Connect10:日常に内包される不安と何かしらのプロローグ
カオスがブラックエンド・ダークセイバーを入手した次の日、ルクレルコ・タウンはこれまでと同じように平穏な一日を迎えていた。そんな平和な一日に、カオスは自分のベッドに寝転がりながら天井を眺めていた。その時思い出されたのは、フローリィの言葉だった。
『あたし達は、決して奴等を許しはしないわ』
フローリィはそう言っていた。勇者アーサーによる屈辱を忘れない。必ずそれは何かしらで復讐をすると。ただ。
『あたし達が恨んでるのは、16年前の首謀者であるアーサー達だけ。従軍しただけの連中や、他の関係ない人間の命なんかどうでもいいわ。邪魔さえしなければ、奪う気もない。アンタも含めてね』
そのようにも言っていた。
勇者アーサーが殺される。そう仮定して、その通りになったとしても、日常生活としてその勇者アーサーと面識すらないカオスとしては、何の影響もない。つまりは、そのアーサーって男が殺されようが、どうしようが関係ない。だから、わざわざ首を突っ込む必要性は無い。
フローリィはそう言いたかったのだろう。それは、カオスにも理解出来ていた。面識のない奴なんかの為に命を懸けるなんて馬鹿馬鹿しいし、手間すらかけたくもない。自分達の平穏が崩れないのならば、どうなろうと知ったことではないと思っていたが。
それでもカオスの中で一つ疑問が残っていた。
勇者アーサーが殺される。アーサーが普通の男ならば、それはこの国に、この人間界に、そしてこの自分達に何の影響も及ぼさないだろう。しかし、アーサーはこの人間界にとっては勇者であり、アレクサンドリア連邦の国王でもある。それが突然殺されたとしたならば、そこの国民でもある自分達に、何かしら影響はあるのではないのだろうか?
国王が殺されたことで何かしら歪みが生じ、自分達の平穏に水を差す。カオスはそのような予感がしていた。
◆◇◆◇◆
そんな不安を抱きつつも数日が過ぎた。カオスは魔剣ブラックエンド・ダークセイバーであるアリステルを伴ってマリフェリアスを訪問した。マリフェリアスは一応情報提供者であるのだから、一回でも見せておかなければならないだろう、というマリアの言いつけを守っての事だった。
「成程ね。そちらがブラックエンド・ダークセイバーね」
マリフェリアスはテーブルに肘をつきながら、アリステルをじっくりと見てそう言った。
「ああ。分かるか?」
「勿論。分からない訳がないでしょうが」
マリフェリアスはもう一度じっくりとアリステルを眺める。見た目はゴシック調のドレスを纏った小さな少女にしか見えないが、その身に纏う漆黒の闇のような魔力は隠しきれはしない。並の術者ならば気付かないだろうが、マリフェリアスは地上最強と謳われた魔女。分からない訳がないと言いたいのだ。
とは言え、それは彼女の中では当たり前でどうでも良かった。だから、さっさと話を変えてしまう。
「ま、入手は出来ると思ってたけどね」
「そうか?」
マリフェリアスはあっさりとそのように言い放つが、カオスはそのあまりにあっさりした言葉に首を傾げる。月朔の洞窟は今まで誰の手にも攻略されてこなかった事実と、自分がそこでやってきた経験を踏まえると、そのようにあっさりと言えるものではない筈なのだが。
マリフェリアスはあっさりと言う。
「闇魔法の使い手というのが本当ならね」
「どういうことだ?」
「簡単よ。今までも、あの洞窟に挑んだ者は数多くいた。強い者も、そうでない者も色々とね。しかし、その洞窟に入れなかった者や序盤で諦めた者を除いて、誰一人として帰ってきた者はいなかった」
そして闇の守護者が居た、あの部屋にあった屍の山の一角等になった。
カオスはマリフェリアスの言葉からあの部屋の光景が脳裏に浮かんでいた。
マリフェリアスは己の意見を続ける。
「それがブラックエンド・ダークセイバーが封印されてから少なくとも数百年は経っている。それにもかかわらず、未だ誰にも攻略されてはいない。難しい罠や強すぎる守護者という線も考えはしたが、それは違うとすぐに至る。闇魔法が使えないと、絶対に攻略不可能な何かがあると」
つまりは闇魔法の使い手でない限り攻略は不可能である。
「…………」
カオスはそのように弁を振るうマリフェリアスを冷たい視線で見ていた。マリフェリアスの言葉に、理論的には納得出来る。だが、素直にそうしたくないものがあった。
カオスのその顔を見て、マリフェリアスは少し眉をひそめる。
「何、その顔は? 何か言いたそうじゃないの」
普通は言わない。だが、カオスは普通じゃないので言う。
「要するにさぁ、俺が闇魔法を使えなかったらその月朔の洞窟で殺されてたかもしれねーってことだろ?」
「かもね♪」
♪マークに、カオスは少しひいていたのだが、流石にその顔に♪は合わないとまでは言わない。だが、文句は言う。
「でも、んな危険な場所だって言わなかっただろうが」
「そうだっけ?」
「言ってねーよ」
「ま、でもいいじゃないの」
マリフェリアスは面倒臭そうに終わりそうにない口論を勝手に打ち切ってしまう。殆ど開き直りのようなものだ。
「闇魔法が使えないせいで死ぬってのなら、それは自業自得。構わないでしょ」
「何じゃそりゃ!」
カオスは納得出来なかった。マリフェリアスの国の国民ではないが、元国王として民が死んでも構わないというような意見が気に食わなかったのだが。
マリフェリアスは当然の事のように答える。
「あら、本当に構わないじゃない。この私に、人間の身で闇魔法が使えるなんて楽しいこと言ったんだもの。それがデタラメなんだって言ったら、それこそ万死に値するでしょう?」
「!」
カオスに衝撃が走った。しょっちゅう走ってる様な気がしなくもないが、走ってしまったものはしょうがない。
カオスは言う。
「万死はねぇんじゃないか?」
「そう? でも、入手出来たんだからいいじゃない」
「まあ、そうだな」
カオスとしても、喉元過ぎたのでもうどうでも良くなっていた。なので、その話はそこでお終いとした。
そして、どうでも良いことではあったが、アリステルはずっと空気だった。
◆◇◆◇◆
その頃、アレクサンドリア連邦のルクレルコ・タウンのカオスの家では、ルナが遊びに来ていた。休日の午前、何も知らずにやって来たのだ。
「こんにちはー」
ドアの鐘を鳴らしながらルナは家の中に入る。そのルナの目に入ってきたのは、家に入ってすぐのところにあるリビング・ルームの椅子に腰掛け、読書をしているマリアの姿だけだった。
カオスは居ない。
「あれ? マリア先生、カオスは?」
「カオスちゃんなら、魔女マリフェリアスにアリステルちゃんを見せに行ったわよ~♪」
行ったも何も、カオスにそのように昨晩言ったのは他ならぬマリアだ。
「そうなんですか」
カオスが居ないのならば、今日はここに居ても意味は無い。ルナはつまらなさそうにカオスとマリア(&アリステル)の家から出て行ったのだった。
トレーニングは1人でやるか。
そのように考えながら。




