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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
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Act.071:タイトルの無い生活Ⅲ

「夏休みーーーー!」


 授業とテストという名の拷問タイムを生き残り、渡された成績表を見なかったことにして、生徒達は解放される。これからの長い休みに期待を躍らせて、その体を伸ばす。

 アレックスも、その中の一人であった。


「はっはっはぁっ、夏休みには遊んで遊んで遊びまくるぞー!」

「アレックスは恋人(ゲイボーイ)との爛れた夏を過ごす決意を胸に秘めつつ、その喜びを大きな声にして上げるのであった。嗚呼、アレックスよ、純情だった君は今いずこ?」

「…………」


 アレックスが油の切れたカラクリ人形のように振り返ると、そこには考えるまでもなくカオスがニヤリとした顔で立っていた。いつものことだ。


「デタラメなナレーションを入れるな、カオス」

「いやいやいや~、一概にデタラメとは言えないんじゃねぇのかー? はっはっはー♪」

「ホ、ホントですか?」


 カオスがそのように適当に言ったその時、Act.043でアレックスに告白した件の少年(ゲイボーイ)が物陰から現われた。俺には関係ねぇと思っていたカオスは何とも感じなかったが、アレックスの背筋にはゾゾゾゾと悪寒のようなものが走った。危ない。危な過ぎると。

 同性愛(そっち)の世界に巻き込まないでくれ。理想郷(おっぱい)の探究を続けたいアレックスは真面目な顔を装って、カオスの言葉を否定する。デタラメだと。


「そんなことないぞ! 俺は夏休みを有意義に過ごすつもりだ! 色々とやるべきことがあって忙しいのだ!」


 そんなアレックスをカオスがすぐに否定してしまう。カオスは、困ってるアレックスを見て楽しくなってきたのだ。


「嘘ばっかし。さっき遊びまくるって言ったばっかじゃねーか」

「シャーラップ!」


 こういう言い合いをしたところで、カオス相手に理論では逆立ちしても勝てないので、アレックスは力技に持っていく。大きな声で相手の言葉を遮り、自分の意見を大声で通してしまおうという考えだ。


「俺には、そしてそれはカオスにもそうだが、大切なイベントがあるのを忘れてないか? そう、八月最初に行われるアレクサンドリア連邦のトラベル・パスBクラス試験だ! 俺は、その為の特訓をしなければならんのだー!」


 嗚呼、暑苦しい。何もしなくても暑いというのに、暑苦しい顔で暑苦しいセリフ言ってんじゃねーよ。カオスはそう思いながら、ザ・美少年(ゲイボーイ)の方にチラッと視線を向けた。


「ああ、そういう趣味か」


 カオスは少し溜め息をついた。アレックスは気付いていないようだが、下級生男子(ゲイボーイ)は頬を赤らめていた。そのアレックスの暑苦しい言動が、彼の中のドキドキメーターに火を付けたらしい。

 要するに、ストイックを演じてこの場を乗り切ろうというアレックスの魂胆は、肉食系男子(ゲイボーイ)のアレックスに対する想いをさらに燃え上がらせるという結果となっていた。

 それが完全無欠に他人事であるカオスには面白かったのだ。


「そうさ。俺には遊ぶ暇などなーい!」


 アレックスはどうでもいい主張を叫び続けていた。その言葉を聞いて、線の細い少年(ゲイボーイ)は思い出したようにアレックスに話し掛ける。


「そう言えば、先輩達が喋ってるのを耳にしたんですけど、学院で夏休みの初めにBクラス試験対策講座というものが行われるそうですよ。ご存知でした?」

「へぇ、そうなのか。知らなかった」


 アレックスは少し驚いた顔をした。ルクレルコ魔導学院は魔法等の育成に特化している学院とはいえ、そのようなものがあるとは思わなかったのだ。


「カオスは知ってたか?」

「ああ、知ってた」


 その一方で、その話をカオスに振ると、カオスは即答で知っていたと答えた。


「去年の講師はウチの姉ちゃんだったからな」

「成程」


 アレックスは納得した。カオスの姉であるマリアはこの学院の教師であり、さらにアレクサンドリア連邦のBクラスパスの所持者でもある。その講師にはもってこいだ。そして、それならばカオスが知っているのは自然と言うか、寧ろ知らない方がおかしかった。


「今年もやると言うのなら、俺は出るかな。で、カオスは出るか?」

「俺は出ねー」


 しかし、カオスは即答で拒絶する。


「ま、そういうのは普段のつまんねー授業に比べりゃ幾分マシかもしれねーけ」

「カオス」


 そうやって特別講座に出たくない理由を説明するカオスであったが、その途中で横槍が入れられた。その声から横槍を入れたのは誰なのか予想はつくけれど、一応文句を垂れながらカオスはその方を振り返る。


「何だよ、人の話の腰を折るなよ」

「この学院の授業がつまらんと?」


 その声の主、リニアは少し不満の色を声に混ぜて、そのようにカオスに訊ねる。

 確かに、つまらねぇのばかりだ。

 カオスはそう言いたかったが、そう言うと地獄を見るのは明らかなので、それはやめておいた。だから、何とか誤魔化そうと画策する。

 以下はその結果。


「いやな、『つまんねー』ってのはな、そのままの面白くないって意味じゃなくてな、より良く“消化”出来る授業で、腹の調子も良くなってクソも『つまらねー』って意味なのさ」

「…………」


 真夏であると言うのに、北方から流れてくる真冬のような冷たい風が吹いた。そんな気がした。無言の沈黙が彼等を襲う。その沈黙に耐えられなくなり、カオスはその解説を試みる。


「これは食物の消化と勉強の消化(吸収)をかけてな」

「説明しなくても分かる」


 リニアはブスッとした感じでそれを遮る。それを見て、先程苦しい目に遭わされたアレックスは楽しそうに笑う。今度は、こっちが他人事なのだ。


「はっはっは、カオスの言ってることがつまんねーだけだ。言ってることが苦しい苦しい♪」

「黙れ、筋肉ダルマ」

「で」


 リニアは話を戻す。


「そんな言い訳で、私を誤魔化せるとでも思ったのか?」

「ぬ」


 鋭い視線を向けるリニアに、カオスは少し尻込みする。そして、それを誤魔化すように苦笑いする。


「まあ、運が良ければ♪」


 ふうっ、とリニアは少し溜め息をついた。それから、その鋭さの少し和らいだ視線と声でカオスに語る。


「授業がつまらない。まあ、そう思うのならそれでも良い」


 その瞬間、リニアはカオスの首根っこをグイと掴んだ。そして、そのままずるずると校舎の方へと引っ張ってゆく。


「ならば、今から面白いと感じるようになるまで補習し続けてやろうではないか」

「だー、授業はスルメじゃねぇっつーの! 噛めば噛む程に味が出るってのかよー!」


 問答無用。リニアは教師であり、カオスより頭が良い。リニアは騎士でもあり、カオスより腕が立つ。頭でも力でも勝てないリニアに、カオスは強制的に学校内へと連行されていったのだった。

 その様を、アレックスは可笑しそうに笑っていた。爆笑していた。ざまぁ! と思っていた。そしてその様子を、さっきから居た穏健な少年(ゲイボーイ)は静かに、そして幸せそうに微笑みながら見守っていた。

 はっはっはっはー!

 そのようにひとしきり笑った後、アレックスはそこでやっと気付くこととなる。さっきも、この周りには自分とカオスやリニアを含めても四人しか居なかった。そこで、カオスとリニアはここから去っていた。つまり、今自分は危険な男(ゲイボーイ)と二人切り。二人だけの世界であったと。

 それ故に積極的な下級生ゲイボーイは幸せそうに微笑んでいたのだ。それに気付いた瞬間、アレックスの背筋に再び悪寒が走った。そしてその瞬間、つきまとい《ゲイボーイ》から逃れるように全速力で逃げていくのだった。

 意外と健気な少年(ゲイボーイ)はそんなアレックスを追わなかった。追って、困らせたくはなかったのだ。だから、彼もそこで素直に帰宅するのだ。それは愛ゆえに。



◆◇◆◇◆



 学院からの帰り道、アレックスは一人で家路についていた。周りには青々と茂った牧草が広がっている。そこで、アレックスは笑みを浮かべていた。その笑みは笑いへと変わり、笑いは爆笑に至る。


「クククク、ひゃーっはっはっは!」


 おっぱい。おっぱい。おっぱい!

 女性の胸が露わとなっている本を掲げて、アレックスは大爆笑する。無論、そのおっぱい自体が面白おかしい訳ではない。


「運良くレアものの本をGETしちゃったぜー!」


 アレックスはゲイボーイの襲撃(?)から逃れた後、学校帰りに繁華街の本屋に立ち寄った。そこで、アレックスは人気によって品薄だった写真集が、その時は店の棚に並べられていたのだ。アレックスはそれを迷わず店のレジへと持って行って購入したのだ。それで、現在に至る。

 本のタイトルは『生まれたままの天使、究極のおっぱい祭~ファニー・メルト~』、ヌード写真集である。と言うか、そういう類の本を道端で出さないでもらいたい。と言うか、そんなタイトルの本で人気出るんですかね?

 馬鹿アレックスは笑う。ご機嫌に笑い続ける。


アイツ(ゲイボーイ)に出くわした時は運のねぇ一日だって思ってたけど、こんな所で逆転満塁ホームランが待っていたとはな。超絶ラッキーだったぜ」


 ハッハーと笑いながら、アレックスはエロ本を高々と掲げる。ヌード写真集のモデルとなったファニー・メルトの姿が太陽の光を受けて、アレックスはそれがより一層輝いているような気がした。


「この女神様とはいつまでも一緒だぜ~。一生モンの宝だ♪」

「とりあえず、歓迎のキスを熱烈にかましちゃうぜ? 写真に」

「おうよ。俺の愛情の深さの分だけな。何万回でもしちゃるわ~♪」

「んでもって、毎晩添い寝しちゃったりするぜ? 本と」

「…………」


 そこでやっと、アレックスは自分以外の声が後ろにあるのに気付いたのだった。エロ本を空に向かって高々と掲げる後ろで、後ろの人間、カオスは意地悪く笑った。


「カカカカ、カオス。おおおお、お前。何時の間に?」


 今更だが、アレックスはエロ本を後ろ手に隠して、カオスの目に触れないようにする。カオスはその図体の大きさに反して、コマネズミのようにテンパッているアレックスにニヤニヤ笑いながら答える。


「お前がその後ろ手に持ってるエロ本を掲げた時くれぇだな、変態」

「なっ! と言うか、誰が変態だゴラアッ!」

「写真にキスなんかしてんじゃねーよ」

「おぉォ才! 俺はヽ丿ん十ょこ10(とう)しなレ丶!」

「おやおや、声が変になっちゃってるぜ? 何言ってるか分からねーよ」


 変態であることは撤回させたい。

 アレックスはそのように思っていたのだが、それが不可能であるのも分かっていた。悪知恵の宝庫であるカオスに対し、自分にはそれを突破させる武器は用意されていないからだ。

 ならば、無かったことにしよう。アレックスはそう考え、話を切り返す。


「そ、それよりカオス、お前はロバーツ先生の補習に捕まっていたんじゃないのか?」


 話を変える。それも、カオスにはお見通しだった。


「ケケケケ、あの程度の捕縛から逃げられぬ俺様じゃないわ。つか、話を誤魔化したな」

「クッ」


 やはり、今日は厄日だ!

 アレックスはその時、そのことを心の底から実感するのであった。



◆◇◆◇◆



 そうして、カオスは夏休み前最後の一日もいつも通りに帰宅した。そのカオスの家の前、そこにカオスは三人の人影を発見する。ルナとマリアとアリステルだ。


「カオスちゃん、おかえり~」


 リニアにカオスを帰宅させるように進言したマリアが、カオスに挨拶する。何故そのようにしたのか、そして何故こんな家の前で待っていたのか、カオスは全てを知っている。


「カオスよ、楽しい時間はひとまず終いじゃ」

「楽しかったかどうかは甚だ疑問だがな」


 言うアリステルに、カオスは絡む。アリステルはそんなカオスの言葉にいちいち相手をしない。適当に切り上げて、これからすべきことのみを話にする。


「楽しかった云々はどうでも良い。ただ、期日まではもう時間はあるまい。と言うことはじゃ、それなりの覚悟は出来ておろうな?」


 期日とは、トラベル・パスBクラス試験の日。それは、八月一日に始まる。現在は七月十八日であるので、もう約二週間しか残されていない。その為、それに標準を合わせた特訓となると、それは必然ととてつもなく厳しいものとなるのは目に見えていた。

 強くなるのはカオスの望んでいることではあるが。


「微妙に」

「まあ、良い」

「そうね」


 アリステルやルナ等は、既にカオスの気合いの入った返事を期待していなかった。ただ、嫌だと駄々こねなければそれで良かったのだ。


「じゃ、カオス。行くよ」

「ああ」


 ルナの誘いに乗って、カオスは家から新しい道に行くこととなった。

 七月十八日夕方、そこからアレクサンドリア連邦トラベル・パスBクラス試験を標準にしたカオスとルナの秘密特訓はスタートするのであった。

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