Connect11:マリフェリアスの思い出と計画図
カオスが帰った後、マリフェリアスはカオスのことを考えていた。そして、勇者アーサーのことも考えていた。
カオスの根は悪くない。それはマリフェリアスにとってはあの坊や、今では勇者アーサーと讃えられる者も同様であった。まだ幼い彼を孤児として育てていた時からそうで、あの16年前の対魔戦争の時もそうであった。それなのに何故、こうなってしまったのか?
マリフェリアスは対魔戦争末期の出来事を少々断片的に思い出した。
◆◇◆◇◆
「何故、あの幼い子供を殺した? 意図的に殺めた? 親の咎がどうであれ、幼い子供にもそれを同様に問うのは明らかに間違っているでしょう?」
「まあな」
対アビスとの直接対決の最中、アーサーはアビスの妻から赤ん坊を取り上げて殺した。そして、その妻もまた殺した。非戦闘員であった二人、特に赤ん坊を殺めたことは間違いだと終戦後にマリフェリアスはアーサーを責めた。それは間違いだと。
アーサーは間違いであると認めはした。だが、その上でそれを突っぱねる。
「だが、駄目だ。後々の反乱の要因を見逃す訳にはいかない。よって、アビスに連なる者達は問答無用で皆殺しだ」
訊かなくても理由は分かっていた。だが、それではあまりにも小心者的な行動である上、連なる者連なる者と探していってしまってはキリが無くなってしまう。そして、それより何より無関係な子供を殺すというのが気に食わなかった。
マリフェリアスに実子はいない。だが、アーサーやシルヴィアをはじめとする孤児達を育てた母親であり、先生であるから。その不満をその顔に露わにする。
「別にいーじゃないの。そんなのが数人生きていたって。どうってことないわよ」
「駄目だ。しつこい」
アーサーは切り捨てる。そんなアーサーを、マリフェリアスはグチグチと責める。
「腰抜け」
「…………」
「弱虫」
「…………」
アーサーは疲れたような溜め息を漏らした。マリフェリアスは気分でモノを言っているのだろうが、この戦いには人類の未来への希望がかかっていて、それは今もそうだ。自分達の双肩に、人々のこれからが懸かっている事を踏まえてモノを言って欲しかった。
アーサーは説明する。
「マリフェリアス、アンタは正しい。理論的にな。ああ、アンタの言う通り何もならないかもしれない。魔界だとどうか知らんが、人間界ではもう軍と呼べるようなものは集められないだろうから、可能性で問えばアンタの言う方が圧倒的に高いだろう。安心しても良いのかもしれない。しかし! しかし、だ!」
アーサーはそれでは駄目だと主張する。
「それはマリフェリアス、アンタが強いから言えるのだ。アンタがそこら辺の魔族よりずっと強い力を持っているから、そんな余裕を言えるのだ。そんな理想を言っていられるのだ。だが、雑魚レベルの下級魔族にすら勝てぬ、力無き一般民衆にとってはどうだ? 何の力も武器も持たない民衆にとって、いつ自分を食い殺そうとするか分からぬ『獣』と共生してゆくのは恐怖でしかない。仲良くなど出来よう筈がない。だから、消すんだ」
人間と魔族は、分かり合えない。人間界と魔界で、完全に住み分けてしまえばいい。それが双方の平穏なのだ。
アーサーはそのように考えていた。
行動如何は別にして、考え自体に間違いがあるとは思えなかった。だが、マリフェリアスはどうしてもその考えが気に入らなかった。初めから分かり合えないと諦めてしまっては、開ける道も開けなくなってしまう。それを言い出したら、力のある『人』は皆消えなければならない。それは平和とは呼べないだろう。
アーサーにその道は見えていなかった。元より見るつもりもなかったのだろう。だから、勝利の空を眺めても、喜びに沸く人々の姿を見ても、マリフェリアスには虚しさだけがただ広がっていた。
◆◇◆◇◆
「また来月、か」
振り返ってみれば、あの出来事からマリフェリアスは殆ど誰とも交わらずに過ごしていた。必要最低限以上の付き合いをしないでいた。人の心の弱さに辟易したというのもある。権力闘争の醜さに関わりたくなかったのもある。無理行ってそれらから離れた結果ある今日という生活は、平穏極まりない生活であった。
それがまた、あのアーサーの時のように乱されるような気がしていた。そして、それに否応無く自分も巻き込まれるような気がしていた。
とは言え、それは何となくそんな気がしただけのこと。確証は無い。そして、そうなったらそうなったで、その時に考えればいい。
「来月と言ったら、アレクサンドリア連邦のトラベル・パスBクラス試験、アンタ達も当然見に行きたいんでしょう?」
ミリィとメルティの方をクルリと振り返り、マリフェリアスはそのように話を振った。その話に、ミリィとメルティは即答でハーモニーとなって答えた。
「「ええ。出来るのならば♪」」
「ま、私も行くんだからいいけど。どうせ席を確保するのはアーサーだからね」
ついて行ってもいい。その答に、ミリィとメルティは喜んだ。カオスの試合が見られるのが嬉しいというのも勿論あるが、この何も無い場所ではそのような刺激が全く無いので、何か変わったことがあるだけでも非常に嬉しく思えるのだった。
彼女等は喜ぶ。が、ふとその時ミリィはちょっと気が付いた。
「あ、でも珍しいですね」
「何が?」
「マリフェリアス様がこういった催し物に参加しようとされるのは」
マリフェリアスは国の式典等に出るのも非常に嫌がるということをミリィは知っていた。だから、いくら自分の騎士と位置づけられる者が参加するとは言っても、他国のテストを見物に行くなんてとても信じられなかったのだ。
その言葉を聞いて、マリフェリアスは溜め息をつく。実際のところは面倒臭いのだ。
「別に行きたくはないんだけれど、行かなければならないからね」
「行かなければならない、ですか?」
ミリィには、すぐにはピンとこなかった。そのミリィに、マリフェリアスは教える。
「あの坊ややその国民達に、カオスは私の騎士だって教えてやらなければならないからね」
「!」
そこで、ミリィにはピンときたのだった。カオスが、初めてやって来た時のことだ。
『彼、カオスの属性は魔王アビスの属性と同じだとは言ったでしょう?』
『え? ええ。でも、それが?』
『もし、それを私以外の三人、特に彼等の自国の王であるアーサーに言っていたらどうなったかしら? 訳も聞かず、問答無用で殺そうとしたでしょうね。あの子の本質は臆病だから』
魔王アビスの魔法と同じエレメントを持つのだとしたら、それに連なる者であるに違いない。魔法のエレメントは六つしか無いのだから、いくら闇魔法がレアと言ってもその思考は短絡的過ぎる。だが、今までのアーサーの行動を見れば、それもまた大袈裟な言い方ではないのも事実。
その時、マリフェリアスはそのように説明していた。
ただ、それだけではそのような催し物にカオスが参加するのは危険と思われるだろう。しかし、アレクサンドリア連邦のトラベル・パスBクラス試験は一般に公開されている上、殆どお祭り騒ぎと化している。そこに、エスペリア共和国の騎士として参加するのだから、カオスの能力の特性がどうにしろ、国民の目にはカオスの力が強ければ強い程、新たな救世主としての期待の目が大きくなるのだろう。そうなると、国王としてその程度ではカオスに対して手を出せなくなるという寸法になる。魔王アビスと同じ系統の魔法を使うというのが、どの程度のものなのかは分からない。ただ、その魔法自体に実害が無い以上、それはただの魔法でしかない。責められる謂れは無い。
それはマリフェリアスの後押しと、アレクサンドリア連邦の国民の目で確かなものとなる。それを、マリフェリアスは計画していた。
それをミリィは理解し、微笑んだ。口では色々と言っておきながら、結局のところは面倒見がいいのだ。クールを装ってもクールになりきれず、薄情を装ってもそれになりきれない。それが彼女の特性であって、美点でもあるのだ。
それが改めて分かって、ミリィは嬉しかったのだった。
「…………」
自分の背中に向けられた視線から、マリフェリアスは背筋がゾクゾクと鳥肌が立ったような気がした。振り返り、ミリィに訊ねる。
「ミリィ、アンタ今すっごく腹立つこと考えてなかった?」
「いいえ~♪」
ミリィはそれでも笑っていた。




