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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
89/183

Act.073:出発前

 某国、某所、某時間、カオス&ルナ&マリア&アリステルは、特訓終了の時間を迎えていた。期日が迫っているので、アリステルはとりあえずの特訓終了宣言をする。

「良し。まあ、贅沢を言い出すとキリが無いからな。とりあえずはこの程度で終わらせておこう。時間も無いようだからな。この程度で妥協しておいてやる」

 とりあえずこの程度で。

 仕方ないから妥協。

 アリステルはそう言った。それすなわち、この特訓は100%満足に至るには程遠いと言うことだ。


「…………」


 ルナは辺りの様子を見渡しながら、その言葉を聞いていた。そして、唖然とした。

 治癒魔法で外傷を完全に治しているとはいえ、ボロボロのシャツを纏っているカオスは、その修行の熾烈さを物語っている。辺り一面の平原は、数々の魔法によって形を変え、クレーターのような跡がいくつも残っており、それは修行の激しさを物語っている。

 常人ではこんな修行は出来ないと言うか、雲の上のレベルであろう。それを、ルナは分かっていた。だから、この修行に100%以上の成果があったと自負していたし、アリステルのその言葉に唖然としたのだ。しかし、マリアはしれっとルナに訊ねる。。


「どうしたの、ルナちゃん~?」

「とりあえず? 仕方なく妥協? これだけやって?」


 これだけやれれば、十二分にやったのではないかと思っていた。これ以上成果を残すのは、無理のようにも思えていた。その成果は認める。だが、そうではないとマリアは言う。


「そうね~♪ でも、100%満足しちゃったら、もうそこからは成長しなくなっちゃうからね~」

「その通りじゃ」


 アリステルもその言葉に同調する。


「そして、この程度はまだまだ自惚れるレベルではない」

「ンなこたーどうでもいいよ」


 カオスは溜め息をつき、無駄話をしている三人にそう切り出す。そう、この特訓に100%満足かどうかなんて、どうでもいいのだ。


「それよりも疲れたからとっとと帰ろうぜ」


 そんな何の実にもならない議論を繰り広げるよりも、家に帰って美味い物を食べて休みたかったのだ。その言葉に、他の三人も賛同する。


「そうね~♪ それでは、今日明日とゆっくりして、明後日の予選に備えましょうか~♪」

「では、ゴー★ホーム!」


 某国、某所、某時間、空は何処までも晴れ渡っていた。



◆◇◆◇◆



 某国、某所、某時間と同じように、アレクサンドリア連邦のルクレルコ・タウンの朝の空も綺麗に晴れ渡っていた。その大きな青空の下、体は大きいが器は小さいアレックスは焦りを見せていた。


「遅い。遅過ぎる!」


 アレックスはいつもカオス達が特訓に使っている丘の草原で、熊のようにグルグルと同じ所を回っていた。頭の中では、試験時刻に間に合えるかどうか混乱していたのだ。

 アレックスはブツブツと独り言を吐く。


「全く、今日の昼の高速鉄道に乗ったっところで、首都に着くのは当日の早朝でギリギリなんだぞ。それなのに、まだカオスとルナは戻ってやしない。ホントにアイツ等やる気あんのかー? 結局、学院の特別講義にも来なかったしよー」


 首都アレクサンドリアまで、高速鉄道で順調に行っても一日半かかる。今は二日前の朝だから、昼の高速鉄道を過ぎると、その後は遅刻確定。しかも高速鉄道に今乗ったとしても、途中で事故や故障等のトラブルが発生してしまうと、その安全圏も危なくなってくる。どっちにしろ、ギリギリなのだ。

 それ故に、アレックスの精神状態もギリギリ。ソワソワして、ハラハラして、ドキドキ。


「置いていっちまっても俺は知らねーぞー!」


 二時間後の次の高速鉄道までに来なかったら、あの二人は置いていってしまおう。アレックスはそう決めた。そんなアレックスを、サラとアメリアは冷めた目で見ていた。

 サラは言い捨てる。


「全く小心者ね、アレックスは。その体のように、もっとどっしりと構えたらどうなの?」

「いやいや全くだ。サラの言う通り。熊のようにあっちこっちうろちょろうろちょろしやがって」


 カオスだ。その声に、アレックスとサラとアメリアが反応する。その中で、混乱し続けているアレックスが一番大きく反応したのは言うまでもない。


「カ、カオス! いつの間に?」

「お前が熊のようにグルグル徘徊している最中だな」


 そんなカオスの回答を聞きはしたが、実際のところアレックスにとって回答はどうでも良かった。それよりも遅刻か否かの方が重大なのだ。アレックスは激昂する。


「全く、今まで暢気に何処行ってたんだ! 急がねぇと遅刻しちまうじゃないか!」

「まあ、落ち着けや、肉ダルマ」

「落ち着いてる暇などなーい!」


 肉ダルマの言葉にも反応せず、アレックスはテンパり続ける。激昂し続ける。


「このままのんびりしていたら、遅刻からの失格ぅっ! になっちまうじゃねーか!」

「遅刻って何にだよ? 学校は夏休みじゃねーか」


 ヒートし過ぎてショート寸前のアレックスとは対照的に、カオスはずっとクールなままだ。そんなカオスに、テンパっているアレックスは、引き続き激昂し続ける。


「何って試験! し・け・ん! トラベル・パスのBクラス試験に決まっているだろうがっ! 試験は首都アレクサンドリアで行われるんだぞ! 首都アレクサンドリアまで高速鉄道でも一日半かかる。昼の高速鉄道を使っても、向こうに着くのは当日の早朝。Bクラスパスの試験の予選は、その日の午前中に行われるんだ。これだけでもすっごいギリギリじゃないか!」


 その暑苦しいだけのアレックスの言葉を、右から左へとカオスは聞き流していた。そして、それが一区切りついたところで、カオスは大きく溜め息をついた。暑い時に、アレックスの暑苦しいパフォーマンス、聞いただけで疲れた気分だった。


「馬鹿か、おめーは?」

「何が馬鹿かー!」

「わざわざ高い金払って、速くもねぇ高速鉄道を使う必要がどこにあるんだ?」


 そのつもりは、カオス達には毛頭無かった。だが、その他の手段はアレックスには思いもよらないので、アレックスの頭の周りにはクエスチョンマークがいくつも飛び、その混乱をさらにひっかき回した。

 そんなアレックスに、カオスは答を出す。


瞬間移動魔法(インスタンテ)を使えばそれで済むじゃねぇか。アレは一度行った場所にしか行けない代物だが、姉ちゃんやリニア先生はアレクサンドリアのBクラスパスを持ってるから、首都にも行った経験がある。それで、問題ナッシングじゃねーか」

「!」


 そこでアレックスはやっと思い出した。アヒタルへトラベル・パスのCクラスパスの受け取りに行った時の行き帰りの手段、それも瞬間移動魔法(インスタンテ)であったと。しかし、それはアレックスにとっては春に一回あっただけだったので、ポンと思い出せなかったのもまた事実だった。

 アレックスは愚痴のように呟く。


「そうか。そんな便利な魔法があったとはな。気が付かなかったぜ」

「馬鹿め」

「でもなー、そんなほとんど使っていない魔法なんか」

「いや、結構使ってるぜ」


 カオスはアレックスの言葉を即座に否定する。

 アヒタルの後、エスペリアにマリフェリアスを探しに行った時の行き帰りもその魔法。学院の昼休みで、告白してきた女子から逃げた時に使ったのもその魔法。月朔の洞窟の行き帰りもその魔法。その後にマリフェリアスに報告に行った時の行き帰りもその魔法。そして、今回の特訓の行き帰りもその魔法。

 ただ、それら全てに共通することをカオスは思い出した。


「ああ、お前は接していなかったんだっけか」


 そう、その発動時にアレックスはそこには居なかったのだ。だが、ちょっと接したサラがそれにのっかる。


「まあ、カオス自身も使えるしね」

「だな」

「ふ~ん」


 アレックスはそんな話に一瞬だけ相槌を打っていたのだが、それはすぐに驚きに変わる。


「って、いつの間に? マリア先生のは知ってたけど」


 初耳だったのだ。アヒタルの時は、カオスはその魔法を使えなかったし、アヒタルへの行き帰りはマリアの魔法で行っていた。それからしばらく時は流れていたのだが、アレックスのカオスの魔法能力に関する知識は、そこで止まったままだったのだ。

 その時はカオスにとってはかなり前のこと。最早、カオス達はその詳しい日時を覚えてはいない。


「結構前だよ」


 とだけ、サラ。


「そうだな」


 と、カオス。本人も覚えていない。


「私もそれ位ならば知ってるわよ」


 と、アメリア。

 結局、カオスが瞬間移動魔法(インスタンテ)を使えるのを知らなかったのはアレックスだけだったのだ。その事実が、無残にアレックスを貫いた。

 また俺だけ除け者かよ!

 その悲しい出来事に、アレックスは焦りモードから一気に憂鬱モードに堕ちていったのだった。地面の雑草を指で摘まみながら、その憂鬱を紛らわそうとしていた。無理と知っていながら。


「と、まあ。あの馬鹿は放っておいて」


 サラはいじけるアレックスを放置して話を変える。カオスの方を向いて、その姿を指摘する。


「それよりカオス、そのカッコはどうしたの? ボロボロじゃないの」


 そう。某国某所から戻ってきて、そのままの姿でここにやって来たので、カオスのシャツはボロボロのままだったのだ。だが、カオスは言わない。特訓でボロボロになったとは言わない。誤魔化し、偽り、すっとぼける。


「ああ、コレか。今年の夏は、こういったワイルド風味で攻めてみようかと思ってな」

「カオス」


 だが、そんなおふざけはすぐに終わる。カオスの後方からルナがやって来て、そんなカオスを呆れ顔で止めるのだ。


「ルナ」

「馬鹿言ってないで、さっさと着替えなさい。ほら、シャツは持ってきてあげたから」


 そう言って、ルナはマリアに渡された綺麗なTシャツをカオスに渡した。カオスはボロキレとなっているシャツを破るように脱ぎ捨て、おとなしくルナに渡されたTシャツに袖を通す。

 カオスは着替えながらルナに訊ねる。


「姉ちゃんは何やってるんだ?」

「リニア先生と宿の手配をしているわ」

「そっか」


 カオスは納得する。それが必要であるとすぐに理解する。


「いくら一瞬で移動出来る瞬間移動魔法(インスタンテ)とは言っても、それで一気に街の中心部へは行けないだろうからな」

「ステラと同じようにね」


 ルクレルコやアヒタルはたいして大きな街ではないし、これといった要人も住んでいないので、そういったことはないが、試験を受ける首都アレクサンドリアは、その名の通りこの国で一番重要な都市である。魔法での侵入を規制していたエスペリア共和国の首都ステラのように、自由自在に入れないようにするシステムがあるのは当然だ。

 それは一往復だけなら大したことではない。だが、それが行く度に毎朝やらなければならないとなると。


「面倒くせー手続きなんかを毎回毎回するんなら、向こうに泊まった方が楽って訳か」

「そうした方がドタバタせずに落ち着いて試合に臨めるでしょう?」

「そりゃあな」


 カオスは着替えを完了する。その手には、どうにもこうにも出来なさそうなボロキレが残っていた。カオスは、それをルナに突き出す。


「じゃ、コレはお前が処分してくれ。やっぱ要らねーや」

「何であたしが?」


 ルナは少ししかめっ面をする。そこまで面倒見たくはないし、する必要もないと思っていたのだ。カオスが家に持ち帰り、それをゴミ箱なり何なりに捨てればいいのだ。

 そんなルナに、カオスは笑ってそれとは別の道を提示する。


「炎魔法でな。コイツは雑巾にすらならねーから、それでオッケーだろ」

「ああ! しゃーないわね」


 ルナはそこでカオスの言わんとしたことを納得したのだった。そして、その火力を少々提供したのだ。



 バサバサバサバサ……



 ルナの魔法に驚き、関係の無い鳥が草むらから逃げるように飛び立っていた。そのルナの魔法に、それまで草むらにしゃがんで凹んでいたアレックスは、さらに唖然となる羽目となった。


「…………」


 アレックスは声も出せない。ルナの魔法は、それだけアレックスを驚愕させるものだった。だが、そんなルナの組み手の相手を毎日していたカオスにとって、そんなのは当たり前だったので、何も気にしなかった。

 カオスはアレックスに訊ねる。


「どうした、アレックス? 阿呆面して」

「お、俺の目は節穴じゃねぇぞ」


 アレックスはルナに向けてゆっくりと口を開く。

 ルナ・カーマイン、魔法のキレは元々ルクレルコ魔導学院の生徒の中でも屈指のものであった。だが今披露した炎魔法は、夏休み前に学院の授業で披露したものをさらに凌駕していた。

 そのことに、アレックスは気付いた。


「ルナ。お前、隠れて特訓してたな?」

「別に隠れてはいないけど、特訓はしたよ。負けたくはないからね」

「ま、お前じゃそうだろうな」


 アレックスは学院の特別講義をトップの成績でこなしてきたという、これまでの自信を少々喪失した。

 俺も努力はしてきた。しかし、魔法対魔法でルナと争っても絶対に勝てはしない。体術でカバーしようとしても、その差を埋めるのは難しいだろう。ルナと対戦する羽目になったら、正直勝てる気がしない。

 アレックスはそのように感じていた。だがしかしとばかりに、アレックスは適当にふらついてるカオスを指差す。そして叫び、宣告する。


「だが、カオス! お前に“は”絶対に負けん!」

「いきなし矛先こっちかよ? 暑苦しいなぁ。ウゼェなぁ」


 その暑苦しさに、カオスはドン引きしていた。サラとアメリアも引いていた。ルナはその様子を見て、アレックスを指差しながら自分の隣に立っていたサラに訊ねる。


「どうしたの、アレ? いつもより暑苦しさが三割増しって感じだけど?」

「ああ、アレ?」


 サラは思い出す。アレックスはあの出来事をついつい口を滑らせたのだ。それを当然、サラはルナに漏らす。面白可笑しく。


「学院の特別講義の休憩時間に、アレックスは女二人に声掛けられたんだってさ」

「ああ、その人達の目当てがカオスだったの?」


 そこまで行くと、ルナにも予想はついた。


「そう。良くあるけどねぇ」

「やっぱり逆恨みと言うか、妬みなんだ」


 アレックスからは、そのような感情がルナには感じられていた。そして、そこで適当にフラフラしているカオスは、そんなアレックスの言動をどうでもいいと思ってるのも分かっていた。

 それはサラにしても同じ。アレックスに同情はしない。


「“彼氏”いるのに、浮気心出そうとしたからバチが当たったんだよ」


 そのように言い捨てる。


「彼氏かい」


 アレックスの彼氏、それはアレックスに告白してきた美少年ゲイボーイのことだ。その少年はサラの中では既にアレックスの恋人になっているらしい。と言うか、きっとどうでもいいのだろう。それはルナやアメリアにとっても同じだったから。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあぁつ!」


 無駄に暑苦しくなっていたアレックスは、疲れ息を切らしていた。その時も、アレックスの頭の中に浮かんでのはカオスばかりだった。

 アレックスはまた適当にユラユラしているカオスをチラッと見る。ルナとは相反して、カオスはいつものだらしないカオスにしか見えなかった。そんなカオスを見て、アレックスは思う。

 認めたくはないが、確かにカオスには自分以上の才能がある。それは対ガイガーや、アヒタルでの件、そして謎の魔獣戦を踏まえると、認めざるをえない事実。だが、ルナはそんな才気を伸ばす為に最大限の努力を積み重ねているのに対して、カオスはそういったことを全くしない。

 才能は重要な素材である。しかし、努力に勝る才能は無い。そのことを、友としてこのトラベル・パスBクラス試験で教えてやらねばならない。そう、これは友としての思いやりだ。妬みでも逆恨みでもない。友情なのだ!

 嘘くさいことを思いながら、そんな決意をアレックスは胸に燃やしていた。ただ、カオスには負けない。そのことを自身の課題としていたのだが。

 俺の目は節穴じゃない。

 アレックスはルナに対してそのように言ったが、カオスを見て努力も何もしていない怠け者と評する程度の目では、やはりその目は節穴のようだ。カオスは性悪だから、自分の努力する姿を隠すのだよ。ルナはアレックスの姿を見てそう思ったが、彼に対して特に何も言わなかった。その身で知らねば、信じないとも分かっていたからだ。

 と、そんな調子で試験日は刻々と迫っていた。

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