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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter1:トラベル・パスCランク試験
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Act.008:デンジャラス・テストⅥ~洞窟内遭遇戦~

 魔の六芒星、それは魔王アビス軍幹部の名前である。字の通り六人の魔族がそれを務め、色々な意味で他の魔族よりも優秀な者が選ばれる。死ねば別の者が務めるようになるらしいので、16年前に魔王アビスが魔界に撤退してから現在までの構成員、及び動向は不明。

 ただ、少なくとも先の大戦で生き残ったラスター、ガイガー、アリアはまだ就任しているのではないかと思われる。そのガイガーである。戦闘力も含め、ガイガーの力を伝える資料は残されていない。しかし、魔王アビス軍の幹部、『魔の六芒星』の1人であるガイガーの突然の出現。それは、先の対魔戦争の終結時から16年間ずっと沈黙を保っていた魔王アビスの再始動を予期させるもので、人を警戒させるには十分なものであった。

 怪しいマスクを被った試験官は、内心は驚き焦りつつも、試験官の中の長である自分がそんな姿を晒してしまってはこの場がパニックになってしまうのは必定なので、あくまでも落ち着いた様子で周りのスタッフに指示を飛ばす。


「緊急事態発生だ。警護用の戦士達は私と共に来い。他の試験官達は試験を続行しつつも、受験生達を安全な場所へと誘導してゆくんだ」


 それから自分の後ろに綺麗に整列しているしっかりと甲冑を着用している戦士達に檄を飛ばす。戦士達もそれに声を揃えて返事をする。


「行くぞ!」

「押忍!」


 怪しいマスクを被った試験官と、甲冑を着た戦士達は上級魔族ガイガー出現区域に向けて出発した。その後姿を見送りながら、既にゴール地点に到着しているリスティアは願った。

 カオス君、みんな、どうか無事にここまで到着出来ますようにと。



◆◇◆◇◆



 一方、そのガイガー出現区域に運悪く出くわしてしまったカオス達は、洞窟内で驚愕の表情を浮かべていた。

 カオスは、ガイガーを頭のてっぺんから足の爪先までもう一度ざっと視線を動かした。髑髏に赤い鶏冠のようなモヒカンをつけたおかしなヘルメット。そして、材質的には甲冑っぽいが、形状は女物のスクール水着をちょっと改造しただけのようにしか見えない鎧。さらには、左足だけに着用された黒いストッキングと、右手だけにはめられている黒い皮手袋。頭のてっぺんから足の爪先まで、何処からどう見てもただの変質者にしか見えなかった。


「あ、アレが上級魔族だと?」


 あらゆる意味を含めて、カオスはその疑問を口にした。エルフのように尖った耳と、その佇まいから来るどす黒いオーラからして間違いないのだろうが、カオスとしては『間違い』と言って欲しい気持ちが強かったが。

 ルナは真面目にそれを否定する。


「間違いないよ。カオスも神・人・魔についての話は知ってるでしょ? 学院の授業でやったんだし」

「何についてだ?」

「神族も人も魔族も大いなる神の子であると。ただ、人が神族や魔族と違うのは、その大いなる神は自らをかたどって人間を作ったという。それすなわち、神族や魔族が人の形に近付く容姿をしているという事は、それすなわちそれだけ神に近付くという事に他ならないと」

「大体な」


 突然始まった講義をカオスは適当に聞き流して、適当に返事する。だが、ガイガーは意外にそれを真面目に聞いていて、その内容に激昂する。


「そんなのは、人間共の勝手な宗教的解釈に過ぎん。我々としては、人間如き土塊を判断基準にされているだけでハラワタが煮えくり返る思いだ。もう、余計なお喋りはさせん。死ね!」


 そう言って戦闘の構えを取り、ガイガーは今にもカオス達に襲いかかろうとしていた。そこでガイガーは気付いた。名乗っていなかったと。

 ニヤリと笑みを浮かべ、ガイガーは名乗る。


「貴様等の冥土の土産に俺の名を教えてやろう。俺の名はガイガー。魔王アビス軍幹部、魔の六芒星が一人だ。俺に殺されることを有り難く思いながら死ね!」

「なっ!」


 ルナの目は驚愕に開かれる。魔の六芒星がどういうものなのかを知っているからだ。アレックスもまた同様。ただ、カオスの表情は変わらない。

 見た目があんな変態だとは言え、上級魔族は上級魔族。腐っても鯛という言葉通り、ガルイーヴルやグレイムヴィーストクラスの下級魔族を一蹴する力はある筈。マトモに戦っては、三人がかりでやっても手も足も出せないだろう。それは何の名称もない上級魔族であろうと、御大層な名称がついた相手であろうと変わらない。

 カオスは頭の何処かで、そう冷静に判断していた。そして、この局面を乗り切る為の秘策を考え、ルナとアレックスに一緒に行うように伝える。


「おう、ルナにアレックス」


 カオスは少し大きな声で呼びかける。


「何?」

「何だ?」

「奴が上級魔族、魔王軍の幹部だってんならしょうがねぇ。今まで封印されてきたあの手を使うぞ」


 珍しく真面目な表情をしているカオスに対し、ルナとアレックスは少し嫌そうな、そしてぐったりした表情をした。ルナは、確認の為にカオスにもう一度だけ問う。


「アレ? やっぱりアレなワケ?」

「おうよ。それしかねーだろが」


 そうね。

 正直嫌ではあるのだが、冷静に判断すればそうするしか他に無いだろうことは、ルナにもアレックスにも理解出来ていた。ルナとアレックスは、身体に力を入れる。それは、カオスの秘策に従うという意志表示だ。

 じゃあ、まずは煽るぞとルナとアレックスだけに伝えてから、カオスはガイガーに大声で言う。


「貴様が魔王アビス軍、魔の六芒星のガイガーとやらか。貴様も運のない奴だ。俺達はこのアレクサンドリア連邦でも悪名高いイパッオイカデ・ファミリーの三兄弟、通称しょんぼりさんチームだ! 貴様は我等の禁じられたスーパーデラックス連携技に驚愕することとなる。楽しみにするがいい」

「ほう、上等だ。下賤な土塊が悪足掻きするか。いいぞ、見せてみろ。貴様等の無駄な抵抗をなっ!」


 ガイガーもまた、カオスの挑発にあっさりと乗る。出会って早々に殺しにかかってくるような輩なので簡単に乗るとは思っていたが、そこまで簡単に乗るとはカオスの想像以上であった。女がチョロインというならば、男は何と言うのだろうか?

 それはともかく、カオスは大きな声で二人に指示を出す。


「行くぞ!」

「おうっ!」

「ふっ、来るがいい」


 ガイガーは構えを取りながら、ちょっとした高揚感を感じていた。人間は下等な生物である。その下等生物が、力の差を感じながらも何とかして自分を殺そうとしている。一体どのような秘策を出すというのか?

 ガイガーはそれを見てみたい。そして、それを真正面から潰したい。そんな思考がカオスには手に取るように分かっていた。

 カオスはそんなガイガーを真正面にしっかりと見据えながら、前に出した左足にぐっと力を入れる。ルナとアレックスもそれに従う。


「敵前逃亡ーーーーっ!」


 カオス達は一斉に後ろを振り返り、全速力で逃げ出した。その姿を見て、攻めかかって来ると信じて疑わなかったガイガーは、見事にずっこけた。すてーんと。

三人の様子を見て、ガイガーはほんの僅かフリーズした。何があったか一瞬理解出来なかったのだ。そして、その直後に理解する。そして、頭の髑髏型ヘルメットを手で押さえながら、ガイガーは引きつった笑みを浮かべる。

 わざとこちら側にまで聞こえるように、策の開始を仲間に伝える。そして、無駄に気合いの入った掛け声と構え。そして、挑発。それは全て、最後の逃亡に繋げる為の布石だったのであろう。確かに良い策で、賢明な判断である。ある意味スーパーデラックス連携技であろう。

 ガイガーは瞬時にそう評価した。


「うむ。冷静で良い判断だ。しかしっ!」


 戦闘の構えから、ガイガーは一気にカオス達を追った。


「逃がしゃしないがね!」


 ガイガーはその上級魔族に見合う猛スピードで、一気にカオス達の前に回り込んだ。急に目の前に現れたガイガーに驚いて急ブレーキをかけたカオスに、ガイガーは間髪入れず蹴りをいれた。

 鈍い音と共にカオスの身体は弾丸のように飛び、その身体は洞窟の壁に叩きつけられた。ガイガーは息をつかせる間も無く追い討ちをかける。ガイガーはカオスが叩きつけられた壁のほうに跳躍し、カオスが地面に落ちる前にカオスの目の前まで辿り着いた。そして、ガイガーは拳をカオスに叩き込む。マシンガンのように何発、何十発とその身体に叩き込んだ。


「カオス!」


 ルナとアレックスの叫び声が狭い洞窟内にこだまする。ガイガーはその二人の声を無視して、カオスの身体にその拳を入れ続ける。そして、10秒弱の長い時間が過ぎた。


「ふぅ」


 この程度で充分だろう。ガイガーは、流石に人間はこの程度で死んだだろうと判断し、カオスに拳を入れるのを止めた。そして、広い空洞の入口近辺で立ち尽くしたままのルナとアレックスに目を向ける。それはルナとアレックスに対する力の誇示であり、また二人が逃げないようにする為の牽制でもあった。

 ガイガーは、逃げない二人にゆっくりと歩いて近付く。そのガイガーを見て、逃げられないと悟ったアレックスは、覚悟を決めたような顔をする。


「やはり、戦わなければならないようだな。なあ、カオス?」

「何?」


 アレックスの言った名前が、今自分がボコボコに殴りつけた男のことだと瞬間で悟ったガイガーは、ほとんど反射的に既に死んでいると思われた後ろのカオスの方を振り向いた。

 すると、1本の剣が自分目がけて飛ばされているのを目の当たりにした。


「甘い」


 ガイガーの身体にその剣が届くまでにほとんど間は無かったのだが、ガイガーは瞬時に自分の目の前に固い土の壁を魔法で生み出し、その剣からの攻撃を防いだ。剣はそのままカランと音を立てて地面に落ちた。

 その剣を投げたカオスは、口元で少し出血している箇所を拭いつつ、地面に唾を吐き捨てながら立ち上がった。


「チッ。防いだか」


 期待はしていなかったが。そう毒づきながらカオスは立ち上がる。そして、アレックスに対して怒った。


「って、話しかけてんじゃねぇ、このボケがっ! アレックス、てめーのせいで不意打ちのチャンス逃しちまったじゃねーか!」

「す、すまん」


 確かに、あそこでガイガーが振り返らなければ、その剣がガイガーに刺さって殺せていたかもしれない。死ななくとも、少なくとも負傷はしただろう。その可能性を自分のせいで潰してしまったとアレックスは自覚していたので、恐縮そうに謝った。

 ガイガーはそんな彼等のやり取り、特にカオスを見て、その常人にしては卓越しているタフさや、その悪知恵に対して驚いた顔をした。だが、それはすぐに冷笑に変わった。彼にとって、それは何の問題にもならないからだ。ただ、その人間で遊ぶ時間が長くなるだけの話なのだ。

 カオスの方に、ガイガーは目を向けた。


「ガードしていたのか? 屑にしては、やるじゃないか。しかし貴様、残念だったな。あそこで死んでいれば楽だっただろう。いや、死んでなくとも、あそこで死んだフリをしていれば、もしかしたら生き延びられたかもしれん。だが、その可能性は潰えた。苦しんで死」


 と言ったところで、ガイガーは後ろから衝撃を食らい、前方に少しバランスを崩した。

 ガイガーは驚き、すぐに後ろを振り向いた。すると、ルナの左手の近辺に煙が残っているのがガイガーの目にも見えた。カオスの方を向いて、ルナの方面からは隙だらけになったガイガーの後頭部を、ルナが火炎魔法で即座に攻撃を食らわせたのだ。

 カオスは、ガイガーの髑髏ヘルメットから出ている煙を見て笑い、ルナに賛辞の言葉を贈る。


「オッケー。オッケー。ナイスだぜ、ルナ♪」


 それを見て、アレックスもまだ生き延びるチャンスが残っていると感じ、嬉しそうな顔をする。


「勝てる。もしかしたら勝てるかもしれないぞ。コイツ、パワーはずば抜けてんだろうが、隙だらけだ! つか、馬鹿だコイツ!」


 アレックスは陽気に笑う。その姿を、ガイガーは完全に馬鹿にした目で見ていた。

 ちょっとした不意打ちが成功しただけで、勝利したかのように喜ぶ。相手に傷1つ負わせられないでいるのに、死は依然として目の前にあるのに、あんなに暢気に笑っていられている。それもまた、下等生物の所業だろう。

 ガイガーは、そう思っていた。


「ふっ、『勝てる』ねぇ。ちょ~っとレベルが上なだけのただの人間が、この『魔の六芒星』の1人であるガイガー様に勝てる? ナメるなよ」


 ガイガーは両手に力を込めて己の魔力を充溢させ始めた。そして、それと共にガイガーの表情は冷笑から怒りの表情へと変貌していった。そして叫ぶ。


「図に乗るな、カス共がッ! 今すぐにぶち殺してやるから覚悟しろッ!」


 ガイガーはそう言い終えるが早いか、さっと振り向いてアレックスの方へとダッシュした。アレックスは、ガイガーが襲い掛かって来るのを察知し、サッと戦闘の構えをとった。が、その時には既にガイガーがアレックスの懐に飛び込んだ後だった。


「遅い!」


 ガイガーは防御しきれなかったアレックスのみぞおちに右の肘打ちを食らわせた。180cmを超える長身と、がっしりとした肉体を誇るアレックスの身体が造作も無く飛び、その身体は洞窟の壁に強く叩きつけられた。アレックスは吐血しながら前のめりに倒れ、意識を失った。

 ルナはアレックスを攻撃した直後に生じるガイガーの隙を見逃さず、ガイガーに向けて思い切り火炎魔法を発射した。だが、ガイガーはその攻撃を完全に見切り、そのルナの攻撃はガイガーの幻影をすり抜けて壁に激突した。岩が飛び散る様を目にしながら、ルナは驚愕の表情を浮かべる。


「き、消えた?」


 周りを見渡すが、何処にもガイガーは見つからない。その後ろで、ガイガーは呟くように喋る。


「後ろだ」


 ガイガーの声を自分の背後から感じた時、ルナの身体は既にガイガーの蹴りによって宙を舞っていた。カオスも果敢にガイガーに攻撃を仕掛けた。だが、何の効果も見られないままカオスの視界から次第にガイガーの姿はフェイドアウトしていった。

 攻撃は通じない。不意打ちは避けられる。そして、逃げられない。悪知恵を働かせたところで、それを遥かに上回るパワーで叩き潰されるだけだった。

 そうして1分としない内に、ガイガーの周りには気を失ったカオス達三人の身体が横たわっていた。


「大きな口を叩いてはいたが、もう終わりか。まあ、所詮は人間。屑は屑ってとこか」


 ガイガーは周りを見渡した。さっと見ただけで、もう戦えそうにはないが、まだ息があることは確認する。それを見て、また少しだけ感心する。


「だが、まあ、あれだけ俺の攻撃を受けて生きているだけでも褒めてやるか。クククク」


 ガイガーはそう笑った。彼は己の力を充分に誇示出来てとても良い機嫌だった。だから、その時僅かにカオスの腕が動いていたことに気が付かなかった。

 殺……

 音にはならないが、カオスの口がゆっくりと動く。それに気付かず、ガイガーは両手を大きく上に掲げて上機嫌に叫ぶ。


「いつまでも苦しめているのも憐れだな。今すぐ楽にしてやろう。さあ、死ね!」


 陽気なガイガーを他所に、カオスの身体は少しずつその動きを大きくし始める。それと共に、カオスの周りにどす黒い魔力が充溢し始める。カオスの口は同一の言葉を繰り返し、形にし続ける。

 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す……

 殺す!

 カオスの手が洞窟の地面を引っ掻き、上体を起こし始めた。瞳は赤く染まり、そこには殺意が満ち溢れていた。

カオスは情報が向こうに渡ることを恐れ、偽のファミリー名を名乗ってます。名前が何処から出たかは……逆から読めば分かるかと。

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