Act.074:首都Ⅰ~人間がいっぱい~
トラベル・パスBクラス試験の為、首都アレクサンドリアへと赴く出発の時となっていた。カオスとルナ、そしてアレックスは、カオスとルナの家の前の円形の広場に集まっていた。
「じゃあ、行くか」
カオスは気合いも何も無い自然な感じで、その場を仕切る。まるで、普段通り登校しようというような感じだ。だが、それに関してルナもアレックスも何も言わない。そういうのがカオスであるし、そのように気負わない方が良いのだ。
故に普通に賛同する。
「そうね」
「ああ。行くとしよう」
そして、その三人の後ろに付き添い、マリア、アリステル、リニア、サラ、アメリアの5人が待ち構えていた。ぞろぞろと蟻の大群のようだ。それを見て、カオスは溜め息をついた。
「チッ、付き添いつきかよ。お子ちゃまじゃあるまいし、ダセェなぁ」
「ま、仕方ないよ」
ルナは苦笑いを浮かべる。
「試験の予選は非公開だけれど、本戦は一般公開されているしね。それを見るだけでも面白いんじゃないかな?」
「それもあることはあるのだが」
ルナの背後にいた、リニアが反論する。
「教師として、今年の特別講義を行った講師として、受験する生徒達の試験の行く末はきちんと見届けないとな」
そんな真面目な答を出す。
カオスとしては、それはどうでも良かった。マリアやアリステルにしてもそんな理由であるだろうし、サラやアメリアにしては興味本位であるだろう。それは予想がつく。そして、だからと言ってどうこう自分にとってどうにかなる問題でもないからだ。
「まあ、いい」
カオスは言う。
「そっちにも聞こえてるなら、話が早い。こんな所でいつまでも無駄話なんかしてないで、とっとと向こうに行こうぜ」
「ああ、そうだな」
リニアはそう言い、魔力を充溢させる。そして、首都アレクサンドリアへの瞬間移動の準備を手早く整え、それを発動させる。その瞬間、カオス達の身体はロケットのようにあっと言う間に空の彼方へと消えていった。
カオス達が飛び去ったルクレルコ・タウンには、再び静けさが戻っていた。ただ、町の上空に何処までも青い空とそれに浮かぶ白い雲があるだけであった。
その空が続いている先、アレクサンドリア連邦首都アレクサンドリアの南部魔法玄関に、カオス達全員は瞬間移動魔法によって試験前日の午後、無事に到着した。
魔法玄関らしく、そのルームの周囲は生活観の感じられない雰囲気となっていた。そういったものに触れることがなかったアレックスは、初めて都会に出て来たおのぼりさんのように辺りをキョロキョロと見渡したのだった。
首都とは、国の中で最も重要な都市である。それすなわち、人が多く集まる。だが、ここにはそんな雰囲気は無い。ここは本当に首都なのか?
アレックスはそのように考えた。そして、誰となしに訊ねる。
「ここは何処だ?」
「魔法玄関だろ」
カオスは即答で答える。
「まじっくげーと? 何じゃそりゃ?」
アレックスには、初めて聞く言葉だった。そのような物は見たことも触れたこともなければ、聞いたこともなかった。それは、サラやアメリアにとっても同じ。そんな彼等の為に、リニアはこの魔法玄関について簡潔に説明するのだった。
「ふ~ん、面倒なモノを作るなぁ」
アレックスの感想はそうであった。このようなモノがあるから、好きな時に好きな場所へ行けなくなっているのだが。
「安全面で仕方ねぇさ」
カオスはそう言う。
ここは国王であるアーサーを始めとして、国の要人が住む首都。そんな所で自由に瞬間移動が行われたら、その要人たちにとって危険で仕方ない。その為、そういった場所ではこのような装置が必要不可欠となっている。
それは納得のいく話だった。だから、アレックスもそれ以上ツッコミはしなかった。そして、そんな二人を少し先を歩いていたルナが振り返り、手招きする。
「ほら、そんな所でダラダラしてないで、さっさと行くよ」
「あー」
「分かった」
場所は変わっても、カオス達はいつものまま。いつもの調子でダラダラと魔法玄関の出口に向かって歩いていった。
「はい、畏まりました。どうぞ、お通り下さい」
魔法玄関から出るのは、係の人のその一言で、あっと言う間に終わった。一分すらかからなかった。そして、それによってカオス達はすぐに首都アレクサンドリアの街の中に繰り出せたのだ。
「こんなもんか。あっと言う間だったな」
魔法玄関の出口を振り返り、アレックスは感想を漏らした。その隣に居るカオスは、既に一度これを経験しているので、特別に感想はない。
「まあ、そんなもんだ」
「こんなんだったら、別にこっちに泊まらなくても、毎朝やっても大丈夫なんじゃないか?」
宿泊費等もかかるので、そのようにした方が経済的なんじゃないか?
アレックスがそう言いたいのはカオスにも分かった。だが、それが上手くいかないのも分かっていた。だから、否定する。
「大丈夫じゃねぇだろうな」
「何でだ? この位の手間はどうってことないだろ?」
「先程、魔法玄関の中にある看板を見たんだが」
カオスはその内容を教える。
「魔法玄関は、24時間開きっぱなしじゃねぇ。営業時間ってものがあるらしい。それが、午前9時から午後6時までなんだとさ」
「成程な」
アレックスは納得させられる。それは、確かにダメである。
その掲示が本当なら、ここには午前9時以降にしか入れない。予選にしろ、本戦にしろ、始まるのは午前10時からだが、この魔法玄関から会場まで公共機関で30分強かかるらしい。その他諸々を考えると、それだけでもギリギリ。となると、魔法玄関にしろ、公共機関にしろ、どれか一つでも混雑しては、遅刻になってしまう。無論、言うまでもなく瞬間移動は使えない。そうしたら、また魔法玄関、ふりだしに戻るだけだからだ。ここでは、一般人と同じように進むしかないのだ。
つまり、会場近くの宿をとったマリアとリニアの判断は正しかったと言える。
「それにしても」
首都アレクサンドリアの街中を見て、カオスは溜め息をついた。
「首都なだけあって、人がうじゃうじゃいるじゃねぇか。佃煮にする位いっぱい居るぞ。祭じゃねぇのによー」
人が多過ぎる。カオスは、そう感じていた。そして、エスペリアの首都ステラに行った時も、魔法玄関から直接魔法研究所に行ってしまったので、街並みには殆ど触れていなかった。だから、このような人の群に接するのは初めてだったのだ。
初めては喜びであろう。そのように思う。だが、これだけはどうしても喜びとは呼べそうになかった。
「ホント、うぜぇ位にたくさん居るな」
辟易しているカオスの横で、アレックスは緊張の面持ちで同調する。
「ああ。そして、この全員がテストを受けるかと思うと」
「いや、それはねぇから」
ありえない。絶対にありえない。
カオスはそのように言う。それは、当然である。トラベル・パスBクラス試験は、Cクラスを持っていなければ受けられないし、その試験の特性上格闘の苦手な人は敬遠する。受ける人は、それだけでも限られてくるものだ。
「それは分かってる」
アレックスは言う。
「だがな、緊張のせいで通る人通る人皆強そうに見えるんだよ!」
「そうか?」
そんなことないだろ。カオスは言う。しかしそんなカオスに、アレックスは譲らない。この通りを歩いている人、全てが強そうに見えるんだと主張する。
「あれもか?」
これ以上言い合ってもしょうがない。カオスは通りを歩いている人を適当に指差し、強そうに見えるかどうかアレックスに訊ねる。そして、その時カオスが指差したのは普通の青年であった。
「あ、ああ」
もしかしたら、凄いパワーや魔力を秘めているかもしれない。そのようにアレックスは考えた。カオスは別の人間を指差す。
「あれもか?」
今度は普通の少女だった。
「あ、ああ」
もしかしたら天賦の才か何かで、天才的な魔導師だったりするかもしれない。格闘のエリートだったりするかもしれない。アレックスはそのように考えた。カオスはまた別の人間を指差す。
「あれもか?」
今度は腰の曲がった爺さんだった。
「あ、ああ」
もしかしたら、ああ見えて戦いが始まった途端に変貌して、凄まじいファイターになるかもしれない、というのは流石にないだろう。
「…………」
「…………」
「改めて言うが、お前。意地悪だな」
「ケッ、腰抜けめ」
そんな二人より、少し先を歩いていたルナが振り返って手招きをする。
「ほら、そんな所でダラダラしてないで、さっさと行くよ」
「あー」
「分かった」
場所は変わっても、カオス達はいつものまま。いつもの調子でダラダラと首都アレクサンドリアの街並み歩いていこうとしていた。その時だった。
「!」
カオスは自身の後ろからやって来る気配に気が付いた。それは、普通の人にしては異質なものであった。気配と呼ぶようなものが、その者を常人より遥かに強いと教えていた。
「どうしたのじゃ?」
カオスの隣に来ていたアリステルが、カオスに訊ねる。
「近くに強い奴が居るぜ」
「後ろを歩いているあやつじゃな?」
分かっておる。アリステルはそのように答える。
「じゃが、あやつには敵意がない。放っておいても構わんだろう?」
「分かってる」
カオスもそう答える。
狂人じゃあるまいし、こんな人だかりの所で戦おうなんて考える馬鹿はいない。後ろの人間が暴れださないのは言われなくても分かる。もっとも、そうする理由も向こう側にはないし、真に強い者はそのようなことはしないものだ。
とは分かるのだが。
「が、興味ある」
「そうじゃな」
カオスとアリステルは、その強い者の方を振り返った。その強い者はすっぽりとフードを被り、真っ直ぐにカオス達の方に歩み寄ってきた。人をかき分けるなんて乱暴な真似はせず、ゆっくりゆっくりと丁寧に人の波の中を歩いていた。
それが十数秒。その強い者は、すぐにカオス達の真正面に辿り着いた。その者のフードの中から、長い赤毛がチラリと覗く。そして、その前髪は長く、フードがなくとも表情を覆い隠すものであった。少なくとも、その目はこちらからは見えない。
「…………」
その姿に、カオスの記憶から一つの名前が導き出される。
「お前、リスティアだな?」
リスティア・フォースリーゼ、トラベル・パスCクラス試験の時に出会い、アヒタルで再会した赤毛の女だ。その赤毛の女、リスティアは口元を綻ばせてカオスに微笑む。
「あら、お久し振りですね、カオス君」
「…………」
「…………」
後ろから歩み寄ってきた強い者は、リスティアだった。これだけ引っ張っておいて、出て来たのは以前出会った顔見知りであった。その事実に、カオスは少々閉口してしまうのであった。
◆◇◆◇◆
その頃、ルクレルコから首都アレクサンドリアに向けての高速鉄道は順調に走っていた。その車内アナウンスが、客車に向けて発せられる。
『まもなく首都アレクサンドリアに到着致します。まもなく首都アレクサンドリアに』
自称・ルクレルコの希望の星、他称・ルクレルコの絶望の星であるドグマ・ブランコッテは、その車内アナウンスを聞いて口元を醜く歪めた。元々醜い容姿が、さらに醜くなった。
「ふふふ、ようやく到着するのか。今から腕が鳴るな」
念の為に言っておくが、別に間接がポキポキ鳴っているわけではないので、あしからず。




