Act.075:首都Ⅱ~猛者がいっぱい?~
首都アレクサンドリア、その街角でカオスとリスティアは再会した。その偶然の再会を双方特に喜ぶでもなく、ただ淡々と会話は行われる。
「何故、お前が此処に?」
カオスは訊ねる。
「ってのは、愚問だったりするか?」
「さぁて、どうでしょうか?」
フフフフ、とリスティアは誤魔化すように笑う。
「でも、首都に来た目的は一緒のようですね」
リスティアはカオスがわざわざ首都にまでやって来た理由を理解する。そうして、カオスの方もリスティアがここに居る理由を理解するのだ。
トラベル・パスBクラス試験、それ以外にここへ来る理由は何もないと双方分かっていた。
カオスは舌打ちする。
「チッ、やはりただの観光じゃなかったか」
「この時期じゃ仕方ないですよ」
リスティアは苦笑いする。
この時期はトラベル・パスBクラス試験を受ける者や、観戦する者で、首都は人が多くなる。ただの観光ならば、その時期を外すのが当たり前。そして戦う者なら、関係者も何も出ていない観戦なんてつまらないマネはせず、自分が参戦するのは自然な流れだ。
そう。そして、その流れによってCクラスの時はただ会っただけの人が、今回では潰し合うライバルとなったのだ。それを踏まえながら、会話を繰り広げる。
その横で、それにアリステルが横槍を入れる。
「何じゃ、お主の知り合いだったのか?」
リスティアと面識の無いアリステルは、当然ながら彼女を知らない。
「名前くれぇしか知らねーけどな」
一応カオスは答えるが、カオス自身もそんなには知らない。ルナのようにずっと近くに居たならともかく、リスティアはCクラスの試験会場と港町アヒタルで二回会っただけに過ぎない。
「俺は、コイツに関して知らないことが多過ぎる」
カオスはアリステルに正直に話す。
「3サイズも知らねーし、ブラのカップがいかほどかも分かr」
らねー、と言う前にルナの鉄拳がカオスに炸裂した。カオスの体は舞い上がり、空の星となった。キラーン。
「って、いきなり何をするか!」
不意打ちの攻撃をしかけたルナに、カオスは文句を言う。殴られる謂れはないと。
ただ、ルナの中ではその鉄拳は当然なのだ。だから、そんなカオスに逆に怒鳴りつける。
「やかましい、このセクハラ男がっ!」
「#-*○$¥π!」
「☆%@=Λα≒!」
そして、どうでもいい口論へと流れてゆく。そんないつも通りの展開であった。
リスティアはそこからちょっと離れた安全な場所で、その口論を眺めていた。端から見ればただやかましいだけなのだろうが、リスティアはそれを見て懐かしいような気分にさせられた。
「変わってないですね」
そして、その変わらないのが少々心地良いような気もしていた。
とは言っても、いつも接している方はたまらない。そう言わんばかりにアレックスはそのリスティアの言葉に対して大きく溜め息をつく。
「進歩が無いだけだ」
二人の関係の進歩、人間としての進歩の程は分からない。ただ、リスティアにもこれだけはハッキリと言える。
「二人共、強さはえらい違いなんですけどね」
アヒタルで会った時と比べ、カオスもルナもずっと強くなっている。それは、別人と言っても過言ではない程だ。そんなことに、リスティアは非常に驚いていた。しかし、目が節穴同然でその自覚症状のないアレックスには、その言葉はとてもとても信じられるものではなかった。
「え?」
アレックスは一瞬『こいつの目はおかしいんじゃないか?』と思った。だが、優等生然としているリスティアの言動からは、そんな間違いを犯すとは思えないが。
カオスとルナが、えらく強くなっている? ルナなら分かるが、カオスは分からない。
アレックスはそう思って、リスティアの言葉を疑っていた。だが、それをいつまでも頭の中で疑っていても何の解決にもならないと分かっていた。
全ては明日以降、トラベル・パスのBクラス試験で証明されるのだと、疑問を棚上げにしたのだ。
◆◇◆◇◆
そうして、日が暮れて、夜となり、当日の朝となった。
「じゃあ、行くか」
宿の中、カオスとアレックスは一緒に部屋から出て、隣に部屋を取っている女性陣と合流して会場であるアレクサンドリア連邦国立第一武道館へと向かった。
宿から会場までは比較的近く、カオス達は徒歩でその会場へと向かう。本戦と違って予選は公開されていないので、観客の類は居ない。その為、それまでの道程は空いていて、非常に通り易いものとなっていた。人も居はするのだが、出場者とその一部の見送りだけなので、たかが知れているのだ。
そして、カオス達は他愛ない世間話をしながらその会場へと向かい、予想よりも早い時間にその会場へと到着したのだった。
カオス達はその本戦の会場であるアレクサンドリア連邦国立第一武道館を眺める。それは、地元である田舎町のルクレルコ・タウンから殆ど出た経験が無いカオス達からしてみれば、建設面積約5万平方メートルの巨大スタジアムは信じられない程に大きな代物であった。
「でかっ」
「確かに」
「大きいわね」
カオス達は次々と感想を漏らす。反応が薄いようだが、そういう訳ではない。ただ単に、そのようにしか言いようがなかったのだ。
カオスはその会場を見ながら隣に居るマリアに訊ねる。
「試合は皆、あそこでやるんだっけか?」
「違うわ~」
「あそこでやるのは本戦の15試合のみだ。そこに出れる16人を選出する予選は、奥にある別の建物でやるのだ」
本戦を行うスタジアムに出れるようになる。それがこの試験に出場する者にとっての最初の大きな目標だ、とそんな目標に苦労せずに合格したリニアは付け加える。
そして、その後試験について長々と説明を始めたのだった。カオスはその話を殆ど聞かず、視線の先のある一点に気を取られていた。
「って、人の話を聞いてるのか?」
そう注意しつつ、リニアはカオスの視線の先に目を向けた。通行人や出場者らしき人達が居るだけで、特に変わったものは見かけられなかった。が、カオスにはそうではなかったと、リニアには分かっていた。
「あそこ」
「誰か知り合いでも居るのか?」
そう、人しか居ない。そして、そのカオスの視線の先をずっと追っていくと、一人の人物にその視線がぶつかった。腰位までの長い黒髪に、漆黒のローブを纏った女性、地上最強の魔女と謳われるマリフェリアスだ。
問答無用のAクラスのトラベル・パスを持っているマリフェリアスは、当然この試験には参加出来ないので、ただ単にこの試験の様子を観にここまで来たとカオスには分かっていた。そして、予告はされていたとは言え、面倒事になりそうだとカオスは思った。
そんなカオスに、マリフェリアスと面識の無いリニアは訊ねる。
「お前の知り合いか?」
「ああ。積極的に会いたい奴じゃないけどな」
カオスは答える。そして、考える。
あのババァと関わると、面倒になりそうだ。そうはならなくても、ロクなことが起きない。何とかあのババァをやり過ごせないだろうか。無理だけどな。
答は既にカオスにとっては最悪な形で出ていた。そんなカオスに、マリフェリアスと一緒にやって来ていたミリィとメルティが、無邪気に挨拶する。
「あ、カオスさんだ。ちあーっ!」
ミリィは大きく手を挙げてカオスに挨拶する。ボーイッシュな格好の通り、朝から非常に元気だ。
「こんにちは」
メルティはその隣で少々控えめに挨拶する。ドレスのような格好の通り、穏やかでしおらしい感じだ。
そんな子供二人には、カオスもきちんと返事をする。真面目な子供相手に、ぞんざいな扱いはしない。
「おー、ミリィにメルティか。こんな所までよく来たなぁ」
「マリフェリアス様に連れてきて頂いたんです」
「試合見にねー」
二人はその無邪気さ故か、天然さ故か、真面目さ故か、カオスが避けようとしていたマリフェリアスをあっさりと話題に引っぱり出す。そんな話題に、カオスはすっとぼける。
「何? 奴モ来テンノ?」
棒読みだった。そんなの問うまでもなく、マリフェリアスはさっきからミリィとメルティの後ろに立っている。そう、カオスからすれば真正面に居る。
「え? 分からないなぁ。何処?」
カオスは視線を右に移す。マリフェリアスは正面に居る。
「何処にも居ないじゃないか」
カオスは視線を左に移す。マリフェリアスは正面に居る。
“すぅぱぁ・まじかる・ぱぁ~んち”!
三度目のボケは無く、マリフェリアスの鉄拳がカオスに炸裂する。カオスの体は宇宙に向けて発射され、今回二回目の星となった。キラリーン。
そんなカオスに、ミリィが呆れ気味に言う。
「相変わらずですね」
「お約束だからな」
無論、そんなミリィとのやりとりもその『お約束』の一つでもある。
「まあ、いい」
カオスをすっ飛ばしたマリフェリアスは、さっさと話題を変えて本題に入る。
「アンタ等二人に、伝えたいことがある」
試験前に言いたいことがある。だから、マリフェリアスはわざわざ公開もされない予選の前に、予選会場の前で待ち伏せしていた。
「伝えたいこと?」
その二人、それは問うまでもなく、マリフェリアスの騎士であり、かつ今回Bクラス試験を受けるカオスとルナである。それを重々承知しているから、名指しされなくとも当たり前のようにそうやって切り返す。
マリフェリアスはサラッと話を進める。
「まず、ルナ」
「はい」
「こうして試験を受けるからには当然合格したいのだろうけれど、無茶はせぬように。お前には未来がある。だから、こんな下らぬ試験でそれを潰さぬように」
この試験に合格し、騎士になるのを人生において重要な目標としている者も少なからず存在しているが、それがルナにとって人生の全てではない。だから、目の前の戦いのみに振り回されてはいけない。マリフェリアスは、そのように言った。
「分かりました」
真面目なルナは、素直に返事する。その返事を聞いて、マリフェリアスは視線をカオスに移す。
「そ・し・て、カオス」
「あー」
「アンタ、落ちたら死刑」
「は?」
本気ではないのだろうが、それを加味しても落差が激し過ぎる。
「ちょっと待て! 何で俺だけそうなんだ?」
そして、そこで何の実にもならない口論が展開され始めるのも『お約束』である。ぎゃあぎゃあ抗議するカオスに、適当にあしらう魔女、それを見ながらリニアは隣に居るマリアに、初めて見る黒衣の女性について訊ねる。
「マリア、ひょっとしてあの人が」
「そうよ~」
地上最強の魔女、マリフェリアス。それはハッキリと口にしなくてもお互いに伝わった。そして、それを端で聞いていたアレックスにも。
アレックスは正直、そのシーンを羨ましく思っていた。自分にはそのようなビッグネームと顔を合わせる機会もなければ、あのように言い合うことも出来ない。端的に言ってしまえば、そこら辺の一般人と何ら変わりはしない。だが、羨ましがってばかりで終わるつもりはない。自分も、このアレクサンドリアでそうなるのだ。そんな決意を、その胸に燃やしていた。
「おい、アレックス。何ボ~ッとしてんだ? とっとと予選会場に行くぞ。グズグズしてたら、置いてっちまうからな」
そのアレックスの背後から、どうでもいい抗議を早々に切り上げたカオスが声をかける。アレックスが決意を胸に燃やしている間に、カオスは既にルナと共に予選会場入りモードに切り替えていたのだ。そして、その切り替えの早さもいつもの通りだ。
アレックスも気持ちを切り替えて予選モードに移す。
「ああ、今行く」
アレックスはあれこれ考えるのをやめた。今はその時ではないし、そのように色々考えたところで何か実るとは思えなかったからだ。
「早くしろよ」
急かすカオスと、先に行くルナの後を追うように、アレックスはトラベル・パスBクラス試験・予選会場へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆
その予選会場には、既にたくさんの参加者がやって来ていた。そして、すぐに始まる戦いに向け、準備運動等で己の体の調整を行っていた。
そんな様子を見ながらゆっくりと会場入りしたカオス達を、リスティアはすぐに見つけて声をかけてきた。
「あら、皆さん。いらっしゃいましたね」
リスティアにとっては、ただの挨拶だったが。
「そりゃ、来るさ。申し込んだんだから。逃げたりしねーよ」
「って、そういう意味じゃないでしょ」
カオスはトンチンカンな返事を返し、ルナはそれに対して冷静にツッコミを入れる。声をかけた当の本人であるリスティアは、傍観者となるだけだった。それもいつも通りだが、もう言わないことにしよう。
一方アレックスはそんな会話に参加せずに、真面目な顔をして予選会場の周りの様子を窺っていた。そんな異色なアレックスに、カオスは声をかける。
「な~に、似合わねー深刻ちっくなツラしてんだよ、アレックス」
「別に」
アレックスは答える。別に深刻になっていた訳ではない。
「ただ、色んな奴がやって来ているな~と思ってな」
少林寺風の人間、空手風の人間、ボクシング風の人間、色々な人がやって来ていて、それぞれ十人十色な強さを持っているんだろうな、とアレックスは思った。それと共に、いかに自分がルクレルコ魔導学院の特別講義の中でトップの成績を修めたところで、そういった連中に歯が立つのかどうか不安になっていたのだ。
「はぁ~」
そんなアレックスの気持ちを分かってか分からないでか、カオスはそんな気のないような返事をした。
右奥にはファンシーな熊の着ぐるみがいる。左奥には50cmくらい前に突き出たリーゼントヘアのオッサンがいる。あっちには全身を緑色に塗ったマリモみたいなオバサンがいる。
「俺には変人大集合にしか見えねーけどな」
「…………」
あっちの変人、こっちの変人、そっちの変人が、この地に大集合。って、そのように見えるお前がよっぽど変人じゃねーか!
アレックスはそう思ったけれど、それは黙っておいた。




