Act.068:騎士への道Ⅰ~薄氷の上の平和~
内容が薄いので、ちと長め?
「と言うことで、ちょっくら訊きてぇことがあるんだ」
エスペリア共和国のマリフェリアス宅では、まだカオスとマリフェリアスの役に立つんだか、立たないんだか分からない会話が続いていた。
マリフェリアスはコーヒーを口に含みながら答える。
「何が『と言うことで』なのかは知らないけれど、訊くのはいいわよ。答えるかどうかは別にしてね」
そんなマリフェリアスの言葉を気にせず、カオスは訊ねる。
「現在、この世界はアンタ等四人によって平和に保たれている」
それはあくまでも表面上で、裏はどうか知らない。だが、ここではそういう問題ではないので、ここではカオスは言及しない。
「だが、もしも。もしも、だ」
前置きを終了させて、カオスは本題を切り出す。
「その内のどれか一つでも欠けたとしたらどうなる?」
四人の内、最低でも一人でも死んだとしたらどうなるか。四人は誰しも不老不死ではない。不死は物理的に存在し得ないので、誰しも死ぬ可能性はある。エルフや上級魔族には寿命は存在しないと謳われているが、それでも何かしらによって死にはするだろう。
それを踏まえると、この世界を代表する四人がいつまでも君臨し続けられることはあり得ない。
「…………」
マリフェリアスは少し考え込む。カオスがそのような話を切り出したその動機を探っていたのだ。そして、一番あり得なさそうな理由からつっついてゆく。限りなくゼロに近くても、ゼロとは限らない。それをゼロとする為だ。
「何? アンタ、誰か殺すつもりなの?」
「んな、訳ねー。つか、俺が誰か殺したってデメリットはあってもメリットはねえ」
「だろうね」
マリフェリアスはカオスがここで嘘を言ってないのは分かっていた。カオスが国王連中を殺して王座を奪い取るような野心家には見えない。そして、仮にそうだとしたら、こんな質問を自分にぶつけてくるような馬鹿にも見えなかった。
そこから、やはり可能性はゼロであったといっても良い。それを踏まえた上で、マリフェリアスは質問に答える。
「此処、エスペリア共和国は既に完全に私は引っ込んで民主制、及び共和制にしてしまったから、私が死んだとしてもこの国内では大きな混乱は起きないでしょうね」
まずは、自分の国から言及していく。マリフェリアスは客観的にも自分のその予測が正しいと思っていた。
もし、仮に自分が今すぐに死んだと仮定する。現在も何らかの国政に携わっているならば、その引継ぎ等で混乱が生じるのは分かる。だが、現在はそれらに一切関わっていない。故にそれは起こらない。敢えてあるとすれば、カオス達三人の持っているエスペリアのBクラスのトラベル・パスの効力をどのようにするかだけであろう。だが、三人しか居ないので、やはり大きな混乱とは言えない。
よって、ここでは国政的に問題無しといえる。
「けれど、他の三ヶ国は別」
マリフェリアスは断言する。
「イカルスにはまだ世継ぎはいないし、オースラキアもアンタの住むアレクサンドリアにも、世継ぎとなる者はいるけどまだまだ子供。いくつなのか忘れたけど、カオス、少なくともアンタより年下なのは間違いないわ。ま、要するに他の三ヶ国は、どの国をとっても跡継ぎがまだまだ充分には育っていない状況にあると言ってもいいわね」
そこで国王となっている者の死が、混乱へと至る経緯を講義形式で説明する。
「今、この世界は四ヶ国で構成されている。しかし、それはあくまで二十年弱の出来事。それより以前、魔王アビスほとんどとの対魔戦争以前はもっとたくさんの国が存在していた。対魔戦争終結後、各国のエゴを滅する為に世界を四ヶ国に纏めたというのは知ってるでしょう?」
「ま、まあ、概要は歴史の授業で聞いたかな」
カオスの耳にはほとんど入っていなかったが、一応そのようにカオスは答えた。それらはカオスにとっては殆ど知らないこと、と言うか歴史の授業も何もほとんど聞いてはいないが。
それはマリフェリアスには関係ない。マリフェリアスは話を続ける。
「その中には、言うまでもなく様々な種族や民族、部族などが存在している。そして、さっきエゴと言った通り、そのようなものなどで、かつては数多くの対立が各地で起こっていた。アンタの住んでいる区域とその北方の区域は特に仲が悪かったみたいだしね」
マリフェリアスは例示も交えながら話を進めてゆく。
「それらを『魔王アビスを退けて世界を平和にした勇者』というカリスマのようなもので、半ば無理矢理纏めているようなものなのよ」
「だが、その偉業を為した本人ではないそれらのガキ共には、そのカリスマは持てねぇ」
「そう。そして、そのカリスマが失われると、今までカリスマの下で我慢してきた者達の不満は爆発し、国は内乱状態になるだろうね」
そして、最後にそうならない為の解決策も出しておく。
「そうならない為には、16年前の当事者である私達は早々に後ろに下がって、少しずつ私達の居ない国家というものに慣れてもらう必要性がある訳よ。もっとも、それは簡単ではないけれど」
このマリフェリアスが担当するエスペリア共和国は、マリフェリアスが国政に一切関わっていない民主制を布いている唯一の国家である。
それをカオスは思い出し、さっと挙げる。
「それで、ここでは民主制とやらにしたのか?」
マリフェリアスは独身な上に、子供もいない。そんな自分の居なくなった後でも、国内が混乱しないように、人々が人々の手できちんと自分達の暮らしを守っていけるように。
嗚呼、そんな動機をイメージしていくと、そうしたのがマリフェリアスではない別人にしか思えなくなってしまう。
そして案の定、マリフェリアスはそんなカオスの見解を即答で否定する。
「いんや、それは自分でやるのが面倒臭かっただけ♪」
「ぬあっ!」
カオスは呆れた。だが、その一方で安心もした。マリフェリアスはそういう者なのだ。そして、多分それでいいのだ。根拠はないけれど。
「で、そんなことを訊いてどうするの?」
マリフェリアスは訊ねる。カオスが世界を乗っ取ろうという野心家でないなら、別にそのような事を訊く動機も感じられないのだ。
「別にどうしようもしねぇよ」
カオスは答える。
「ただ、風の噂で魔族がまだ16年前のことを恨みに持ってるんじゃないかって耳にしたからな。それで、どうなるかって不意に思っただけだ」
「そう。まあ、恨んでるでしょうね」
マリフェリアスはその言葉に驚きはしない。当たり前のことを言ったような感じであった。
「その手の噂は絶えないわ。それこそ魔王を封じた時からね。現実味を全く帯びない荒唐無稽な与太話から、具体性を帯びたリアルなものまで色々とね。まあ、それがいつになるのかは分からないけれど、それを彼等が実行に移さないということはないでしょうね。確実に、いつか何かしらの行動を見せるわ」
マリフェリアスはそこから少し間を置いてから話を続けた。
「けれど、それは仕方のないことではあるわね。アーサーの坊やは、魔王アビスが最も大切にしていたモノ達を奪ってしまったのだから」
さっきからカオスは気になっていたが、ここで切り出した。
「って、他人事みたいな言い方じゃねぇか?」
16年前に何があったのか知る由も無いが、勇者アーサーと共に魔王アビスを封じた地上最強の魔女と謳われるこのマリフェリアスが、それと無関係ということはないだろう。
カオスはそのように思っていた。だが、そんなカオスの思っていたのとは逆方向の答をマリフェリアスは即答する。
「他人事よ」
「え?」
カオスは一瞬、自分の耳を疑った。
「実を言うと、16年前の戦いで私は殆ど何もしてないのよねぇ。面倒臭かったんで、魔王アビスを封じるのにちょこっと力を貸しただけ。他は……何か活躍あったかしら?」
「めんどっ!」
カオスは呆れた。今度は、本当に呆れた。世界で四人しかいないと言われる勇者の言葉ではないからだ。
「せせせせ、世界の平和の為に尽力するのが面倒臭いと?」
「じゃあ、カオス。アンタ、やるか? 世界の為に、人々の為に、自分の命を懸けて戦うか?」
「やだよ。面倒くせぇし、馬鹿馬鹿しい」
思わず、カオスは本音を即答する。そして、カオスはその次の瞬間に自分が拙いことを言ったと気付く羽目となる。
「…………」
「…………」
微妙に気まずい空気が、似た者同士の二人の間に少し流れた。マリフェリアスはそれに耐え切れず、それに耐える気も無かった。
「さて、話を戻しましょうか」
「そうだな」
話を早々に切り替える。さっきのは無かったことにしたのだ。そして、それはカオスも同意見だった。さっきのことにこれ以上突っ込んでも、互いにデメリットしかない。
「で、何の話だったかしら?」
「…………」
カオスの記憶にも残ってはいなかった。
「勇者アーサーが魔王アビスから大切なモノ達を奪ってしまった、という箇所からですよ」
近くで聞いていたミリィとメルティの、ポニーテールの少女であるミリィがそのように口出した。
「ああ、そうね」
「そうだったな」
そこにカオスが、他人事のような言い方だと突っ込んでから、話が脇道へと逸れていってしまったのだ。二人はそう言われて初めて思い出したのだった。そして、戻すのならばそこからが最適であろう。そのことにも気付いていた。
「で、何を奪ったんだ?」
カオスは訊ねる。だが、マリフェリアスはそっぽ向いたまま喋ろうとしない。そして、一言。
「何か、今更喋っても喋らなくてもどうでもいいって感じねぇ~」
テンションが下がったのだ。面倒臭そうな感じが、周りの全ての者には手に取るようにわかった。
「って、良かねぇだろが」
本人は知っているのだからそれでいいだろう。だが、そのように話を振られてるだけで、そこで勝手に終わらせられては、周りの知らない者達はたまったものじゃない。納得いかないままだ。
だからこそ、カオスは突っ込んだのだ。そして、その言葉を受けてマリフェリアスはゆっくりとカオスの方に振り返る。それから、単刀直入に答える。
「家族よ」
結論を簡潔に述べた上で、そこからマリフェリアスは補足する。
「妻と生まれたばかりの赤ん坊、部下や戦闘員となっている者達の命だけではなく、非戦闘員である彼等の命まで奪ってしまったからよ」
妻と生まれたばかりの赤ん坊、部下や戦闘員となっている者達の命だけではなく、非戦闘員である彼等の命まで奪った。それは事故でも間違いでも何でもなく、意図して殺したのだとマリフェリアスはそれに付け加えた。
成程、それでか。
アーサーは16年前の勇者と世界中で讃えられている。無論、カオスの育ったルクレルコ・タウンでもそうだ。だが、それを覆すようなそのマリフェリアスの言葉に、カオスは驚かなかった。そのアーサーと面識は無いのだけれど、寧ろごく自然のような気がしてならなかった。
なぜなら、そうでないとフローリィの勇者アーサーに対する憎悪は説明がつかないからだ。フローリィはあの見かけからすると、16年前の人間との戦いの時はまだ生まれてないか、赤ん坊で物心もついていないかであろう。自分と同じように、アーサーとは面識は無い筈だ。前回マリフェリアスと会った時に、16年前の魔の六芒星にフローリィの名が連なっていないことからも、それは容易に予測出来る。
ただ、それでもフローリィのアーサーに対する憎悪は凄まじいものであった。それを説明するのには、魔族と人間という別環境であることを念頭に入れても、戦争という特殊なシチュエーションだけでは説明がつけられない。ましてや、それが16年も続いているとなると尚更だ。
『死ね』
アヒタルで20年以上前に母親を酷い目に遭わせた父親に対し、ラシュトという男はその殺害でもって復讐を遂げた。
愛情、憎悪、殺意、殺害。
『アーサーだけは必ず殺す』
フローリィにしろ、魔王アビスやそれに関わる者達にしろ、どのような経緯を経てそんな想いを抱くようになったのだろうか?
カオスは魔王アビスが勇者アーサーの首を狙ってると聞いただけでは、16年も経っているのにしつこい連中だな、と思うだけだった。だが、それらを踏まえた上で考えると、それは不自然でも何でもない予定調和であるような気がしてならなかった。
「と言うことで、カオス」
考え事をしていたカオスを無視して、マリフェリアスは話を進める。もっとも、『と言うことで』の前は最初から無かったのだが。
マリフェリアスは提言する。
「アンタ、アレクサンドリア連邦のBクラスのトラベル・パスも取りなさい」




