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Double Lotus  作者: 橘塞人
Chapter5:トラベル・パスBランク試験
86/183

Act.070:トラベル・パスBランク試験に向けてのあれやこれやそれ

今回は長いです。

 カオスがマリフェリアスの所を再び訪れた翌日、アレクサンドリア連邦のルクレルコ・タウンはその日も良く晴れ渡っていた。夏を目前とした空は熱を増し、ルクレルコ魔導学院の中でもその暑さが感じられるようになっていた。そのルクレルコ魔導学院に、カオス達は普段通りに登校していた。

 その休み時間、ルナは廊下の窓際でボーッとしているカオスに話しかけた。


「カオス、聞いたわよ」

「ん? 何を?」

「今年のBクラスパスの試験受けるんだってね」


 Bクラスパスと言ったら、心当たりは一つしかない。アレクサンドリア連邦の首都で毎年夏に行われているトラベル・パスBクラス試験だ。おそらく、マリア辺りから聞いたのだろう。カオスはそのように目星をつけたが、突っ込みはしなかった。

 ただ、普通に受け答えをする。


「ま、成り行きでな」

「成り行き?」


 やる気の無さはカオスらしいとルナは思った。普通ならばBクラスのトラベル・パスを立身出世への足がかりとしようとする者が多い中で、それと反発するかのようにダラダラしたがるのがカオスの気質だと幼馴染として理解しているからだ。

 そんなカオスは、窓の外を遠い目で眺めながら語る。


「ああ、この前マリフェリアスの所に行った時だ。あの日、家に帰ったら姉ちゃんは笑っていた。そして」




『おかえり~♪』

 マリフェリアスの所から帰ってきたカオスを、マリアはにこやかに迎えた。そして、カオスにそのおかえりついでのように言葉を付け足した。

『そうそう、カオスちゃんのトラベル・パスBクラス試験の申し込みは、既にやっておいたからね~♪ じゃ、ファ・イ・ト♪』




「と言うことが」

「春のCクラスの時と同じだね」


 ルナはその時を思い出しながら言った。


「そうだな」


 カオスは溜め息をつく。それだけではないのだ。


「全く、姉ちゃんはおせっかいと言うか、手回しが早いと言うか、余計なお世話が好きと言うか。ああ、全部か」

「でも、どれもカオスに良かれと思ってやっていることよ」

「そうか?」

「そうよ」


 ルナは即答する。

 マリアがどんなに義弟であるカオスを大切に想っているか分かっている。そして、それ以上にカオスの本質にあるやる気のなさも分かっている。そこまでおせっかいをしなければ、カオスは動こうとしないのだと。


「ま、Bクラスのを受けるのはいいさ」


 カオスは言う。


「そう?」


 いつもやる気の無いカオスにしては、珍し過ぎる発言だと思い、ルナは目を丸くした。


「マリフェリアスのババァにも受けろと言われたしな」

「ふ~ん。あの人は何て?」

「トレーニング時のいいモチベーションとなるんじゃねぇかってさ」

「成程」


 ルナは納得した。

 アレクサンドリア連邦のトラベル・パスBクラス試験は、Cクラス以下と違ってその試験の様子が一般に公開されている。そして、派手に試合することもあってか、多くの観客がそれを見物しに集まってくる。だとすれば、みっともない姿を大勢の前で曝したくないと思うのが、普通の人間としての感情であろう。

 それはより高い力を求めるには格好の動機付けだ。そしてルナは、それはカオスだけでなく自分にとってもいいモチベーションだと感じた。だから、その場で決意した。


「じゃ、あたしもそれを受けるわ」

「駄目だ」


 が、カオスは拒絶する。


「な、何でよ?」

「毎年、Bクラスの合格者は四人と決まっている。それなのに、お前まで受けたら俺が合格するチャンスがまた一つ減っちまうじゃねぇか。受けるなら、俺が合格してからにしろ」

「!」


 ルナの鉄拳が飛び、カオスは星となった。人となり戻って来たカオスに、ルナは怒鳴りつける。


「情けないこと言うな!」

「そうだぞ、カオス!」


 カオスとルナのやり取りの最後の方は見ていたのだろう。そのルナの声に、同調する者が現われた。角刈りの髪型に、マッチョな体。アレックスだ。


(おとこ)とは常に熱血でなければならない。燃える心、たぎる情熱。そして、筋肉! それこそが(以下略)」

「まぁた、脳ミソに蛆が入り込んでパリピ・エヴリナイトみたいな訳分かんねぇこと言いやがって」

「アンタが訳分かんないわ!」


 アレックスの発言を批評したカオスに、ルナがツッコミを入れた。だが、正直訳分からなくて良かったのだ。そんな重要ではないと分かっていたから。


「まあ、いい」


 アレックスもそう言い、ニッと笑う。


「俺もその試験受けるぞ」

「あ、そう。好きにすればいい」


 カオスは、今度は全く拒絶しなかった。受けたければ、勝手に受ければいいと即答したのだ。


「って、何故だ?」


 ルナは駄目だと言ったのに、自分に関しては受けても受けなくてもどっちでもいいというのは、アレックスとしては納得がいかなかったが。

 それはカオスの中では当然であった。これまで実戦を積まざるをえなかった自分やルナと違い、アレックスは学院内の授業しかやってこなかった。今年の春頃までは均等近かったのかもしれないが、最早ライバルでも何でもない。

 ただ、カオスはそこまで考えてはいない。そして、面倒なのでさっと終わらせる。


「別に理由なんかねぇぞ」

「「…………」」


 奇妙な沈黙が三人の中に流れた。その時、その沈黙を破るように一人の闖入者が現われた。


「クククク、揃いも揃ってメデタイ奴等だな」

「!」


 顔出すなり無礼な発言をするその者に、カオス達三人は視線を向けた。そこには眼鏡をかけ、髪型を昔のサラリーマンのようにビッチリと七三分けにし、三日月のように長い顎をもった、オッサン顔の男が立っていた。

 そう、見た目は無駄に神経質そうな中年サラリーマンだ。出世は望めなそう。


「お前等などが受けたところで、受かる筈などないのにな」


 カオス達は眉をひそめた。


「いきなり誰だ、このオッサン?」


 カオスの頭に、その男に関する記憶は無かった。


「さあ?」

「知らないわ」


 それはルナやアレックスにしてもそうだった。今目の前に居る男を何処かで見た記憶は無いし、誰かからの話を聞いた記憶も無かった。要するに、どうでもいい通行人Aであろうとカオス達は判断した。

 そんなカオス達を、その男は鼻で笑った。自分はこの学院内で最も優秀な生徒なのに、それをこの者達は知らない。それ程の無知なのだと思い込んだのだ。


「フ、無礼で無知な下級生達だな。上級生で、この学院で最も優秀な生徒に向かって。そして、去年のトラベル・パスCクラス試験の主席合格者に向かってそのように言うとはな」


 その言葉を聞いて、カオス達は驚き目を丸くした。


「う、嘘だろ?」

「本当だ」

「そのツラで生徒だったのか?」

「長ぇ顎! バナナかよ!」

「す、凄い分け目ね」

「驚く所が違う! 失敬な連中だなっ!」


 オッサン顔の男は、次々と無礼なことを述べる下級生達に怒鳴りつけた。

 彼にとって、それは重要な問題だったのだろう。だが、カオスにとってそれはどうでも良かった。彼に対して、興味の欠片も持っていないからだ。だが、彼の言ったトラベル・パスCクラス試験主席合格という言葉にちょっとひっかかった。自分もそれを今年の春に受けて合格したが、順位を聞いた記憶は無いからだ。


「それより、アレックス。お前もそのCクラスに今年合格したじゃねぇか。お前は一体何番だったんだ?」


 もしかしたら、知らないのは自分だけだったのかもしれない。その可能性もゼロではないから、とりあえずカオスは隣に居たアレックスに訊ねてみた。が、アレックスもその問いにすぐに首を横に振った。


「知らねぇ。つか、順位なんてあったか? 少なくとも俺は聞いてないぞ」

「あたしも聞いてないわ。と言うか、あれは順位が付くような試験じゃないでしょ。特に実技試験では」


 ルナも言う。そこで答は出た。


「要するにだ。何の根拠もなく主席合格と言ってるメデタイ野郎か」

「五月蝿い! 僕は試験を完璧にこなしたんだ! だから、満点! そして主席合格に決まっているんだ! って聞けぇっ!」


 彼の話に耳を貸さず、三人での世間話に戻っているカオス達下級生をその男は怒鳴りつけた。カオスはチラッとその男に目を向けて、非常に嫌そうな顔をした。ギャアギャア五月蝿い獣に向ける視線を同じだ。


「聞けって言ったってさぁ、アンタの話に興味もなけりゃ、必要性も感じねぇもん。五月蝿くて邪魔だからとっとと去ってくれる?」

「クッ、口の減らない下級生だ。僕もお前達と話すのは不愉快でしょうがない。だが、最後に言わせて貰おう。前回は僕も油断してしまったのか、惜しくも合格を逃してしまった。だが、今回では主席合格を狙うつもりだ。せいぜい僕と当たらぬように祈るがいいさ。ハッハッハ」

「そう捨て台詞を残し、馬鹿はようやく去っていった」


 馬鹿笑いをしながらカオス達のところから去っていくその男の背中をチラッと眺めてから視線をルナとアレックスに戻し、カオスはそのようにナレーションを入れた。


「い、いや、そのように言われても」


 ルナはただ苦笑いを浮かべるだけだった。さすがに、真面目なルナでさえも馬鹿に関しては否定出来なかったのだ。

 そうして闖入者は去った、かのように思われた。が、その馬鹿な男が去ったら、次は別の人間が現われた。その人間は、ルナの後方からやって来てカオス達に話しかける。


「何だ、お前達。ドグマ=ブランコッテと面識があったのか?」

「「「!」」」


 カオス達がその声の方に目を向けると、そこには教師であるリニア・ロバーツがやって来ていた。


「ああ、リニア先生。そのドリル何たらって誰さ? ああ、俺はカオス・ハーティリー」

「って、それは皆分かってる。と言うか、リニア先生が仰ったのは『ドグマ・ブランコッテ』でしょ? 駄目じゃないの、人の話はちゃんと聞かないと」

「ドグマ? 未知との遭遇? 異星人?」


 好き勝手喋るカオス、ルナ、アレックスに呆れたい気分になったリニアではあったが、溜め息をつきながらも話を進める。


「さっきの眼鏡の男だ。知り合いじゃなかったのか?」

「あー」


 カオスは、それで初めてピンときた。さっきの眼鏡の男と言うからにはあの男しかいない。リニアには分からなかったのだろうが、さっきの男は初対面のくせに名乗っていなかった。だから、そこまで言わないと分かりようがなかったのだ。まあ、興味がなかったので、例え名乗られても覚えなかっただろうが。

 カオス達は先程の、眼鏡をかけ、髪型を昔のサラリーマンのようにビッチリと七三分けにし、三日月のように長い顎をもった、オッサン顔の馬鹿を思い出しながら答えた。


「ただの通行人Aだ」


 と面倒臭そうにカオス。


「あの人もBクラス試験を受けるそうで、何か突然あたし達の話に入ってきて」


 と真面目に答えるルナ。


「それにしても凄ぇ顎だった」


 と覚えてるのは顎だけかい、とツッコミたい気分にさせるアレックスの三者三様であった。リニアはこれもいつも通りだと感じ、いつも通りカオスとアレックスの言ってる内容はスルーして、ルナの言葉だけを自分の中で消化させた。

 あの人『も』Bクラス試験を受けるそうで。

 ルナはそのように言った。つまり、あの人『も』と言うならば、自分達『も』ということに他ならない。


「ま、とにかくお前達もこの夏のBクラス試験を受けるんだな?」

「まあ、そうなるな」


 カオスは答える。そして、訊ねる。


「リニア先生もアレクサンドリアのBクラスパスを持ってるじゃん? 何かアドバイスか何かはないか? スパーンっと楽々合格出来ちゃうようなさ」

「ないな。ある訳がない」


 リニアは間を置かずにサッと切り捨てる。が、冗談だと分かっているので、リニアもそこからわざわざ説教への転換はしない。


「お前達も既に知っているだろうが、アレクサンドリア連邦のトラベル・パスBクラス試験は、ただ一対一の試合を重ねていくだけの真っ向勝負だ。小細工等が入り込む余地は無い。合格したいなら努力あるのみだ」


 リニアは教育者として真っ当なことを述べる。面白いかつまらないかで言えば明らかにつまらないのだが、それも教育者として、そしてその性格からして仕方ないのかな、とカオスは思った。


「ただ」


 リニアは付け加える。


「生徒をこう言ってしまうのもどうかと思うが、もしさっきのドグマ=ブランコッテと対戦することになったら充分に気を付けろ。当たらなければそれに越したことはないんだがな」


 充分に気を付ける。当たらない方がいい?

 その台詞から、カオス達は一つの真っ当な答に辿り着く。


「ああ見えて強いんですか? 体つきもカオスのような細身と言うよりはただの華奢で、とてもそのようには」

「いや、ハッキリ言って凄く弱いよ。10歳の子供のケンカ以下かもしれん」


 恐る恐る訊ねるアレックスに、リニアは即答で切り返す。そんなリニアの答に、カオス達3人の間に微妙な沈黙が流れた。当たらない方がいいというのなら、選手としてとても強いからそう願うようになるのであって、とても弱いのならそれに矛盾してしまうからだ。

 リニアはそんなカオス達にそのように言う訳を説明する。


「お前等もさっき接した通り、あいつはああいう性格だからな。前回出場した時も、予選の一回戦で負けたんだが、その負けた時に色々といちゃもんをつけたんだよ」


 いちゃもん? そういうのをつけたくなるには、それ相応の負け方というものがあるのだろう。微妙な判定とか、場外になったとかならなかったとか、そういうところだ。カオスは訊ねる。


「負け方は?」

「開始10秒、パンチ1発でのKO負け」

「文句のつけようがねーじゃん!」

「ああ、ないともさっ!」


 何処をどう取っても、実力が及ばなかったと言うか、足らなかったと言うか、いっそ全く無かったとしか言いようがない負け方に、どう文句を垂れるんだ、とカオスはその顎長人間に訊ねてやりたい気分だった。が、それはやはり生徒としての気楽なものであった。

 その一方で、それはルクレルコ魔導学院の生徒がやらかした恥さらしということで、リニア達教師にとってそれは実に忌まわしい記憶であったのだ。


「ああ、それであいつは去年の試験で、この学院の評判を一気に落としてしまったんだ。そして、それは今年もそうだろう」

「学院として受験を止めることは出来ないのですか?」


 ルナは訊ねる。少しリニアは考え、嫌そうにその首を横に振る。


「無理だ。こっちの言うことを聞き入れないし、Bクラス試験の申し込みは学院を通さずに個人的に行うので、止めることが不可能なのだ」

「向こう側に頼んで、受験資格を奪ってもらうってのは、無理だろうな」

「ああ、そんな権限は彼等には無い。トラベル・パスCクラスパスを持っていない者、アレクサンドリア連邦のBクラスパスを持っている者、犯罪等によって何らかのペナルティーを受けている者以外の受験を拒むことはないからな」


 そしてそれ以外を許してしまうと、それは試験官達の嗜好による選別と化してしまい、試験の公平さを欠くようになってしまう、とリニアは付け足した。

 とりあえずあの顎長人間が今年も学院の評判を下げてしまうのは、全くもって防ぎようがないと理解出来た。理解してしまった。そんな彼等、カオスとルナの方にリニアは視線を合わせて言う。


「それを打破する方法はただ一つ。評判を上げてと言うか、受かれ。お前等が評判を上げて、少なくとも相殺してくれ」


 マイナスにそれ以上のプラスを加えれば、それは結果としてプラスとなる。それは、カオスにも分かる。分かるのだが、納得し難いものがあった。


「ンだよ、あのクソバカの尻拭いかよ~」

「まあ、尻拭いは余り頭に入れなくても良い。ただ、その試験で良い結果を残すのは、カオスにとってもプラスになるだろう?」

「まあ、そうだけどさ~」

「そして、それはカオスとルナならば、突拍子もない訳ではないだろう?」


 ぼやこうとするカオスに、そのようにリニアは諭す。カオスとルナならば、自分の言った事に応えられる度量があると踏んでいるのだ。

 そう、カオスとルナには。

 そこに、アレックスはひっかかった。そして、リニアに訊ねる。


「ちょっと待った。何で俺は言われないんスか? 俺だって頑張りますよ~」

「ん?」


 今更その気付いたように、リニアはアレックスの方を振り向いた。そして、答える。


「だって、お前は持っていないだろう? 他国のBクラスパスを」

「そりゃあ、無いですけど。と言うか、Cすらも取ったばかりですし…」


 そして、チラッとまたまたプレッシャーのかかったとぼやくカオスと、それに苦笑いしているルナの方に目を向けた。何故、あの二人だけ期待してるように言われて、自分は言われないのか納得がいかなかったのだ。


「しかし、それはアイツ等だって」


 同じじゃないですか、という言葉を遮るようにリニアはその問いに答えてしまう。


「あの二人は、エスペリアのBクラスパスを持っている。知らなかったのか?」


 リニアはマリアから聞いていた。そして、そこから理事長であるセシル・ハートの元にも届き、学院として知ることとなった。学院側から表彰すると言ったが、それはカオスとルナが断った為に叶わなかった。ただ、友人であるアレックスにも報告していないとは思わなかった。

 アレックスは知らない。何も言わなくとも、その顔に「知らない」と書かれてあった。アレックスはカオスとルナに訊ねる。


「お、お前等エスペリアのBクラスパスを持ってるって本当か!?」

「ああ、取ったな」

「取ったわね」


 カオスとルナは大した問題じゃないようにそう答える。

 エスペリアのBクラスパスなんてものは、マリフェリアスと会おうと色々手段を探っている内に偶然に転がってきたものである。マリフェリアスと会えるようになり、過ぎ去った今では、カオス達にとっては文字通り過去のものとなっていた。

 まあ、大したことではない。そのような態度のカオス達であったが、何も知らないアレックスにはそうではない。アレックスは、引き続き訊ねる。


「い、何時の間にそんなの取ったんだ?」

「三週間だか、一ヶ月だか、そん位前じゃねぇか?」

「そうね。その位前だったわね」


 カオスとルナは、そのように答える。そして、アレックスにしても細かい日時等はどうでも良かった。それよりも、彼の中には重要なことがある。


「そ、そんな話、聞いてねぇぞ。報告位しろよな~」


 過去のカオスやルナ達との会話を思い浮かべても、そのようなことを聞かされた記憶がアレックスには無かった。カオスは過去を思い浮かべながら確かにそのように言ってはいないとは分かっていたが。


「別に話題にならなかったし、訊かれなかったからな。どっかのBクラスパス取った~?みたいな」


 取ったかと訊かれれば、隠すものでもないので正直に答えただろう。だが、わざわざ自分からそう持ち出して自慢する気にもなれない。

 それは、アレックスにも何となく分かっていたが。


「そんなこと、訊く訳あるかーッ!」


 取ったのを知らないから報告しろと言っているのに、取ったかと訊ねないと言わないというのならば、その報告は全く意味をなさなくなる。知っているのならば、わざわざ訊ねる必要性は無い。


「○%×∵♂π≒!」


 アレックスはぎゃあぎゃあ喚き、その場はいつも通りの大騒ぎとなったのだった。



◆◇◆◇◆



 そのカオス達の様子を、マリアとアリステルは遠くから眺めていた。


「気楽な奴よな」


 奴、とは無論カオスのことだ。


「そうね~♪」


 マリアはそのように答える。だが、それはカオスの美点でもあるので悪い気はしない。そして、それはアリステルにも分かっている。


「じゃが、あやつがああして笑っておられるのは、本格的訓練に入る前の今だけじゃ」


 マリアとアリステルによって、Bクラスパス試験に向けたカオスの特別訓練が計画されていたが、とりあえず学院の授業が休みになる夏休みまでそれは延期になっていた。

 それを、その計画さえも、カオスはまだ知らない。

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