り騒ぎが好きな者、何となくやって来た者、色々な人がやって来ていた。


「まだまだ良い席のチケット残ってるよー」


 ダフ屋も横行し、露店も何処からかやって来ていて、その騒ぎはさらに増したものとなっている。その横を、特定の選手の熱狂的なファンが通り過ぎる。

 まず通って行ったのは、クロード・ユンハースのファンの少女3人組だ。クロードと同じ髪型にし、手製の法被にそれぞれ刺繍を入れていた。

 それは会場内のスタンドに行っても変わらない。むしろ、それはもっとヒートアップされる。ケヴィン・アノスの応援団は、女性達がハートをあしらったビキニを身に纏い、“KEVIN”の文字が刺繍されたハチマキをつけ、大きな旗を振りながら歌い、踊っていた。オーディン・サスグェールの応援団は屈強な男達が集まり、打楽器を打ち鳴らしながら雄々しく歌っていた。


「Fight! Oh! Odin!! Fight! Oh! Odin!! Fight! Oh! Odin!! Fight! Oh! Odin!!」

「Ahhhh,We love Kevin! Kevin! Kevin! Oooooh,You are my everything♪」


 そんな中を、マリア達は自分の席を目指して歩いていた。完全にアウェーであった。サラはその周りをキョロキョロと見渡しながら、居場所の無いような落ち着かない表情をする。


「しっかし、凄い騒ぎですね」

「そうね~。お祭りみたい」


 サラは困った顔をして、アメリアはただニコニコしていた。そんな二人の言葉を聞いて、リニアはクスッと笑う。


「ま、そうさ。ここでは年に一度の祭だからな。客席のチケットだって、我々がBクラスパスを持ってなかったら、取れなかったかもしれん。それ程の大騒ぎってやつさ」

「あ、あそこみたいよ~♪」


 マリアが指した所に、五つ並んで空席となっていた場所があった。そこは指定席となっており、急がなくても座れるようになっていたのだ。だが、そんな場所でも環境はあまり変わらない。やはり、賑やかなのに変わりはなかった。


「クラウド・ユンハース! クラウド・ユンハース! ララララララララ~~♪」


 何処からか応援の練習が聞こえるのに変わりはない。



◆◇◆◇◆



「だりぃ」


 国立第一武道館の選手控え室、カオスはあからさまに面倒臭そうな顔をした。そんなカオスに、ルナとリスティアが苦笑いの表情を向ける。アレックスは緊張していて、カオスの言葉が耳に届いていなければ、顔が目に入ることもなかった。

 カオスは愚痴る。


「っだよ、開会式なんて面倒くせーな。ガキの運動会かよ」


 アレクサンドリア連邦のトラベル・パスの本試験は公開して行われ、それはメディアに乗せられる。それもあってか、その試験が始まる前に開会式があり、そこで選手の姿を生でお披露目するのだ。予選の映像やその突破者の写真等は既にマスコミによって報道はされているが、こういう場で一応形式として必要なことであった。

 とは言え、そんな大人の都合はカオスにとってどうでも良かった。知ったことではない。


「ああ、面倒くせー。という訳で、俺はお休み。そこらで昼寝でもしとくわ。試合になったら呼べや」


 そのように言って、カオスは踵を返すが。


「あいや、待たれよ」

「そうさ、待たれよ」


 ルナとリスティアの手が、カオスの肩を掴んでそれを阻止する。そのようにしようとするのは、既に両者共にお見通しだったのだ。

 ルナは激昂する。


「選手は16人しか居ないんだから、そんなの出来る訳ないでしょーが!」

「大丈夫。大丈夫。俺の顔写真貼ったカカシでも立たせておけば、誰にも分かんないって」

「誰でも分かるわっ!」


 そう説教するルナの脳裏に、過去にもそのようにして運動会の開会式・閉会式をサボったカオスの姿が映し出されて、憂鬱な気分になった。そして、そのような事件をカオスは記憶にも残していない。それもまた、ルナにとっては憂鬱にさせる一因であった。

 その覚えていないカオスは、あさっての方向を見ていた。そのカオスの目に、アレックスの姿が目に映った。青ざめた顔をしながら歯を鳴らし、ブツブツ独り言を言っている図体の大きいアレックスの姿は、それだけで精神が小動物だと語っていた。


「人、人、人と、手のひらに書いて飲み込んで。人人人人人人人人ひひひひ」

「はぁ」


 カオスは溜め息をついた。知り合いとして、友として、その姿は実にみっともなかった。こんな下らない催しなんかで緊張なんかないと思っていたが、アレックスはそうは思えないようだ。考えや趣向は人それぞれだが、その状態のままで良い筈がないだろう。大体、そんな状態のアレックスに勝っても面白くない。

 なので、カオスは緊張を解いてやることにした。


「アレックス」


 カオスはアレックスに膝カックン。


「ぬぉああああっ!」


 それは勿論、ダメージを与えるようなものではない。しかし、アレックスは心臓が口から飛び出る位に驚き、そして跳ね上がった。そのリアクションはあまりにも凄まじく、筆舌にし難かった。よって、記載はしない。


「カカカカカカカカcccccccc」


 カオスという言葉さえうまく口に出せないアレックスに、カオスは控え室の片隅に放置されていた物を手に持ちながら話し掛ける。


「緊張しぃのアレックス君に、いい物が見つかったぜ。見て驚け! 聞いて笑え! さあ、これを着るんだ。これを着て出ればオッケーだ! 君の緊張はなくなるだろう!」


 カオスは手に取った物をアレックスに突き出す。それはサンバカーニバル用のキラキラした衣装の、女性用だった。変なマスクも常備されており、仮面舞踏会とも言えなくもない。

 しかし?


「こんなの着て出れるかー!」


 アレックスはその衣装を投げ捨てる。実にもっともである。角刈りマッチョのアレックスが女性用サンバの衣装を着て人前に出る。悪夢以外の何物でもない。……観客にとって。

 そして、そんな馬鹿なやり取りをしている間にタイムリミットとなった。選手控え室にも放送される。


『皆様お待たせ致しました。只今より、アレクサンドリア連邦トラベル・パスBクラス試験本試験の開会式を始めます』

「チッ、サボり損ねちまったか」


 舌打ちをするカオスを放って、トラベル・パスBクラス試験の本試験は始まりとなった。それに出る彼等を応援する者、何となくやって来た者、色々な人がやって来ていた。

 そんな彼等の誰もが、これからの展開を楽しみにしていた。


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